月刊「e船団」 「香りと言葉」2013年7月号

ローマの饗宴の前に・・・

 ひゃあー、スミハレ君!こんなところで!
と、思わず声を上げてしまった「学鐙」2013年夏号(1)。

 サイエンスパレット 7
 L.ウォルバート著、大内淑代・野地澄晴共訳
 発生生物学(仮)


というタイトルがパッと目に入った。そしてその見開き2ページの著者も「野地澄晴」だった。文末に(のじすみはれ 徳島大学理事・副学長)とあった。1個の卵子と1匹の精子によりできた受精卵が約60兆個の細胞からなる1人のヒトになる、その謎を解く「発生生物学」という学問を、澄晴くんは生涯の仕事に選んだらしい。

 今でも、蜜柑がお好きだろうか、と、まず思った。
 たしか、はじめてのはいはいは、向こうのほうにある蜜柑をゲットするためだった・・・。  2001年1月にe船団がスタートし、私は、管理人の役得(?)でこの「月刊 香りとことば」の前身「月刊 ことばを探る」の欄を貰ったのだったが、スミハレ君と出会ったのはその年の10月、つまり11月号を書いているころだった。
 詳しくはこちらをお読みいただくとして、初めての出合いを、私はこんな風に書いています。

 最近私は澄晴(すみはれ)くんという男の子と仲良くなった。お父さんである国語教育学の権威・野地潤家の「生いたちの記―父よりわが子へ―」という本を読んで。
 澄晴くんは1948年3月9日生まれである。この本の「まえがき」には、「(長男澄晴の生後10ヵ月のころ)私はふと、長男澄晴の生いたちの様子を本人に向かって語りかけるように、書きつけておこうと思い立った。長男が成長して、自ら文章が読めるようになった時、かつて自分の幼時、父が書きつけておいたものを喜んで読んでくれるかもしれないと思ったのである」とある。
 この本は、153編の記録が思い出ふうに綴られた、生まれる前の、今日か明日かと誕生を待たれている頃からのエピソード集である。どれも「澄晴ちゃん」という呼びかけで始まっているのだが、読んでいると澄晴ちゃんが他人とは思えなくなり、いつの間にか私の中では澄晴くんに成長してしまった。


 あの澄晴くんにこんな形でお会いしようとは。しかも、はからずも、ヒトははいはいの段階で早くも美味へ突進するのだ、ということを思い出させて頂いたのです。
 今度こそ『古代ローマの饗宴』(2)に取りかかりましょう。この本、表紙がこの(↓)左側なんですが、



 この表紙の説明には、残念ながら「カバー写真 古代のローマの食材のモザイク」としか書かれていません。たしかに、1部拡大してみれば、モザイクですよね。で、インターネットで調べてみたら出て来たのが右側の画像。ヴァチカン美術館にこういうモノが展示されているらしいです。

 描かれているモノについても、今のところ、サカナだな、とか、ムギかな、とかあいまいで、正確にはわかりません。どなたか、ご存じでしたら教えてください。

内容は、
序 章 古代の饗宴へ
第一章 ローマ式宴会の規則
第二章 「美食」ギリシャからローマへ
第三章 カトーの夕餉
・・・
と、第十章まであるのですが、第2章に『ヘデュファゲティカ 〈美食〉』という詩に出て来る食材が列挙されています。

 ビュザンティウム岬にあって、今日はカリビア、その昔クルベアの名で呼ばれていた町のウツボ。サモトラケの正面トラキアの、エノスの町のタコ。トルコ、アビュドスの牡蠣。ミュティレネのホタテ貝。ブルンディシウム(イタリアのブルンディシではなく、エペイロスの国境にあった同名の町)のイサギ。プーリア州タレントゥムのアザメ。同じくカンパニア州スレントウム(ソレント)のチョウザメ。同じくカンパニア州クマエのツノザメ。そのうえにベラ、メルラ、ベロポネソス半島のピュロス特産のブダイ、やはり珍味として名高いコルキュラ(コルフ島)のタコカルヴァリアと呼ばれる魚、種々のタイプのホネ貝甘ウニなど。

 並べましたねえ!
 なるほど、電気冷蔵庫のない時代に、こういう、すぐにいたんでしまう食材を、ちょっとでも長持ちさせて、おいしく食べようとすれば、いいスパイスがほしいわけで、このすぐ次の「第三章 カトーの夕餉」に早くもウイキョウが出て来ます。
 ちなみに、このカトーというヒト、ちゃんと日本国語大辞典にのっているのですね、しかも、生年・没年までも!

カトー
〔一〕(Marcus Porcius Cato Censorius マルクス=ポルキウス─ケンソリウス) ローマの政治家、文人。ハンニバル戦争に従軍。財務官、コンスル(統領)、監察官などを歴任し、古代ローマへの復帰を唱えた。ラテン散文文学の開拓者といわれ、「農業論」が現存する。大カトー。(BC二三四〜BC一四九)

独特の個性と考え方の持ち主だった、というこのヒトについては、いろんな話が残っているが、「ローマの饗宴」という意味で重要なのは、当時の平均的ローマ人、つまり、農村に生きる者の食事を教えてくれるからだとのこと。
彼の残した『農事論』という本にはさまざまな料理の材料と作り方が書かれている。一番シンプルなのが、この、カトーの家庭用の無酵母パン。
清潔なパンのこね鉢を用意する。小麦粉を入れ、少しずつ水を加える。なめらかで均質なペーストになるまで、よくこねる。それが終わったら形を整え、テストゥム(陶製のつり鐘型オーブンまたは田舎オーブン)を被せて焼く。

 あら?塩を入れないのかしらね? ではまた来月。 (中原幸子)

【参考文献】
(1)野地澄晴著「サイエンスパレット 7」(「学鐙」2013年夏号、丸善出版)
(2)エウジェニア・S・P・リコッティ/武谷なおみ訳『古代ローマの饗宴』(講談社学術文庫、2011年)

『古代ローマの饗宴』について
エウジェニア・S・P・リコッティ
 武谷なおみ 訳
 講談社学術文庫

まえがき
学術文庫版によせて 二〇年後のご挨拶

序 章 古代の饗宴へ
第1章 ローマ式宴会の規則
第2章 「美食」ギリシャからローマへ
第3章 カトーの夕餉
第4章 ヴァロとカエサルの晩餐
第5章 キケロ、そしてクレオパトラとアントニウス
第6章 ホラティウスの酒杯
第7章 粋判官ペトロニウスまたはトリマルキオの饗宴
第8章 饗宴詩人マルティアリス
第9章 ユヴェナリスと皇帝たちの食卓
第10章 アビキウスの料理書

材料と調味料
調理法
訳者あとがき
学術文庫版への訳者あとがき


月刊「e船団」 「香りと言葉」2013年8月号

 ※ページが正常に表示されない場合は、こちらを参照してください。

道さんの茴香

 早く『古代ローマの饗宴』(1)のウイキョウに迫りたい。
 とは思うのですが、茴香って実に多面体です。

 来し時と恋ひつつをれば夕ぐれのおも影にのみ見え渡るかな  つらゆき

と、古今集に和名で登場するかと思えば、5月号でご紹介したように、芭蕉、去来、凡兆で巻いた歌仙「市中はの巻」でも、

湯殿は竹の簀の子侘しき   蕉
 茴香の実を吹落す夕嵐   来


と、いいところを見せる。
 太田胃散に配合されて日々私の体を駆け巡り、我があこがれの女性俳人・渋谷道さんにこんな風に詠まれもする。

 茴香や科なき牢に似し小部屋
 茴香やくびのしわなど忘れて寝

 実は、あれやこれやと茴香の句を探していて、『現代の俳人101』(2)でひょい、と、この「くびのしわ」の句を見つけたのです。くびのしわ歴ウン10年の私は、思わず膝を打ってしまいました。なんてステキな老いの句!!
 他にも茴香の句を作っておられるかしら、と、『渋谷道 俳句集成』(3)をめくっていて、見つかったのが「科なき牢」の句です。
 それから、茴香ではないけれど、出会ってうれしかったのは、

 わたくしは辵(しんにゅう)に首萱野を分け

 こんな楽しい句を詠まれる方なのだ、と思うと、私のなかで、俳人・渋谷道が一気に「道さん」になりました。だから、お目にかかったことはないけれど、そして、多分一回りほどは年上でいらっしゃるけれど、「道さん」と呼ばせていただきますね。

 さて、「科なき牢」は昭和59年(58歳)、「くびのしわ」は昭和63年(62歳)の作です。
 「科なき牢」の句は、〈秋風の狭きを遅々と畳針〉と〈北方人の血が透くけさの秋鏡〉の間に置かれているところからみて、季は秋。だから、茴香は実(果実)ということになります。  そして、「くびのしわ」の句の茴香は、可憐な黄色い花。季は夏。
 なぜなら、「くびのしわ」の句は、〈風起つや一と声かぎり夜の蝉〉と〈朝蝉とぶまたとぶ人を招く日の〉の間にありますから。
 あしたのお客様のために、茴香の花を活けて、その香を楽しみながら、くびのしわなんかなにさ、とばかり熟睡し、そして翌朝、朗らかに晴れて朝から蝉の声!
と、いう風に、次の句と続いた風景として読むと、俳句の読みとしては邪道かもしれませんが、とても楽しい風景になりますね。

 ところで、話が前後しますが、道さんは大阪女子高等医学専門学校出のお医者さんなのです。  『渋谷道 俳句集成』の年譜によれば、昭和59年に、その年の7月に発足した「住吉医師会漢方研究会」で「漢方処方解説」を担当された、とのこと。
 もちろん、医師として、漢方薬の知識はもっておられたでしょうが、「漢方処方解説」のために、いろんな漢方薬を改めて見つめなおされたのではないでしょうか。それは、小さな部屋で漢方薬に埋もれて、ときには、まるで「科なく」牢に入れられているような気分になる日々。そんななかで、プチンとつぶすと、漢方薬らしからぬ、爽やかでエキゾチックな香りを放つ茴香に出会ったのでは?そして「茴香や科なき牢に似た小部屋」が生まれたのではないでしょうか?「茴香よ、いい香りだね、お前は。無実の罪で閉じ込めらている牢みたいな、こんな小部屋なのに」と、茴香に話しかけている、と、私は読みたいのですけど、どうでしょうね?

 ついでながら、そのころ、私は、道さんと同じ大阪の町で、香料会社にいて、入庫してきたウイキョウ油のニオイを嗅いだり、比重を測ったり、品質管理をしてたのですね。薬の町・道修町の近くだったので、どこかで道さんとすれ違ってたかも!

 なんだか、道さんと茴香のお話をしているような気分になって来たので、もっとおしゃべりをしたくなって、春山行夫の『花ことば』(4)を開けてみました。でも・・・。
 あ、アニスが出てきますが、ウイキョウとよく似ています。こんな風に。  
 
   
 ウイキョウ――茴香
 ウイキョウはアニスとおなじセリ科の薬草。草全体に香りがある。ローマのパン屋はパンを焼くとき、カマドの底にウイキョウの葉を敷いた。焼き上がったパンにこころよい香りがつくからである。中世のドイツで白内障になった僧侶が、ウイキョウの全体を煮出し、それを冷やした汁で九日間眼を洗っただけで眼が見えるようになった。フランスの美食家はウイキョウの葉で魚を包んでおく。そうすると肉がしまった。ウイキョウの草全体が長生きと、力と勇気をもたらすと信じられていた。またつぶした種子や花に熱湯を注いだ ウイキョウ茶は女性の機能を高めるといわれ、味つけとしてリキュールにも用いられる。日常的な薬草としてもっとも話題が多い。
(中略。全部読まれる方はこちらをどうぞ)。
 花ことばでは、
(1)「賞讃に値いする」、(2)「力」、(3)不条理、没理」(仏)。(2)は「アニス」の花ことばを参照
こちらです)。(3)はギリシアでこの草がお世辞のシンボルだったこと、花が黄色いこと(黄色い花には不吉な寓意がある。「解説」参照(*)。ウイキョウで味をつけたコーディアル(注:香味と甘味を加えた薬用の強いアルコール飲料)に酔うと、不条理なことをしゃべったり、行ったりすることなどに関係があるかもしれない。ことわざで「ウイキョウの種子をまくのは、悲しみの種子をまくことだ」というのは、この草の種子の薫香を使って魔術使が妖怪変化を呼び出すといわれていることをさしている。

(*)黄色がどういうわけで不吉なのか、その原因はわからないが、昔フランスで裏切り者の家の戸口を 黄色に塗ったことや、中世の画家がユダの着物を黄色であらわしたことや、いくつかの国ではユダヤ人はキリストを裏切った民族だからというので、黄色い服を着なければならないという法律を作ったことなどが、原因の一つに数えられている。

 というようなことで、道さんと話し合いたいようなロマンチックな花ことばじゃなくて残念でした。でも、道さんは香りの句をたくさん詠まれています。

 冬の傘はりはりと渋匂うかな
 科あらばかくまうばかり花辛夷
 西国のどこまで無月香を焚き
 手をつなぎ蛍のにおい寄せ合えり
 粽解けばしろきみどりご香りたつ
 どれも、ハッとする新鮮さです。ほんとうに、一度お会いして、お話ししたいです。
 では、また来月。(中原幸子)

【参考文献】

(1)エウジェニア・S・P・リコッティ/武谷なおみ訳『古代ローマの饗宴』(講談社学術文庫、2011年)
(2)金子兜太編『現代の俳人101』(新書館、2004年)
(3)渋谷道著『渋谷道 俳句集成』(沖積舎、2011年)
(4)春山行夫『花ことば』(上・下)(平凡社、1996年)



春山行夫著『花ことば』(上)(平凡社、1996年)より
ウイキョウ――茴香

 ウイキョウはアニスとおなじセリ科の薬草。草全体に香りがある。ローマのパン屋はパンを焼くとき、カマドの底にウイキョウの葉を敷いた。焼き上がったパンにこころよい香りがつくからである。中世のドイツで白内障になった僧侶が、ウイキョウの全体を煮出し、それを冷やした汁で九日間眼を洗っただけで眼が見えるようになった。フランスの美食家はウイキョウの葉で魚を包んでおく。そうすると肉がしまった。ウイキョウの草全体が長生きと、力と勇気をもたらすと信じられていた。またつぶした種子や花に熱湯を注いだ ウイキョウ茶は女性の機能を高めるといわれ、味つけとしてリキュールにも用いられる。日常的な薬草としてもっとも話題が多い。  原産地はヨーロッパ南部で、学名(Foeniculum)はラテン語のこの草の名(faeniculum)であるが、2字目が1字まちがっている。英語のfennel(ウイキョウ)も同じ語源。茴香は漢名で、茴(ウイ)は唐音、香(キョウ)は漢音である。ウイキョウがわが国に薬草として伝わったのは奈良朝で、初期には懐香といった。茴香という書き方は足利時代の辞書『下学集(かがくしゅう)』にあらわれている。 花ことばでは、
(1)「賞讃に値いする」、(2)「力」、(3)不条理、没理」(仏)。(2)は「アニス」の花ことばを参照(こちらをどうぞ)。(3)はギリシアでこの草がお世辞のシンボルだったこと、花が黄色いこと(黄色い花には不吉な寓意がある。「解説」参照(*)。ウイキョウで味をつけたコーディアル(注:香味と甘味を加えた薬用の強いアルコール飲料)に酔うと、不条理なことをしゃべったり、行ったりすることなどに関係があるかもしれない。ことわざで「ウイキョウの種子をまくのは、悲しみの種子をまくことだ」というのは、この草の種子の薫香を使って魔術使が妖怪変化を呼び出すといわれていることをさしている。



春山行夫著『花ことば』(上)(平凡社、1996年)
「アニス」

 アニスはセリ科(カラカサバナ科ともいう)の薬草で、その種子を乾燥したものを薬用、料理用ならびにリキュールの味つけに用いる。英和辞典にウイキョウとなっているのがあるが、ウイキョウはおなじ科であるが、属が違っている。アニゼット(仏、anisette、無色のあまいリキュール)はアニスの種子で作ったコーディアル(香味と甘味を加えた薬用の強いアルコール飲料。今日のリキュールはそれを一般的な飲料にしたもの)である。シャルトルーズ(黄味がかった、または黄色をおびたグリーンのリキュール)の味つけにも使われている。
 ローマ人は豪華な宴会の終りに、消化不良を防ぐため、アニスその他の香料植物を使った菓子を出した。のちそれが結婚式の宴会の終りに出るようになったが、近代のウエディング・ケーキは、消化不良を招くような材料だけになったた、西洋の本草家はいっている。ドイツ人はアニスの薬効をもっとも深く信じているので、日常のパンにアニスの種子をたっぷりとふりかける。
 原産地はギリシアからエジプトに及ぶ地方で、地中海沿岸諸国ならびにソヴィエト、スペイン、メキシコで栽培されているが、スペイン産のものが上質である。ヒカゲノミツバと同じ属で、ギリシア語でこの草をアニソン、ラテン語でアニスムと呼んでいたのがアニスの語源である。
 フランスの花ことばで、「力」と「人をだます予告」になっている。前者はこの草が視力を与え、力をつけるといわれていたことがもとらしいが、この草の種子を味つけにつかったコーディアルが、元気をつけることにも関係があるかもしれない。後者もリキュールに関係があって、口当たりがよいこと(甘言)がもとになっているらしい(「ウイキョウ」参照)。


月刊「e船団」 「香りとことば」2013年9月号

 ※ページが正常に表示されない場合は、こちらを参照してください。

饗宴―そもそも

  NHKテレビ、「100分で名著」のファンです。
 今年7月に「プラトンの『饗宴』」が放映されました。「おっ、饗宴!」と飛びついて見ました。指南役の先生は、納富信留(のうとみ・のぶる)・慶應義塾大学文学部教授です。

 驚いたことに、「饗宴」の原題は古代ギリシャ語の「シンポシオン」に由来する、とか。  この番組のテキスト(1)にはこう書かれています。

 「饗宴」という日本語が当てられるギリシア語の「シュンポシオン」(テレビ画面の表示は「シンポシオン」)とは、「一緒に飲む」という意味で、現代の「シンポジウム」の語源になりました。アテナイの上流階級が邸宅に集まってお酒を飲みながら議論や余興を楽しむ社交イベント――フランス近代の「サロン」のようなもの――で、文化的な交流だけでなく、時に政治的陰謀の舞台にもなっています。

 実は、9月14日(土)の船団のフォーラムで、シンポジウム「『女たちの俳句史』を読む」の部に出ることになっていて、準備にうろうろしているところなのですが、「なんだ!シンポジウムのモトは飲み会だったのか」と、一気に気が楽になりました。いえ、楽になってはいけないのはわかっています。でも、なんか、アタマが柔軟度を増した感じで、ありがたいのです。

 それはともかく、「饗宴」はギリシャで始まっていたのですね。
 プラトンの『饗宴』は納富先生によると、6人のアテナイ人+ソクラテス、合計7人によって「愛(エロース)」を讃美する言論を繰り広げる「言論オリンピック」なのだそうです。番組では100分にわたって、その内容が読み解かれて行くのですが、ただ、(私にとって)困ったことに、そこで、何を食べ、何を飲んだのか、が出てこないのですね。
 あ、何を飲んだかは出てきます。それはワインです。インターネットで、ズバリ、私の知りたいことが見つかりました。なんと、「プラトン『饗宴』でソクラテスは何を飲んだか」という記事! (2)
 著者は明治大学の高橋一行教授。ネットに「世界の酒」を連載されていて、その7回目です。
 名著『ワインの世界史』(古賀守 中公新書)によれば、ギリシア人は、ワインを水で薄めて飲んだという。これは実は私は実感できる。

と。高橋一行先生は「日本酒を水で割って、ぬる燗にして飲む習慣」があるのだそうで、古代ギリシア人がワインを水で割って飲んだ、という話がよく分かる、とのこと。
 どの程度の水割りだったかを、これまた、調べた人もいて、驚くというか、あきれるというか(失礼!)。これも、インターネットで見つけたエッセイ、水谷智洋「古代ギリシア人の酒の割り方」(3)。大体3倍から4倍に薄めて飲んだ、と書かれています。
 さっさと食べるモノを食べて、あとはこんな風にうすーくしたワインを飲みながら談論風発の場になっていったらしいのです。食べるのも、テーブルについて行儀正しく、というのではなく、椅子にねそべって食べたようで・・・あ、寝そべって食べるのが行儀よく食べることだったわけですかね?
 そのころのワインがどの程度のアルコールを含んでいたのかわかりませんが、今のワインだったら15%前後ですから、3倍に薄めるとちょうどビールぐらいのアルコール濃度になり、延々と飲み続けるのにはちょうどいい濃度だったのかも知れませんね。

 さて、食べたものですが、これが、よくわからない。
 ただ、古代ギリシアでは、すでに肉食もされていたと言われますが、魚介類が多く食べられていたようです。「たまねぎ地獄」(3)というサイトの「幻想万象資料館」というページに、「魚肉の歴史」という項があって、そこには、漁業の歴史は10万年も遡ることができる、とした上で、次のような記述があります。

 ◆古代ギリシア・ローマの魚食◆
 魚食の文化は世界中に分布していますが、中でもとりわけ大量の魚を食べたとされるのが、古代ギリシア・ローマの人々でした。「臭い食物、難破した人がやむを得ず食べるもの」と魚を毛嫌いしたホメロスのような人もいましたが、周辺を海に囲まれたギリシア・ローマにとって、最も手っ取り早く手に入れることのできた食べ物であったのです。実際、ローマの遺構からは魚を解体する台や、水を流す溝などが見つかっていますし、シチリア島からは漁の様子を描いたモザイク画も見つかっています。
 当時の人々にとって最も一般的だった魚はイワシやニシンですが、意外にマグロやカツオなどの回遊魚もよく食べられていたようです。現に三世紀の詩人オピアノスはマグロ漁の様子を詩に残していますし、賢人アリストテレスも、クロマグロの回遊経路を論文にして残しています。
 さらには牡蠣(カキ)などの貝類、カニ、エビなどの甲殻類、果てはクラゲやチョウザメ、「悪魔の魚」とヨーロッパ人に忌み嫌われているイカやタコでさえ、彼らは口にしたと言われています。
 古代ローマでは魚の養殖も行われていて、富裕層の中には自前の生簀を持っている人もおりました。紀元前一世紀の軍人ルクルスも、家に大きな養殖池を持っていて、ウツボやウナギなどの魚を養殖し、大きな収益を挙げていたということです。


 この前に、「魚食の起源」という項もあって、ハッとしたのは、

 魚は牛肉などに較べ1.5倍の水分が含まれますので、そのまま放っておくとすぐに腐敗してしまいます。そこで、古代の人々は、天日に干したり、火にくべたりして乾燥させ、保存する方法を思いつきました。いわゆる「干物」とか「燻製」と呼ばれる方法です。海に近い地方や、塩がふんだんに取れる地方では、塩漬けなども試されたことでしょう。

とあったことです。
 そうか、そこに茴香、つまり魚のニオイを甦らせるスパイスの出番があったのか、と、改めて認識しました。
 そう言えば、この「香りとことば」の7月号でご紹介した、『ローマの饗宴』に出ていた『ヘデュファゲティカ 〈美食〉』という詩に並んでいる食材にも、魚介類がずらりと並んでいましたよね?
 ウツボ、タコ、牡蠣、ホタテ貝、イサギ、アザメ、チョウザメ、ツノザメ、ベラ、メルラ、、ブダイ、カルヴァリアと呼ばれる魚、種々のタイプのホネ貝や甘ウニ、という具合。

 海の恵みがローマの饗宴を支えており、その海の恵みを茴香などのスパイスが支えていた、ということでしょう。

 それにしても、プラトンの『饗宴』ではキビシイことを言ってくれました。議論する人たちは、次々に前の人の議論を越えていったのだ、と。
 頑張らなくては。では、また来月。(中原幸子)

【参考文献】

(1)NHKテレビテキスト「100分で名著 プラトン『饗宴』」 2013年7月号 NHK出版)
(2)高橋一行「世界の酒 第七回 〔プラトン『饗宴』でソクラテスは何を飲んだか〕」
(http://www.kisc.meiji.ac.jp/~ikkosemi/jp/essay/sake.7.pdf2006.10.3)
(3)水谷智洋「古代ギリシア人の酒の割り方」
(http://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/metadb/up/AN10424929/Propylaia_11_65.pdf)
(4)「古代ギリシア・ローマの魚食」(「幻想万象資料館」
http://homepage3.nifty.com/onion/labo/l-index.htm)



 


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