月刊:ことばを探る 最近のバックナンバー

月刊「e船団」 「香りと言葉」2007年4月号

歳時記のかおり 四月

 春は香りを食べる季節だ。独活、三つ葉、蕗の薹に春の蕗。草餅にさくら餅・・・。中でもサンショウの活躍がひと際目立つ。春の季語の山椒の芽(きのめ)、山椒の花、山椒の皮などのほか、夏は青山椒、秋には山椒の実もある。実、つまり果実は「山椒は小粒でもぴりりと辛い」と諺になり、さらには、ピリリ(「ヒリヒリッ」とも)と鳴くから、というので山椒喰(サンショウクイ)という名前を貰った鳥まであるほど、辛いことで有名だ。

 そのサンショウ、植物学的にはミカン科に属し、こんな位置にある。

 で、その春の季語の「山椒の芽」だが、『角川俳句大歳時記』(1)(私も全5巻奮発しました!)には、傍題に平仮名で「きのめ」とある。別に「木の芽」があり、これには「このめ」と振り仮名がつき、平仮名の「きのめ」は傍題にまわっている。そして、
 【木の芽(このめ)】(傍題略)
 春になって様々の樹木の芽が吹くことである。「このめ」「きのめ」とも訓むが、「キノメ」は木の芽和え、木の芽田楽のように特にサンショウをさす場合がある。(略)和歌では〈霞立ち木の芽もはるの雪降れば花なき里も花ぞ散りける(貫之)〉(『古今集』)のように「木の芽張る」といいなして「春」に懸ける表現が好まれた。

 とある。キノメとコノメの区別をすっきりさせてくれてはいるが、ただ、「木の芽」を「コノメ」と訓むことについては、何も触れられていない。そこのところを『新日本大歳時記』(2)では、
 春に芽吹く木の芽は葉芽と花芽、それに両者が混在した芽があり、一括して「木の芽」という。「きのめ」ともいうが、雅語的な美しい響きの「このめ」が好んで用いられる。
 と解説してくれている。また、こちらも山椒の若芽(葉)を「木の芽(きのめ)」と称すると記している。
 つまり山椒の芽は「キノメとは称されてもコノメとは称されない」というのがこの2大歳時記の見解のようだ。(尚、朝日百科「世界の食べ物」(3)にはアケビの若芽もキノメと呼ばれるとある)。
 さてそのキノメの香り、あの特徴ある香りのモトはいったい何なのか。
 もう20年も前になるだろうか、香料会社の研究所にいた頃、仲間と研究してみたことがあった。果実の香りが主にシトロネラールという成分によることは早くから知られていた(3)が、キノメの成分については報告が見つからなかったからである。
 愛知県のとある栽培農家にお願いして、たしか1キロほどのキノメを採集させていただき、水蒸気蒸留という方法で香り成分(精油)を取り出し、成分を分析した。その結果、炭素数が、たしか9個から13個くらいの一連のメチルケトン類が見つかった。あまりにも思いがけない化合物だったので、びっくりし、大喜びもし、結果を調香師のところへ持ち込んで、キノメの香りを再現してもらった。勿論、天然のキノメとそっくりという訳にはいかない。まあ、言わば間に合わせである。それでも、結構感じは出ていたので、キノメの香りがほしい、というユーザーには重宝して頂いたように思う。
 今考えると、あそこで止めずにちゃんと研究報告にまとめておけばよかったのに、と悔やまれる。
 ついでですが、キノメを分けて頂きに行ってびっくりしたことがもう一つ。サンショウの木がずらりと並んでいるのかと思ったら、ハウスの中で野菜のように育てられていたのです!「世界の食べ物」(4)に丁度そっくりの写真が出ているので、ちょっと引用させて頂きますね。


 話は変わりますが、「木の芽時」という季語がありますね。時候の部に入っていて、『俳句大歳時記』(1)では傍題に、木の芽雨、木の芽晴、木の芽風、木の芽山、芽立ち前、木の芽冷え、芽立ち時などが並び、どの「木の芽」にも「このめ」と振り仮名がつけられている。解説には「春の初め、様々な木の芽吹く時節のことである」とあり、その通りではあるが、「木の芽時」には、それとはちょっと違うニュアンスも含まれていますよね。広辞苑を・・・、いや、こういうときは『新明解 国語辞典』(5)か・・・、と思ったらやっぱり、でした。広辞苑には「木の芽の出る季節。芽立ち時〈季・春〉」としか出ていない。その点新明解・・・は、
 木ぎの芽が一斉に萌(も)え出る早春のころ。長い冬からの開放感で、精一杯活動したいと心身ともに張り切る時分。〔陽気が不順なので、身体に不調をきたしやすい時分でもある〕
 と、なんと言うか、具体的だ。因みに、ここでは訓みは「きのめどき」であり、「このめ」は「『きのめ』の雅語的表現」と片付けられている。片や広辞苑は「このめどき」だけで、「きのめどき」はない。「正解はひとつしかない」という思い込みは病気だ、といつも自分を戒めているワタシですが、歳時記も辞書もこの病気にご用心かも。

 『江戸川柳で読む・・・』シリーズの阿部達二氏の連載「歳時記くずし」(6)は私の毎月の楽しみの一つで、最近こんなのに出遭った。ちょっと長いけど、この名引用を略述するワザは私にはないので、そのままお借りすると、

 木の芽どきである。昔からこの季節、頭のぐあいのおかしい人が出てくる。日本国語大辞典には「この時候には人の気持ちが動揺しやすいという」とあるが、なにかずいぶん遠慮した書き方だ。(広辞苑にはない)
 木の芽田楽、木の芽和え、木の芽味噌というときは殆ど山椒をいうようだ。
 黙阿弥の「極附幡随長兵衛」は別名「湯殿の長兵衛」――水野十郎左衛門の邸に招かれた長兵衛は風呂をすすめられ、湯殿で水野の槍に刺し殺される。水野のせりふが「大身槍で、ただ一突きに田楽刺し、時候もちょうど木の芽どき、茂る樹木にゆく道も闇(くら)き旅路の十万億土、道をいそいで早く行け」というのだが、木の芽どきとはいえ槍の田楽刺しは有難くない。
 この事件は明暦三年(1657)のことと伝えられるが、水野自身も七年後の寛文四年三月二十七日、乱行を咎められて切腹になる。やはり木の芽どきだった。


 ね、すごいでしょう。で、ふと、木の芽どきに人の気持ちが不安定になるのは、もしかしたら気候が不順だとかどうとかではなく、木の芽から発散する香りのせいとは考えられないかしら、と思った。むろん私の単なる仮説、いえ、仮説とも言えないような空論かもしれないのですが・・・。
 でも、こんなことを「ふと」思うには、まるで根拠がないわけでもありません。香りの世界は(も)恐るべきスピードで研究が進み、これまで解らなかったことが急速に解りはじめているらしいのです。ヒトの嗅覚の仕組みについては勿論、植物の世界のことも。
 花の香りが受粉を助けてくれる昆虫を呼び寄せる手段であることは古くから言われてきたし、樹木の発する香り物質には殺菌作用があることも知られているが、近年この樹木の香りが木々のコミュニケーションの手段であることも解明されてきているのですね(7)。
 いつかもう少し勉強して、みなさんにお伝えしたいと思います。
 いいお花見を。ではまた来月。
中原幸子

〔参考文献〕
(1)角川『俳句大歳時記』(角川書店、1978)
(2)飯田龍太他監修『新日本大歳時記』(講談社、2000年)
(3)奥田治著『香料化学総覧 1』(廣川書店、1977年)
(4)週刊・朝日百科「世界の食べもの 104」(朝日新聞社、1982年)
(5)『新明解 国語辞典』(第6版、三省堂、2005年)
(6)阿部達二「歳時記くずし」(「オール読物」2007年4月号、文芸春秋、2007年)
(7)渡邊定元著「植物の化学通信と情報伝達物質」(AROMA RESEARCH 23、2005年)

月刊「e船団」 「香りと言葉」2007年5月号

歳時記のかおり 五月

 今月は新茶にしようかな、と思って図書館へ行きました。『茶の科学』(1)、『お茶の科学』(2)などにはさまって、竹村嘉平さんという、京都の宇治茶のお店のご主人の書かれた『宇治茶いい味いい香り』(3)という本がありました。お茶を飲みながらの聞き書き、という形なのですが、そこには「ええっ!」と驚く話がずらりと並んでいました。もう、全部引用したい気持ちですが、特に、といえば・・・

新茶の出来は山茶花で占う
 竹村さんたちは、お茶の出来を、冬、「庭の山茶花を見ながら気にして」いるという。「山茶花はお茶とよう似た木ですから、昔からお茶の出来ぐあいを知らせるといわれてきました」とおっしゃるけれど、私はちっとも知りませんでした。まさか、「山茶花の花芽がぎょうさんついたらお茶が豊作」だなんて!それに、筍も。筍が遅い年は新茶も遅れるんだそうです。

葉と葉が擦れたお茶はイチョウの匂いがしますわね
 と言われても、私はただもう驚くばかりです。
 雪や霜でお茶がダメになるのは、お茶の葉の細胞が死んでしまうからだが、風もダメだとか。新芽は柔らかいから、風が吹くと葉と葉が擦れて傷み、芽の細胞が潰れるからだそうだ。別に畑を見なくても、そうしてダメになった茶は見たらわかるそうである。
 ・・・簡単にいいましたら臭いんです。葉と葉が擦れたお茶はイチョウの匂いがしますわね。霜の当たった場合にもイチョウの匂いがします。(・・・)間違えて買うてしまったら、ブレンドしたときそれがまざるでしょ。そうしたら、もうまぜたお茶全部が苦い、なんともいえん味がしますのや。イチョウ臭いお茶には苦味があります。

 葉の傷んだところ、つまり細胞の壊れたところは蒸しても蒸気が通らず、出来上がってからも品質が落ちやすい。こう解き聞かされると、「八十八夜の別れ霜」という言葉が一段と迫力を増しますね。
 ところで、このイチョウの匂い、いったいイチョウのどの匂いのことでしょうね。私の住んでいるビルの前の道路も街路樹がイチョウで、さっき開いたばかりの葉を2枚もらって来て、揉んでみたけれど、特に「イチョウの匂い」と表現しなければならないほどの特徴はないようだ。念のためにその揉んだのを今愛飲している鉄観音に混ぜて淹れてみたが、これもそう不快な匂いはしない。ただ、面白い!と思ったのは、淹れ立てより、ちょっと冷めたころにミドリの匂いが強く立ち上ったことだった。細胞が壊れて匂い成分が溶け出すのに時間がかかるのか、他に理由があるのか、不明。
 イチョウの匂い、いや、この際「臭い」、で一番不愉快なのは、道に落ちたギンナンを踏んだときの臭いでしょう。竹村さんのおっしゃるのがあのニオイだとすると、納得!!という感じ。実は今、竹村さんのお店のホームページへメールでお訊ねしているところです。お返事が戴けたらすぐにお知らせしますね。

新茶の香りは二十日間
 一般の人たちには、新しければ、なんでもおいしいものだという頭があるんですな。しかし、玉露や抹茶はあきませんよ。煎茶の新茶はなんともいえん味と香りがありますね。アオバアルコールと、もう一つ花香のもつテルペンアルコール、そのアルコールですわ。お茶の葉っぱのなかに含まれている揮発性の物質は、だいたい二十日かそこらで消えてしまいます。そやから本当の新茶の香りは二十日間ぐらいしかもたないんです。だんだん抜けていきますわ。

 というように、竹村さんの薀蓄は尽きないのですが、ここでそのチャという植物をちょっと見てみましょう。

こちらをどうぞ。

 上で「山茶花はお茶とよう似た木」と言われているのは、山茶花の学名がこの図の「Camellia sinensis」が「Camellia sasanqua」に変わるだけだから。いわゆる近縁植物です。お気付きだと思いますが、sasanquaはササンクワ、つまり山茶花です。こんな名前をつけたのだから、命名者は日本人かと思えば、そうではなくて、スエーデンの有名な植物学者で日本にも滞在したというC.P.Thunberg(1743―1828)だそうだ。江戸時代初期の生け花の本『立華正道集』(1684年)や園芸書の『花壇地錦抄』(1695年)には「茶山花」と書いてササンクワと読ませ、また『合類大節用集』(1693年)では「山茶花」と書いてサンザクワ、サザンクワと二通りに読ませている(5)。

   さて、『茶の科学』(1)によれば、茶の香りの研究は1916年にDeussが紅茶から香りの成分の1つ、サリチル酸メチルを分離したことに始まったという。
 そして、『お茶の科学』(2)によれば、1930年代、武居三吉一門と山本亮一門によって今日の茶の香りの化学の基礎が築かれたのだが、そのときの研究は、なんと4−5年がかりで、約3トンもの茶葉を使って行われたという。そのとき、お茶の香りはこんなふうにして抽出されたとか!

(山西貞著『お茶の科学』(2)より)
 1960年代に入ると、ガスクロマトグラフィー(GC)、GC−質量分析計(GC−MS)などという分析機器の導入によって香りの分析技術は飛躍的に進み、今や、緑茶から300種類以上もの香り成分が同定されているという(4)。多くの成分を見つけたばかりでなく、新茶の香りの特徴はcis-3-Hexenyl hexanoate、cis-3-Hexenyl trans-2-hexanoate、cis-3-Hexenol、Dimethyl sulfideなどである、と特定するに至っているそうで、近年の香りの分析技術というのは、植木鉢の花の香りを、そこに咲いているままで分析できるのだ、といいます。

 でも、どのお茶がおいしいかを決めるのはやっぱりあなたです。竹村さんも、最後にこう締めくくっています。
 私の店とほかの店のお茶の違いですか?これはお客さんが決めはることです。私は自分の好きなお茶を、これやったらお客さんに出しても恥ずかしいないと思ってお出ししているだけのことです。
 もうすぐ新茶の季節。今年は、好きなお茶を自分の鼻と舌でみつけて、大好きな人に淹れてあげようではありませんか。
 ではまた、来月。
                              中原幸子

〔参考文献〕
(1)村松敬一郎編『茶の科学』(朝倉書店、1991年)
(2)山西貞著『お茶の科学』(裳華房、1992年)
(3)竹村嘉平著(聞き書き:塩野米松)『宇治茶いい味いい香り』(草思社、1999年)
(4)日本香料協会編『食べ物 香り百科事典』(朝倉書店、2006年)
(5)週刊・朝日百科「世界の植物」(朝日新聞社、1977年)

月刊「e船団」 「香りと言葉」2007年6月号

歳時記のかおり 六月

 風が薫るのは五月、と思っていたら大違いでした。六月、それも陰暦の六月だそうで、恥ずかしいことです。
 それにしても、夏の風っていろいろあるのですね。『風の名前』(1)には夏の風が56も出ています。みなさん、いくつご存じでしょうか?

あいの風、青嵐、青東風、青田風、あぶらまぜ、荒南風、いなさ、炎、炎風、大南風、沖南風、送南風、おしあな、温風、夏至南風、海軟風、荷風、神立、乾風、下り、黒南風、薫風、景風、黄雀風、御祭風、地あゆ、湿風、下総東風、菖蒲東風、白南風、新樹風、涼風、筍梅雨、筍流し、茅花流し、土用あい、土用間、土用東風、ながし、ながし南風、夏嵐、夏疾風、南風、はえまぜ、破船風、日方、一つあゆ、まあゆ、まじ、正南風、麦嵐、山背風、羊頭風、落梅風、涼、若葉風

 読み方をご覧になる方はこちらをどうぞ。
 「茅花流し」や「筍流し」の「流し」とは、雨をともなう夏の南風のことで、「筍梅雨」(筍が出るころに降りつづく長雨)も、もともとはそのころに吹く東南の風だった、なんて、びっくりでした。皆さんご存じでしたか?

 風は神の使者、ヒトは大昔からそう信じてきた、といつか風のことを調べて知ったのだったが、こうして風の名前を眺めているとそれが実感になってくる。風という字は「凡」と「虫」が合わさった形。「凡」は支柱の間に張った四角い帆をかたどった象形文字。巾の広い布はふわりとものを覆うときにも使われるので、後に「およそ」という意味にも使われるようになった。「虫」という字はヘビの象形文字で、蛇だけでなく広く動物を意味する。とすると「風」は動物をふわりと被う、巾の広い覆いというわけ? と私は思ったのだが、そうではなかった。『漢字の起源』(2)にはこう出ている。
 三千年も前の中国・山東半島には風を祭る『風姓の諸族』と呼ばれた人たちが住んでいた。彼らは鳥を風神の使者と考え、特にその鳥の王者を「鳳」と名付けて信仰した。風はこの鳳と同系の言葉なのだ。

 で、「風薫る」ですが、これが、歳時記によって「風薫る」で立項されていたり、「薫風」で立項されていたりする。

「風薫る」派:(【 】内は傍題)
・角川書店編『図説 俳句大歳時記』(3)(1976年)。【薫風・薫る風・風の香】
・加藤郁也編『江戸俳諧歳時記』(4)(1983年)。【薫風・薫る風】
・平井照敏編『新歳時記』(5)(1996年改訂初版)。【薫風・薫る風・風の香】
・角川学芸出版編『角川俳句大歳時記』(6)(2006年)。【薫風・薫る風・風の香・南薫】

「薫風」派:(【 】内は傍題)
・新潮社編『新改訂版 俳諧歳時記』(7)(1968年、改版)。【風薫る】
・山本健吉著『山本健吉基本季語500選』(8)(1989年)。【風薫る・風の香・南薫】
・角川書店編『新版俳句歳時記』(9)(1991年、改版)。【風薫る】
・飯田龍太他監修『新日本大歳時記』(10)(2000年)。【風薫る・風の香・南薫】

 なぜ、こうしつこく並べたかというと、薫風派の『新日本大歳時記』(10)でこんな解説を読んだからです。

 (略)「風薫る」という言葉は、『金葉集』の「木ずゑには吹くとも見えで桜花かほるぞ風のしるしなりける(源俊頼)をはじめ、『新古今集』でも使われているが、いずれも夏の季感をもつ言葉としては使われていない。桜や梅などの花によって風が薫ると感じたものであり、用例の多くは春の歌であった。連歌時代になって薫風が夏の風として意識され始めた。天正14年(1586)に出版された四季の言葉を解説した『連歌至宝抄』(紹巴著)では、夏の季語として「もろこしの言葉よりでたもの」とされ、「風薫ると申すは南の風吹いて涼しきを申す候、昔琴を弾き候へば風かほりたる由候」と書かれている。また季寄せ『増山井(ぞうやまのい)』には「風薫 南薫。六月に吹く涼風也、薫風南」とある。元禄時代になって俳句の季語として使われ始め、以後今日まで伝わっている。また、薫風として熟語化して俳句に用いられたのは蕪村時代からのようである。(斎藤夏風)

   山本健吉も『山本健吉基本季語500選』(8)で、新古今集のころの「風薫る」は梅の花(春)や花橘(夏)の香りであったと述べ、「これらの『風薫る』は『薫風』の訳語ではない」としている。そして、連歌時代に、柳公権の詩「薫風南より来り、殿閣微涼を生ず」(『古文真宝前集』にあり)などの影響で夏の風としての薫風が意識され始めたという。

 芭蕉は元禄2年に、

 風の香も南に近し最上川 (曾良書留)
 有難や雪をかほ(を)らす南谷 (おくのほそ道)

などと「南薫」の句を詠み、また、同4年には、

 風かほ(を)る羽織は襟もつくろはず (芭蕉庵小文庫)

と「風薫る」の句を詠んでいるが、「薫風」の句はない。『芭蕉語彙』(13)という分厚い芭蕉の語彙集にも「薫風」はなく、「南薫」も出てはいるが「猿蓑」や「幻住庵記」の文中で使われているだけのようだ。
 山本健吉は「漢詩趣味の蕪村に至って『薫風』の熟語をそのまま句に詠み出した」「近代に至っては、『風薫る』よりも『薫風』の音を好んで詠むことが多い」としている(8)が、漢詩趣味のモンダイなのかどうか、もうちょっと知りたい気もする。

 ・・・などと、「風薫る」の歴史(オーバー!)に気をとられ、「薫風」がどんなニオイなのかまで話が進みませんでしたが、でも、「薫」という、草+重+火からなるこの不思議な漢字、ちょっと調べました。『常用字解』(12)によれば、「重」は「嚢」のことだそうで、嚢のなかに(草を)入れて下から火であぶる、つまり「くゆらす」ことなのだとか。それからまた、「薫」は、とてもとても強い芳香をもつ蘭の一種であり、「一薫一蕕、十年にして尚臭あり」といわれるほどだとか。一度出会ってみたいものですね。

では、また来月。

中原幸子

   「参考文献〕
(1)高橋順子・文/佐藤秀明・写真 『風の名前』(小学館、2002年)
(2)藤堂明保著『漢字の起源』(現代出版、1983年)
(3)角川書店編『図説 俳句大歳時記(夏)』(角川書店、1973年初版)
(4)加藤郁也編『江戸俳諧歳時記』(平凡社、1983年)
(5)平井照敏編『新歳時記』(河出書房新社、1996年改訂版)。
(6)角川学芸出版編『角川俳句大歳時記』(角川書店、2006年初版)
(7)新潮社編『新改訂版 俳諧歳時記』(新潮社、1968年改版)
(8)山本健吉著『山本健吉基本季語500選』(1989年)
(9)角川書店編『新版俳句歳時記』(角川文庫、1991年、改版24版)
(10)飯田龍太・稲畑汀子・金子兜太・沢木欣一監修『新日本大歳時記』(7)(講談社、2000年)。
(11)正岡子規編著『分類俳句全集』(アルス、1928年)
(12)白川静著『常用字解』(平凡社、2003年)
(13)宇田零雨著『芭蕉語彙』(青土社、1984年)

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