月刊「e船団」 「香りと言葉」2013年4月号

大航海時代には

 足もとまで押し寄せた本やら雑誌やらに私の方が追い出されそうになって、整理はもうあきらめ、地下2階に借りた物置へごっちゃごちゃのまま運び込みました。
 なんか、大きなカタマリがあるな、と見てみると『大航海時代叢書』全11巻(+別巻1)(1)でした。なんでこんな本が、と、つい、パラパラめくってしまったところ、これが面白くて!

 第T巻のヒーローは、次の5人です。

 クリストーバル・コロンの四回の航海
 アメリゴ・ヴェスブッチの書簡集
 ドン・ヴァスコ・ダ・ガマのインド航海記
 バルボアの太平洋発見
 マガリャンイス最初の世界一周航海

 うーん、ヴァスコ・ダ・ガマは聞いた覚えがあるけど、他は・・・と思ったら、凡例に、

 一、本訳書においては、各記録で扱われた航海者、探検者の名を、原綴にしたがい次のように表記した。したがって、わが国の慣用表記とは異なったものが多少ある。

 クリストーバル・コロン(クリストファー・コロンブス)
 アメリゴ・ヴェスブッチ
 ドン・ヴァスコ・ダ・ガマ
 バスコ・ヌニェス・バルボア
 フェルナン・デ・マガリャンイス(ファーディナンド・マゼラン)


と書かれていました。
 今の小学生は、アメリカ大陸を発見したのはコロンである、とか習うのでしょうか?コロンブスの卵はコロンの卵?
 それはともかく、面白い。
 例えば、「ドン・ヴァスコ・ダ・ガマが一四九七年、喜望峰経由にておこなったインド発見航海記」というところに出ているこんなお話。

  密林を歩いている象をいかにして捕えるか
 野生の象を捕えるには、馴らした牝象を連れて行く。象の通り道に大きな穴を掘り、その口を灌木でフタする。そして牝象に向ってこういうのだ。「さあ、いって、牡象を見つけたらこの穴に落ちるように穴の傍へ連れておいで。お前は落ちないように気を付けるんだよ」すると牝象は出かけていき、いわれた通りにする。即ち、他の象に出会うと、穴に落ちるようにうまく導いて来るのである。穴は深いので、ひとりでははい出すことはできない。

  穴からいかにして引き上げ飼い馴らすか
 象が穴に落ちてから最初の五、六日は食べ物を与えない。それから、一人の男がほんの僅かの食べ物を持っていってやる。毎日少しずつ食べ物の量を増し、一ヵ月かかって、食べ物を持っていく人は穴に下りても危険がなくなるまで象を馴らしていく。牙に手をかけさせるようになるまでさらに数日かかる。遂に穴の中に下り、重い鎖を足にかける。そして話す以外は何でもできるように訓練する。これらの象は馬のように馬小屋のような所に入れておく。立派な象は一頭につき二千クルザードする。


 もっとも、ヴァスコ・ダ・ガマ本人が書いた記録はこの大航海時代叢書が訳出された時点では発見されておらず、この記事のテキストは無名の乗組員が書いた『ドン・ヴァスコ・ダ・ガマのインド航海記』だという。どうしてガマ自身が書いた公式の報告書などという貴重な文書が行方不明になったかというと、大航海によって得られた航海上の資料などが他国に知られないよう秘密にされたからだろう、とか。
 しかし、この記録を書いた人は「無名の」乗組員とはいうものの優秀な能力の持ち主だったようで、冒頭にはこの航海が「香料を探しに行った」ものであることを明記し、最後は航海で得た品々の価格のリストと、航海で集めた言葉のリストで閉めています。こんな風に。(ニクズクとロカイは本では漢字表記ですが、ネットでは使えないので片仮名にしています)。

 アレシャンドリアの香料の値段
 1キンタルの肉桂(カネラ)・・・・・25クルザード
    〃  丁字・・・・・・・・・・20  〃
    〃  胡椒・・・・・・・・・・15  〃
    〃  生姜(しょうが)・・・・・11  〃
    〃  ニクズク・・・・・・・・16  〃
   (中略)
 1アラテルのスピネル・ルビー・・・12クルザード
    〃   麝香・・・・・・・・・1   〃
    〃   ロカイ・・・・・・・・2   〃
    〃   安息香・・・・・・・・1   〃
 1キンタルの乳香・・・・・・・・・2   〃


 1キンタルは約100グラム、1アラテルは1グラム、と注が付いています。クルザードはむろん、ポルトガルの通貨の単位ですから、アレシャンドリア(=アレクサンドリア)で売ればこの位の値段だ、ということでしょうが、これを今の価値に換算するのは、ごめんなさい、ちょっと私の手には負えません。
 でも、太田胃散の成分が3つも、命がけの大冒険をしてでも手に入れたいほど価値があった香辛料の中に入っているのには驚きました。太田胃散の1服分に含まれる生薬の種類とその量をおさらいしますと、こうです。

(1)ケイヒ 92mg
(2)ウイキョウ 24mg
(3)ニクズク 20mg
(4)チョウジ 12mg
(5)チンピ 22mg
(6)ゲンチアナ 15mg
(7)ニガキ末 15mg

 なんだかひどく贅沢なお薬を飲んでいる気がしてきました。
 ちなみに、ヴァスコ・ダ・ガマのインド航路発見の旅は1497年から99年にかけて。 こんな人だったみたいです。(2)


 日本では足利義政が銀閣寺が建ててから10年ほどたった頃でした。そのころはきっとこんなお薬は高貴な方たちだけのものだったのでしょうね。
ではまた来月。 (中原幸子)

【参考文献】

(1)会田由・飯塚浩二・井沢実・泉靖一・岩佐成一監修『大航海時代叢書 T』(岩波書店1965年)
(2)週刊朝日百科「世界の歴史」63号(朝日新聞社、1990年)


月刊「e船団」 「香りと言葉」2013年5月号

茴香(ウイキョウ)

 え?ウイキョウが、なんで太田胃散に?
 太田胃散の成分表をみたとき、びっくりしました。ウイキョウって、とても西洋的なハーブだと思い込んでいたのです、私は。
 それは、まあ、全く間違ってる、というほどでもなかったのですが、どうやら、日本に入って来て住みついたのは、私が思っていたのよりずっと昔だったようです。
 「世界の植物」(1)にこんな話が出ています。

 ウイキョウは地中海沿岸の原産といわれ、古くから温帯地方では広く栽培されていた。英語でフェンネルといい、ヨーロッパでは古くから薬草として葉を利用していた。「フェンネルを見てとらないものは悪魔だ」という格言もあるくらいで、非常に霊験があった。その反面、この葉をいぶすと妖怪変化を呼び出す、といわれて魔法使いが用いたと伝えられる。「フェンネルの種子をまくのは悲しみをまくもの」という正反対の格言もある。
 中国ではこの果実の精油の成分アネトールの香りが強く、魚の香りを回復させるというので、茴香(ウイキョウ)と名づけられた。日本ではすでに平安時代に和名で久礼乃於毛(くれのおも)の名で知られ、江戸時代には各地で栽培されていた。


 フェンネルという名前で近所のスーパーでも売られてるのが左側。種子みたいに見えますが、実は果実です。花は黄色。右側です。

 それにしても、ちょっと調べてみるだけで、もう、いろいろ、出るわ出るわ。お見それしました、茴香さま、という感じ。
 いちばんビックリしたのは紀貫之の和歌が古今集に載ってるよ、という話。たしかに「巻第十 物名部」に出ています。題の「くれのおも」というのが、上にも書きましたように、ウイキョウの古名で、『和名抄』にも「久礼乃於毛」で出ているとか。

    くれのおも              つ ら ゆ き

  来し時と恋ひつつをれば夕ぐれのおも影にのみ見え渡るかな

 え?どこにウイキョウが?と思ったら「夕ぐれのおもかげ」のなかに「くれのおも」が潜んでいるのだそう。窪田空穂著『古今和歌集 下巻』(2)には、「くれのおも」は薬草の「茴香」のことで、「当時においても普通に用いられた薬草と見える」とした上で、次のように解釈されています。

【釈】いまはあの人の通ってきた時刻だと思って、恋いつづけていると、その夕暮の面影ばかりが見えつづけていることであるよ。
【評】「夕ぐれのおも影」に、「くれのおも」を詠み込んである。女の、通って来る男を、いたずらに待っている心である。


 まあ、そうなのでしょうけど、せっかく香り高い「くれのおも」が詠み込まれているのに、読みに香りが取り込まれてないのはちょっと残念だなあ、と思ったり・・・。  あ、でも、「くれのおも」が薬草だったのなら、恋の歌にはどうかなあ、という気もしますね。この歌に潜んでいるの、ホントに薬草のウイキョウなんでしょうか?もしかして、貫之が潜ませた「くれのおも」は小さく可憐な黄色い花で、それがかすかに揺れていたのかも。夕ぐれ、来ぬ人を待つ女性とそんなウイキョウの花って、なんだかよく似合っているような気がしますよね?

 で、俳句は?と思って子規の『分類 俳句全集』(3)を見てみれば、

  実のおほろ葉の朝露やくれのおも    桐雨(其袋)
  名月のかをりかゝるや茴香   四世沾山(句鑑拾遺)

と、ちゃんとありました。沾山のは「茴香」を「くれのおも」と5音に読むのでしょうね。ついでに『古典俳文学大系』(4)も検索してみました。何と、芭蕉、去来、凡兆で巻いた歌仙「市中はの巻」に茴香がありました!

  茴香の実を吹落す夕嵐  去来

 この句は初裏の9句目、その前は芭蕉で、

  湯殿は竹の簀の子侘しき   芭蕉
 茴香の実を吹落す夕嵐     去来


 『新編 日本古典文学全集 松尾芭蕉集 二』(5)では、こんな風に読み解かれています。

 夕嵐に茴香の実がバラバラと吹き散っている侘しい情景である。前句、湯殿の粗末な造りの侘びしさに、なんとなく冷気が感じられる。その余情を受け取って、更けゆく秋の夕べの眺めを付けたもので、湯殿あたりの庭先の景とみてよかろう。

 なるほど。さすが、お医者さんの家に生まれた去来ならではの着想ですよねえ!生家には薬草園があって、そこにはウイキョウも植えられていたのでしょうか?

 『古典俳文学大系』には、他に、

   茴香に浮世をおもふ山路かな   浪化

も載っていました。この句では山道に茴香が生えているわけですから、もうこのころは茴香も野生化していたのでしょうか。ちなみに浪化(ろうか)はお坊さんで、去来と親しく、去来の紹介で芭蕉に弟子入りしたとのことですから、もしかして、去来と茴香の話をしたことがあったかも?

 『古代ローマの饗宴』(6)というおいしいモノ満載の本を見つけて、今月はおいしい話になる筈でしたが・・・。
 ではまた来月。 (中原幸子) (中原幸子)

【参考文献】

(1)週刊朝日百科「世界の植物」26(朝日新聞社、1976年)
(2)窪田空穂著『古今和歌集評釈 下巻』(東京堂出版、1958年初版)
(3)正岡子規著『分類 俳句全集』(アルス、1929年)
(4)『古典俳文学大系』(古典ライブラリー「http://kotenlibrary.com/weblibrary/kojin」、有料)
(5)『新編 日本古典文学全集 松尾芭蕉集 二』(ジャパンナレッジ「http://www.japanknowledge.com/top/freedisplay」、有料)
(6)エウジェニア・S・P・リコッティ著/武谷なおみ訳『古代ローマの饗宴』(講談社学術文庫、2011年)



太田胃散 成分表 成分1包(1.3g)中

健胃生薬
(1)ケイヒ 92mg
(2)ウイキョウ 24mg
(3)ニクズク 20mg
(4)チョウジ 12mg
(5)チンピ 22mg
(6)ゲンチアナ 15mg
(7)ニガキ末 15mg
制酸剤
(8)炭酸水素ナトリウム 625mg
(9)沈降炭酸カルシウム 133mg
(10)炭酸マグネシウム 26mg
(11)合成ケイ酸アルミニウム 273.4mg
消化酵素
(12)ビオヂアスターゼ 40mg
〔添加物〕
(13)l-メントール
(※番号は中原が付けました)。



月刊「e船団」 「香りと言葉」2013年6月号

雅か俗か、ウイキョウ!

 5月号で、古今和歌集の、

 くれのおも
                     つらゆき
 来し時と恋ひつつをれば夕ぐれのおも影にのみ見え渡るかな

をご紹介して、もしかしてこのくれのおも(久礼乃於毛)は花のことでは? などと勝手な想像をふくらませてしまいましたが、もうひとつ、後から気付いたことがありました。 食べ物は俗語であり、古典和歌の、つまり雅の世界では詠まれなかった、と、聞いていたので、はて、茴香はどうなんだろう、と、思ったのです。この歌が詠まれた当時、茴香はもっぱらであり、食べ物という俗なるものではなかった、だから貫之に詠んで貰えた、と考えれば、雅俗の問題はクリアされるけれど、ほんとうにそういうことで、雅と俗の厳しい一線が越えられたのだろうか?

 そう思ってもう一度空穂の『古今和歌集評釈 下巻』(1)に戻ってみました。たしかに、
【題意】○くれのおも。薬草である茴香(ういきょう)の古名。余材は、「和名鈔云、懐香、一名懐芸(うん)、和名、久礼乃於毛」を引いている。当時においても普通に用いられた薬草と見える。

と、あります。これ、食べ物じゃありませんよ、薬ですよ、と注意を促してくれているようでもありますよね?やっぱり薬だからOKだったのでしょうかね。

 話は変わりますが、「ねんてんの今日の一句」(2013年5月30日)に、Amazonに『柿日和』(2)のレビューが出ている、とあったので、読みに行きました。
 そうすると、『柿日和』には、古典和歌の時代には柿を詠んだものがない、と書かれているが、古今和歌集には、秋の風景として『やまがき』を詠み込んだ物名歌が1首ある、と書かれていました。で、空穂の『古今和歌集評釈 中巻』(1)を見てみると、こういう歌でした。

 やまがきの木                よ み 人 し ら ず
 秋は来ぬ今やまがきのきりぎりす夜な夜な鳴かむ風の寒さに

【題意】○やまがきの木。遠鏡は、「横井の千秋云、山柿は、ちひさくむらがりてなる柿にて、世に信濃柿とも、吉野柿共いふ、又材(き)に黒柿といふも是也」といっている。


 ご覧のように、歌のなかに「やまがきのき」という言葉が詠み込まれています。  「遠鏡」というのはフルネームを「古今集遠鏡」といい、本居宣長が書いた「古今和歌集」の注釈書だそうで、「六巻。寛政五年(一七九三)成立、同九年および文化一三年(一八一六)刊。真名序、長歌を除いて口語訳したもの。「古今集」の口語訳に先鞭をつけた。」(3)とのこと。で、空穂の評にはこうあります。

  【評】秋の夜、風が寒い時、籬に住むきりぎりすの鳴くのを待つ心と、その鳴くのは、風の寒さにわびるためとしてあわれむ心との一つになった歌である。古風な、すなおな歌で、従って、単純に哀愁のある歌である。写生的で、理知が加わっていない。

 つまり、やまがきの「木」の歌であって、食べる柿の歌ではなかったのですが、でも、面白いなあ、と思います、よね?「やまがき」でよさそうなものなのに、わざわざ「・・・の木」という題だなんて。

 そういえば、「角川 俳句」に連載中の坪内稔典著「女たちの俳句史」(3)には、自分でご飯をよそっているところを見られたばっかりに男に振られる女が出てきます。

(・・・)次に引くのは『伊勢物語』の23段である。「むかし田舎わたらひしける人の子ども、井のもとに出でてあそびけるを、大人になりにければ……」と始まる有名な話だ。幼馴染の男女は結婚したが、そのうちに男には河内の国の高安(たかやす)の郡(こおり)に恋人が出来た。
 まれまれかの高安に来て見れば、はじめこそ心にくもつくりけれ、今はうちとけて、手づからいゐがひとりて、笥子けこのうつわ物に盛りけるを見て、心うがりていかずなりにけり。

(現代語訳:たまに高安の恋人のところへ来てみたら、女はすっかりくつろいで、自分でしゃもじを持ってご飯を盛っていた。それを見た男は、「心うがりて」(いやな気になって)もう通わなくなってしまった。)

 この話、なんかちょっと見覚えがあるなあ、と思ったら、23段って、

 筒井つの井筒にかけしまろがたけ過ぎにけらしな妹見ざるまに
 くらべこしふりわけ髪も肩すぎぬ君ならずしてたれかあぐべき

の歌のやり取りで有名な筒井筒の段だったのですね。2人が結婚して、よかった、よかった、であとは覚えていなかったけれど、こんな話につながっていたとは。

 ところで、飯を盛る、といえば、万葉集には有名な有馬皇子の歌がありますよね?

 家にあれば笥に盛る飯を草まくら旅にしあれば椎の葉に盛る

 万葉のころにはこういう歌が作られていたのに! それが雅、雅ってがんじがらめになって、だから、俗を思いっきり詠んでもいい俳諧が喜ばれたのでしょうか?振り子が振りきったらもとへ戻るみたいに。

 で、ウイキョウですが、例えば『図説 俳句大歳時記』(4)には下記の2つが載っています。

 茴香の花(夏)(傍題に「呉の母〔くれのおも〕」、「懐香〔かいきょう〕」、茴香子、魂香花)
 茴香の実(秋)(傍題に「くれのおもの実」)

 茴香の実の解説には「漢名 茴香。もとヨーロッパ南部の原産で、『和名類聚鈔』に、クレノオモという名が見えるから、その渡来は古い。クレノオモはウイキョウの古名である・・・」とあります。「くれのおも」とやまとことばで呼ばれ、茴香と漢語でも呼ばれるお薬。だから茴香は和歌にも俳諧にもOKだ、と言い切れるのか、まだ自信はありませんが。

 と、いうようなところで寝てしまって、今朝、新聞を見てびっくり!!
 第1面に「纏向遺跡にバジル」という見出しが躍っていました。
 小見出しが「卑弥呼時代に国際色」「3世紀中ごろ 最古の花粉」
   茴香だって、もしかしたら、もっと前に日本に、と期待をふくらませつつ、ではまた来月。 (中原幸子)

> 【参考文献】

(1)窪田空穂著『古今和歌集評釈 (上、中、下巻』(東京堂出版、1960年初版)
(2)坪内稔典著『柿日和』(岩波書店、2012年)
(3)坪内稔典著「女たちの俳句史」(3)(「角川 俳句」、2012年7月号、角川学芸出版)
(4)角川書店編『図説 俳句大歳時記』(角川書店、1973年)

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