月刊:ことばを探る 最近のバックナンバー

月刊「e船団」 「香りと言葉」2010年7月号

「俳句のなかの匂い」

 先月号で、そろそろ香りの俳句の話に、というところを読んだ方から「偶然をなんとかしないといけないんじゃないですか」とクレーム。
 なるほど、その後も「三十光年の星たち」(宮本輝が毎日新聞に連載中)では偶然が重みを増してきている。そして私の中でも。でもまあ、それこそ、お香以上の泥沼に踏み込みそうで、しばらくは小説についていくことに・・・。

   ここに、「俳句のなかの匂い」という昭和45年(1970)に書かれた一文があります(1)。著者は木村清三、『香料化学』(2)という、当時数少なかった香料にかかわる著書をお持ちでした。工学博士で、その博士論文は「樟脳油並ニ『テルペン』化合物利用ニ関スル研究」(昭和12年4月22日に授与)。

 残念ながら、彼が俳句を作ったかどうか、今のところわかりません。ただ、この「俳句のなかの匂い」を見ただけで、俳句に造詣の深い方だったことは歴然としています。だって、こんな表を作られたんですから。

 そして、私がこの「俳句のなかの匂い」に注目したのは、どうも、俳句を「匂い」で括って調べてみようとしたのはこの方をもって嚆矢とするのじゃないか、と思ったからです。
 というのも、私の手許にある、においにかかわる俳句を集めた本といえば、今でも1991年に出た『秀句350選 25 香』(3)だけなのです。『香りの歳時記』(4)という俳人が飛びつきそうな本もありますが、面白い本ではあるけれど、「ウメ」「バラ」「スイセン」・・・どの項にも俳句は出て来ません。あ、はい、においの俳句のデータベースって、とっくに私が仕上げていないといけないのです。何度も志は立てたんですが・・・。

 で、「俳句のなかの匂い」の冒頭に、こうあります。
 俳句のなかに詠まれている匂い――この場合の匂いとは我々の扱うodorのことで、色に染まるとか、美しく映えるとか、ほのぼのとするなど、例えば「朝日に匂う山桜花」のようないわゆる文学的な意味ではない――そんな俳句が古来どれほどあるのだろうか。筆者の手許にある句集を繰ってみるに実に寥々たるものである。匂いに対する俳人の感覚が鈍いのだろうか。あるいは匂いというものに作句上厄介な点があるのだろうか。芭蕉以前の俳人素堂の有名な句「目には青葉山時鳥初鰹」を見ると視覚、聴覚、味覚に訴えているが、嗅覚には触れていない。これは現代までの俳句に通じていえることである。

 うーん、「匂いに対する俳人の感覚が鈍いのだろうか」あるいは「匂いというものに作句上厄介な点があるのだろうか」。嗅覚を計るって、視力を計るように簡単にはいかないんですが、特に俳人の嗅覚が他の人たちより劣っているとも思えませんよね。では、作句上厄介な点、というのはどうでしょうか?これについて思い出すのはこの「言葉を探る」の2003年7月号、『香りとイメージ』です。ここでは、ニオイを言葉で表現するのがどんなに難しいかを考えたのでしたが、17音という短さがそれを一層難しくするのは確かでしょうね。

 もう一つ考えられることがあります。木村清三は「目には青葉山時鳥初鰹」という句では嗅覚には触れられていない、と言っていますが、そうでもないのですね。青葉を渡る風もいい香りがするし、初鰹もむろんいい匂いがする。活きのいい鰹の香に加えて、摺りおろした山葵や生姜、醤油の香りもぷーんと口中に広がる。
 これで思い出すのが細見綾子のこの一句。

 そら豆はまことに青き味したり   綾子

 そら豆を食べたとき口に広がる青いモノって、ほんとはニオイなんですが、それを背後へ引っ込めて「青き味」と言ったことで読者に意外感が生まれ、それで名句になったのですよね。
 香りって、どうやらこんな風に、控えめなモノなのかも知れません。つまり、従属的というか、連想や思い出をたぐる手がかりというか、そんな感じなのです。

 そう言えば、正岡子規は膨大な「俳句分類」(4、5)を残してくれて、私たちは、今も、どんな言葉を詠んだ俳句を探すのにも重宝しているわけですが、その子規も「かおり」とか「におい」とかいう項目は作っていないのです。では、匂いや香りの俳句はどこに分類されたか?梅の香りは梅の花の細分類に、蘭の香りは蘭の花の細分類に入っているのですね。  ウメの花の香りは日国でも「梅香(うめがか)」と、レッキとした一家をなしている(というのもヘンですが)のに。

 さて、「俳句のなかの匂い」では、芭蕉のころからの俳句を調べて、香りの俳句120句を選び出され、上記のにされています。

 集めてみると「相当な数にのぼった」ので、有名俳人のものを120句選んだ、と書かれているが、残念ながらどういう句集から選ばれたのかが書かれていないし、最後の謝辞に「俳句の蒐集について助言を賜った梶川医学博士に厚くお礼を申し上げる」とあるから、俳人に相談はなさらなかったのかも知れない。

 それはともかく、このリストの後に書かれていることが興味深い。
 芭蕉以前の俳句は主として滑稽諧謔を弄した時代であるから、匂いを詠んだ句は見当たらない。芭蕉以後で珍しいのは一茶の句である。芭蕉の作った俳句は比較的少ないが、一茶の句は夥しい数である。しかし一茶はすね者で、執拗に自己の運命を呪いつづけた人であるから、匂いを詠むなどとは考えられないが、彼にも寛政の初期には前記のような句があった。

 この前記のような句、というのは上記のリストにある、〈梅が香に障子開けば月夜かな〉ですが、なるほど、すね者のかけらもない清らかな世界が詠まれていますね。
 そして、もう一つ、なるほど、梅の花の句は、『図説 俳句題歳時記』(6)をめくってみれば、

 梅のみか客の来ませる十炷香     重頼
 さればここに談林の木あり梅の花   宗因

など、芭蕉よりちょっと古い人のも出ていますが、梅が香は芭蕉より古い人のは出ていません。しかし、ここに示された木村清三の「におい観」はすごいですよね。

 ・ニオイは滑稽諧謔を詠むにのは向いていない。
 ・すね者はニオイを詠んだりしない(だろう)。

 「ニオイ」は、いつ、誰が、どのようにして俳句に取り込んだのか?これも是非調べてみなくてはなりませんね。では、また来月。
中原幸子
〔参考文献〕
(1)木村清三著「俳句のなかの匂い」(「香料」No.94、日本香料協会、1970年)
(2)木村清三著『香料化学』(共立全書115、1956年初版)
(3)渡辺恭子編『秀句350選 25 香』(蝸牛社、1991年)
(4)正岡子規編著『分類俳句全集』(アルス、1929年)
(5)正岡子規編著『分類俳句大観』(日本図書センター、1992年初版)
(6)角川書店編『図説 俳句大歳時記』(角川書店、1973年)


月刊「e船団」 「香りと言葉」2010年8月号

俳句と異文化交流

 「香りと異文化、香りと俳句」(1)という論文に出会いました。面白い研究をしている人がいるものですね。
 「クレオパトラの鼻がもう少し鈍感だったら世界の歴史は変わっていただろう」という説を最初にかかげたこの論文では、約15万年前の第三氷河期の終わり、ネアンデルタール人の遺跡で見つかった火葬の跡に香木があった、というあたりから「香り」の歴史が書き起こされています。
 これが儀式や祈りと関係があるのか、ただの悪臭のマスキングだったのか、それには議論があるようですが、その香木、何だったんでしょうね。今なら埃1個分ほどあれば遺伝子でわかるんじゃないでしょうか?

 それにしても、俳句、この五・七・五の箱が異文化交流の場だ、というのは、言われれば当たり前な気もしますが、私には、はっとする認識でした。でも、まあ、ツナマヨおにぎりだって、けっこう異文化交流で、異文化の取り合わせは、日々更新されている感じですよね。
 恥ずかしいことながら、これまで、取り合わせ、取り合わせ、と言いながら、俳句のなかの「異文化の取り合わせ」を意識していませんでした。

 古田は国際俳句交流協会の会員で、「言語と交流」(1998年創刊)にずっと俳句について書いており、香りの他に「色の異文化交流・色の俳句」(2)という論文もあります。
 私も、子規に倣って「俳句分類・異文化交流編」を作ろうかなあ。異文化交流、異文化の衝突から生まれる取り合わせがどんなに俳句を豊かにしてくれたかが、浮き上がるかも!

 さて、この古田の選による香りの俳句をご覧下さい。
 古田は論文の中で、クレオパトラは香料を「神に捧げる良き香り」から「癒やし、と恍惚、と誘惑、と快楽、のために解放した」、と述べ、日本での独特の文化となる事情を次のように述べています。
 クレオパトラや、楊貴妃をはじめ、後宮の女性達が、香料を、媚薬的効果として求める為に大量に消費するようになったのに反して、日本の香りの文化は、それと同じ方向には進まなかった。日本の文化は、最初、外来の珍しい優れたものを取り込み、次第に時間をかけて、(100年ぐらいの間に)全く日本独特なものに仕上げてしまうことがある。
 こうして、クレオパトラや楊貴妃の使ったものと同じ香料も、日本では、全く異なった香りの文化、「香道」へと発展していったのである。


 この、「クレオパトラや楊貴妃の使ったものと同じ香料」というのはちょっとコワイ断言ですが、それはともかく、古田は、俳句に詠まれる香りは日本古来のものが多く、あまり異文化交流がないと感じているように見受けられます。
 上記のリストから、あ、と思ったことのひとつに、春だけ「春の匂いの・・・」となっていることがあります。
 なんで?と思いつつも、こうされてみると、春だけはどうしても「匂い」と言いたい気持ち、よくわかります。「香り」と言われるといきなり鼻にくるけれど、「匂い」と言われればほんわかと目にも舌にも皮膚にも春の匂いが漂ってくる感じがありますから。

  ビル街の風匂わせて黄砂降る  三宮摩由子

 この句の作者(本文中では麻由子)は「4歳で光を失い全盲になったエッセイストで俳人」なのだそうで、日本の四季の「風」について次のように述べているのだという。
 「春一番の頃の風は、少し青くさくて、とてもエネルギッシュで、埃と共に地底に眠った生命を呼び起こすような、いわば目覚ましのような匂いがする。夏の風は、草々の溢れかえるエネルギーの匂いがする。秋の風は紅葉した山の優しい香りを運ぶ甘い匂いがする。冬の風には枯れ野の乾いた匂いがある。」

 視覚の影響を受けず、鼻に集中して感じた四季の風が、優れた描写力で見事に伝わってきますね。
そして、
  降りいでし雨香ぐはしき業平忌  平沢美雪

というような、本来は匂いのないものから香を感じとった句が選ばれているのを見ると、古田氏も三宮摩由子に負けない鋭い感受性の持ち主なのでしょう、きっと。
 この句など、「香ぐはしき」とは書かれていてもそう強い香がある訳ではないですが、業平、というイケメンの発する男の匂いというものも立ちのぼってきて、美雪さんって、どんな人かしら、と、ついつい気になります。ちなみに業平忌は在五忌ともいい、旧暦の5月28日、今年は7月9日、鷗外忌と同じ日でした。同じ日の雨でも、

  降りいでし雨香ぐはしき鷗外忌

だと、え?ほんとに香ぐわしい?という気がするから、不思議なものですね。(鷗外さん、ごめんなさい)。
 「冬の香りの俳句」には、

  炭おこり来るひとすぢのあたたかさ  中村汀女

 が選ばれていますね。これには「炭がほっこりと暖かい色に熾ると、その炭のやさしい匂いに冬の厳しい寒さを忘れて人は癒される」と古田氏の解説がついています。たしかに炭の熾るときのニオイというのは独特で、「もうじきあったかくなるからね!」というメッセージ!この句、みごとな香りの俳句です。

 しかし、異文化としての香りが詠み込まれた俳句は見当たらず、だから異文化そのものである「香水」を別のリストにされたのでしょう、きっと。もう一度見ていただけますか。
香りと俳句
 「香水」という異文化は詠まれているのですが、さて「交流」は?「香水」と「俳句」という詩型との交流?そうだと、ちょっと物足りない気がします。一句のなかで、異文化が出会って交流してほしい。例えば、先月の俳句のなかの匂いにある、

  妻の来て白粉匂ふ涼みかな   草城

などだと、白粉という西洋の文化と夕涼みという日本の文化が一句の中で交流していますよね?もちろん、白粉をつけた妻は白粉の香りがし、この夫婦は西洋文化を身につけて日本の文化を楽しんでいる、と言えますでしょう?
 ここにご紹介した論文が見つかったとき、自然科学の研究者たちは俳句をどんな風に研究しているのだろう、と思い「JDreamU」(3)で調べてみました。結構たくさんあったのですが、私が特に惹かれたタイトルは「情緒デザインの役割と組織」でした。ここでは「取り合わせ」が情緒をデザインする方法、と捉えられているのです!
 次はこれをご紹介したいと思います。では、また来月。
中原幸子

【参考文献】
(1)古田尚子著「香りと異文化」(「言語と交流」第10号、2007年)
(2)古田尚子著「色と異文化」(「言語と交流」第9号、2006年)
(3)JDreamU(http://pr.jst.go.jp/jdream2/)(有料)


月刊「e船団」 「香りと言葉」2010年9月号

取り合わせ―深い共通点

 もう、永久に夏なのか、と怯えるほどの残暑も、やや勢いを弱めてきた感じ、皆さまいかがお過ごしですか。
 今月は「JDreamU」(1)で見つかった「情緒デザインの役割と組織」(2)をご紹介します、とお約束していました。が、これがA4に4枚もある英語の論文だったのです、取り寄せてみると。この猛残暑に、これはキツイ、と思って、取りあえず俳句にかかわるところだけ見てみました。すると、ここでは、

 菜の花や月は東に日は西に   蕪村
 荒海や佐渡に横たふ天の河   芭蕉
 閑かさや岩にしみ入る蝉の声  芭蕉

などの俳句において、
 「菜の花」と「月と日」
 「荒海」と「天の河」
 「閑かさ」と「蝉の声」と「岩」

というような、互いに縁のない言葉が衝突する(collide)ことで、予期しない印象的な光景(impressive sight)または像(image)が発生する、これが俳句の「取り合わせ」(combination)の効果だとした上で、これを商品デザイン(ここではネクタイなど)に応用することが試みられていました。
 つまり、俳諧の時代からずーっと俳句がやってきたことを、デザインに応用した、ということだったのです。私にデザインの知識があれば、もっと深く読めるかも知れませんが。

 そうこうしているときに、本屋で小西甚一著『古文の読解』(3)に出会いました。これは、初版が1962年に旺文社から出た、という学習参考書で、帯に「今、蘇る伝説の参考書―この一冊で古典がわかる」とあります。
 この本の解説(武藤康史)によれば、小西甚一は私が大学受験の頃「大学受験ラジオ講座」で古文の先生をなさっていたとのこと。返す返すも惜しいことをしてしまった。国語のいらない大学を目指していた私は、それを聞かなかったのだ。小西甚一の声、聞いてみたかったなあ。

 それはともかく、『古文の読解』は、第五章が「解釈のテクニック」で「その3 解釈から鑑賞へ」の中に「俳句もハイOK!」という項がある。そこで、配合、つまり取り合わせが説明されている。まず俳句の「解釈」とは?、から始まるのですが、例えば、

 菊の香や奈良には古き仏たち   芭蕉

は、以下のように「解釈」される。
 奈良には、古代からの仏像が多い。どれも、みごとな尊い仏さまばかりである。作者はそれを拝んでまわった。作者の心には、においやかな天平のおもかげと、頭をふかく下げずにはいられない高貴さと、世にも美しい彫刻の美とが、いっぱい立ちこめる。ちょうど菊のさかりである。その菊の美しさは、なまなましい視覚としてよりも、かすかな香として、話主にほのぼのと迫ってくるのだが、そうした優美な美しさが、仏像の高貴な美しさと溶けあって、見事な象徴をなしている。

 そして、これだけの解釈がすらすら書けたら、いつでも大学の教師が勤まる、と。

 で、この象徴が大事なことばで、俳句の表現は、象徴ということが中心であって、もし象徴ということがわからなければ、俳句がわからないのと大差ない、とし、「象徴とは何ぞや」ということをこんなふうに述べる。

たがいに異なりながら、しかもどこか深い共通点があって、両者を対照することにより、それぞれのいちばん本質的な性格が同時にとらえられるような表現である。
(略)
 この「深い共通点」をとらえることが、俳句解釈の焦点である。

 いい取り合わせの句を読む醍醐味って、まさにこれですよね。何となくいいなあ、という取り合わせに出会って、その「何となく」のモト、つまり「深い共通点」に気付いたときのあのうれしさ。
 ただ、ね、「◇俳句もハイOK!◇」にはこんな風に書かれているのです。

 和歌とならんで高校生諸君をこまらせるもうひとつの難物が、俳句ということになっているらしい。そんなに手も足も出ないほどの難物ではないと思うのだけれど、何しろ極端に短いから、つかみどころが少ない。わずか十七シラブルで完結する詩は、世界でも例がない。西洋人に言わせると、「ハイカイはそれ自身が題であるかのように見える」よし。つまり、俳句は、西洋の詩の題にあたるぐらいの分量しかないというのである。しかも、そういった短詩型のなかに、ゆたかな思想や感情をうたいこもうというわけだから、つかみどころをよほどよく知っていないと、謎みたいなものになる。「単語はちゃんとわかる。文法的にも疑問はない。通釈は、すらすらできる。それでいて、さっぱり意味のわからないのが俳句だ。」と言えば、そんなベラボーな話があるものかと思う人も無いではなかろう。が、その人は、ためしに、

   次の句を解釈せよ。
 何の木の花とは知らず匂ひかな

という問題を解いてごらんなさい。もし、これを
 [答案]どういう木の花だかよくわからないけれど、良い匂いがすることだなあ。
と訳したとすると、単語のほうからいっても、文法のほうからいっても、ぜったい減点の余地はない。しかし問題に対する答えとしては1点もやれないのである。なぜなら、それだけでは、俳句の解釈として何事も答えていないからだが、それならどう答えたらよいのか。


と述べた後、先にご紹介した象徴の説明などがあって、その後に示されるのが次の回答です。
 《解釈》どこからともなく、何の木の花とも知れない香がほのかに流れてくる。「花」といい、「匂ひ」といい、いずれも気品の高い語であり、そこから感じとられるのは、ふかくその尊さにうたれた感動である。しかも、どこがどう尊いのだと説明できない尊さであり、それは至極無上の尊さなのである。
とでも答えればよい。もし知っているなら、「これは芭蕉が伊勢神宮に参詣した時の作で、西行の『何ごとのおはしますかは知らねどもかたじけなさに涙こぼるる』を頭において詠んだもの」とつけ加えれば、満点。


 今でも、試験にはこう書かないと合格点をもらえないのかしら。
 私は、作句の背景を引きずらず、そこに書かれている言葉で読もう、という考え方に賛成なのですが、それでは落第なのでしょうか?
 後の方で、「鑑賞」は自由に美しい想像の世界を描いていいのだ、と述べられていますが、でも、正しい解釈はこうですよ、と言われると、鑑賞も引っ張られそうな気が・・・。
 そう言えば、「小西甚一は古いでしょ?」と、注意されたことがあったけど、あれにはこういうことも含まれていたのかも。感謝。

 脱線しましたが、「深い共通点」をキーワードにすると、冒頭の、商品開発に取り合わせの手法を応用する、ということが見えてくる気がしますね。
 つまり、商品開発の場合は、先に「深い共通点」がコンセプトとして示されて、それは何と何を衝突させれば実現できるか、と考える訳でしょう?あ、お茶席や、お香の席の取り合わせも、これに似ていますね。
 なんだかこんがらがったままですが、ではまた来月。
中原幸子
【参考文献】
(1)JDreamU(http://pr.jst.go.jp/jdream2/)(科学技術振興機構・有料)
(2)日原広一著「情緒デザインの役割と組織」(英文標題「THE ROLE AND ORGANIZATION OF AN EMOTIONAL DESIGN」(KANSEI Eng Int Vol.8, No.2、2009年3月)
(3)小西甚一著『古文の解読』(ちくま学芸文庫、2010年)


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