月刊「e船団」 「香りと言葉」2013年10月号

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茴香−またまた

 先日(9月14日)、船団の俳句フォーラム「女たちの俳句史を読む」があり、第2部のシンポジウム「『女たちの俳句史』を読む」に出ました。それを聞きに来て下さったAさんが「ニッキのこと、いろいろ書いてはるでしょ?これ、おいしいから・・・」と言って、「株式会社 リボン」という会社のニッキアメを下さったのです。


 なんと、味はどう?と、ご主人にも味見をして貰って、それで、ご主人が、おいしい、と言ったから・・・って。このアメを、どれどれ、と味見して下さったご主人、どうも有難うございます(あ、いま思えば、おのろけだったのか?!)。

 で、たしかに美味しい。袋の右下にさりげなく「ニッキ香料使用」と書かれていて、当然ながらニッキの香りがするのだが、これが不思議なことに、砂糖や水飴とは別の、ニッキの甘さが感じられるのですね。
 もう一つ不思議なことに、味って、フツー、最初ちょっと薄めでも、だんだん強くなりますよね?特にニッキはその傾向が強くて、だから、たいていは、舐め始めたときは感じるか感じないか程度で、それで、だんだんちょうど良くなる。でも、このリボンのは、はじめ結構強いのに、だんだんマイルドになるんですね。
 袋に「あと味すっきり」「さわやかな辛味と甘い香り」と書かれているのですが、これ、実に「うん、おっしゃる通り!」という感じ。キャッチフレーズになっている、ということは、この味は、たまたまこうなったのではなく、こうなるように研究されたのでしょうが、どうなってるのか、わからない。ホームページを訪ねてみたのですが、秘密なのでしょうか、見つからない。でも、会社のメッセージというページに、自分たちのお菓子は「リボンを添えて」みなさんに届けたい、と書かれていて、なんか、ほのぼのしました。ニッキアメのリボンがこのあと味だったりして!

   で、リボンのニッキアメを舐めながら気がついたのです。私の体を巡っているウイキョウは、太田胃散だけで、ちゃんと「おいしく食べ」ていないことに!
 昔、ウイキョウの入ったパンが大好きだったのに、そのお店がなくなってしまってから食べていないことも思い出して、朝ごはんにウイキョウ・トーストを作ってみました。

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 手前のツブツブがウイキョウです。スーパーで「フェンネル」という名で売られている、ソレを、ひとつまみ俎板にのせる。包丁でプチプチと細かく切り刻む。と、すぐに、ウイキョウの香りがたち始め、とてもいい気持ち。刻めたらバターに練り込んでトーストしたバゲットに塗る。うん、なかなかですよ。刻み方がいい加減だったので、ときどきフェンネルのカケラが歯に当たるけれど、ぷちっと噛みつぶすと、これもまたいい感じ。 あ、ウイキョウ・バター(新製品!)は、塗ってから加熱すると、香りが飛んで、弱くなるようです。

 でも、改めて、ウイキョウってなんで「くれのおも」なんだろう、などと気になり始め、ちょっと調べてみました。「くれのおも」と「ウイキョウ」。なんでこんなに縁もゆかりもなさそうな2つの名前を貰ってしまったのか、不思議ですよね?で、いろいろ見ていると、「古名」派、「異名」派、など派閥(?)があるのですね。

*古名
『広辞苑』
『角川 古語大辞典 第二巻』(1)
『角川 図説俳句大歳時記 秋』(2)

*異名
『日本国語大辞典』:(小学館)(3)本文に引用されている「和名抄」では「和名」だが、これを採用しなかったようだ。

*和名
『時代別 国語大辞典 室町時代編 一』(三省堂)(4)

 コトバとしてのウイキョウに詳しいのは『日本国語大辞典』ですが、面白いのは『日本大百科全書(ニッポニカ)(5)。両方、全文コピーしましたので、お読みになる方はどうぞ。

『日本国語大辞典』
『日本大百科全書(ニッポニカ)

 上で、ウイキョウを刻むとき、とてもいい気持ちになった、と書きましたが、それもその筈、『アロマテラピーのための84の精油』(5)のフェンネルの香りの効能の項にはこんなことが。

フェンネル(ウイキョウ)
●こころにたいする働き 逆境にあるときに力を与え、勇気を授ける精油といわれます。また、これが長寿の源になるという人もいます。


 そういえば、『日本国語大辞典』には、ウイキョウは「懐香(かいこう)」とも呼ばれて、その語源説には「ふところに入れておいて咀嚼するから」だ、というのがある、と書かれていますね。
 朝のウイキョウ・トースト、役に立ちそう! では、また来月。(中原幸子)

【参考文献】

(1)『角川 古語大辞典 第二巻』
(2)『角川 図説俳句大歳時記 秋』
(3)『日本国語大辞典』(ジャパンナレッジ〔有料〕、http://www.japanknowledge.com/top/freedisplay)
(4)『時代別 国語大辞典 室町時代編 一』(三省堂、)
(5)『日本大百科全書(ニッポニカ)(ジャパンナレッジ〔有料〕、http://www.japanknowledge.com/top/freedisplay)
(6)ワンダ・セラー著/高山林太郎訳『アロマテラピーのための84の精油』(フレグランスジャーナル社、1992年初版)



『日本国語大辞典』
うい‐きょう[:キャウ] 【茴香・懐香】
〔名〕
 セリ科の多年草。南ヨーロッパ原産の栽培種。高さ二メートルに及ぶものもある。葉は大きくて、糸状に細かく裂け、コスモスの葉に似る。夏、枝先に黄色い五弁の小花が球状にかたまって咲き、秋、卵形をした楕円形の実がなる。茎、葉、実ともに香りがあり、香味料となる。実は健胃剤や、痰(たん)をきる薬とし、せっけんなどの香料ともする。くれのおも。アネイス。フェンネル。学名はFoeniculum vulgare ▼ういきょうの花《季・夏》▼ういきょうの実《季・秋》
*空華日用工夫略集‐応安四年〔1371〕一二月三〇日「船上茴香、蓋謂八角茴香者也」 *元和本下学集〔1617〕「茴香 ウイキャウ」
*俳諧・猿蓑〔1691〕五「茴香の実を吹落す夕嵐〈去来〉 僧ややさむく寺にかへるか〈凡兆〉」
*輿地誌略〔1826〕七「野に甘蔗、麻苧、白芥子、茴香、曼陀羅華多く、薔薇、迷迭香花、芳香賞すべし」
*日本植物名彙〔1884〕〈松村任三〉「ウイキャウ クレノヲモ 茴香」
【語源説】
(1)ウヰは茴・懐の唐音〔名言通・大言海〕。
(2)ふところに入れておいて咀嚼(そしゃく)するから〔中華名物考=青木正児〕。



『日本大百科全書(ニッポニカ)
ウイキョウういきょう/茴香/fennel
[学]Foeniculum vulgare Mill.
 セリ科の多年草。とくにスパイスとして用いられる種子をさしてフェネル、フェンネルともよばれる。全草に特有の香気がある。茎は緑色、円柱形で、高さ1〜2メートル、上部で分枝する。その形態は同じセリ科のディル(イノンド)と似ていて間違えられやすい。葉はやや白っぽい緑色で、糸のように細く分かれ、柔らかい。夏に茎上部の葉腋(ようえき)から花序を出し、多数の黄色い小花を傘状につける。花弁5枚、雄しべ5本、雌しべ1本。果実は7〜10ミリメートルの長円形で、1本の果柄に2個が互いに平らな面をあわせてつく。地上部は霜にあうと枯れ、地下部が生き残る。原産地は南ヨーロッパから西アジアで、今日では世界中に分布する。
 ウイキョウは古代エジプトで栽培され、古代ローマでは若い茎が食用とされた。中世ヨーロッパで、特異な香りと薬効のため魔法の草として知られ、しだいにフランス、イタリア、ロシア料理に不可欠な香辛料(スパイス)となった。地中海のマルタ島が産地として著名で、インドでも生産や利用が多い。中国へは4、5世紀に西域から伝わり、日本へは9世紀以前に中国から渡来した。現在は薬用として、長野、岩手、富山県で栽培されている。 [星川清親]

食用
 若葉はハーブとして利用し、種子はフェネル(フェンネル)またはフェネルシードと称し、スパイスとして肉料理や魚料理によくあい、サラダやケーキに混ぜたり、リキュールの着香料にもする。ウイキョウは、魚肉の香りを回復させるという意味の中国語名「茴香」の音読みからきている。 [星川清親]

薬用
 果実を乾燥したものを漢方では茴香、小茴香といい、アネトールを主成分とする精油を約6%含有するので、芳香性健胃、駆風(くふう)(腸内ガスの排出)、去痰(きょたん)、利尿、通経(不順月経の来潮促進)、催乳剤として用いる。精油中にフェンコン(英語でfenchone、ドイツ語でFenchon)を含有するものは樟脳(しょうのう)様の味がするので、これを苦(く)茴香ということがあり、日本、中国で栽培しているのはこの種類である。ヨーロッパでは、フェンコンを含まず、アネトールの甘い味が強い甘(かん)茴香を栽培している。いずれも胃カタル、腹痛の家庭薬として健胃散によく用いられる。また水蒸気蒸留によって茴香油をつくり、これをアルコールに溶かし、アンモニア水を加えたアンモニア茴香精は、小児、老人の無熱性気管支カタルの去痰剤として用いる。 [長沢元夫]

栽培
 移植を嫌うので、日当り、風通し、排水のよい肥沃(ひよく)な場所に直播(じかま)きする。雑種を避けるため、ディルの近くには植えない。トマトや豆類とは相性が悪く、近くに植えると成長を妨げるといわれている。 [森田洋子]



月刊「e船団」 「香りと言葉」2013年11月号

ところで、スターアニス

 先日、テレビをつけたら、いきなり馬が走っていました。秋の天皇賞のゴール直前だったのです。ジャスタウェイという馬が本命を押さえて圧勝した、と、放送現場はおおさわぎ。
 何十年か前、競馬好きの弟と一緒に住んでいたころは、職場の仲間をアッと言わせる知識を誇ったものでしたが、近頃は、秋にも天皇賞があるの?という状態。しかし、馬の走りは美しいなあ、と、改めて見とれました。

 ところで、ウイキョウを、道草を食いながら延々と続けてきて、もうひとつ忘れているモノがあるのに気付きました。
 ウイキョウに似たハーブにアニスがあることは、前にご紹介しましたが、もう1つスターアニスがあったのです。ダイウイキョウ(大茴香)、八角茴香、八角などと呼ばれ、中華料理によく使われますから、皆さん、おなじみだと思います。
 この3つ、名前がややこしいのですが、今月は『食べ物 香り百科事典』(1)の見出し語の、ウイキョウアニススターアニスで行きますね。ちょっと整理してみますと、

◎ウイキョウ=茴香=小茴香=くれのおも=フェンネル。植物学上の分類
◎アニス=遏泥子(あねいす)植物学上の分類
◎スターアニス=ダイウイキョウ=大茴香=八角茴香(八角)植物学上の分類

ウイキョウ=茴香=懐香子=くれのおも=フェンネル
アニス=遏泥子(あねいす)
スターアニス=ダイウイキョウ=大茴香=八角茴香(八角)

   この3つ、どれも、人間との付き合いが長いだけに、エピソードには事欠きません。 5月号でもちょっとご紹介しましたが、例えば、「週刊 朝日百科 世界の植物」(2)や「週刊 朝日百科 植物の世界」(3)にはこんな話が載っています。

 ウイキョウFoeniculum vulgare Mill.は(略)ヨーロッパでは古くから薬草として葉を利用していた。「フェンネルを見てとらないものは悪魔だ」という格言があったくらいで、非常に霊験があった。その半面、この薬をいぶすと妖怪変化をよび出す、といわれて魔法使いが用いたと伝えられる。「フェンネルの種子をまくのは悲しみをまくもの」という正反対の格言もある。(2)

 中国に入って、その香りが魚の香りを回復させる、というので茴香と名付けられ、それが日本に入ってきてくれのおも(久礼乃於毛)という和名までもらった、しかも、和歌にも詠まれた、という親しまれよう。何がそんなに日本人を惹きつけたのでしょうかね?

 アニスもまた、こんな具合に。
■悪魔よけの薬草アニス
 アニス(Pimpinella anisum L.)はアジア西部からヨーロッパ東部の原産。ウイキョウに近縁の一年草で、ギリシャ時代から薬草として知られ、ローマ時代には、悪魔除けのまじないに枕もとにつるしたり、また手でにぎっていれば、てんかんが防げると信じられていた。
(2)

 ただ、ウイキョウにくらべると、アニスへの関心は、中国人も日本人も、イマイチ淡白というか・・・。アニスというモノが入ってきたとき、中国では一応、遏泥子(あねいす)という文字を当てはめてはいますが、それだけで済ませている感じですよね?この扱いって、茴香のモテモテぶりにくらべると、ちょっと冷たくない?と、思ったのですが、でも、スターアニスのことが解ってみると、納得でした。アニスそっくりの香りのモノが、ちゃんと中国にあったのですね。それが上で写真をお見せした、ダイウイキョウです。
 花も果実もウイキョウにまったく似ていないのも当然、このダイウイキョウが取れる植物はトウシキミといって、私たちが仏さまに供えるあのシキミ(樒)の仲間でした。
 トウシキミIllicium verum Hookは、中国の雲南省および広西省からベトナム北部にかけて野生または栽培する常緑高木で、シキミに似ているがより大きい。種小名のウェルムは、純粋」「本物」という意味だから、シキミ属の本家本元なのだろう。(2)
とか、
 トウシキミI. verumの集合果はシキミに外見はよく似ているが、無毒で、中華料理によく使われる。アニスに似た芳香から「スター・アニス(star anise)」の英名があり、同様に香りが茴香(セリ科ウイキョウの果実)に似ていることから「大茴香」、8個の袋果からなる集合果であることから「八角茴香」ともいわれる。(3)
とか。
 シキミは高さが15メートルにもなるそうですから、トウシキミがそれより大きいとすれば、1本の木にはずいぶんたくさんのダイウイキョウが実る筈で、世界の市場に出ている八角はすべて中国産である、といわれているのもまた、よくわかる。

 更に、ですね、このトウシキミ、別の意味でも話題の植物なのです。なんと、インフルエンザの薬、タミフルの原料のシキミ酸が採れるのだそう。

 花はこんな風に、全然似ていないけれど、
 乾燥した果実はよくよく見ないと分からないほどダイウイキョウそっくり。でも、シキミの果実は猛毒、ダイウイキョウはまったく無害

 こういう不思議な世界を見せつけられると、子規が書いたことを思い出しますね。『病牀六尺』の、ココ。

 八十七
〇草花の一枝を枕元に置いて、それを正直に写生して居ると、造花の秘密が段々分つて来るやうな気がする。(八月七日)


 八十九
〇或絵具と或絵具とを合せて草花を画く、それでもまだ思ふやうな色が出ないと又他の絵具をなすつてみる。同じ赤い色でも少しづゝの色の違ひで趣きが違つて来る。いろいろに工夫して少しくすんだ赤とか、少し黄色味を帯びた赤とかいふものを出すのが写生の一つの楽みである。静様が草花を染める時も矢張こんなに工夫して楽んで居るのであらうか。(八月九日)


   子規のように芸術的、というか、ロマンチックな世界ではないけれど、神の技だなあ、と思うことの、何と多いこと。では、また来月。(中原幸子)

【参考文献】

(1)日本香料協会編『〔食べ物〕 香り大事典』(朝倉書店、2006年)
(2)「週刊 朝日百科 世界の植物」(朝日新聞社、1977年)
(3)「週刊 朝日百科 植物の世界」(朝日新聞社、1996年)



月刊「e船団」 「香りと言葉」2013年12月号

夢とハナリシス

 皆さん、喜んでください!
 私の夢は「寝たきりでも楽しい俳句生活」なのですが、また一歩近づきました。  2013年11月1日付毎日新聞朝刊のこの見出し。ちなみに、わが家は大阪府茨木市にあり、地域面は「北摂」です。


 写真の、若き白衣の研究者、ステキですね!
 読まれた方も多いと思いますが、一部ご紹介しましょう。全部読みたい方はこちらをどうぞ。

 近畿大生物理工学部の北山一郎准教授(福祉工学)らは、呼吸でパソコン(PC)を操作できるマウス「呼気マウス」を開発したと発表した。頸椎損傷や筋萎縮性側索硬化症(ALS)などで手足を自由に動かせない患者らもパソコン操作が可能になるといい、インターネットで情報を得たり、介助者らとコミュニケーションを取ったりする手助けになりそうだ。世界初の装置だという。【吉田卓矢】(中略)
 開発したマウスは、
 口にくわえるストロー状の管
 ▽息を吸ったり吐いたりした際にストロー内を流れる空気の量を計測するセンサー
 ▽検知した空気の量をマウスの動きに変換する変換機

で構成し、パソコンに接続して使う。(中略)
 市販する場合、価格は10万円程度といい、北山准教授は「センサーを簡易化するなどして、価格を5万〜6万円ほどまで下げ、2年後の実用化を目指したい」と話した。


 考えてみれば、呼吸って、生きてる証拠そのもの。そこに目を付けるなんて、サスガ!ですよね。香りにも、何かできることないかしら?

 ところで、全身不随の人とのコミュニケ―ション、といえば、必ず思い出す話があります。  それは『モンテ・クリスト伯』(1)。
 時は19世紀前半。冤罪、しかも悪質な企みでシャトー・ディフ(フランス・マルセイユ沖に位置するイフ島に造られた牢獄)につながれ、文字通り塗炭の苦しみの末脱獄に成功、巨万の富を手に、モンテ・クリスト伯となって、昔自分を陥れた敵(かたき)の前に現れたエドモン・ダンテス。私はこの話が大好きで、全冊揃っていたこの世界文学全集を、置き場所に困って捨てたときも、捨てずに取っておいた数冊の中の1冊ですが、その残った理由の1つが、これでした。  エドモンの敵の1人、今や出世して検事総長となっているヴィルフォールの、1人娘ながら、その財産の故に継母に命を狙われるヴァランティーヌ。その唯一の味方が、愛情と深い智恵にあふれ、知的能力は完全なのに、全身不随のおじいさま・ノワルティエ老人。このおじいさまとの会話を、ヴァランティーヌは視線と辞書で完璧にこなします。
 あ、耳は大丈夫なので、ヴァランティーヌの言葉は通じるのです。

 ノワルティエ老人の意思表示はこんな風に行われます。

 承 知:目をつぶって見せる。
 不承知:幾度かまばたきをしてみせる。
 頼みごとがある:目を上に向ける。
 ヴァランティーヌを呼びたい:右目をつぶってみせる。
 バロワ(召使い)を呼びたい:左目をつぶってみせる。

 祖父のさまざまな意志を、たいていは、聞かずとも推し量れるヴァランティーヌですが、それでも当てることが出来ないときは、まず、
 アー、ベー、セー・・・とアルファベットをとなえ、祖父の目がつぶられたところで、例えば、それがNならば、次にNa、ne、ni、no・・・と次に来る母音をつきとめ、最後に辞書のnoで始まる語を指で追って、目的の単語をつきとめるのです。

 視線で入力できるパソコンが、理論的に可能なだけではなく、特別に試作されたものが実際に使われている、と、知ったときも、思い出したのは、この話でした。

   でも、「寝たきりでも楽しい俳句生活」なんて、視野が狭いですね、私は。自分のことしか考えてない!
 パソコンは、声ではとっくに動いているわけですが、呼吸や、視線や・・・うっ。まさか、心の中で思うだけで画面に文字が現れたりするようにはならないでしょうね!それは勘弁してほしい!

   で、次に「あっ」と思ったのは、11月6日(毎日・朝刊)の「『金の耳』で良質の音」という記事。
 「Oh! My Job(私の仕事)」に出た、フィリップス・コンシューマーライフスタイル・シニアマネジャーのマシュー・ドーレさん。

 新聞の写真をスキャンしたので、ぼけてて、ごめんなさい。
 オランダのフィリップスという会社の中国・香港の事務所で、スピーカーやヘッドホンといった機械を新しく考え出すしごとをしている人だそうで、この会社には音の小さな違いを耳で聞き分ける練習を積み、試験に合格した「金の耳」と呼ばれる57人の仲間がいる。  そうかあ、音にもそういう人がいるのだ!
 実は、香りの世界でも「鼻」と呼ばれる人がいるのですね。
 「鼻」というと、なんだか俗っぽい感じですが、フランス語で鼻は「ネ(nez)」なので、日本でも「ネと呼ばれる男」、とカッコよく呼んでいます。名香水を創作する天才調香師たちのことです。
 この人たちの嗅覚ときたら、最先端の科学分析も敵わない、というので、科学分析の英語アナリシス(Analysis)をもじって、ハナリシスということばができてしまったほど。  私の気持ちとしては、ハナリシスだけは機械に負けないでほしい、そっちの方が私の夢、の感じ。
 あ、どんなに科学が発達しても、ヒトにしかできないこと、あるいは、イノチあるものにしかできないこと、それがあり続けることこそ、「夢」という言葉にふさわしいのかも知れませんね。
 ハナリシスよ、永遠に!

   そして、もうひとつ、うれしいことがありました。
 『子規全集』の俳句の巻を3巻、1週間も向き合って、ニオイの俳句を取り出したのに、その記録が杳として行方知れず。それが、ひょっこり現れたのです。先週。最初の1句が 明治22年の、
 闇の夜は鼻で探るや梅の花  子規
 子規も「ネ」?

 では、また来年。どうぞよいお年を。(中原幸子)

【参考文献】

(1)アレクサンドル・デユマ著/山内義雄訳『モンテ・クリスト伯 V』(新版世界文学全集5、新潮社版、1961年 4刷)

毎日新聞(大阪本社、14版)、2013年11月1日朝刊(6面)(一部筆者が改行)

呼気で動かすマウス
手足不自由でもPC操作

近畿大生物理工学部の北山一郎准教授(福祉工学)らは、呼吸でパソコン(PC)を操作できるマウス「呼気マウス」を開発したと発表した。頸椎損傷や筋萎縮性側索硬化症(ALS)などで手足を自由に動かせない患者らもパソコン操作が可能になるといい、インターネットで情報を得たり、介助者らとコミュニケーションを取ったりする手助けになりそうだ。世界初の装置だという。【吉田卓矢】
 北山准教授らは、頸椎損傷やALSの患者でも、自分の意思で呼吸の強弱を調節できることに着目。「吸う」「吐く」という行為に強弱を加えることで、パソコンのマウスの動きを再現できないか、研究に取り組んだ。

近大開発 世界初

 開発したマウスは、
 口にくわえるストロー状の管
 ▽息を吸ったり吐いたりした際にストロー内を流れる空気の量を計測するセンサー
 ▽検知した空気の量をマウスの動きに変換する変換機――
で構成し、パソコンに接続して使う。
 「吸う」「吐く」と「強」「弱」の組み合わせで、パソコンの画面上に表示させた文字盤の矢印を上下左右に動かせる。強く吸うと右、弱く吸うと左、強く吐くと上、弱く吐くと下に、それぞれ動く。さらに、短く強く吐くと左クリック、短く強く吸うと右クリックの操作もでき、ダブルクリックも可能。
 北山准教授の研究室のスタッフが試すと、約1週間の練習で、画面上の文字盤を使って文字を打ち込むことや、通常のマウス操作ができるようになったという。今後、頸椎損傷の患者らを対象に実証実験する予定。
 市販する場合、価格は10万円程度といい、北山准教授は「センサーを簡易化するなどして、価格を5万〜6万円ほどまで下げ、2年後の実用化を目指したい」と話した。



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