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月刊「e船団」 「香りと言葉」2008年4月号

お香あれこれ(1) 沈香漂着

 三年夏四月、沈水、漂著於淡路嶋。其大一囲。
と、あるのは、『日本書紀』巻第二十二 推古天皇の段。推古天皇3年は西暦595年、沈水は沈香のことで、このページでも一度ご紹介したことがあります。(「香りと言葉」2006年10月号)。

 これにちなんで4月18日はお香の日。どうちなんでいるのか、というと、「香」という字を分解すると「十八日」になるから、だそうです。1992年に全国薫物線香組合協議会が制定したもので、4月は勿論『日本書紀』からですね。

 では、『日本書紀』のそのくだりを見てみましょう(1)。(中原注:漢字は新字体に変えました)。
三年夏四月、沈水漂著於淡路嶋。其大一囲。嶋人不知沈水、以交薪焼於竈。其烟気遠薫。則異献之。
 現代語訳では(2)、
 三年夏四月、沈香(じんこう、香木の一種)が淡路島に漂着した。その太さは三尺程もあった。島人は沈香ということを知らず、薪と共に竈でたいた。するとその煙が遠くまでよい香りをただよわせた。そこでこれは不思議だとして献上した。

 これが歴史に記された最初の沈香ですが、立証はできないものの、沈香は仏教の伝来(538年、552年説も)と同時に日本にもたらされたと考えられています。仏教の儀式は香なしでは成り立たないですから。

 これが、12世紀末に成立したという『水鏡』(3)になるとこうなります。
三年と申しし春、は、この国に始めて浪につきて来れりしなり。土佐国の南の海に夜ごとに大に光る物ありき。その声雷の如くにして、三十日を経て、四月に淡路の島の南の岸に寄り来れり。大さ人の抱くほどにて、長さ八尺余ばかりなん侍りし。その香ばしき事譬へん方なくめでたし。これを御門に奉りき。島人何とも知らず、多く薪になんしける。これを太子見給ひて、沈水香と申すものなり。この木を栴檀香といふ。南天竺の南の海の岸に生え^ひたり。此木のびやかなるによりて、夏になりぬれば、もろもろの虵(へび)纏ひつけり。其時に人かの所へ行き向ひて、その木に矢を射立てて、冬になりて虵の穴にこもりて後、射立てし矢をしるしにてこれを採るなり。その実は鶏舌香、その花は丁子、その油は薫陸、久しくなりたるを沈水香といふ。久しからざるを浅香といふ。御門(みかど)仏法を崇め給ふが故に、釈梵威徳の浮べおくり給ふなるべし、と申し給ひき。御門この木にて観音を作りて、ひそ寺になん置き奉り給ひし、時々光を放ち給ひき。

 こで太字になっている語は香料の名前で、『香道の歴史事典』(4)によれば、
栴檀香:黄檀、白檀、紫檀、赤檀、黒檀などのサンタル樹
鶏舌香(けいぜつこう):丁子
丁子:丁子
薫陸(くんろく):乳香
 というように、沈香とは異なる香料である。
 また、浅香は全浅香とも書かれ、沈香の若木で色は白く、木質は柔らかく、水に浮きも沈みもしない、とされる。

 そして『太平記』(5)になると、1366年3月4日、大原野の花会でのこととして、婆娑羅(ばさら)大名の佐々木道誉が盛大に沈香を炷くシーンが出ています。

 紫藤ノ屈曲セル枝毎ニ高ク平江帯ヲ掛テ、螭頭香炉ニ鶏舌ノ沈水ヲ薫ジタレバ、春風香暖ニシテ不覚栴檀ノ林ニ入ルカト怪マル。
(中略)
 本堂ノ庭ニ十囲ノ花木四本アリ。此ノ下ニ一丈余リノ鍮石ノ花瓶ヲ鋳懸テ、一双ノ華ニ作リ成シ、其交ニ両囲ノ香炉ヲ両ノ机ニ並ベテ、一斤ノ名香ヲ一度ニ炷上タレバ、香風四方ニ散ジテ、人皆浮香世界ノ中ニ在ルガ如シ。


 ちょっとややこしいですが、前の記述は、竜の形をした香炉で沈香を炷くと白檀の林にいるようだった、ということであり、後の記述はふた抱えもあるような大きな香炉で1斤(800グラム弱)もの名香を一度に炷いたので、よい香りが四方に漂って、人々は、すべての楼閣がみな香りで造られているという衆香国にいるような気分になった、ということですね。

 婆娑羅とはいうまでもなく、この当時、武将を中心に流行していた服装や遊宴に贅をつくす華美な風潮をさすが、佐々木道誉はそのバサラの代表みたいな人で、名は佐々木高氏(1306〜73)、南北朝時代の武将、文化人で道 (導) 誉は法名である。香の世界では、聞香を愛好し、177種もの香木を所有していたことで知られる。

 『日本書紀』から『水鏡』、『太平記』にかけてのこの沈香の混乱ぶりは驚きで、日本書紀の「薪に混ぜて焚いたら薫った」という記述が水鏡で抜けてしまっていることなどはショックでさえある。これこそが沈香の沈香たる特徴なのに。

 でも、それにも増して驚きだったのは、20世紀末に出版された『日本書紀』(1)の沈水の注釈がこう書かれていたことだった。

 香木の一種。沈香ともいう。椿や欅に類し、外皮朽ちても木心・枝節残り、水に入れれば沈む。天竺・単于・交趾等に産する。集解(『書紀集解』(河村秀根))に「法隆寺霊宝目録曰、沈水香、推古天皇御宇、漂着淡路島。太子以刻本尊、以其余蔵于庫。是天下第一名香、一名法隆寺、一名太子」とある。書紀の古訓では、沈水でヂムといった(岩崎本以下すべてヂムとある)。

 「椿や欅に類する」はあまりにもひどい。ツバキはビワモドキ亜綱ツバキ目ツバキ科、ケヤキはマンサク亜綱レイトネリア目ニレ科、そしてジンコウはバラ亜綱フトモモ目ジンチョウゲ科の植物。類するとすれば双子葉植物だ、ということぐらい。
 産地も、天竺はインド、交趾はベトナムでたしかに沈香を産する。だが、単于がわからない。広辞苑には出ているが「匈奴(きょうど)の君主の称号」とあり、「ネットで百科」も称号や地位などとしてしか載っていない。(それとも、注釈がこうなっているのには何か理由があるのでしょうか。どなたか、教えてください)。

 え?ほんとに沈香は漂着したのか、ですか?
そう聞きたくなりますよね。私も悩みました。南方からモノが流れ着くのは「名も知らぬ遠き島より/流れ寄る椰子の実ひとつ」を引くまでもなく、珍しいことではありませんが、何しろ「水に沈むから沈香」なのに、ぷかぷか浮いて届いては・・・。
 でも、まあ、推古天皇の御代には、元年に法興寺の仏塔の心礎に仏舎利を安置、四天王寺建立に着手、2年には仏教興隆が図られるなどとても仏教を大切になさったので、これを仏様が喜ばれて沈香を下された、ということが強調されたのではないでしょうか、ね。

 ともあれ、日本人はこうして沈香と出会い、最初のころは供香(そなえこう)、すなわち仏前に供える貴重な香木として、後には日常生活を豊かにし、文化を担う素材として、大切に大切に付き合ってきました。平安時代の薫物合わせ、鎌倉時代以降に始まった闘香を経て現代のような世界に例を見ない香道へと発展してきたのです。

 で、この沈香に私が出会ったのは、香料の仕事に携わるようになってから随分たっていました。ある日、社長が「中原さん、伽羅ってええニオイやなあ。いっぺん研究してみいへんか」と言い出したのです。伽羅は沈香の最高級品。沈香はこの日、私の研究対象になってしまったのでした。
 沈香って何?
 香り成分は何?
 なんで加熱したらいい香りが立つの?

 少しずつ、少しずつ、香道は、実に巧妙に沈香の性質と取り合わせの技法を生かした遊びであることが分かってきました。これからしばらく、お香を探っていきたいと思います。

 では、また来月。

中原幸子
参考文献〕
(1)坂本太郎・家永三郎・井上光貞・大野晋校注『日本書紀(四)』(岩波書店,1995年)
(2)宇治谷孟著『全現代語訳 日本書紀(下)』(講談社学術文庫、1988年)
(3)塚本哲三編『水鏡 大鏡 増鏡』(有朋堂書店、1929年)
(4)神保博行著『香道の歴史事典』(柏書房、2003年)
(5)後藤丹治校注『日本古典文学大系 太平記』(岩波書店、1962年)

月刊「e船団」 「香りと言葉」2008年5月号

お香あれこれ(2) 「配合」と「取り合わせ」

 俳句の世界では「取り合わせ」と「配合」がほぼ同じ意味に使われているけれど、香りの世界ではちょっと違う気がする、と、ずっともやもやし続けて来ました。

 例えば『俳句実作の基礎用語』(1)では、
 取り合わせ(配合)・一物仕立て
 「取り合わせ」とは、一句の中に二つの素材を配合する手法である。これに対して、一句を一つの素材でまとめたものを一物(いちぶつ)仕立て、一物俳句などと呼ぶ。
 芭蕉は弟子の資質を見ながら、ある者には取り合わせを、ある者には一物俳句を奨励した。師の教えとして「発句は取合せ物也」を掲げた許六と、「こがねを打(うち)のべたる如く成(なる)べし」で応じた去来の論争が、よく知られている。近代以降、取り合わせを「配合」とも呼ぶ。
(後略)(小川軽舟)

 という風だし、『広辞苑』(まだ、第5版です)を見てみると、

 【取合せ】
 (1)とりあわせること。配合。調和。「―良く皿に盛る」「―の妙」  (2)とりなし。口添え。仲介。狂、鬼の継子「閻魔様とやらへ―を仰せられて、三郎を極楽にやつて下され」
 (3)発句で同じ匂い、同じ響きをもつ二つのものを組み合せること。青根が峰「余此の頃梅が香の―に、あさぎ椀とり合物なりと案じ出して」
 【配合】
 (1)2種以上のものをとりあわせること。とりあわせ。組合せ。「薬を―する」「色の―」
 (2)夫婦とすること。めあわせること。

と、ここでも「取り合わせ」と「配合」は互いに相手の説明に取り込まれている。

 では、インターネットで何かわからないものか、と検索エンジンに「配合」と入れてみると1億5千万件もヒットする。一方「取り合わせ」は1桁下の2千万。そうだ、近頃は取り合わせることを「コーディネート」と言うから、と思ったが「コーディネート」も1590万と「配合」の比ではない。ありそうな組み合わせで検索してみたが、下記のように意味のない表が出来ただけだった。


配合 取り合わせ コーディネート
コラーゲン 6,180,000 9,100 877,000
バッグ 3,020,000 220.000 7,420,000
古紙 706,000 1,080 18,900
茶道 723,000 55,200 354,000
花道+華道 304,800 66,000 329,000
香道 65,200 1,450 33,000
香水 650,000 86,100 501,000
俳句 52,300 23,400 126,000


 でも迷路の中で、ふと思った。化粧水にコラーゲンを「配合」すれば、コラーゲンは化粧水の中へ消えて、完全に1つのモノになってしまうけれど、服とバッグを「取り合わせ」ても、別のモノになる訳ではない、と。
 香水で言えば、何種類もの香料原料が「配合」されて香水が作られ、その香水にステキな名前やボトルが「取り合わ」される。更に使う人との「取り合わせ」、使われる場面での「取りあわせ」も発生する。これは香(こう)でも同じだ。色々な原料を搗き混ぜ、練り合わせて薫物を作るのが配合で、その薫物をTPOに合わせて最も引き立つ形で使うのに「取り合わせ」が駆使されるのだ。

 化粧水にコラーゲンを「取り合わせ」るとか、洋服にバッグを「配合」するなどの言い方がされないところを見ると、狭義の「配合」では均質なモノが生まれ、狭義の「取り合わせ」では均質なモノは生まれない。が、どちらも調和は生まれなければならない。そう考えると香りの世界での「取り合わせ」に取り付きやすくなった。

 ところで、香りを創作する人は「調香師」と呼ばれる。一人前になるのにキビシイ修業が必要なのはなんでも同じだが、はじめて調香師のタマゴが香りを覚えているところを見せて貰ったとき、本気で怖かった。
 Aという香料をニオイ紙に付ける→すぐ嗅いでニオイを覚える→5分ほどしたら嗅ぐ→覚える→30分ほどしたら嗅ぐ→覚える→半日ほどしたら嗅ぐ→覚える→翌朝嗅ぐ→覚える・・・途中でニオわなくなったらいつニオワなくなったかを記録して、やっと1件終了。短いのは数分で消え、長いのは何週間もにおい続ける。  Bという香料も同じように覚える。
 更にAとBを比率を変えて配合し、それぞれの比率毎に覚える。厄介なのはAとBを配合すると、ニオイが変わるだけでなく、蒸発する速さも変わってしまうことで、勿論、それも覚えなくてはならない。

 だが、香りを覚えることなど、調香師へのほんの入り口に過ぎない。『香りの百科事典』(2)では「調香師になるために」の項にこうある。
 調香師になるにあたり、最も重要な条件は、常人を超越した鋭い嗅覚と思われがちだが、そうではない。無論、それがあることは有利なことだが、ある程度までの嗅覚は訓練により鍛えることができる。
 化学的知識も、同じくあったほうがよいが最重要ではない。
 最も重要なのは、熱意と忍耐力である。一つひとつの香りを覚えたら次は2品の素材を合わせたバランスをみる。あらゆる可能性について突き詰め、さらに複数の素材のバランスを探る。かなり根気のいる作業である。しかしそのなかで、名香といわれるものの謎が解けてきたり、新たな組合せの発見ができたりする。香りの創作には長期間の試行錯誤が必要である。
 そして、もう一つあげるとすれば、想像力である。一つの言葉から広がるイメージ、一つの素材から広がるイメージ。それを香りで表現するのが調香師の技量である。そのために日ごろから感性を豊かにする必要がある。(佐々木久美子)


 言葉、イメージ、素材・・・。香りを創ることが、なんだか俳句を創ることと重なってきました。上で見た『俳句実作の基礎用語』(1)の「取り合わせ」の解説では、取り合わせるのは「素材」とされていますが、「素材」から広がるイメージを取り合わせること、「言葉」を取り合わせること、そんなことをもっと考えてみたくなりました。「取り合わせ」と「配合」が境界線で溶け合うが如き関係なのも、もしかしたら取り合わせの力とつながっているのではないか、などと思いつつ。

 では、また来月。
                              中原幸子

 〔参考文献〕
 (1)「俳句研究」編集部編『俳句実作の基礎用語』』(富士見書房,2003年)
 (2)谷田貝光克編『香りの百科事典』(丸善、2005年)


月刊「e船団」 「香りと言葉」2008年6月号

お香あれこれ(3)香の「はたらき」

 (お断り:今号より、文献の引用は茶色文字、ネットからの引用は青色文字です。)

 これまで「仏教と香は切っても切れない関係だ」とか、「仏教の儀式は香なしでは成り立たない」とか、当たり前のこととして書いてきました。でも、「え?なんで?」ときかれたら・・・?私も実は「え?なんで?」の域を出ていなかったのです。
 で、ふと「え?なんで?」と思ったんですが、運よく『香と仏教』(1)という本に出会いました。
 まあ、前から香道の世界で「香の十徳」と言われるモノがあるのは知っていました。一休禅師がお香の十の効用を数えたのだとか、『匂い・香り・禅』(2)には下記のように出ています。

1、鬼神も感動する。
1、心身を清浄にする 。
1、よく汚穢を除く。
1、よく睡眠を覚ます。
1、静中に友をつくる。
1、塵裡に閑を愉しむ。
1、多くても飽きない。
1、すくなくても足りる。
1、久しく蔵っておいても朽ちない。
1、常に用いても障りがない。


 これ、『華厳経』に出ている塗香(ずこう)の十種の功徳というのがヒントになっているみたいです。塗香は難しく言えばいくらでも難しいことになりますが、まあ、微粉末にした香を手や身に塗って身を清めること、です。

 さて、香はその「はたらき」によって仏への供養になる、と『香と仏教』にはのべられているのですが、この十徳はその総まとめみたいな・・・。
 そう言えば、「供養」も、何気なく使ってるけどよく分からない言葉なので、『香と仏教』で、まず供養という言葉からみてみたい。まず、こうある。

 供養とは供給資養の義である。

 供給?きょうきゅう?と思ったら「ぐきゅう」「くぎゅう」「くきゅう」と読むのだという。意味は今私たちが使っている供給とほぼ同じ。でも、「資養」が難しい。身の回りの辞書には見当たらない。『日本国語大辞典』にも。やっとネットで見つけたのに、こんなのがありました。今ネットの情報を鵜呑みにすることが問題になっていますので、くれぐれもそのおつもりで。
・供養とは「供給資養」の略字。供給とは真心を込めてお供えすること。資養とは供給によって報いがくる事をいう。
・供養とは「供給資養」というものでありますが、この資養とは、「供えた先のものから養われる」という意味であります。供花がこちらを向いているのは、供えた先の人達と向かい合うという意味から来ています。これを「回向」といいますが、供えた美しい花に手向けを込めることで私たちもまた故人から、花の美しさと儚さ、つまりいのちのありのままの姿を頂戴するものです。


 前から仏様へお花を上げるのになんで綺麗な方をこっち向けるのか、ものすごく不思議だったけど、これが本当なら納得ですね。
 さて、『香と仏教』に出ている「供養」の続きです。

『法華文句』二下に「其の依報を施すを供養と名く」、或は又、『法華玄賛』二に「財と行をとを進むるを以て供と為し、摂資する所あるを養となす」と述べる如く、尊尚の意を表わし、荘厳を施設し、飯食衣服等を以て、三宝、更には父母、師長、諸霊に資養することをいう。

 こう書かれるとひどく難かしげだが、『仏教辞典』では、
供養 くよう 原語は、敬意をもって、ねんごろにもてなすこと。特に神々、祖霊や動植物の霊、さらには尊敬すべき人などに対して、供犠や供物を捧げること、またそれによって敬意を表することを意味する。仏教では仏・法・僧の三宝や父母・師長・亡者などに、香華・灯明・飲食・資材などの物を捧げることをいう(供給資養)。略して〈供〉とも。

とあって、要するに供養したい存在に対して何かをお供えすればいい、ということらしく、更にはモノだけでなく精神的な供養、例えば合掌などもOKなのだそうだ。

 『香と仏教』にはいろんな経論に出ている供養が並べられていて、【二種供養】から【三種供養】、【三業供養】、【四種供養】、【五種供養】、【六種供養】、【十種供養】まである。そして、どの供養にも必ず「香」が入っている。つまり先に述べた、香の「はたらき」が供養になるわけである。
 ところがその「はたらき」のモトというのが、
 香は印度において発達した。熱暑の下に在って、其の身心の清浄を保つため、香は用いて其の効は余りあるものであった。こうした香の効用が、世俗のみならず、仏教においても供養の為の供物として重要な位置を占めるに到ったのである。

 うーん、もっと摩訶不思議な「はたらき」はないの?こんな「はたらき」で、香は「仏の使い」とまでいわれるの?十の功徳をもたらすの?

 などと考えて、ここから先は『香と仏教』に書いてあるわけではないけれど、ふと思い出した香りの「はたらき」に、遠く隔てられた距離や時間を一気に近づける、ということがあるのを思い出した。例えば『古今和歌集』夏部第五首、題知らず、詠み人知らずの歌。

   五月まつ花たちばなの香をかげば昔の人の袖の香ぞする

   例えば、菅原道真の詩「九月十日」。

 去年今夜侍清涼
 秋思詩篇独断腸
 恩賜御衣今在此
 捧持毎日拝余香

 筆跡や、高価な思い出の品や、そうした目に確かに写るものよりも、ほのかで、はかない「香り」の方がより鮮やかに記憶や想いを蘇らせる、というこの不思議さ。それこそが香りの不思議な「はたらき」である、とは考えられないであろうか?だからこそ経典にはまるで荒唐無稽としか言いようのないお話が書き込まれているのではなかろうか。

 香は現実に人を病気や汚穢から人を救う力に加えて、現実を越えた不思議の力をもっている、それが神仏との交流を可能にする、と信じられたから、仏教の儀式に欠くべからざるものとなったのではないでしょうか。
 その力はまた、空薫物(そらだきもの)として日常生活に取り入れられるようになったとき、さまざまな取り合わせを呼び起こす力ともなっていった、と思います。

 では、また来月。
                              中原幸子

〔参考文献〕
(1)有賀要延著『香と仏教』(国書刊行会、1990年)
(2)関口真大著『匂い・香り・禅(東洋人の知恵)』(日貿出版社、1972年)
(3)中村元、福永光司他編『仏教辞典(第2版)』(岩波書店、2002年)


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