月刊「e船団」 「香りと言葉」2015年4月号

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香りは、ことば

 3月27日(金)快晴。葛城山へ遠足に行きました。
 御所駅からロープウエイへはタクシーだし、急な坂なんかないし、大丈夫、大丈夫……、と言われて、そうお?、とついて行って、帰って万歩計を見れば、9210歩でした。  お弁当は各自持参でしたが、句会で出た夕食というか、おしのぎというか、それは名物柿の葉寿司に茶碗蒸しと赤だし、デザートがわらび餅。
 詳しくは「季節の窓」に出ますので、お楽しみに。

 ところで、この「柿の葉ずし」、
 かきのは‐ずし 【柿葉鮨】
〔名〕
奈良県吉野地方の郷土料理。軽く握った酢めしに塩さばの薄切りをのせ、柿の葉で包んでおしをかけた押し鮨。柿の若葉を敷いて漬けた押し鮨をいうこともある。


 と、日本国語大辞典は、そっけない。広辞苑は立項してない。なんで? 
でも、『日本歴史地名大系』(1)には、ありました。
奈良県の伝統的な産物・地場産業もこの風土や歴史、古くからの伝承にかかわるものが多い。南部の降水量に恵まれた吉野山地では良質の杉・檜などが生育するが、搬出は第二次世界大戦後まで吉野川・北山川・十津川が利用されていた。この地方の割箸・酒樽・木器・漆器などの生産は、直接林産に結び付くものであり、古代史上に登場する吉野川の鮎は、下市町の釣瓶鮨に反映する。この地方の各家庭でもつくられていた柿の葉鮨は、熊野灘の鯖が川伝いに山坂を運ばれる途中で塩分が魚肉にしみこみ、美味になったことによるという。特産の吉野葛・吉野紙も風土の産物である。

 ついでですが、この『日本歴史地名大系』(1)、それはそれは詳しい上に、私にもよくわかるやさしい文章、感動ものです。奈良には「無石器時代」なんて、聞いたこともない古い時代からヒトが住んでいたとか、もう、未知の海を遊泳する気分。

 さて、柿の葉ずしの話。
私たちが頂いたのは「ヤマト」の柿の葉ずしだったのですが、

 ここのホームページ(2)には柿の葉ずし情報が満載で、冒頭の「代々伝わる伝統の味」のところに、こうあります。
 柿の葉ずしは、古くから五条や吉野地方の家々で、ハレの日のごちそうとして親しまれてきました。 柿の若葉が瑞々しく育つ夏の頃から、 柿の葉が赤く色づく晩秋の頃にかけて夏祭りや秋祭りなど、特別な日を迎えるたびに、 吉野川流域の家々では、柿の葉ずしがつくられました。
 サバやサケの寿司を柿の葉で包み込み、すし箱に入れて押しをかけるという手法は古の時代から、この地方に代々伝わる伝統的なもの。海のない大和の国では貴重な食材である魚を、 保存性に優れた柿の葉で包むという先人の知恵が柿の葉の爽やかな香りがほんのり漂う格別な美味、 今も変わらずに愛される、柿の葉ずしを生み出したのです。


 ふーん、新緑 → 深緑 → 紅葉 → 塩漬け……ふーん、そうなんだ、と葉っぱたちの時間に思いを馳せていて、ふと思ったのですが、柿の葉ずしを食べるのって、この葉っぱと会話をすることから始まるのですね。
 四季折々の柿の葉っぱが、でしゃばってお鮨に香りをしみこませることもなく、「こんにちはー」と私たちに季節を告げて、「じゃあねー」と去ってゆく、それだけのことだけど、これがなかったら、どんなに味気ないでしょう!

 それにしても、植物たちは、どうして良いにしろ、悪いにしろ、ニオイなどというものを放つのでしょうか?
 それも、花が香るのと、葉が香るのと、果実が香るのと、幹が香るのと、根が香るのと……、違うニオイを放ってる! 同じ植物なのに、部分部分で香りが違うなんて、もう、なんで?

 例えば、花。
 花はなぜ香るのでしょう?
 それは、決まってるでしょ? 昆虫たちに来て貰って、受粉させてもらうためでしょ? と、思ってましたが、それが、実はそうでもないらしいのです。1996年に出版された『花はなぜ香るのか』(3)には、
 生きている花は、花粉を媒介してくれる虫たちを誘う目的で香りを発散する。ある種の花は送粉者である甲虫類やミツバチを誘引するといわれている。香りを発散する部位を取り除き、香りを発散できなくした花には甲虫が誘因されないこともわかっている。

  と、書かれています。 たしかに、それはそうなのでしょう。

   でも、です。『植物の知恵』(4)の「植物の香りによるアポトーシス」には、こんなことが書かれています。

 植物は様々な香りを、自らの細胞の中で合成し、それを空気中に放出する。植物が香りを作るのは、その香りによって蝶やミツバチなどの昆虫を引きつけ、それにより昆虫たちに花粉を運ばせて受粉を行うという植物のしたたかな策略であると考えられてきた。確かに、香り高いランの花に集まる蝶など、植物と昆虫の香りによるコミュニケーションの例は枚挙にいとまがない。
 しかし、シロイヌナズナのような受粉による媒介を必要としない植物も、香りを作る遺伝子を持っている。また、コケやシダのように昆虫がこの地球上に現れるよりも以前に地球上に出現している植物も、自らの細胞の中で香りを作っている。少なくとも植物は、昆虫たちが現れるずっと前から「香りの遺伝子」をそのDNAの中に記憶し続けていたと考えられるのである。そのように考えると、植物が植物が香りを自らの細胞の中でもともと合成し始めたのは、昆虫たちとのコミュニケーションとは別のもっと根源的な意味があったのではなかろうか。


 ガーン!
 たしかに、植物が、見ず知らずの昆虫の好む香りを作って、誘惑し、受粉を手伝わせる、というシナリオより、昆虫たちが、どこからかいい香りがしてくるのでそっちへ行ってみたら、そこには甘ーい蜜があって、それからずっとそこへ食事に行くようになった。気が付いたら(付かない?)体が花粉まみれだった、という方がずっとあり得る気がしますよね。
 じゃ、なんで植物は香りを作るの? と、いうことになりますが、『植物の知恵』(4)では、その理由を、先ずは、植物の体に付着して悪さをする微生物をやっつけるためではないか、と考えるのですが、でも、それなら、香りなどという優雅なモノじゃなく、猛毒を作ったらいいじゃないの、ということで、この答えは退けられる。
 次は、植物自身の細胞同士のコミューニケーションの手段じゃなかろうか、という説。それもダイイングメッセージだ、という説。「オレはもう枯れるよー」と、隣のコに伝える。

    更に、『第7回 アロマサイエンスフォーラム 2006』の講演要旨集の「植物はなぜ話すか?」(5)によれば、
 植物は害虫の侵入を受けた際に、毒物質などで直接的に防衛することがよく知られている。一方で、自ら手を下すのではなく、害虫の天敵をうまく利用して害虫を退治しようという防衛の形も植物にはある。後者の場合、植物は天敵をボディーガードとして傭う形になるが、そのために、天敵をひきつける揮発性物質を食害応答的に放出する。擬人的に言えば、植物は害虫に喰われるとその天敵に対して「タスケテー」というかおりメッセージを出していることになる。

 さあ、わからない。香りということば、なかなか奥が深いようです。続きはまた来月。(中原幸子)
 
  【参考文献】

(1)「奈良県」(『日本歴史地名大系』、 ジャパンナレッジ、 http://japanknowledge.com)(有料)
(2)ホームページ「柿の葉ずし ヤマト」http://www.kakinoha.com/
(3)渡辺修治著『花はなぜ香るのか』(フレグランスジャーナル社、1996年)
(4)「植物の香りによるアポトーシス」(山村庄亮・長谷川宏司編『植物の知恵』、大学教育出版、2005年)
(5)高林純示著「植物はなぜ話すか?」(AROMA RESEARCH編集部編『第7回 アロマサイエンスフォーラム 2006』講演要旨集、フレグランスジャーナル社、2006年)


月刊「e船団」 「香りとことば」2015年5月号

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さ月待つ

 植物にとって、「香りは、ことば」、つまりコミュニケーションの道具だ、というようなことが、よく解らないままに終わった4月でした。
 でも、お、私も香りで話ができるらしい、経験をしました。

 今朝摘んだばかり、しおれないように少し水を打って、ビニール袋に入れて、はい、と、渡された絹さや。両手にいっぱい。あ、しまった、卵とじにして、食べてしまいました。写真を撮っておくべきでした。
 筋を取り始めたら、すぐに、台所に絹さやの香りが満ちて、当たり前でしょ、と言われそうですが、これがスーパーで買って来たのと全然違うんです。それに、色もね、鮮やかなのに深いみどりが目から身体中にしみ込む感じ。なんか、その香りや色が、いろんなことを話しかけてくるのですね。くれた人の気持ちとか、「さちこ、サヤエンド(紀州弁。「ウ」が付かない)採ってきて」という祖母の声とか。
 野菜が欲しいとき、スーパーに行く生活って、ダメですね。裏の菜園に行かなくては。

 そう言えば、古今和歌集 一三九番、題しらず、よみ人しらずの、

  さ月待つ花橘のかをかげば昔の人の袖のかぞする

は、香りが記憶と強く結びつくことの例としてよく引き合いに出されますよね。

 窪田空穂さんの【釈】は、「五月を待って咲く花橘の香をかぐと、以前関係のあった人の袖の香りがすることであるよ」(1)となっていて、解説には「人」は男をも女をもいうが、ここでは男から女、つまり男性が女性を思い出しているのだ、と書かれています。
 私は、恥ずかしいことに、女性が男性を思い出していると思い込んでいました。皆さんはどうですか?

 話は脱線しますが、昨日、飲み会で某教授(!)から「女の恋は上書きだが、男の恋はフォルダだ」という話が出ました。
 うーん、たしかに、女はイマの恋だけで満足で、ついこの前の恋も上書きで消してしまうけれど、男はいくつも(あれば)同時進行で「恋」フォルダにどんどん貯めて行くよね、と、盛り上がりました。

 これが正しい(!?)とすると、大昔の恋人を、ひょい、と花橘の香りで思い出すなんて、やっぱり男の歌なんでしょうねえ。

 この歌は、伊勢物語にも出ています。古文は苦手なので、口語訳でご紹介しますね。(2)
  六十 花橘
 昔、男がいた。宮廷勤めがいそがしく、一心に愛情をそそいでやらなかった時の妻が、誠実に愛そうと言う人に従って、他国へ行ってしまった。この男が、宇佐の使いとなって行った折に、ある国の勅使接待の役人の妻になっていると聞いて、「当家の主婦に盃を捧げさせよ。そうでなくては酒は飲むまい」と言ったので、主婦が盃を捧げ持って差し出したところ、男は酒菜として出された橘を手に持って、
  さつき待つ花たちばなの香をかげばむかしの人の袖の香ぞする
 (五月を待って咲く橘の花の香(か)をかぐと、昔親しんだ人の袖(そで)の香が、なつかしくかおってきます) と詠んだのを聞いて、その女は、この優雅な貴人は昔の夫だったと思い出し、わが身を恥じ、尼になって山に籠って暮したのだった。


 昔の人、やっぱり女性ですね。

 ところで、柿の葉ずしですが、頑張ってるヒトがいました。
 「奈良の伝統食『柿の葉すし』に適したカキ品種の検索」(3)という「研究成果」が見付かりました。  サブタイトルにさらりと「〜178品種の中から、柿の葉すしを包むのに適した2品種を選抜〜」と書かれている、A4たった1ページの報告ですが、読んでびっくり。
(あ、柿の葉ずしに使うには、葉が丸いこと、柔らかいこと、の2つが重要とのこと。)

 材料として、農業研究開発センター果樹・薬草研究センターで栽培している178品種のカキを用いました(1品種1樹)。まず7月末に、主として目通り位置の高さに着生している成葉20枚をランダムに選び、葉の長さ(L)と幅(W)を計測し、L/W比を計算して、より小さな価を示す品種、即ち長さと幅の差が小さい品種を検索しました。また、10月に手で葉を触診し、その柔軟性を評価しました。

 178本の木から20枚ずつ葉っぱを取れば、その数、3560枚。
 1枚1枚、縦と横の長さを測り、記入する。7120回。

 そして、その中でL/W比が1.3未満、つまり、円に近い形をしていたのが、この写真の左右の2つ、守屋新秋だったとのこと。


 真ん中ですか? 真ん中の平核無は、説明がないのですが、多分、フツーの柿の葉っぱのサンプルとして、出されているのじゃないでしょうか?

 で、葉の柔らかいのは法蓮坊(渋柿)と西条(渋柿)だったそうです。この2品種はL/W比がそれぞれ1.63、1.88とやや細長いですが、柔らかくて包みやすいのがいいのだとか。
 法蓮坊というのは昔から柿の葉すしに使われてきた品種だそうです。干し柿にすると美味しいので、たくさん栽培されていて、手に入りやすい、ということもあるのでしょうね。

 形から言えば守屋新秋がいいけれど、守屋は苗が手に入りにくく、その点、新秋の方は新しい品種で、苗も手に入りやすく、栽培には好都合とか。
 いろいろご苦労があるものですねえ。

 柿ってうちの近所にもあるかしら、と、カメラを持って歩いてみましたが、20分ほど歩いて、たった1本出会っただけでした。


 絹さやといい、柿といい、私の生活環境のなんと貧しいこと。では、また、来月。(中原幸子)

【参考文献】

(1)窪田空穂著『古今和歌集評釈 上巻』(東京堂出版、1971年、7版)
(2)『伊勢物語 六十 花橘』(ジャパンナレッジ『新編日本古典文学全集』) (3)濱崎貞広著「奈良の伝統食『柿の葉すし』に適したカキ品種の検索」(奈良県農業研究開発センターニュース(2014年12、Vol.147)



月刊「e船団」 「香りとことば」2015年6月号

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血と梅

 池波正太郎が亡くなって、早くも四半世紀になるとか。
 文藝春秋から、「鬼平秘録」(1)が出ました。


 私は、「剣客商売」は大ファンで、全部読んで、簡単で美味しそうな料理は作ってみたりもしましたが、「鬼平犯科帳」は苦手でした。斬り合いがリアルすぎる! でも、「オール読物」を購読しているので、自動的に送られて来てしまったのですね、今回は。 鬼平ファンの猛者(?)が4人、その一押しを披露していて、その一番手が、元TBSアナウンサー・土井敏之の惚れ込んだ「暗剣白梅香」。もう、一気読みしてしまいました。

 その冒頭です。
 なまあたたかく、しめった闇に汐の香がただよっている。  星もない空のどこかで、春雷が鳴った。
 (や……?)
 長谷川平蔵は、一種、名状しがたい妙な気配を背後に感じて立ち止まった。
 それは、歩いて行く自分のうしろから、闇がふくれあがり呼吸をして抱きすくめてきた……とでもいったらよいのだろうか。


 振り向いても何も無いようにみえたけれど、曲者はやっぱり潜んでいて、平蔵に斬りかかります。でも、そこは平蔵、鮮やかに撃退。そして、

 平蔵は立ちつくしたままである。
 闇の中に芳香がただよっていた。
 (あの曲者は、女?)
 と思ったほどだ。
 化粧のにおい……、一口にいってしまえぬほどの微妙な、妖しげな香りである。
 刀をひっさげたまま、歩むにつれ、この芳香は濃くなり、やがて消えた。


 と、その香りが登場します。

 土井敏之アナは推薦の言のタイトルを「喋りは鬼平に学んだ」としていますが、この冒頭、ホント、これが真似られれば、コワイものなんかないでしょう。
 汐の香をただよわせて、背後に迫る曲者の芳香を感じさせなくしておく、なんて、ニクイとしかいいようがないですよね!

 さて、この鬼平こと火付盗賊改メ・長谷川平蔵殺しを金300両で請け負ったのが、すでに30人は殺したという人斬り稼業・金子半四郎です。平蔵殺しを引き受けたあと、依頼人の三の松平十との会話。

 「いつか聞こうと思っていたのだが、お前さんの躰から、まことに良いにおいがたちのぼってくる。匂い袋でもしのばせているのかえ」
 「ま……そんなところだ」
 「おしゃれなお人さ、お前さんというお人は……」
 すると金子半四郎の顔貌が一変した。陰惨なかげりが瞬時、彼の面を灰色にくもらせ、
 「血のにおいを消すためだ」
 うめくように、半四郎がこたえた。


 ここもね、鬼平ファンを魅了してやまないところかも。こんな人殺しにさえ、ああ、金子半四郎も人間なんだなあ、とついつい思ってしまうような台詞を言わせたりして。 半四郎がこの香りを使うようになったきっかけは、こう書かれています。

 暮らしてゆくために人を斬るようになってから、半四郎は自分の体臭に血の匂いがこびりついているような気がしている。それと、妙にこの、三十八歳の男の肌にしてはあぶらが消え、かさかさとかわいた手ざわりになってしまい、肌も鉛色にくすんできたように思えてならない。
 (おれは、なにか悪い病気にでもかかっているのではないか……)
 一度、おもいついて香油をぬってみると、もうやめられなくなってしまった。水白粉を極くうすく胸もとへぬることもある。
 これらの香りは、半四郎のこころをなごませ、落ちつかせてくれるようであった。


 えーっ、 これって?! 江戸のアロマテラピー!
 そう言えば、正倉院御物の銀薫炉も、寝室で使われた、という説がありましたっけ。

   そして、その、曲者の香りを鬼平が知る場面はといえば、
 出先からの帰りに妻・久栄の好物の羽衣煎餅を買いに寄った「近江や」の女房の大丸髷が、同じにおいを放っていたのだ。聞けば、

 「これは近頃、池の端・仲町の浪花やで売り出しました白梅香という髪油なのでございます。……」

 と、いうではないか。ここで、あの曲者の香のモトを突き止めた平蔵が曲者を追い詰めて迎える大団円は、よろしければご自分でお読み頂くとして……。

 さて、この、白梅香、どんな香りだったのでしょうか?仲町の浪花やというのは池波正太郎の創作だそうですが、白梅香という香りは心当たりがあります。
 「近江や」の女房は、大丸髷に結っていたのですから、当然、鬢付け油を使っていたわけですよね。(鬢付け油については、このe船団の「香りとことば」1011年12月号に「伽羅の油」というタイトルで書いていますので、よろしければご覧下さい)。「伽羅の油」というのは、伽羅という高価な香木で香りを付けているわけではなく、「ものすごくいい香りの髪油」というくらいの意味の商品名で、その香りの成分は次のようなものでした。

 丁 字(ちょうじ):香り。消毒・殺菌効果。消化促進効果。
 白 檀(びゃくだん):香り。インドでは古くから万病の薬とされた。
 山梔子(くちなし):色(黄色)。消炎、鎮痛。
 甘 松(かんしょう):香り。鎮静作用。
 竜 脳(りゅうのう):香り。防虫。
 麝 香(じゃこう):香り。興奮、強心、解毒、鎮静。

 ここで注目したいのは丁字(クローブ)です。丁字油といって、椿油などに丁字の香りを付けた油が、刀剣の手入れに使われていたのです。時代小説では、人を切ったら、その場は懐紙で拭いて、鞘に納め、あと、必ず研ぎに出しますよね? 金子半四郎も、1仕事終わる度に……あ、度々血の臭いのする刀を手入れに出したら、人切り稼業がバレるから、自分で手入れをしたのでしょうか? そうだとすれば、丁字の香りが血の臭いを消すことをよく知っていて、それで、その香りのする髪油を体にすり込んで血の臭いを消すことを思いついたのでしょうか?
 あ、ちょっと、想像に傾いて来ましたね。すみません。
 もう1つ、私が言いたいのは、丁字の香り成分であるオイゲノールは梅の花の香りの成分だ、ということです。
 つまり、丁字の香りを上手に配合すれば、梅の花の香を彷彿させる鬢付け油を作る事が出来ただろうということです。浪花やはそれに気付いて、いち早く白梅香を売り出したわけですね。
 それにしても、血生臭さを消すのに梅の花の香りとは!
 更にビックリしたことに、コミックの「るろうに剣心」でも「白梅香」が重要な役割を果たしていたのです。わたし、生まれて初めてコミックなるものを本屋に探しに行きました。店員さんが詳しいのなんのって、もう!

 大分長くなりましたので、それはまた、来月に。
 あ、これが、中一弥の描く鬼平こと長谷川平蔵です。



【参考文献】

(1)「鬼平秘録」(オール読物5月増刊号、文藝春秋、2015年5月1日)

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