月刊「e船団」 「香りと言葉」2014年1月号

さん

 明けましておめでとうございます。
 ことしもどうぞよろしくお願いします。

 みなさん、さんって、なんでしょう?
 昨年(2013)12月17日に、突然、「ねんてんの今日の一句」に出る人たちがさん付けで呼ばれるようになりました。その日の一句は、

なんでも屋なんでも売って十二月  長谷川博

 十二月は一年の決算の月、そういう思いがたいていの人にあるだろう。それだけにこの句のいい加減ななんでも屋がうれしい。「飲み放題しゃべり放題十二月」も博さんの作だが、この句も最近の居酒屋や忘年会をよくとらえている。博さんの句、「船団」97号から引いた。
(後略)

 翌、18日、その理由が、こんな風に書かれています。

着膨れてレーニン像を仰ぎみる  星河ひかる

 「船団」97号にひかるさんの「真白きカラス」30句が出ている。モスクワに旅したいわゆる海外詠だが、今日の句はそこから引いた。この句から私は太宰治さんの「外はみぞれ、何を笑うやレニン像。」を連想した。小説「葉」にあるもの。昨日、天野祐吉さんの新著『成長から成熟へ』を話題にしたが、天野さんにならってこの欄で人の名を挙げるときは「さん」付けすることにした。実は京都新聞に連載中の「ねんてん先生の575」では小学生を「さん」付けして呼んできた。それをこの際、大人にもすることにしたのだ。


 何日かそれが続いて、ふと、「e船団」の雰囲気ががらっと変わっていることに気付き、びっくりしました。

 なんか、ほんわか、やわらか、おとなの香りが!! 

 さんって何?
 と、改めて思いました。
 あわてて『成長から成熟へ――さよなら経済大国』(1)を買って、読みました。
 でも、天野さんが人名にさんを付けたのはこの本が始めてではないらしく、16ページに出てくる碓井(うすい)広義さんが、もう、何の説明もなくさん付けで呼ばれています。そして、132ページには、始皇帝さん、豊臣秀吉さん、イエスさん、空海さん・・・。
 2つ、例外もありました(他にもある?)。193ページの「安西徹雄という同じ歳の若者」と、211ページの「哲学者の久野収先生」。
 うれしいな、例外。例外を認めない、というのは、さん付けには似合わない、ですよね。

 もうひとつ、気がついたことがあります。
 天野さんの『成長から成熟へ』では、一人称がぼくなんですが、今日の一句の坪内さんは、です。

 広辞苑には、ぼくは、「今はおもに成人前の男性が同等以下の相手に対して使う」と出ています。「成人前の」というところは、ちょっと疑問に思いますが、「同等以下の相手に対して使う言葉」は、私にはその通り、と思えます。
 で、私(わたくし)の方は「話し手自身をさす語」で、「現代語としては、目上の人に対して、また改まった物言いをするのに使う」語。そして、私(わたし)はそのくだけた言い方。
 ただ、同等のつもりでぼく、と言ったら、相手がと応じた、とか、ビミョーな問題は残りますね。逆もあり得るし。それに、ぼくでは困る、切実な問題もあります。だって、真似をしてみたいけど、(中原)がぼくと称するのは、ちょっと・・・、どうしてぼくは男性専用なのでしょうね? なんて、新年早々拗ねてはいけませんね。取りあえず、これは一旦保留にして、「さんって何だろう」の方へ行きましょう。

 広辞苑は、こうです。
さん
〔接尾〕
(サマ(様)の転)
(1)人名などの下に添える敬称。「さま」よりもくだけた言い方。「伊藤―」「奥―」 (2)丁寧にいう時につける語。「ご苦労―」「お早う―」


 この、2番目のさんも活躍していますね。
 「ごちそうさん」、「おつかれさん」、「おめでとうさん」などなど。には置き換えられないさんもあります。「おめでとう」など、聞いたことないですから。「さま(様)」が転じてさんになったとはいうものの、さんさんで独自の守備範囲を開拓した、ということでしょうか。

 『語源海』(2)を見てみると、「サマ」の語源はこんな風に書かれています。
〈様〉は宛字。サマはサ・マで、サは方向、マは空間を示す。直接名ざすのを失礼と考え、代わりにその住む場所などにサマを接尾して用い、サマに敬意が転移、やがて固有名詞などにも接尾して、尊敬する人への尊称の意をもつようになった。〈殿〉が建物から、そこに住む人への敬意をもつ接尾語になった用法と類似。

 この後には南北朝時代の公卿・洞院公賢の日記「園太暦」に出ている「公方様」から、「あなた様」や「おまへさま」など西鶴の使用例、「去来様」「芭蕉翁様」など俳諧の世界の例、さらには樋口一葉の「先生さま」まで、たくさんの用例が示されており、また、あにさま(さん)、旦那さま(さん)など、さまとさんが両方ともに使われる例も挙げられています。  そして最後に、こういう記述があります。
 〈芭蕉先生様〉のように「先生様」は珍。様samaがさらにサンsan→チャンtyanと語形変化する。ことに江戸語にあって、サ行音とタ行音はしばしば交替する。また、〈様〉の書体(楷書体〜草書体)で、敬意の厚〜薄の別が示される。

 「様」という一語の使われ方で、江戸時代に、俳諧の宗匠がいかに尊敬されていたかが分かるとは、ビックリですね!

 で、ここまできて、ふと思ったのですが、さんって音は、実にやさしくひびく音ですね。人名にさんが付けられたことで「e船団」がほんわかとしたのには、さんという音のこの心地よさも大きな役割を果たしているのではないでしょうか? 登場人物がさん付けで呼ばれることで、読んでいる私も自分が「・・・さん」とやさしく呼びかけられたみたいな気持ちになるのかも?

 さん付けって、最高のおもてなしかも。

   私は和歌山県生まれなんですが、よく「和歌山弁には敬語がないんだよね?」と訊かれます。これからは、「敬語はなくてもさんがあるから大丈夫!」と、答えることにしようかな。  あれ? さんぼくさんなら、平等な関係が生まれる、という話のつもりだったのだけど・・・。でも、互いに敬称で呼びあう平等というのもいいですよね。
 では、また来月。中原幸子

【参考文献】

(1)天野祐吉著『成長から成熟へ――さよなら経済大国』
(2)杉本つとむ著『語源海』(東京書籍、2005年)

月刊「e船団」 「香りとことば」2014年2月号

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色と香

 先月、最後にちょっと触れましたが、私は和歌山県生まれです。で、そう言うと、「和歌山弁って敬語がないんでしょ?」とよく言われ、ちょっとひるんでました、これまでは。なんだか、責められている感じで。でも、もあるし、さんチャンもあるからいいよね、ってことに、先月、なったのですが、なんと、こんなことが。

 和歌山県には「WEB県民の友」というサイトがあって、知事さんが「知事メッセージ 県民の皆様へ」というのを書いています。その平成20年6月号に、「和歌山弁」と題する文が出ていて、知事さんもどうやら、私と同じ経験をちょいちょいされるようです。一部引用させていただきますと、

 「和歌山弁には敬語がない。乱暴だ。」と言われます。確かに、敬語は少ないかもという気がします。しかし、「汚い言葉だ。」と言われると反発を覚えますし、「この言葉のせいで和歌山へ来る観光客などは和歌山を嫌いになるのだ。」という意見には、違うのではないかと思います。ご年配の女性が、にこにこしながら和歌山弁でゆっくりと話してくれる時があります。敬語など少ししか使っていないけど、心温まる情感は他所から来た方に好意を持たれこそすれ、嫌われることなどありません。

 そして、最近はマニュアルばやりだが、マニュアルを覚えただけの標準語より、心のこもった和歌山弁がいいのでは、と、こんな風に締めくくっています。

 親切な気持ちで、好意を持って他人に接すれば、言葉を通じて気持ちが相手に伝わります。真心を持って接する “おもてなしの心”が必要なのです。観光和歌山が繁栄するように、皆で“おもてなしの心”を磨きましょう。そして、心をこめて、和歌山弁でおもてなしをいたしましょう。

 この知事さんのメッセージに、県民歴21年だという紀の川市在住の主婦が、自身のすばらしい発見で応じています。(1)さわりだけ引用させていただきますね。
 和歌山弁を初めて耳にした時は、大声でけんかをしているように思い、思わず立ち止まって振り返ってしまいました。敬語も日常では使うことが少なく、乱暴という印象を持ちました。
 しかし、21年の在住を経てそれがどうしてなのか少し分かりました。和歌山の人は他人に対して警戒心がなく、大らかでざっくばらん、そして人と自分との間に垣根を作らない。そんな超善人が多いと思います。
(中略)
 敬語を使う時は相手を敬う心の表れですが、初対面の人に対しては相手と自分を隔てる垣根のようなもので、その垣根を持たなければ敬語を使う必要はありません。和歌山の人は人との間に垣根を持たず、誰とでも平等に話ができる素晴らしい人柄なのだと思います。これは、知事がおっしゃる「おもてなしの心」に通ずるもので、敬語を並べ立てるよりずっと心が通じるものだと思います。

   すっかりうれしくなりました。敬語がないのではなく、いらない社会。みんなが対等・平等で、親愛の情を表すさんだけの世界!!

   話はいきなり変わりますが、1月11日に第3回船団俳句フォーラム「花はすごい」が開かれ、田中修さん(さん、ですよ!)の講演を聞かせていただきました。
 質問の時間もある、というので、珍しく勉強する気になり、田中さんの著書を4冊買いました。

 『クイズ 植物入門―1粒のコメは何粒の実りになるか』(2)
 『雑草のはなし―見つけ方、たのしみ方』(3)
 『植物はすごい―生き残りをかけたしくみと工夫』(4)
 『植物のあっぱれな生き方』―生を全うする驚異のしくみ』(5)
 これらの本と講演とに共通して感じたのは、田中修さんは植物たちとさん付けで付き合っておられるな、ということでした。いや、もしかしたらちゃん付けかも。まるで子や孫を自慢するように、うれしそうに、そのすごさを書いたり話したりされるのですね。当然、お話も、あったかい声でわかりやすく、私も孫になった気分でした。十歳近くも年下(!)の方に、失礼なハナシですが。

 会場では質問が相次いで、お訊きできなかったのですが、運よく休憩時間に、長年の疑問をお訊ねし、『雑草のはなし』にサインまで頂いてしまいました。
 私の質問というのは「バラにはどうしてあんなにいろんな香りがあるのですか?中には、フリージアそっくりの香りなんかも。みんなで同じ香りをたくさん出す方が、虫を呼ぶのには便利なように思いますけど・・・・・・」というモノでした。

 田中さんは「それが、分からんのですねえ・・・・・・」と。

 うーん、まだ分かっていないのか、と、ちょっとがっかりし、そのくせ、バラさん、やるじゃん、とも思ったり。で、まあ、バラの香りのすごい謎はこれからのお楽しみ、ということになったのですが、でも、バラだけじゃなく、ヒヤシンスなんかもそうですよね? あ、そうそう、忘れるところでした!私もむかし、白梅と紅梅の香りの違いについて研究したことがありました。紅梅の香りの方が甘いのですが、それは酢酸ベンジルという甘ーい香り成分がたくさん含まれている為だったのです。このとき、私がもっと深く考えるヒトだったら、その理由を探ってみたいと思った筈なのに、私ときたら、「ニオイ成分が違いましたー」で済ませてしまって、ダメですね、まったく。

 で、もちろん、田中さんは、植物の香りについても書いておられます。上に挙げた『植物はすごい』の第三章には、こんな小見出しがあります。

 (三)香りはただものではない!

 どうただものではないのか。
 私たち人間にとっては心地よい森林浴の香りであるフィトンチッドが、実は森の木々がカビや細菌から自分たちを守る自衛の手段であったり、あの香りがしなかったら、どんなに味気なかろう、と思われる桜餅の葉っぱの香り(クマリン)が、実は寄ってくる虫たちへの嫌がらせ物質だったり、つまりダテに香ってるワケじゃないのだよ、ということなのですね。

 「薔薇ノ木ニ薔薇ノ花咲ク」のはほんとうはとても不思議な、すごいことで、さまざまな色や香りのバラが翌年も同じ色や香りに咲くのは、さらにすごいこと、かも。
 そう言えば、田中さんのお話のなかに、植物たちが、近親結婚を避けるために、どんなに苦労しているか、というのがありました。

 百合の花の雄しべはなぜ雌しべに届かない長さなのか?

 それは、同じ花の花粉ではなく、虫が運んでくれる他の花の花粉を待っているからです。でも、もうしぼむのに、まだ受粉できない、というときには、雌しべがうなだれて、同じ花の雄しべに触れに行くんですって。

『クイズ 植物入門』もすごいですよ。ではまた、来月。中原幸子

【参考文献】

(1))県民の友6月号知事メッセージに対するお便り(平成20年6月 紀の川市 女性)(http://www.pref.wakayama.lg.jp/chiji/message/20080502.html)
(2)田中修著『クイズ 植物入門―1粒のコメは何粒の実りになるか』(講談社、2005年4月)
(3)田中修著『雑草のはなし―見つけ方、たのしみ方』(中公新書、2007年3月)
(4)田中修著『植物はすごい―生き残りをかけたしくみと工夫』(中公新書、2012年7月)
(5)田中修著『植物のあっぱれな生き方』―生を全うする驚異のしくみ』(幻冬舎、2013年5月)


月刊「e船団」 「香りとことば」2014年3月号

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悼 山本兼一さん

 え? 山本兼一さんが亡くなった? まさか! そんな、やめてよ! と、おろおろしてしまいました。
 わたしは、京・三条の骨董屋を舞台に、真之介・ゆずの駆け落ち夫婦が繰りひろげる「とびきり屋見立て帖」シリーズのファンで、このページでもご紹介したことがあり((2009年2月号)、『利休にたずねよ』が直木賞を受賞したときも、『千両花嫁』だったらもっと嬉しかったのに、と贅沢なクレームをつけたほどでした。
 映画が話題になったのがきっかけで、まだ読んでいなかった『利休にたずねよ』をちょうど読み終えたところへの訃報でした。興味シンシンの香りの話があちこちに出ていて「読んでよかった!」と思っていたところでした。

 と、いうのも、『利休にたずねよ』では、ある香合が、陰の主人公のような大事な役割で登場します。前から、茶道の世界では、香合、香合って、容れ物ばかりが大事にされて、その中味のことはあんまり話題にならないのが不思議でならかったのですが、『利休にたずねよ』では、香りそのものにとても重要な役割を演じさせています。どれも、何かちゃんとした根拠があるのだろうな、と思うと、それが知りたくてたまりません。末尾の【参考文献】の最後の1行「その他、多数の史料・資料を参照させていただきました。」がうらめしく、その「多数の史料・資料」を教えて、と、押しかけたいほどでした。まあ、でも、これだけ書いてくれてるんだから、と感謝する気持ちも湧き上がります。

 わたしが読んでいるのはPHP文芸文庫の『利休にたずねよ』第1版第16刷(1)です。カバーは右側の画像ですが、その下に以前の版のがひっそりと残されていて、それが左。

 

 ぼおーっと浮かぶ白い花は、木槿です。

 さて、冒頭の章「死を賜る 利休」。ここに上記の香合が登場します。時は天正十九年(1591)二月二十八日。場所は「京・聚楽第 利休屋敷 一畳半」。
 秀吉からの死の使者を迎えるのに選んだ茶室「一畳半」の畳を、利休自らきゅっきゅと浄める。炉に炭を置く。その炭も利休が自分で挽いて洗っておいたもの。なのに、切り口がざっくりして気に入らない出来だ。だが、それを利休は、「それが自分のたどりついた境地なら」と甘んじて受け入れる。

 ふっと、ソチ五輪の浅田真央のフリーの演技が目に浮かびました。ショートプログラムの、金縛りにあったようなあの事態、あれはきっと、金メダルの呪縛から真央を解き放つための神の賜物だったのでは?SPで1位とか2位とかだったら、きっとフリーでのあの完璧な演技はなかったのでは?

 ともかく、利休は「一畳半」を、末期の茶事にふさわしく整え終えた。 懐から袋を取り出した。美しい韓紅花(からくれない)の袋に入っている、それを開けると、
 なかに小さな壺が入っている。
 掌にすっぽりおさまる緑釉の平たい壺で、胴がやや上目に張っている。香合につかっているが、すがたは瀟洒で、口が小さい。もとは釈迦の骨をいれた舎利器だったかもしれない。
 全体にまんべんなくかかった緑釉に、深みと鮮やかさがある。
よく晴れた夏の朝、海辺に出て濃茶を練ったら、こんな色に見えるだろうか。
 気の遠くなる歳月をへて銀色に変じた緑釉の景色は、見ているだけで、顔もこころもほころんでくるほどやわらかい。
 緑釉の色味が、唐三彩の緑よりもはるかに鮮烈である。おそらく、何百年もむかしの高麗の焼き物であろう。
あの女の形見である。


 中には丸い練り香の他に、小さな紙包みが入っていた。中味は・・・・・・ここで開けるの遠慮しますが、それを、利休はきれいに煙にして空中に放ち、香合は床に飾って、死の使者を迎える準備を終えます。その利休に、妻・宗恩は、長年の思いを、堪えきれず、口にします。

あなたには、わたくしよりお好きな女人が、おいでだったのではございませんか。

 これを聞かずに亡くなられら・・・・・・、という、宗恩の切羽つまった問い。でも、利休はそれに答えることなく逝く。
 利休の切腹後、宗恩はその香合を庭の石灯籠に渾身の力を込めて投げつけた。それが、この香合を―もしかしたら、利休を殺してまで手に入れたかった―秀吉の掌に乗せない唯一の道だったから。こうすることで宗恩は、利休のあの女への想いを貫かせ、そして、そのことで宗恩自身もまた、利休の胸に住む女人を越えることができたのかも。映画では、投げようとするが、結局投げない、らしい。(映画、見てないのです。今ごろ白状して、ごめんなさい。)

 小説ならば、読者は想像にまかせて、どんな香合も描けるけれど、映画はやっぱりモノが必要なのだろうな、と、ネットで検索してみると、ありました!
 「本物の高麗茶碗を目指し、土と語らい、炎と向かい、業の研鑽を重ね」ているという福岡・上野焼の三代山岡徹山が作ったという香合が。この写真(2)。


 なるほど、小さいですね。だって、畳の目がやけに大きく見えるから。(この写真、心ならずも無断拝借です。ホームページに記されていたアドレスに、お願いのメールを出したのですが、届きませんでした。)

 香料会社へ就職したころ、私は、ハンコをまっすぐに押せないコでした(今もですが)。経理のKさんは、
 「ナカハラさん、なんでハンコはまんまるか知ってはるか?どっちが上かな、と確かめる、その間に、このハンコ、ほんまについてもええか、と、もういっぺんよう考えるためやて」と教えてくれました。
 お点前の手順が、ああも複雑で、うっかり一手抜かすと、あとからえらい目にあうようにできてるのは、もしかしたら、丸いハンコのつきかたと同じかも、などど思ったりします。

 なんか、支離滅裂のゆずロス状態に終わりましたが、次はちゃんと兼一さんの「利休の香り」に迫りたいと思います。では、また来月。  中原幸子

【参考文献】
(1))山本兼一著『利休にたずねよ』(第1版第16刷)(PHP文芸文庫、2010年初版)
(2)「上野焼 香春徹山窯」(http://aganoyakikawara.wix.com/aganoyaki#!syoukai/c240r)

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