月刊「e船団」 「香りとことば」2014年4月号

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匂天神さん

 今月は、ほとんどわかっていないことを書きます。何かご存じでしたら、教えてほしいのです。

 私は、ここ何年か、ホテル日航プリンセス京都のフリージアの間、というおしゃれな部屋で、毎月1回俳句の講座を受講しています。
 レッスンが終わると、みんなで1階のレストランへ行き、ちょっと高めのお昼を食べてから帰るのですが、ある日、地下鉄烏丸線「四条」へ行く道すがら、「匂天神」と書かれた小さな祠があるのに気付きました。

 

ものすごく頑丈な連子に守られて、いや、守られている、というよりは閉じ込められている、という感じの神さまです。そばには石柱も建っています。


 この神さまの説明らしき駒形札も連子の奥に見えます。文字はもう消えかかっているのですが、もう少しはハッキリしていたころに解読されたのでしょうか、ネットに出ています(1)。

 祭神は菅公にして往昔祇園御旅所大政所の敷地に勧請の年月詳かならずが明治年間洛陽天神二十五社の一と稱せられました。又当地竹之辻子と明治二年六月匂天神町と改稱し以来今日に至る。学業成就の神として多数祈願者が有りその霊験まさにあらたかと云われます。

 匂天神という神さまの由来というよりは、匂天神町の由来、といった感じの文章ですよね。  そう、この神さまのご住所が京都市下京区匂天神町 (烏丸通高辻東入)なのです。 そうと分かってから、注意して歩くと、地下鉄の四条駅からホテルまでの細い路地では、「匂天神町」という名があちこちに書かれています。特に目を引くのが消火器!これが、実に小まめに設置されています。

 匂天神町のことは、例えば、『京都地名語源辞典』(2)にこう解説されている。

 匂天神町 においてんじんちょう〔下京区〕  高辻通烏丸東入ル北側の片側町である。町の中央を「駒形の辻子」が通る。「匂天神社有り。往昔祇園旅所大政所の敷地也」(『京都坊目誌』)とあり、現在も烏丸東北角のビルの一階、東南隅に高辻通に面して祀られる。この「匂天神社」に因む。寛文5年(1665)記刊『京雀』は「ずいうんのづし」とし、「此辻子中程北へ行辻子は竹辻子也」と付記する。宝暦12年(1762)刊『京町鑑』も「瑞音辻子」とある。これは、瑞恩寺が当町にあったことによる。高辻通ではあるが、町家のない通り、辻子であったと考えられる。「明治2年(1869)6月瑞音辻子。竹之辻子を合併し。匂い天神町と改称す」(前掲書)とある。

 これで、明治2年に匂天神社に因んで匂天神町という町名が生まれたことはわかる。
 でも、肝心の匂天神社のことは、これではわからないですよね。
困ったな、と思っていたら、『都名所図絵』(3)という江戸時代の本に1行だけ出ている、という記事に出会いました。この本、国際日本文化研究センターのデータベースで影印が公開されているのです。家のパソコンからタダで見せてもらえます。
 国際日本文化研究センターのホームページにはこんな風に解説されています。

 『都名所図会』は墨摺六册本で名所図会本の先魁となったものである。本書は本文を京都の俳諧師秋里籬島が著し、図版を大坂の絵師竹原春朝斎が描き、京都の書林吉野屋から安永九(1780)年に刊行された。なお、本データベースに用いた本センター所蔵の『都名所図会』は天明六(1786)年の再板本である。

 で、その1行というのは、第2巻の26ページの最後にありました。

 匂天神社(にほひのてんじんやしろ)ハ東洞院と烏丸(からすまる)の間高辻(たかつじ)の所にあり竹之辻子(たけのつし)といふ清香庵と号す

 神社が・・・・・・庵?
 まあ、神仏習合なら、とも思いますが、ちょっとヘンな気もします。
 しかし、これではやっぱり「匂天神」という名の由来も、いつここに勧請されてお出でになったのかも分かりません。
 少なくとも『都名所図会』が出版された安永九(1780)年にはあった、ということだけは分かりました。

 と、いうような訳で、ほとんど何にもわからない。
 面白いな、と思ったのは、この1行にふられたルビです。

 匂天神社・・・・・・にほひのてんじんやしろ
 烏丸・・・・・・からすまる

   こんなことでも、もしかしたら、何かの手がかりになるのかも、と、心細い希望を抱きつつ。では、また来月。あ、何かご存じでしたら、是非ご一報を。(中原幸子)

【参考文献】

(1)「小次郎の京散歩」(http://ameblo.jp/pit6679/entry-11561933633.html)
(2)吉田金彦、糸井通浩、綱本逸雄編『京都地名語源辞典』(東京堂出版、2013年)
(3)秋里籬島著『都名所図絵』(吉野屋、1780年)


月刊「e船団」 「香りとことば」2014年5月号

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御香宮(ごこうのみや)

 突然ですが、これ、何だと思われますか?


 いえ、匂天神には関係ありません。匂天神については、その後さっぱり進捗していません。どこかから、何かにおってこないかなあ、と神頼み状態で……ごめんなさい。
 でも、ふと思ったのです。他にもきっと、ニオイに縁のある名前の神さまや仏さまがおられるのじゃなかろうか、と。
 そして、ありました、あちこちに。どうして今まで気がつかなかったのか、不思議です。
 ネットでいちばん活躍(?)しておられるのが、インドの神さまガンダルバ。全身香り、みたいな神さまで、ちゃんと広辞苑にも出ています。

 けんだつば【乾闥婆】  (梵語Gandharva 香神・食香などと訳す)  天竜八部衆の一つで、仏法の守護神とされる。緊那羅(きんなら)と共に帝釈天(たいしゃくてん)に仕える楽神。香を求め虚空を飛翔するという健達婆。犍達縛。

 広辞苑にはこれだけしか書いていませんが、日本大百科全書(1)では、
 ガンダルバ( Gandharva)
 古代インドの半神半人の精霊。音訳は乾闥婆、達婆で、意訳は香神、嗅香(きゅうこう)、尋香(じんこう)。虚空に住む天界の音楽師とされ、天の踊り子アプサラスを配偶者とする。
(中略)仏教に入ると天竜八部衆の一人とされ、酒肉を食せずただ香のみ求め、緊那羅(きんなら)(半人半鳥の美女)とともに帝釈天(たいしゃくてん)に奉侍(ほうじ)して伎楽(ぎがく)を奏するとされる。(後略)

と、とても魅力的な神さまです。いつか、どこでどんな香りを見つけて食べるのか追っかけてみたいものです。
 でも、まあ、それは、今すぐは無理なので、もうちょっと行きやすい「香り」系の神社にお参りしてみました。
 京都・桃山の御香宮神社(ごこうのみやじんじゃ)、ウチからたった50分。 「初めは『御諸(みもろ)神社』と称したが、平安時代貞観4年(862)9月9日に、この境内から「香」の良い水が湧き出たので、清和天皇よりその奇瑞によって『御香宮』の名を賜った」とパンフレットの「御由緒」に書かれている。

 これ(↓)が拝殿の入口です。


で、もう、お分かりでしょうか? 冒頭の「?」の写真は、この狛犬さんの尻尾です。

 何はともあれお参りし、ふと左を見ると「御香宮」の名の由来となった「香水」がしたたり落ちている、という塩梅になっています。この香水は、少し離れたところにある清泉 (右の写真です)からポンプで送られて来ているみたいです。


 この清泉は明治以降涸れていたのを、昭和57年に復元したのだそうで、今は香りはついていません。2リットル頂いて帰りました。これ(↓)です。


 ホント、匂いは、ありません。芳香も悪臭も。でも、おいしいのですね。まろやかというか、なめらかというか、トゲがないというか。まあ、「名水百選」に認定されたのだから、おいしくてあたり前かも。

 それにしても、ここまで来て書くのは気が引けますが、でも、書かないわけには行かないことがあるのです。どんな香りだったのかなあ、と想像をたくましくしていたのに、残念至極ですが。
 ひと廻りして、帰りがけに社務所で『京・伏見歴史の旅(新版)』という本を買いました。そこには、えーっ! そんな! こんな記述が!

 社伝によれば、貞観4年862、境内からたいそう香りのよい水が湧き出て、病人がこれを飲んだところ、たちどころに快癒した。これにちなんで御香宮と称し、地名も石井村と呼ばれたという。しかし、御祭神の主神を神功皇后としていることは、『香椎宮編年記』にいう弘仁14年(823)、筑前の香椎宮より豊前の宇佐八幡宮と山城の御諸神社へ神功皇后を勧請したとする記事から考えると、御香宮の香は香水ではなく香椎宮の香とみる方が正しいように思う。

 でも、御香宮の香水は、名水が湧き出る地であることから、かつて「伏水(ふしみ)」と呼ばれ、その名水を使ったお酒の製造が今日でも盛んに行われている地・伏見の七名水の一つなのです。
 事実はともあれ、香り高い水の伝説があるのもまた良きかな、ではないでしょうか。では、また来月。(中原幸子)

【参考文献】

(1)『日本大百科全書(ニッポニカ)』(ジャパンナレッジ〔有料〕、http://www.japanknowledge.com/top/freedisplay)
(2)山本眞嗣著/水野克比古撮影『京・伏見歴史の旅 (新版)』(山川出版社、2003年)


月刊「e船団」 「香りとことば」2014年6月号

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水に呼ばれて

 先月(5月号)ちょっとご紹介しましたガンダルヴァ。(1)

ガンダルバ( Gandharva)
古代インドの半神半人の精霊。音訳は乾闥婆、達婆で、意訳は香神、嗅香(きゅうこう)、尋香(じんこう)。虚空に住む天界の音楽師とされ、天の踊り子アプサラスを配偶者とする。
(中略)仏教に入ると天竜八部衆の一人とされ、酒肉を食せずただ香のみ求め、緊那羅(きんなら)(半人半鳥の美女)とともに帝釈天(たいしゃくてん)に奉侍(ほうじ)して伎楽(ぎがく)を奏するとされる。(後略)

 漫画になってる、と知ってびっくり。(2)
 オビがすごいでしょ!?

ガンダルヴァ ガンダルヴァ

 作者は正木秀尚(まさき ひでひさ)さん、1964年生まれ。もちろん、知りませんでした。オビのご命令(?)とあれば、嗅いでみなくては、と、取りついてみましたが、これが、ああ、やっぱり、というか……。これ(↓)が最初のページで、アロマテラピーの道具がずらり。ガンダルヴァにヒントを得た現代の物語だったのですね。
ガンダルヴァ

 まあ、ガンダルヴァの時代のガンダルヴァを現代の漫画に期待するなんて、間抜けな話だと、今は思っていますが……。

 それはそれとして、香水の湧く井戸がある、とネットに出ている下御霊(しもごりょう)神社にお参りしてきました。
京都駅から205番のバス、四条河原町・北大路バスターミナル行き、に乗って約30分、「河原町丸太町」で下車。ひと足歩いたところの交差点で、プリントして来た地図を手に見わたして見るけど、それらしき建物は見えない。「徒歩1分」ってホント? ワタシはどこ? 状態。通りかかったサラリーマン風の男性に訊ねると、カバンを地面に降ろして、地図を見、即座に「ああ、こっちみたいですよ」
 で、曲がって曲がって約5分、左手のちょっと凹んだところに赤い鳥居が見えました。 きっと、バスを降りたとき、反対向きに歩き始めたら、1分で着いたやろな、という位置でした。

 下御霊神社

 赤い鳥居をぐぐってまっすぐ行き、本殿にご挨拶して、お神籤(50円)。
左奥に社務所があり若い男性がいる。

 「あのう、香水が頂けるって聞いて来たんですけど」
 「あ、あそこです」
 「何か謂われとか書いたモノがありますか?」
 「ありません」

 指さされた方へ行ってみると、さっき入って来たとき口と手を浄めたトコじゃないですか!
 なるほど、そう言えば取水用らしき蛇口が2個ついています。

下御霊神社蛇口

 上の写真の、赤い楕円の中の緑色のビニールチューブがソレです。手前にもう1個蛇口がついているのですが、これが取っ手が無くなっていて、ポタポタ水が滴っています。この、「なんぼでもあるねん」という感じが、たまりませんね。
 ちなみに、向こうに見える赤い鳥居は隣りのお稲荷さんらしいです。

 そうだったのか、と、改めて手に受けて、味わって、持って行ったボトルに入れていると、2リットルのポリ容器3つ+4リットル大のポリ容器を持った男性が来て、水を取り始めた。
 「ご近所の方ですか?」
 「いや」
 「おいしいですか?」
 「ああ」
 「よく来られるのですか?」
 「う〜。近所の料理屋なんかも貰いに来るらしいで。」
 と、行ってしまった。

 すると、今度は500mlのボトルを持った、私と同じくらいの年格好の女性。
 「お近くですか?」
 「はい。料理屋さんも来はるし……、自分とこで井戸掘ってはるとこもあるて。」

 この間、ほんの10分かそこら。
 この様子では、朝から晩まで、人が絶えないのだろうな、と思って、ふと見上げると、屋根すれすれの暗ーいところに、こんなものが。

下御霊神社取水

 これが、「香水」の社伝なのでした。写真に自信がないので、手帳に控えて来ました。

  井戸水について次のような社伝がありました!

  江戸時代の明和七年(1770年)の秋は京の市中が干魃(かんばつ)に見舞われました。 当時の神主(第三十八代)出雲路定直が夢のお告げにより境内の一か所を掘らせたところ、清らかな水が沸き出でて涸(か)れることなく、万人に汲ませることができ、「感応水(かんのうすい)」と名付けられたとのことです。

今はこの井戸の痕跡はまったくありませんが、現在の井戸も同じ水脈であります。 皆様とともに大事にしていきたいと存じます。


   残念ながら「香」の文字は出て来ず、最初の井戸の水は良い香りだった、とも書かれていません。でも、「感応水」とは、スゴイ命名ですね。思うに、「香水」って「不思議な水」とか、「素晴らしい水」というような意味なのかも、ね。
 私も、持っていたボトルの中味を捨てて、頂いて帰りました。が、なんと、冷蔵庫の中がぬくーいじゃないですか!この間から、バターがちょっと軟らかいな、という気はしていたのですが。幸い冷凍庫の方は何とか冷えてましたので、氷にしました。
下御霊神社取水

 で、この氷でいただき物の八十八夜摘みの新茶を水出ししてみたら、もう、甘露ってこれだ、という感じ。
 奇跡の水、不思議の水は、世界中にありますよね?
 フランス・ルルドの泉、メキシコ・トラコテの水、ドイツ・ノルデナウの水、インド・ナダーナの水、パキスタン・フンザの水……。
 世界の水巡りなんかしてみたくなりますね!
 では、また来月。(中原幸子)

【参考文献】
(1)『日本大百科全書(ニッポニカ)』(ジャパンナレッジ〔有料〕、http://www.japanknowledge.com/top/freedisplay)
(2)正木秀尚著『ガンダルヴァ』(上・下)(河出書房新社、2004年)

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