月刊:ことばを探る 最近のバックナンバー

月刊「e船団」 「香りと言葉」2012年7月号

ミミズの味

 中途半端ながら、ぼつぼつケリをつけないと・・・、と思っていましたが、こんなモノを見つけてしまいました。

その(1)
 これは『続・先生を困らせた324の質問』(1)という本に出ている図です。もちろん、石に通せんぼされて汗を搔いているのがミミズで、質問は「227 ミミズは後ろ向きにも進めるの?」というもの。答は、

 これは身体の構造からして無理のようです。東海大学などで開発している動物に似せたロボット(清水市にある大学附属の水族館などで見られると思いますが)でも、逆向きに運動させるのは、自動車と違って単純なスイッチの切り替えだけではすまないのです。  カンガルーもあとじさりができないので、前進しかできません。そのためもあって、オーストラリア海軍の軍艦には、シンボルマークとして赤色のカンガルーが描かれています。「敵に後ろを見せることなど絶対にありえない」という意味だそうです。

なぜ「構造からして」無理なのでしょうか?
では、もうひとつ、これをご覧下さい。

その(2)


 これは『みんなでしらべた ミミズのふしぎ』(2)という本に出ているカラー写真です。まるで宇宙の神秘、という感じでしょう? でも、これ、ミミズの一部なんです。
 この本は茨城県東海村立白方小学校の6年生の男子児童5人が、先生の指導の下、1984年5月頃から1年がかりで行ったミミズの研究の成果をまとめたもの。
 釣りのエサに使うミミズに興味をもったことから始まったこの研究は、1984年6月22日の読売新聞朝刊に載ったある記事で拍車がかかった。

 81歳老女、軌跡の生還
 山菜採り――山中に迷い10日間も
 ミミズと沢水で


という見出しで、ミミズを食べて命をつないだ女性のことが報じられている。6年坊主たちが俄然張り切ったのも当然であろう。綿密な研究計画を立てて、こつこつと歩むのだが、そのスタート地点で「ミミズの身体検査」をしたときのこと。水洗いをして、肛門の方から頭の方に向かって手でこすると、ざらざらするものを感じた。そこで、それを解剖顕微鏡で観察し、撮影したのが上記の(2)の写真。
 これはミミズの剛毛だったのです。何のためにあるのだろう、とさまざまに議論して、でも納得のいく答が出ず、研究方法もわからず、先生に相談すると「歩くときに役立つのだ」と教えてくれた。
 それで、ミミズの身体にどんな風に分布しているかを調べてみると、フトミミズではほぼ身体全体に、シマミミズでは腹側に多く生えていることがわかった。
 つまり、剛毛はミミズが歩くときずるずると後退しないためのスパイクだったのですね。こんな構造になっているから後退はムリだろう、という訳でした。

 でも、国立科学博物館のホームページ(3)には「土壌の世界」というページがあって、そこにはこんな記事も出ている。

卵を脱ぐミミズ えさをとるミミズ
 ミミズの頭の方に近いところに俗に「ミミズの鉢巻き」と呼ばれる部分がある。正式には環帯といわれ、ここに白っぽい膜ができ、その内側に1〜20個の卵が生み出される。やがてミミズが後退しながら膜を脱ぎ捨てると、両端がすぼまって卵の入ったレモン形の卵包ができる。ミミズが好きな食べ物は枯れ草、落ち葉、動物のふんなどで、これを口でくわえて穴に引きずり込んで食べる。


 そして、 『みんなでしらべた ミミズのふしぎ』(2)にも、「ミミズの歩き方」を調べた結果として、
(1)体の伸びちぢみで歩く。
(2)ミミズが前にも後にも進めることがわかった。分速19.6cm。
と出ている。

 また、『みんなでしらべた ミミズのふしぎ』(2)には、最後に研究をした5人と先生との座談会が載っていて、
――『ミミズの話』(北驫ル)によると、ニュージーランドでは、ミミズを食べるらしいですね。
 ぼくたちも、食べました。(笑い)
――ほんとに、食べたの?どんなふうに?
田村 実験が終わってから、洗って焼いて・・・。
――みんな食べたの?どんな味だった?
 にがい!おいしくありませんんでした。

  略
――先生も食べましたか?
先生 いただきません。(笑)


 このあと、翌日どうもなかったか、と司会者が訊ね、「すこししか食べなかったし、すぐうがいをしたのでどうもなかった」と答えている。

 しかし、研究はこうでなくちゃ、と私はいたく感心し、反省しました。ミミズを探すのにビニール手袋と割り箸を持って歩くなど、この子どもたちに恥ずかしいではないか!こうなったからには、何としても、実家の物置から鍬を持ち出して、庭の土を掘り返し、フトミミズを掴んで臭いを嗅いで、ご報告しますからね!
 あ、『みんなでしらべた ミミズのふしぎ』(2)にも、ミミズのニオイについては書かれていませんでした。すぐに水洗いして「実験材料」になってしまったからなのか、気になるほどのニオイはなかったのか、そこらもわかりません。でもミミズはニオイを感じるか、ということは調べられています。ただ、そのときニオイ源としてエチルエーテルとエタノールが使われたのです。この2つの物質はあまりにも揮発性が高く、薬理作用も強いので、ニオイ源として最適だったかどうか、私はちょっと疑問を持っています。そこらが「嗅覚」を研究することの難しさの1つのように思うのです。

それはそうと、ミミズのニオイに鼠が集まる話をご紹介するお約束を果たしていませんね。  上方文化研究家・福井栄一著「鼠と香」(4)に紹介されている、『咄随筆』に出ている面妖な話。

 幼いころ、
 「土用の最中、左の『の』の字に干し付けたミミズを粉にして香に焚くと、家中の鼠が一斉に集まってくるんだぞ」
 と、父がよく話してくれた。
 私は、半信半疑で聞いていた。
 さて、後年になって、(研屋〔とぎや〕)徳兵衛という男が、こんな話をしてくれた。
 「知人の紺屋伝右衛門が、ある大名屋敷へ伺ったときのこと。
 そこの殿さまが、
「そちに珍しいものを見せてやろう」
と言うや、たばこ盆の火に、香をひとひねり、おくべになった。
すると、その香りに誘われて、無数の鼠が座敷へ姿を現したという。


と、いうんですけどね。誰か一緒にやって下さるなら、これも是非実験してみたい!
 では、また来月。 (中原幸子)

【参考文献】
(1)山崎昶著『続・先生を困らせた324の質問』(三田出版会、1996年)
(2)文・柴智行・田村俊昭・先崎真一・林靖彦・小林博之/写真・山本裕伸『みんなでしらべたミミズのふしぎ』(童心社、1986年)
(3)国立科学博物館のホームページ(http://www.kahaku.go.jp/)
(4)福井栄一著「鼠と香」(「香料」No.243、日本香料協会、2009年)


月刊「e船団」 「香りと言葉」2012年8月号

太田胃散

 長いこと太田胃散にお世話になっています。ハッカが少なくて、あんまりスースーしないところが好きなのです。
 出会ったのは、最初の就職先でした。製薬会社で、薬の原料なら大抵揃っていたので、太田胃散そっくりの「オームラ胃酸」というのが、デカい褐色瓶に入れられて私が配属された品質管理室に置かれていました。
 オトコ達は二日酔いの朝、「ナカハラさん・・・」と言って顔を出します。その人達に、一服分薬包紙に包んで上げるのが新米の私の仕事です。「・・・胃酸」と言わせないのが腕の見せどころで、それを言う前にその褐色瓶を掴んで「これ?」という顔をしてみせると、みんなニコッと機嫌がよくなるのです。

 あ、機嫌よく、と言えば船団の初夏の集いにゲストで来て下さった上野千鶴子さんの次なるキーワードは「きげんよく」だとおっしゃってました。それで思い出したのですが、イギリスでは赤ちゃんに、誰かに会ったらまずニッコリすることを教えるとか聞いたことがあります。「ニッコリする」つまり「チアフル(cheerful)」ってことを教えるのですって。それって「きげんよく」ですよね。上野さんは次のキーワード、とおっしゃったけれど、会場は終始「きげんよく」軽やかに進行して、すでにうまく行ってるな、という感じでした。
 「上野さんって、声がいいねえ」という声が、終わってからたくさん聞こえて来ました。「きげんよく」が声にも現れて来ているのでしょうか。皆さんもこんどテレビか何かで聞いてみて下さい。

   で、ついこの間、明治18年、18歳の正岡子規が書いた文章を読みました。
○諂諛(てんゆ)
多くの人は多少他人に諂諛する者也 眼の前で悪口いはぬも諂諛なり 逢ふた時ににこりとゑむも諂諛なり(「筆まか勢 第一編」より)


 「諂諛」とは広辞苑には「おもねりねつらうこと」、日本国語大辞典(精選版)には「人の気に入るようにふるまうこと。こびへつらうこと。阿諛(あゆ)」とある。ニッコリもいろいろです。

 さて、いきなり脱線しましたが、朝のニッコリに寄与していたその胃散は、今ではもう処方も忘れてしまいましたが、私がお世話になっている太田胃散は、説明書に内容がバッチリ出ています。

成 分 1包(1.3g)中

健胃生薬
(1)ケイヒ    92mg
(2)ウイキョウ  24mg
(3)ニクズク   20mg
(4)チョウジ   12mg
(5)チンピ    22mg
(6)ゲンチアナ  15mg
(7)ニガキ末   15mg
制酸剤
(8)炭酸水素ナトリウム  625mg
(9)沈降炭酸カルシウム  133mg
(10)炭酸マグネシウム   26mg
(11)合成ケイ酸アルミニウム 273.4mg
消化酵素
(12)ビオヂアスターゼ   40mg
〔添加物〕
(13)l-メントール
(※番号は中原が付けました)。

 で、私が話題にしたいのは、もちろん、(1)〜(7)の健胃生薬、特に(1)〜(4)の芳香性健胃薬です。説明書には「各生薬成分の健胃作用により、胃の働きを良好にします。また生薬の持つ独特の芳香や苦味などが、胃の運動を活発にし胃液の調整します。」とその働きが説明されています。(株式会社太田胃散のホームページにはこれらの生薬が写真入りで説明されていますので、興味がおありの方は「太田胃散」→「検索」で訪問してみて下さい。)

 (1)〜(4)は、こう並ぶと「ん?」という名前ですが、実は、

 ケイヒ=シナモンの仲間
 ウイキョウ=フェンネル
 ニクズク=ナツメグ
 チョウジ=クローブ

なので、これならどこのお家の台所でもおなじみのスパイスですよね。
 こういうものの芳香っていったいどういう風に胃に効くのだろう、と、ずっと不思議に思ってきました。で、やっと調べてみる気になったのですが・・・。
 ネットで百科(1)の「胃腸薬」の項にはこうありました。

 苦味・芳香健胃薬 昔から苦味は、舌の感覚を通じて反射的に中枢を刺激し、これが副交感神経を介して胃液その他の消化液の分泌を促進し消化管運動をうながすとされている。芳香性精油は、そのにおいの感覚の反射により、消化液の分泌,消化管運動を亢進させる。精油は、胃内や腸管内にたまったガスの排出を促進する作用もあり、胃や腸の膨満感を除く。

 なるほど。つまり、芳香性健胃薬、というのはアロマセラピーだったわけか。しかし乍ら、では、バラの花の香りやキンモクセイの香りを嗅いだら、それで胃の調子が良くなるか、と言えばそうは行かない。匂えばいいってもんじゃない。だけど、そういうことって研究されているのだろうか?
 例えば太田胃散にいちばんたくさん配合されている生薬のケイヒ、漢字では桂皮、あの、京名物「八つ橋」の匂い、あれに、バラとは違うどんな効能があるのか、そこのところは解明されているのだろうか?

 『字統』(2)によれば「桂」は、
〔説文〕六上に「江南の木、百薬の長なり」とあり、〔本草〕に桂心は血脈を通すことを主とし、肺肝によく、百薬に施して害なく、菌桂は百薬の長であるという。

 とあり、桂皮は『説文解字』という中国最古の字書が出来た西暦100年頃にすでに百薬の長だったのだが、私がこれまで探したところでは、桂皮の「香り」の健胃力についての報告は見つかっていません。頑張らなくちゃ。ではまた来月。 (中原幸子)

【参考文献】
(1)ネットで百科(有料)http://www.mypaedia.jp/netencyhome/
(2)白川静著『字統』(平凡社、1984年)

月刊「e船団」 「香りと言葉」2012年9月号

桂(けい)

 お便りいろいろ、有難うございます。
 「私も太田胃散です」
 「大正漢方胃腸薬です」
 「ワカ末・・・糖衣錠になってるからねえ・・・苦くない!」
 「龍角散が大好きだ。ニオイがいい。手離せない」って、まあ、いいですけど、あれ、咳止めじゃ?
 「富山の反魂丹、伊勢の万金丹、高野山の陀羅尼丸、烏丸に本舗があったという枇杷葉湯・・・みんなやれ」って励まして(?)いただいたり。

 で、ふと目についた『漢方』(1)という本を眺めていましたら、こんなことが書いてありました。

 生薬の演ずる奇現象
 (略)漢方剤は、原則として二種以上の生薬を配合してある。生薬が二種以上ふれあうと、その含有成分の総合作用によって、個々の成分の作用のトータルでは考えられないまったく別種の効果を現わす。この現象がシナジズム効果である。


 これって、よく知られていることで、改めて引用する必要もないようなことですが、でも、きっとこのシナジズム効果を発揮には、芳香性健胃薬の芳香も寄与してるのですよね?
じゃ、
触覚?――好きな人に背中を支えて貰って、よしよし、と、口に入れて貰う、とか。
聴覚?――大好きな歌手の歌を聞きながら飲んでみたら、とか。
視覚?――ぱっと揚がった花火が消えない間に、とか。

 と、いうようなことも、もしかしたらシナジズム効果を発揮するのかも。

 ともかくも、太田胃散にいちばん沢山配合されているのがケイヒですから、これをもう少し詳しくみてみましょう。(成分表はこちらです。)

   「ケイヒ」は漢字で「桂皮」と書くことからも分かりますように木の皮です。ではその木はなんという木か。日本には「日本薬局方」という医薬品の規格基準書がありますが、それには、ケイヒの原植物は「Cinnamomum cassia Blume(Lauraceae)」と書かれていて、日本語の名前はありません。

 いつもお世話になる「植物の世界」(1)はどうでしょうか?
 ここにはケイヒの原植物と同じクスノキ属(Cinnamomum)の植物が4種紹介されています。
 (1)ニッケイ(肉桂) Cinnamomum.siebeldii
 (2)セイロンニッケイ C.verum
 (3)キンナモムム・カッシア(トンキンニッケイ) C.cassia
 (4)ヤブニッケイ C.japonicum

 (3)には「インドシナ半島に分布する常緑樹小香木で、その樹皮を桂皮といい、薬用やシナモンの代用とする」という解説がついています。どうやら、太田胃散のケイヒは、和名をトンキンニッケイという植物の樹皮のようですね。もっとも、トンキンニッケイの樹皮ならなんでもOKというわけではなく、「日本薬局方」には厳しくその品質が規定されていますが。

 ちなみにクスノキ属の植物はアジアの熱帯から暖帯と、オーストラリア北部に約250種がある、とのこと。「植物の世界」より20年ほど前に出た「世界の植物」(2)には、こんなことが書かれています。

 香料植物のなかでもっとも古いのがニッケイである。
紀元前3000年のインダス文明にニッケイの利用がはじまり、文明と民族の移動とともに東亜にひろがった。紀元前15世紀にはインドのニッケイがビャクダンなどとともにエジプトに伝わり、紀元前25世紀ごろにはすでにインドから中央アジア、シルクロードを通って中国に入ったといわれている。中国でもっとも古い辞典『爾雅(じが)』に記載してある(しん)は、インダスニッケイの紀元前400年ごろの輸入品であり、シンcinまたはシンナモンcinnamonと同系のことばの音訳字であるともいう。


 梫(しん)とはまた見慣れない字ですが、『大漢和辞典』(3)によれば、

【梫】 木の名。かつら。木犀の類。

で、「かつら」が「桂」だとすれば、それは、

【桂】 香木の名。かつら。肉桂・木犀などの総称。

 となっています。
 「桂」と書いて「かつら」と読む植物が他にあるので、今月のタイトルは「桂(けい)」としたのですが、でも、広辞苑には、「桂(けい)」は「カツラ・肉桂・モクセイ・クス・月桂樹などの称」とあるんですよね。
 肉桂・クス(クスノキ)・月桂樹は同じクスノキ科ですが、カツラはカツラ科、モクセイはモクセイ科と科までちがう植物で。もう、何が何やら・・・。

 まあ、5000年もの間付き合って来たのですから、この程度の混乱ですめばよしとすべきなのでしょうか。
 いよいよ来月はケイヒが何にどう効くのか、に挑戦。さてどうなりますやら。

 ところで、私は、ついにミミズを掴みました。

ミミズの写真 ミミズの写真

 和歌山県海南市の、実家の裏庭の溝に積もった朽ち葉混じりの泥を、錆びた鍬で掘り返すと、ぴょろぴょろと2匹おどり出ました。胴体を抓むと、くねくねっと1秒ほど抵抗し、すぐに死んだふりモードに入りました。でも、臭くないんです。ネバッともしない。きっとイトミミズなんでしょうね。
 写真を撮ってくれた弟のヨメさんは「そんなにおねえさんの方が怯えてたら、ミミズはバカにして、臭い粘液を出したりしないと思うけど」と言ってましたが・・・。

 では、また来月。 (中原幸子)

【参考文献】
(1)「週刊 朝日百科 植物の世界 99号」(朝日新聞社、1996年)
(2)「週刊 朝日百科 世界の植物 73号」(朝日新聞社、1977年)
(3)諸橋轍次著『大漢和辞典 巻六』(大修館書店、1986年、修訂版第3刷)


【太田胃散】
成 分1包(1.3g)中

健胃生薬
(1)ケイヒ 92mg
(2)ウイキョウ 24mg
(3)ニクズク 20mg
(4)チョウジ 12mg
(5)チンピ 22mg
(6)ゲンチアナ 15mg
(7)ニガキ末 15mg
制酸剤
(8)炭酸水素ナトリウム 625mg
(9)沈降炭酸カルシウム 133mg
(10)炭酸マグネシウム 26mg
(11)合成ケイ酸アルミニウム 273.4mg
消化酵素
(12)ビオヂアスターゼ 40mg
〔添加物〕
(13)l-メントール
(※番号は中原が付けました)。

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