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月刊「e船団」 「香りと言葉」2007年10月号

歳時記のかおり 十月 菊の香

 ことしの重陽(陰暦9月9日)は10月19日ですね。この日が菊の節句、菊の日、今日の菊、菊水、菊瓶(きくかめ)、菊の宴など、さまざまな「菊」のつく別名で呼ばれるのは、重陽の節句が、長寿を保つために菊花酒を飲んで祝われたことによります。陽数の九が重なるお目出度い日に、尚も目出度さを重ねよう、ということなのでしょうね。あるいはお目出度い日に服すれば何倍も効く筈、ということでしょうか。その菊花酒、4世紀の中国ではこんなふうにして造られたとか(1)。
 菊酒は日本では、キクの花を浸して飲む酒と思われているが、中国では実際に菊花を用いて酒を造った。四世紀の『西京雑記(せいけいざっき)』には「九月九日・・・・菊花酒を飲めば人をして長寿せしむ」とあり、菊酒は「菊花開く時、並びに茎、葉を採り、黍、米と雑(まじ)えて之を醸す。来年九月九日に至り、始めて熟し就いて飲む」と解説する。

 いかに陰暦だといっても、九月九日にそう菊が咲いているものだろうか、という疑問はこれで氷解する。去年仕込んでおいた酒を飲むなら、菊が咲いていようがいまいが平気だし、今年の菊酒の出来はどうかな、と味見をする楽しみも加わったことだろう。

 キクは酒にされるばかりではなく、中国最古の薬物書『神農本草経』に「めまい、眼疾、耐老延年の薬」(1)として載っていたり、キクの花・葉・苗などを「百日間、陰干しにして粉末にし、白松脂で固めた錠剤を不老長寿薬としていた」(2)と言われたりするように、古代中国においては薬として実用されていたのだという。

 もっとも、いまのキクは中国に自生するハイシマカンギクとチョウセンノギクの自然雑種として5〜6世紀のころに生まれたもので、重陽の節句の始まった後漢のころの菊酒や、陶淵明(365〜427)が詩に詠んだ東籬の菊はハイシマカンギクであろうとされる。ハイシマカンギクとチョウセンノギク、どんな花かご覧になりたいですよね?こちらをどうぞ。
ハイシマカンギク:
http://www.flower.affrc.go.jp/kiku-idenshigen/kiku_yasei_show/detail_html/00030.html
チョウセンノギク:
http://www.flower.affrc.go.jp/kiku-idenshigen/kiku_yasei_show/detail_html/00022.html
 この花き研究所のホームページにはキク属の野生種が他にもいろいろ紹介されている(3)。

 キクの植物分類学上の位置付けをこちらに図示した。花き研究所のホームページとラテン名が違うのを不思議に思われるでしょうが、私が引用したのはクロンキストの植物分類表(1988年)で、花き研究所では新エングラーの分類表(1964年)をお使いのようですね。植物の分類は知らない間に変わっていることがあるので、私のように半世紀も前に習ったヒトは戸惑ってばかりです。

 さて、重陽の節句の祝いは唐の時代に非常に盛んになり、そのころには美しい園芸種のキクができていて、それが奈良時代から平安時代の初め(8世紀末)に日本にもたらされたのだという(4)。中国の菊はそのまま日本語になり、今も菊の字に訓読みはない。そして、日本でもさまざまに重陽の節句が祝われるようになった。9月8日の夜に菊の花に真綿を被せておき、翌朝その露を含んだ真綿で体を拭いて老いを去り、若返りを図った「菊の被綿(着綿)」などもその一例である。

 菊の香が愛されたことは、この「歳時記の香り」の2月号
http://sendan.kaisya.co.jp/kotobbak200701.html#feb2007)でご紹介した六種の薫物にも「菊香」があり、『薫集類抄』にはその処方も出ていることにも現われている(5)。


「菊花」の処方

成 分『薫集類抄』(菊花)
沈香 (じんこう) 4.00 
薫陸 (くんろく) 0.25 
丁香 (ちょうこう) 2.00 
甘松香 (かんしょうこう) 0.25 
甲香 (こうこう) 1.50 
麝香 (じゃこう) 0.50 
合 計 8.50 
(単位は「両」)


 ただ、残念ながら、梅花の場合と違ってこの「菊花」香からは菊の花の香が発ちそうもない。それに、この処方が、なんと「落葉」とまったく同じなのである。まあ、薫物とは、自然の香りの再現を楽しむものではなく、薫物の世界を楽しむものだったのだろうから、それでいいのかも知れないけれど(というのは私の我田引水か?)。

 さて、キクの香りです。
 と、書いて、困った。菊花展に行く度に嗅いでみてはいるけれど、どうも色や形ほどはっきり香りが違っていた、という記憶がない。これがバラなら、これでもか、という程違うのに。とにかく、確かめなくちゃ、と近所のスーパーへ急ぐ。店先であれこれくんくんやってみると、いくらかの個性は発揮しているものの、どれも底には共通した、いわゆる「菊の香」が流れていて、これも菊?というような変った香りのは見当たらない。念のため白・黄・臙脂と色の違うのを買って帰り、家でも嗅いでみた。黄色と臙脂の中輪はよく似た香りで、私の脳にインプットされていた「菊の香」そのもの。黄の小菊はそれよりやや甘みが強く、白は淡白で上品ながらやはり「菊の香」だった(私は調香師としての訓練を受けていないので、あまり微妙な違いはわかりませんが)。
 なんとなく納得して、翌朝5時、これが、どれも匂わない。6時、どれも匂い始めている。昨日の新聞で確かめると、今日の日の出は5時46分とある。そうか、菊も日の出とともに活動を始めたのだ。夜、ちょっと日没には間に合わなかったが、7時ごろ帰ってきたら、もうキクの香はおやすみになっていた。

 もちろん香料の世界でも、菊の花の香り成分は研究されていて、観賞用中菊「深志の里」から、キクの属名のChrusanthemumにちなんだ「Chrysanthenone」とか「cis-Chrysantenyl acetate」「trans-Chrysantenyl acetate」などの名前の成分が同定されている(6)。また大正期には資生堂から「菊」という香水が発売され、現在もその複製品が資生堂企業資料館のオリジナルミュージアムグッズとして販売されている。ただ、いま身の回りに菊の香を生かした製品というのは見当たらない。淋しく思っていたら、「菊花の香り」という韓流映画がヒットしたのだそうですね。題と同じ名前の香水が重要な役割を担っているとか。是非見てみよう。

 そうそう、菊の香の俳句ですが、実は「菊の香」は歳時記では傍題にもなっていないのです。なんて、これでは「歳時記の香り」になっていないですね、すみません。
 でも、たくさん詠まれてはいます。お詫びにわたしの好きな句を・・・。

  菊の香や奈良には古き仏達       松尾芭蕉
  菊匂ふ深きより水湧くごとく        橋關ホ
  かるた切るうしろ菊の香しんと澄み   飯田龍太
  菊の香にえびは一、二度反りあがる  松本恭子
  菊の香の闇ふかければ眠るなり     稲垣きくの
  あけくれのなかに祠や菊にほふ     二階堂文子
  卓の菊匂ふ働く妻の留守         高橋悦男

 ではまた来月。
                               中原幸子

〔参考文献〕
(1)湯浅浩史著『植物と行事』(朝日選書478、1993年初版)
(2)槇佐知子著『くすり歳時記』(筑摩書房、1989年初版)
(3)花き研究所ホームページ「キク属野生種」(http://www.flower.affrc.go.jp/kiku-idenshigen/kiku_yasei_show/index.html
(4)週間朝日百科「植物の世界」8号(朝日新聞社、1994年)
(5)山田憲太郎著『ものと人間の文化史・香料』(法政大学出版局、1978年)
(6)「香りの本」第232号(「花の香り」特集号)(日本香料協会、2006年)

月刊「e船団」 「香りと言葉」2007年11月号

歳時記のかおり 十一月 新酒・古酒

 新酒って2種類あったのですね。ご存じでしたか?
 それはちょっとおいて、今年の10月は妙にお酒(の話)に縁がありました。
 ひょんなことから、子規、漱石、虚子らとも親交のあった俳人・村上霽月が、漢詩からの連想を生かした「転和吟」という独自の俳句を作った、と知ってインターネットで調べ、松山市西垣生町の三嶋大明神社に、

  酔眼に天地麗ら麗かな

という句碑があることが分かった。これが、杜甫の「飲中八仙歌」のなかの李白を詠んだ詩(下記)から得た句だという。へえー、うまいものだなあ、と感心しました(失礼ですが)。

 李白一斗詩百篇
 長安市上酒屋眠
 天子呼来不上船
 自称臣是酒中仙

 そして中頃のこと、早稲田大学で「俳文学会」がある、そこで堀切実氏が「取り合わせ」について発表される、と聞いて、おっかなびっくり拝聴に行きました。そうすると、大学の構内で会津八一の展覧会が開かれていたのですね。前々から一度本物の書を見てみたいと思っていたので、大喜び。そしていきなり、「李白一斗詩百篇・・・」の扁額。もうびっくりでした。八一はこの詩が好きだったのか、他にも「李白一斗詩百篇」だけの額もありました。うーん、私も飲めたらなあ、と思わせられる書でした。

 そんなこんなで、11月はお酒の香りということにしたのですが、更に28日に、柿衞文庫で、今度は漱石の一句を、何と、清水紘治の朗読で聞いてしまったのです。

  お立ちやるかお立ちやれ新酒菊の花

    坪内稔典原作(『俳人漱石』)・宇多喜代子脚本・清水紘治朗読によって「漱石俳句を朗読で味わう」という、それはそれは贅沢な催し。俳句は、誰かに読んでもらうとイメージが壊れるのでは、と思っていたが、それはまったく杞憂だった。まあ、ここで私が下手に感想を述べると、この朗読の価値を下げそうなので遠慮しますが。この句は明治28年、子規が小康を得て松山から東京へ帰るときに、漱石が贈った句とのこと。じんときて、しかもおいしそう!

 で、「新酒」は歳時記では秋の部に入っている。例えば『新日本大歳時記』(1)では、
 秋に入ってからもっとも早く醸造され、市場に出回る酒。江戸時代初期には、酒は造られる順に、次の五種類に区別されていた。秋彼岸すぎから仕込む新酒(彼岸酒)、間酒(あいしゅ:十〜十一月)寒前酒(かんまえざけ:十一〜十二月)寒酒(かんしゅ:一月)春酒(はるざけ:二〜三月)である。夏はいわば酒造のシーズンオフであった。それで秋に出回り始める酒が新酒と呼ばれたのである。また昔は、各農家で自家の飲料用の酒を新米の収穫後すぐに醸造したということもあり、新酒といえば秋のものであった。江戸中期以降酒造りは寒造りが主となった。今日、新米で造った新酒は二月頃に出回る。(以下略)。

   つまり、冒頭で触れた2種類の新酒の1つは彼岸酒とも呼ばれる秋の新酒、もう1つは寒酒で2月頃に出回る春の新酒である。インターネットで見ると、彼岸酒に当る新酒も随分売られているようで、新酒が歳時記通り秋のものに戻っている感もある。
 さて、茨城県工業技術センターのホームページ(2)には、昭和62年度(1987)からずっと「新酒の成分について」という調査報告が掲載されている。平成17年度(2006)の報告書(平成18年10月発行)を見ると、「はじめに」にこうある。
 酒造期の終了を控え、醸造された新酒を評価し、酒造技術の改善・消費者嗜好に適合する出荷管理等の目的により平成18年3月14日、第40回茨城県新酒鑑評会を行った。

 酒造期というのは、地方によってズレがあると思われるが、大体10月頃から翌年の3月頃までのようで、茨城県でも3月半ばには新米で仕込まれた新酒が出揃い、鑑評会に集まってくるのであろう。
 「新酒の成分について」で報告されている成分は「国税局所定分析法」によって分析されたとあるが、最初の頃は日本酒度、アルコール、酸度、アミノ酸度、糖分、pHの6項目で、香りについては検査されていない。香りの報告が始まるのは平成7年度(1995)分からで、酢酸イソアミル、イソアミルアルコール、カプロン酸エチルの3成分が分析されている。
 今年度はヘッドスペースガスクロマトグラフにより香気成分の分析をおこなった。その結果、酢酸イソアミルは最大値10.2ppm、最小値1.3ppm、平均値3.0ppm、イソアミルアルコールは最大値134.6ppm、最小値62.6ppm、平均値99.0ppm、カプロン酸エチルは最大値9.2ppm、最小値1.2ppm、平均値3.4ppmとなった。

 ヘッドスペースというのは、容器の上部の空間のことなので、ここでは容器を開けたときまず鼻に感じる香りが分析されたことになる。『微生物と香り―ミクロ世界のアロマの力』(3)によれば、日本酒の香気成分は100以上も報告されているそうで、酢酸イソアミルとイソアミルアルコールは日本酒の香りを代表する成分、カプロン酸エチルは吟醸酒の香りを代表する成分というところらしい。

 新酒は次の年の新酒が出ると古酒になる。「古酒の香りは甘い?からい?」(4)によれば、「数年から数十年のあいだ熟成させた『古酒』が最近注目されて」いて、「新酒がもつ芳香に富んだ華やかな香りは、熟成により重厚で落ち着いた『熟成香』へと変化」し、熟成した日本酒には、新酒には検出されないソトロンという成分が検出されるという。ソトロンは不思議な化合物で、嗅ぐ人によって甘味を想起する人と塩味を想起する人がいるとか。でも、どうやらまだ古酒の香りは謎のようだ。

 熟成といえば、今回、宝暦6年(1756)の酒の研究報告、というのに出会って仰天した。タイトルは「243年貯蔵酒の性状と成分について」(5)。このお酒は新潟県関川村渡邊邸の土蔵から見つかったもので、「宝暦6年(1756)甘露酒七合詰」と記載のある焼物の壷に入っていたとか。1998年に国税庁醸造研究所で開封、ピペットで資料を採取して研究されたもので、その時、残量は2.5合程度と推定されたという。
 壷の上部は布が掛けられ、紐で結ばれていた。布を取ると和紙で覆われた栓があり、和紙は糊のようなもので固められていた。和紙はかなり硬かったのでカッターで切れ目を入れて取り外した。この時栓の周りに芳香が感じられた。(中略)
 開栓と同時に香りを嗅いだところ、老酒様の強い老香が感じられたが、老酒様の香りが強いせいか、開栓前に栓の部分で感じられた芳香は認められなかった。(略)
 香気成分として酢酸エチル、酢酸イソアミル、イソアミルアルコール、イソブチルアルコール及びn−プロピルアルコールがGC分析による保持時間から同定された。


 ちゃんと香りが残っていたのですね。もう、こういうときに乾杯できないなんて。 では、また来月。
                               中原幸子

〔参考文献〕
(1)飯田龍太・稲畑汀子・金子兜太・沢木欣一監修『新日本大歳時記』(講談社、20・00年)。
(2)茨城県工業技術センター(http://www.kougise.pref.ibaraki.jp/)
(3)井上重治著『微生物と香り―ミクロ世界のアロマの力』(フレグランスジャーナル社、2002年)
(4)磯谷敦子著「古酒の香りは甘い?からい?」(「生物工学会誌」84巻10号、2006年)
(5)江村隆幸、岡崎直人、石川雄章著「243年貯蔵酒の性状と成分について」(「日本醸造協会」94巻9号、1999年)


月刊「e船団」 「香りと言葉」2007年12月号

歳時記のかおり 十二月 柚湯(ゆずゆ)

 12月は柚湯にしようかな、と思って佛教大学の図書館で検索してみたら、準貴重書室というところに『新著料理 柚珎秘密箱 全』(1)というのがあった。係りの人が恭しい手つきで持ってきてくれたのが、これ。


   左側はその序文で、『翻刻 江戸時代料理本集成 第五巻』(2)によれば、この序には、
 書肆亦秘密箱を携へ来りて曰(いはく)筥のうちに一(ひとつ)の書あり。行はるべきや否や卜(ぼく)せよといふ・・・(略)
云々と書かれ、要するに、版元が箱に入れた本をもってきて、出版すべきか否か、何の本であるかなどを占わせた上で出版されることになった、といういきさつが書かれているらしい。

 百珍ものの皮切りだった『豆腐百珍』(天明2年(1782))には100種のレシピが出ている訳だが、ユズはさすがに100はなく、44種。柚飯仕方(ゆうめししかた)に始まり、柚てんふら(天ぷら)まである。そして最後に「百柚くすり湯の方」。え?料理本なのに?飲むくすり湯なの?と、一瞬、思ったが、でもその配合量が飲むにしては多すぎる!!ユズが百個も。それに、百目って375グラムですよね。

  柚  百ク
  生の青木葉  三百目
  干たるにんどう  百目
  こんぶの塩  一合(これは昆布屋にあり)
  扨湯を立候て右の薬味を入れて焚申候なり。これに二十八品の功能あるなり。


 効能は全部書ききれないとしつつも、冷えや女性の帯下、痔などによいと書いている。
 それにしても、何と複雑な柚湯であろうか。こんなお風呂をいったい誰が・・・と思ったら、江戸時代には営業用の薬湯があったのだそうだ。『風呂と湯の話』(3)には、
 江戸時代は、太平のためか、日本人に沐浴の習慣を植えつけた時で、この時代の都市には湯屋・風呂屋のほかに、営業用の薬湯が相当にあった。これは当時の医術が皇漢方によった時代ということにも関係がある。(略)
 薬湯と一般の町湯の割合を見ると、弘化三年(1846)の『品川宿々並地図』には町湯五軒に対して一軒となっている。


  などと出ており、町の薬湯は銭湯より湯銭が高かったともいう。あ、それと「湯」と「風呂」の違いというのも出ている。「『風呂』といえば、蒸し風呂の略称で、釜に湯を沸かし、その蒸気すなわち湯気を密閉の浴室内に送り込むもの」であり、「『湯』というのは、洗湯とも書き、今日の一般家庭や公衆浴場(町湯、銭湯)と同じもの」の由。それが今や、
 「あなた、お湯がよいお加減ですよ」
 「そうか、では一風呂浴びるか」
という夫婦の会話を誰もおかしいと思わなくなっている、と著者に言われて、やっと私も気付く始末。

   さて、どうやら冬至の柚湯は『柚珎秘密箱』の「百柚くすり湯」とは違うような気がしてきましたね。『角川 俳句大歳時記』(4)の柚湯をみてみましょう。
 冬至の日に風呂に柚子の果実を浮かべて、無病息災を祈るという風習。芳しい香りがたちのぼり、身体が温まる。江戸時代から、銭湯でこの風習は行われていた。五月の菖蒲湯などと同じく、植物の薬効で生命力を強めるという俗信であり、ほのぼのとした家庭内行事である。(藤原龍一郎)
 そっけないですね。もうちょっと深ーい意味があるのかと思ってましたが。もっとも、ユズの薬効は古くから知られており、これにあやかって生命力を高めたい、という気持ちはよくわかる。『くすり歳時記』(5)には、こう書かれている。
 柚子には顕著な抗炎作用があり、消化を助け、酒毒を解き、腸や胃の気を去るほか、利尿の効もある。果皮は乾燥して咳止め、消化、下気(げき)その他に用い、花は停滞した気のめぐりをよくし、痰を除き、痛みを鎮める。そのほか種子や根、葉、柚子の木の寄生樹(やどりぎ)まで薬用にされて来た。
 (略)
 太陽の力が最も衰える冬至に、太陽の蘇りを祈って禊(みそぎ)の湯に柚子を入れる日本人のナイーヴな感性を、私はうれしく思う。


 さて、そのユズの香りが、私は大の苦手で、あの香りがするだけで大好きな茶碗むしも慌てて蓋をしてしまうヒトだった。それが、ある日平気になり、またある日、好きになった。きっかけは、由布院の宿の、果汁だけで作ったという柚子ゼリーの試食だった。皮独特のクセはないけれど、どこかユズの気配のある香りで、自分のもお土産も、いくつも買って帰って、食べ終わる頃には皮の香りも平気になっていたのです。そのユズは、こんな植物で、学名のJunosはユズの古名「柚之酸」に由来するという(6)。

     ユズの精油はレモン油やオレンジ油と違って香粧品や日用品の香料として使われることが少なく、量産されないので高価だが、食品のフレーバーや入浴剤などに使われている。また、香り成分についても報告されている。その主成分は柑橘類に共通のリモネンであるが、ユズ独特の香りへの寄与度の高い成分として、分子内に硫黄を含むMethyl trisulfideが報告されているのが目を惹く(7)。

   先日テレビで「ジャッジ」(NHK)というドラマを見たのですが、その最終回の最後の場面で主人公が「すっとごれ」と叫んでいました。「歯をくいしばれ。なにくそ頑張るぞ」という意味だとか。
 では、また来年。お互いに、すっとごれ!!
 どうぞよいお年を。
                                       中原幸子
〔参考文献〕
(1)器土堂著『新著料理 柚珎秘密箱 全』(天明五年、京都西村市郎右衛門版)の複製版(臨川書店、1978年)
(2)吉井始子他翻刻『翻刻 江戸時代料理本集成 第五巻』(臨川書店、1980年)
(3)武田勝蔵著『風呂と湯の話』(塙新書、1967年初版)
(4)『角川 俳句大歳時記』(角川書店、2006年)
(5)槇佐知子著『くすり歳時記』(筑摩書房、1989年初版)
(6)牧野富太郎著『牧野 新日本植物図鑑』(北隆館、1961年初版)

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