月刊:ことばを探る 最近のバックナンバー

月刊「e船団」 「香りと言葉」2008年1月号

歳時記のかおり 一月 墨初め

 明けましておめでとうございます。
 「墨初め(すみはじめ)」は、いま、私が作った季語です。「書初め」も「初硯」も墨あってこそなのに、これが歳時記にないなんてひどいよ、と思ったものですから。

 ―墨が人を磨(す)る。
ということばがある。人が硯の面で墨を磨るのがとうぜんなのに、かえって人が墨に磨りつぶされるという意味なのだ。出典は宋の蘇東坡の詩である。

 こう始まるのは、陳舜臣の短編小説集『景徳鎮からの贈り物』(1)にある「墨の華」。犬養木堂のエピソードが出ている。
 犬養木堂は中国人とのつき合いが多く、中国の書画骨董を多く集めていた。あるいは自然に集まったというべきかもしれない。子息の犬養健氏が、代議士に立候補するたびに、すこしずつ処分して選挙資金に充てたそうで、晩年にはほとんど無くなっていたという。だが、最後まで手もとに残したのは古墨であった。(略)
 書画や陶磁を手放して、古墨を最後までのこすことについては、私はその気持がよくわかるのだ。書画や陶磁は美術館へ行き、ガラスケース越しに鑑賞することができる。しかし、古墨はガラスの向こうにあっては鑑賞できない。すくなくとも、十全の鑑賞はできない。手にとって、近づけなければならないのである。古墨にはにおいがあるのだから。


 ものすごくうれしいことを読んだ、と思ったのを覚えている。サブタイトルが「中国工匠伝」で、どの工匠も渋い光を放つこの本は、1980年6月のその日以来ずっと、私の本箱の特等席に居座っている。擦り切れたカバーが包装紙で補強されて。ちなみに陳舜臣も奥さんに「あなたも墨に磨られるほうね」と言われるとか。こんな奥さんってステキですよね。

 「墨の華」の主人公は墨の名匠として歴史に残る羅小華、時は明の世宗、嘉靖年間(1522〜1566)、舞台は墨の名産地として有名な安徽(あんき)省の歙(きゅう)県である。まあ、羅小華の波乱万丈の青春は小説でお読み頂くとして、墨の香りに取りかかりましょう。

 墨の歴史は古く、ネットで百科(2)によれば、「すでに殷代の陶片に墨書したものも知られている」とのことで、「湖北省江陵県鳳凰山の漢墓から、筆、筆筒、円石硯、硯石などとともに砕けて瓜の種子のようになった墨が出土したが、前2世紀中葉のものとされ、これが今日実物によって確認できる最古の墨である」、「墨は元来実用の具であり、消耗品ではあるが、一面ではその形状、色沢、芳香などを賞美する趣味が五代(中原注:907〜960)ごろから起こり、明・清に至って多くの愛墨家が輩出している」などと記されている。
 だが、『和硯と和墨』(5)には、李白(701〜762)が「蘭麝を珍墨に凝らす」と詠んだ、とあるから、五代より2世紀も前に既に墨には香りがつけられていたことになる。

 『匂い・香り・禅』(3)には、
 (・・・)『瑜伽師地論(ゆがしじろん)』という、仏教のいわば最高にむずかしい繁鎖哲学を説いたインドの書物のなかに、香料について記しているところがあり、香料の代表的なものを四つかぞえて、
 これを四大香となす。
といい、沈香と堵魯迦香と竜脳香と麝香がそれだといっている。(中略)女性をふらふらさせる香料の王というムスク、すなわち麝香が、仏教の聖典に四大香の一にあげられているのもおもしろい。


 とある。『瑜伽師地論』は、広辞苑によれば、「仏書。弥勒あるいは無着(むじゃく)の著と伝える。漢訳は玄奘(げんじょう)訳(100巻)ほか(後略)」。弥勒や無着は4〜5世紀頃の人で玄奘三蔵は7世紀の人である。

 また、『香りと文明』(4)には、後漢の古文書に、チベット、雲南の山地に麝香鹿が生息していることが記されている、とあり、同時に次のように述べる。
 中国では、麝香を用いた歴史は古いが、薬物としてではなく、香料として用い出したのは唐、宋以後のようである。「当門子」、「臍香」、「麝臍香」などの名称で様々な文献に記されている。
 唐、宋以後、では雲をつかむみたいな感じだが、ここまで見てきた情報を重ね合わせると、墨の付香は唐時代には始まっていて、時代が降って墨が鑑賞の対象になったとき、香りも賞美されるようになった、と考えてよいであろう。

 上述の『和硯と和墨』(5)には「墨にまぜる秘薬」の1項がある。秘薬に求められている効用は9つにのぼる。
 脱色を防ぐ。堅さを増す。黒さを増す。香気を与え、膠力を和らげる。色沢を増す。湿気を除く。膠力を和らげる。磨墨の際の音を減ずるもの。黒さを増すもの。
 ここで「香気を与え、膠力を和らげる」秘薬とされているのは次の9種の香料。

 竜脳、麝香、丁香、白檀、霊陵香、香、甘松

 「香気を与え、膠力を和らげる」か、そう言えば、と思い出したことがある。香料会社で働いていたころのこと。「セロハンテープに香りを付けたいんだけど」と相談を受け、香料のサンプルをお届けした。しばらくして、「いやあ、香料はダメですね。接着がゆるんじゃって・・」と、その緩んだ試作品が届いた。なんと、テープの重なり目から接着剤がはみ出してるではないですか。つまり「膠力が和らいで」しまったのです。香料屋としたことが、こういう特性を知らなかったとは、と恥じ入った1件でした。上記の7種の中では特に丁香(丁子、クローブ)にその効力が強いと、私は思います。

 さて、これらの香料の中で、今でも墨に必ず入れられるのは竜脳と麝香だろう。竜脳は防腐と防カビの目的で、麝香は膠の臭いをマスキングし、佳香に変えるために。もっとも麝香はオスのジャコウジカの香嚢で、1頭から1個しか採れない上に、採ればその動物を殺すことになる。そのためワシントン条約で保護されており、今では本物を使うことは不可能になっている。代わりに世界中の香料屋が頑張って、天然の麝香の香り成分と同じムスコンという化合物を製造しているし、よく似た香りの合成香料もいろいろ作り出した。
 私が撮った写真で、ボケてますがご覧下さい。


 右が本物の麝香で、左3つが合成品。残念ながら香りの奥深さも保留作用の強さも本物には適わない。でも、有り難いことに今では膠の質がぐんと上がって、昔のように臭くはないので、私に買える値段の墨でもよい香りがする。あ、保留作用というのは、香料業界の用語としては、香り成分の蒸発を抑える作用です。防腐・防カビ作用のある竜脳が飛び去るのも防いでくれる筈です。

 二日は書初めですね。なにをお書きになりますか?
 今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
 では、また来月。
                             中原幸子
 〔参考文献〕
 (1)陳舜臣著『景徳鎮からの贈り物』(新潮社、1980年)
 (2)ネットで百科(有料)(http://www.kn-concierge.com/netencyhome/
 (3)関口真大著『匂い・香り・禅』(日貿出版社、1972年)
 (4)奥田治著『香りと文明』(講談社サイエンティフィク、1986年初版)
 (5)植村和堂著『和硯と和墨』(理工学社、1980年)

月刊「e船団」 「香りと言葉」2008年2月号

歳時記のかおり 二月 沈丁花

 ぼーんやり歩いていて、ふと、久しぶり感のある甘い香りに気付く。見なくても分かってるんだけど、やっぱり用のない方へ角を曲がってしまう。お、咲いてる、と咲いてるに決まってるのに、うれしくて、鼻をよせる。沈丁花ってそういうトコがありますよね。

 香料会社をやめたあと、香りにかかわる雑誌とはすっかり縁がきれた。しばらくはせいせいしたけど、やっぱり淋しくなって、日本香料協会が出している季刊誌「香料」(サブタイトル「香りの本」)をまた講読している。昨年5月の60周年記念号で通巻234号となった。バックナンバーをたどれば香りについて知りたいことの手掛かりは大概得られるので、ちょいちょい里帰りと称して勤めていた会社へ見せてもらいにいく。2006年12月は「花の香り」特集号(1)だったが、そのジンチョウゲの項をみてみた。
 独特の強い芳香を放つ。(略)甘くややスパイシーグリーンで、少しオレンジフラワーがかっている。軽く漂うにおいは春を感じさせる。 とある。
 これでは、ジンチョウゲの香りが目に、じゃない、鼻に(?)浮かんでくる、というわけにはいかないですね、残念ながら。きっと皆さんも、「あ、香料カンケイの本では、ジンチョウゲの香りって、そんな風に表現するの?」と思われただけでしょう。でも、これでもいい方なのです、「花の香り」特集号の中では。アーティチョークからワサビまで、全部で129も香る花が取り上げられているのに、花そのものの香りについては何も書かれていないのが64もあるのです。
 ハイ、昨日エクセルに入れて勘定したのです。他に芳香とか、強い芳香とかいうのが21。合わせて85。もちろん、花から取り出された香り成分についてはそのニオイが書かれているのもありますが。
 上述の60周年記念号(2)には「わが国香料、最近10年の歩み」も特集されているが、そこにも香りの分類や表現に関する歩みは誰も書いていない。
 とは言うものの、香りを、何とかしてすっきりと分類したい、という努力は昔からされてきた。貝原益軒もやっている。あらゆるにおいを「香(こうばし)」、「(くさし)」「焦(こがれくさし)」「腥(なまぐさし)」「腐(くちくさし)」の5種類に分類したとか(3)。
 で、中でもユニークで夢があるのは19世紀、イギリスの化学分析家・ピースが作った「香階(gamut of odours)」(3)というものだろう。
 :ローズ、:シナモン、:トルー・バルサム、:スイートピー、ファ:ムスク(麝香)、:イリス、:ヘリオトロープ、:ゼラニウム・・・というように、7オクターブ分48種類の香料を音階にあてはめ、これらをいくつかずつ組み合わせて和音ならぬ「和香」を構成する試みまでしている。
 このアイデアは、香りの分野でも色の3原色に相当する原香が何種か解明されて、ローズやシナモンの代わりにその原香を当てはめることができたならば、また生き返ったかもしれない。しかし、鼻には1000〜2000のニオイのレセプターがあることが判ってきて、今では「原香」の存在は考え難くなっている。
 マリア・ピリスの「トルコ行進曲」が、音符で書かれた香水の処方箋になってプリンターから流れてきたら、うれしいのになあ。でも、音階が1000個もあれば、ピアノ12台分ほどだから、ちょっと無理かも。

   その沈丁花、植物学上の分類はこんな風になる。

ジンチョウゲ

 沈丁花という名前は、香りが沈香に似ていて花の形が丁子に似ているから、とも、沈香と丁子の香りを併せもつから、ともいわれるが、『花ことば』(4)にはこうある。
 学名Daphne odoraは「匂(かお)りのよいダフネ」という意味である。ダフネはアポロンに追いかけられてローレルの木になった森のニンフの名前だとも、「音をだして燃える」というギリシア語が語源だともいわれている。英語の一般名でもdaphne(ダフニ)といっている。
 イギリスの花ことばではローレルと共通していて、この属に「光栄」「不死」(常緑であること)という意味があり、「ジンチョウゲ」は「百合の花に色をぬる」(よけいなことをするという意味)という寓意になっている。フランスではこの木をやさしい(かわいらしい)木」(boisgentil)といっているので、「やさしさ」「おとなしさ」「気にいろうとする望み」という寓意になっており、春早くに咲く花なので「幸福の復帰」という意味にもなっている。「やさしい木」というのはダフネの伝説からでた名前であろう。


 『世界花言葉全集・附園芸辞典』(5)という昭和5年発行の本にも面白い話が出ている。(総ルビ、旧字体、歴史的仮名遣いだが、現代の形にあらためた)。
 欧州大戦の折に、戦前の叢に一夜をあかした将卒共は酷烈なる異香に目覚めて敵の毒瓦斯だと騒ぎを起したが夜明けてダフネの艶を競うて咲き誇っているのに気付いたと言う。
 そう言えば、沈丁花がたくさん一か所に植えられているのを見たことがないが、もしかしたら香りが強すぎるのかも。中国では千里香とも呼ばれるそうだし。

   さて、ジンチョウゲの花の香り。ジンチョウゲはこんなに香りが強いのに、香料の世界では香料の抽出品はおろか、この香調の製品も、私は、見たことがない。が、香り成分の研究はされている。
 上述の「香料」(2)にも、Watanabeらがジンチョウゲの花から145もの成分を同定した、と紹介している。主成分はシトロネロール、ゲラニオールといったバラの香りなどにごく普通に見られる化合物で、ジンチョウゲ特有の香りの成分は特定されていない。ただ、丁子の香り成分であるオイゲノールが見出されていないところからみて、名前の由来とされるのは花の形の方、という推測は成り立つだろう。
 ジンチョウゲの香りの研究報告を調べていて、ヨーロッパに広く自生するというジンチョウゲの仲間、ダフネ・メゼレウムの香り成分の報告に出会った(6)。研究されたのはスエーデン中部産の花で、色はlight-purpleとあるから日本のより淡いのであろうか。香り成分も、分析方法が違うとはいえ、リナロールが圧倒的に多いので、日本のとはちょっと違う香りのように思われる。研究のきっかけが、この花に蜜蜂が集まることから、受粉につながる香り成分の解明で、とすると、随分群れて咲くのだろうから、上述の、将卒が毒ガスと間違えた、という話も真実性を帯びてくる。

 ところで、ジンチョウゲの実って、ご覧になったことがありますか?
 ジンチョウゲは実のなる木がめったにないとかで、そう言われれば見たことないなあ、と思ったのですが。長い間雌雄異株だと思われていて、しかも雄株ばっかり輸入されたので、実がならないのだとされていたが、解剖してよく見るとどの花にもちゃんと雄蕊と雌蕊が備わっていたのだという。「平成11年度 種苗特性分類調査報告書」というのにミナリジンチョウゲというのが出ているから、その研究が実を結んだのでしょうね。実のなるのなる品種も香りは強いままのようで、目出度い。

 花はもうちょっと先ですが、もう薄緑の固い蕾がいっぱいついていますね。
 では、また来月。
                              中原幸子

〔参考文献〕
(1)「特集・花の香り」「香料(香りの本) NO.232」(日本香料協会、2006年)
(2)「香料(香りの本) NO.234」(日本香料協会、2007年)
(3)谷田貝光克編『香りの百科事典』(丸善、2005年)
(4)春山行夫著『花ことば』(上)(平凡社、1996年)
(5)西島楽峰編『世界花言葉全集』(春陽堂、1930年)
(6)BORG-KARLSON A-K et al.「Floral Fragrance chemistry in the early flowering shrub Daphne mezereum」(Phytocemistry,1996)
(7)財団法人 日本花の会「平成11年度 種苗特性成分調査報告書」(2000年)

月刊「e船団」 「香りと言葉」2008年3月号

歳時記のかおり 三月 桜餅

 桜餅、みなさん、関東風と関西風、どちらがお好きですか?
 私は好みとしては関西風なんですが、ウチの2階の京菓子店の桜餅が関東風で、これがまたおいしいので、つい関東風も食べてしまいます。


 上段左が関東風桜餅、右が関西風桜餅。
 下段左は麩の焼き、右は椿餅。
 同じ名前は姿が違う、違う名前は姿がそっくり。

 虎屋文庫の今村規子氏によれば(1)、
桜餅、くず餅、きんつば、どら焼き、大福など、今も親しまれる菓子の多くは、江戸時代に庶民の間で生まれたものである。
 桜餅は花見客で賑わう隅田川堤の長命寺門前で売り出され、亀戸天神の名物にはくず餅が考案された。


   ということだが、田中千博氏の「江戸の食事」(2)には、それは享保年間(1716〜1721)のことで、「桜の名所長命寺の門番、山本新六の考案によるもので、塩漬けの桜の葉と餅の甘さが評判となる」とある。

 カットには「隅田川名物 さくらもち」の店の絵(上図)が使われている。
 一方関西風はと言えば、「ネットで百科」(3)の「桜餅」の項には「大坂ではこれ(中原注:江戸での大ヒット)にならって北堀江の土佐屋という店が、天保 (1830‐44) ころから売りはじめ、好評を得たという」とある。

 「え?」と思いますよね、ここで。江戸にならった、と言うにはあまりにも違いすぎません?いかに箱根の関を越えたとは言え、こんなに変わるものだろうか。と思ったら、こんな記述に出会った。同じく「ネットで百科」の「和菓子」の項に、
 道明寺 (乾飯(ほしいい) )を使うのは平安時代から名の見える椿餅で、どういう理由があるのか,蹴鞠 (けまり)の催しのつきものとされていた。あんを入れるものと入れないものがあり、それを2枚のツバキの葉ではさむ美しい菓子である。(鈴木 晋一)

と、あったのだ。そうか、大阪人は、昔からある椿餅の椿の葉を桜の葉に変えることを思いついたのか、と思った。証拠はないが、週刊朝日百科「世界の食べもの」(4)にはナマの桜の葉を使った桜餅も出ていることだし。そう言えば関東風も、あの形のヒントはこれでは?と思う写真が『御前菓子をつくろう』(5)にある。この本では、本邦初のお菓子の本『古今名物御前菓子秘伝抄』(享保三年(1718))のレシピが再現されているのだが、そこで目を見張ったのが冒頭にあげた図の左下、「麩の焼き」。千利休が好んで茶席に供したという。門番の山本さんがこれにヒントを得た、というのはありそうですよね。

 ただ、江戸も大阪も、桜の葉が花より後で出るのは同じ。これだけは同じところに行き着かざるを得なかった。桜の葉を塩漬けにして次の年まで持たせるというアイデアも、当然山本さんから出たと思われるが、塩漬けの樽からあの独特のニオイが洩れ始めたときには、さぞびっくり仰天したでしょうね。それを、仰天して捨てたりせず、そのまま使うなんて、なんて偉いんでしょう、山本さんは。

 で、あの桜餅独特のニオイは主としてクマリンという化合物によるが、ナマの葉の中ではクマリン酸グルコースという不揮発性、つまりニオイの無い物質として含まれている。それが塩漬けにされることで、これも葉の中に含まれている加水分解酵素(β−グルコシダーゼ)の働きでクマリンになる。そこに関心をもって、実験室でこの過程を再現してみたのが、兵庫県立姫路東高等学校の村上忠幸先生(6)。
 「どうしてさくらの葉から、サクラモチ臭が出てくるのか?」という疑問に答えるため、サクラの葉40枚ほどを採集、試薬屋さんから100mg6600円でβ−グルコシダーゼを買い、ニオイを確認するために25g900円でクマリンも買って実験されたらしい。そしてめでたく「桜の葉から桜餅の香りのクマリンが発生する」ことを実証された。
 こういう授業だと化学の時間も楽しいでしょうね。ついでに家庭科の先生も巻き込んで、ホントの桜餅のニオイと較べてみたりしたらもっと楽しくて美味しいかも。

 上述のように田中千博氏は「塩漬けの桜の葉と餅の甘さが評判となる」と簡単に書かれているが、香りも大きく寄与していると思われる。クマリンの香りは『香りの総合事典実』(7)に「トンカ豆様の香気で甘いややスパイシーな香気を有する。希薄な状態では新しい干草様の香気である」という、この、「希薄な状態では・・・」というのがミソで、あのほど良い濃度のクマリンなくしては桜餅はあり得ないと思う。「牡丹餅の塩と女の口の過ぎたのは取り返しがつかない」というが、実は、クマリンの香りも過ぎると取り返しがつかないのです。

 ところで、桜の食べ物、いくつご存じですか?
 十?二十? いえいえ、澤山茂氏の「食品としての桜の花と葉」(8)には95種類も紹介されているのです。羊羹やだんごはともかく、「桜たいやき」「桜明太子」には参りました。

 では、また来月。
                                  中原幸子

〔参考文献〕
(1)今村規子著「時代の華、和菓子文化と歴史」(「食の科学」,2002年4月)
(2)田中千博著「江戸の食事」(11)(「明日の食品産業」、2005年9月)
(3)ネットで百科(有料: http://ds.hbi.ne.jp/netencyhome/
(4)週刊朝日百科「世界の食べもの」109号(朝日新聞社、1983年)
(5)鈴木晋一監修『御前菓子をつくろう』(ニュートンプレス、2003年)
(6)村上忠幸著「サクラモチ臭の発現機構を探る」(「化学と教育」、43巻4号、1995年)
(7)日本香料協会編『香りの総合事典』(朝倉書店、1998年初版)
(8)澤山茂著「食品としての桜の花と葉」(「製菓製パン」、2002年2月)

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