月刊「e船団」 「香りとことば」2015年10月号

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梨のお尻は

 梨はもうええから、林檎にしたら?という人とか。
 でっかい梨をくださる人とか。
 行きずりに新高梨を売ってるところを見つけて、その新高梨には、1個1個違う値段が付いてたとか。


 いろいろありまして、420円のを1個買いました。右が頭、左がお尻です。
 先月のデータに付け加えてみますと、

品 種幸水豊水新甘泉新高なし
産 地新潟県徳島県鳥取県紀の川市
畑中佐宜子さん
価 格(円、本体)199249398420
重 さ(グラム)492368461655
周 囲(センチ)31、628、130、535.0

 ちょっと、この4つを、世に出た順にならべてみましょう。( )の中は親です。

 新 高: 1927年(天の川×長十郎)
 幸 水: 1959年(菊水×早生幸蔵)
 豊 水: 1972年(幸水×石井早生× 二十世紀)
 新甘泉: 2008年(筑水×おさ二十世紀)

 あ、言い忘れてましたが、皮の茶色いのが赤梨、黄緑のが青梨で、この4つは全部赤梨です。
 ちなみに、二十世紀は1888年(明治21年)に千葉県で発見されたとか。
 えっ! 発見? 数え切れない交配を試して、やっと生まれたとばっかり思ってました!

 今ごろ種明かしをして、ズルイですが、このようなことはほとんど、果物情報サイト「果物ナビ」(1)からの借りものです。ホント、至れり尽くせりですから、皆さん、ご自分で訪ねて行って、ウンチクを深めてください。

 ところで、先月ご紹介しました梨尻柿頭なんですが、これってほんとかなあ、と思って、その気で食べてみました。というのも、この新高梨、ご覧のようにお尻がきゅっと凹んでいて、スッゴイお尻美人。
 櫛形に切って、皮を剥いて、真ん中で半分に切り、両端から味をみる。
 もちろん、片っ方食べたら口をすすいで、しばらくしてもう片っ方を食べる。

 で、気が付いたんですけどね、頭(柄の付いた方)とお尻(花が落ちた跡のある方)とでは、酸味が違うんです。だから、確かにお尻の方が甘い気がするけれど、それは酸っぱさが弱いせいかもしれない、ですよね?
 ちゃんと糖度計かなんかを使って測ってみないと、私の舌だけでは決められないことがわかりました。でも、まあ、お尻の方が甘味を強く感じるのはたしかです。

 それから、梨のお尻に深い関心をもっている詩人がいて、またまたビックリ。
 それは、なんと、薄田泣菫さん。
 ネットで、面白い梨のハナシ、ないかなあ、と探していたら、まず見つかったのが「柚子」(2)でした。
 こんな風に始まります。

 柚子の木の梢高く柚子の実のかかつてゐるのを見るときほど、秋のわびしさをしみじみと身に感ずるものはない。豊熟した胸のふくらみを林檎に、軽い憂鬱を柿に、清明を梨に、素朴を栗に授けた秋は、最後に残されたわびしさと苦笑とを柚子に与へてゐる。苦笑はつよい酸味となり、わびしさは高い香気となり、この二つのほかには何物をももつてゐない柚子の実は、まつたく貧しい秋の私生児ながら、一風変つた秋の気質は、外のものよりもたつぷりと持ち伝へてゐる。

 秋は梨に清明を授けた!
 なんて素晴らしい!
 と、本気で感動してしまいました。
 私は、薄田泣菫が山のように随筆を書いているなんて、全く知らなかったので、急に他の随筆も読みたくなり、茨木中央図書館に行って、薄田泣菫全集を全部書庫から出してもらって、梨を追ってみました。

 すると!
 「新秋」(3)というのには、秋の見せるスゴ技を、
 ……びつしよりと露に濡れた葉つぱの蔭からはみ出した紫水晶の数珠のつながり。汁が滴りさうな、大顆な葡萄の房の数々。年ごろの女の乳房のやうに張り切つたうちに、手触りの柔かい無花果。ふつくりと円味をもつた太り肉の梨の実。……

 などと書いてある。おやおや。清明じゃなかったの?
 いや、泣菫さんは1877年(明治10年)生まれの1945年(昭和20年)没ですから、二十世紀と新高はあった訳で、二十世紀は清明、新高は太り肉、もあり得ますね。

 かと思えば、ズバリ「梨」(4)という題のもあって……、

   ある日曜日のこと。大阪の某株式会社の支配人で、また、人事課長でもあるG氏のところへ、雪山信作という男が、大きな果物籠を持って訪ねて来た。この雪山なる男は、二、三日前に、G氏の会社の入社試験を受けた男だった。

 G氏は果物籠からはみ出してゐる梨の大きな尻と、若い男の小さな顔とを等分に見わけながら言つた。「こなゐだの試験で君の英文和訳は実にまづかつた。正直にいうと落第点だった。それを何とかしてもらひたくてのことだらう」

 G氏は、他はよくできていたので、何とかしてやりといと思っていたのだったが、こんなモノを持ち込んできたりしたら、もう落とすしかない、と思い、しかし、それなら、この果物籠の代金を雪山に払わせるのは気の毒だ、と考えた。そして、雪山からこれを買い取ってやることにしたのだ。

   「……いくら払ったかね、この籠」
 「はい、三円五十銭払ひました」
  若い男は眼をつむつて河を飛び越すやうな気持で返事をした。
 「なに、三円五十銭? いや、そんなにやすい筈がない。」G氏はさつきから眼にとまつた梨のうまさうな大きな尻を気にしながら言つた。


 このどこやらおかしいはお話は、最後がまた抜群の面白さなんですけどね。
 是非、ご自分でお読みになってください。では、また来月。  (中原幸子)

【参考文献】

(1)果物情報サイト「果物ナビ」(http://www.kudamononavi.com/zukan/jpnpear/niitaka)
(2)薄田泣菫著「柚子」(『薄田泣菫全集 第六巻』、創元社、1938年)
(3)薄田泣菫著「新秋」(『薄田泣菫全集 第六巻』、創元社、1938年)
(4)薄田泣菫著「梨」(『薄田泣菫全集 第七巻』、創元社、1939年)


月刊「e船団」 「香りとことば」2015年11月号

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台 柿

 船団・伊丹句会で賞品(!)に大きな、木で熟した台柿を貰いました。



 立派な葉っぱが5枚もついていて、スゴイでしょ? 1500円もしたとか。右の、蔕のまわりのぷくっとしたところが「」、つまり「台柿」の名前のモトです。
この台柿、伊丹市の柿衞文庫のシンボル。そのいわれは柿衞文庫のホームページに、詳しく述べられていますので、訪ねてみてください。

で、冷やして、そおっと切って……、


 とろ〜り、スプーンで……おおっ!

 さて、サイズは、といえば、
 重さ:362グラム、周囲:31.5センチ、高さ:約6センチ。

 5枚の葉っぱの長径と短径はそれぞれ、
 (1)15.2×7.6(センチ)
 (2)13.0×7.2( 〃 )
 (3)14.4×7.5( 〃 )
 (4)13.6×7.7( 〃 )
 (5)10.9×5.3( 〃 )
でした。

 葉っぱの縦横の比率は平均、1.9ほどで、柿の葉寿司を作るのにはちょっと細長すぎる感じ。柿の葉寿司の柿の葉っぱはこちらに出ていますが、1.3ほどでしたから。

 種は2個。種には、ビックリさせられました。柿の形が富有柿そっくりだったので、当然、種も似ている、と思い込んでましたら、何と柿ピー柿の種の形でした。


 1つは21ミリ×10ミリ、もう1つは23ミリ×9ミリ。
 この、幼稚園のコが描いたみたいな(失礼!)図(1〜5)は、農林水産省のホームページの「農林水産植物種類別審査基準(案を含む)」(1)に出ている「かきのき属」の種の分類です。え? 何を審査するのかって? どうも、農産物も新種ができたら審査を受けて、「これは新種ですよ」と登録できるみたいなんですが、よくわかりません。
 さて、台柿の種はどの形に近いでしょうね? 1の長楕円形のようでもあり、4の短楕円形のようでもあり……。

 ところで、ビックリはまだありました。さっき、台柿がとろーり、おいしかった、と書きましたが、なんと、「うまいカキ(柿)の条件」という論文(2)を書いた人がいたのです。
 山形大学農学部食料生命環境学科の平智とおっしゃる教授で、ご専門は園芸科学。柿の脱渋、つまり、渋柿を甘くする方法の論文がいっぱいおありです。おいしいかどうか、食べたらわかるじゃん、と片付けてしまわず、ちゃんと論文にされるんですね!

 で、その「うまいカキ(柿)の条件」で興味深かったのは、うまさで大事なのは糖度ではなく、甘味である、ということでした。私は、糖度と甘味は比例すると思っていましたので、同じ糖度でも甘味に差が出るなんて、これにはホントにビックリでした。
 そうそう、果肉の硬さも大事だとのこと。台柿はとろ〜りだから、よけいにおいしい?
 こんな風に書かれています。

 ここで注目したいことは、今回用いた30種類のサンプルの間の糖含量には有意差がまったくなかったことである。言いかえれば、糖含有量には差がなかったにもかかわらず、“甘味”はサンプルによって違った評価を受けたことになる。  じつはこれには果肉の硬さが深く関わっている。”甘味”や”カキ特有のうま味”および”カキ特有の香り”と果肉の硬さの間にはかなり高い負の相関関係が認められたからである。つまり、果肉がある程度軟らかいと、”甘味”や”カキ特有のうま味”および”カキ特有の香り”を強く感じる訳である。

 ご存じのように、柿ってにおいが薄いですよね。もちろん、研究はされているのですが、「コレが柿のニオイだ!」という成分はまだ見つかっていないようで、この研究でも、香りについては「アセトアルデヒド臭」と「土くささ」が少ないとおいしい、という、ちょっと淋しい結果が報告されています。

 この論文のしめくくりとして「おわりに―本当にうまい果物」の章には、予想に反して、こんなことが書かれていました。

 春になれば芽吹き、やがて花が咲き、しだいに実が大きくなる。色づく果実を見守りながら送る日常生活。そんな暮らしのなかで頭上に見上げる柿の実を「うまそう」と思うのと、スーパーマーケットやコンビニエンスストアに並ぶカキを「うまそう」と感じることは、質的に、実はまったく違うことなのではないか。

 つまり、平智教授は、「おいしいくだもの」とは、数値ではなく、ヒト対果物の関係というか、こころの交流からうまれるものだ、とおっしゃっている、ようなのです。
 あれ? そう言えば、伊丹句会で賞品を用意してくださったのも、平さん!
 なんだか、ほんわかとしてきました。では、また来月。

【参考文献】

(1)「かきのき属」(「農林水産植物種類別審査基準(案を含む)」、農林水産省のホームページ(http://www.hinsyu.maff.go.jp/info/sinsakijun/botanical_taxon.html)
(2)平智著「うまいカキ〔柿〕の条件」(「農業および園芸」72巻12号〔1997年〕)


月刊「e船団」 「香りとことば」2015年12月号

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枇杷の花

 そこここに、はずかしそうに、でもいい香りのする枇杷の花を見かけるようになりましたね……と書きたいところなんですが、ホント、枇杷の木って、出会わないですね、街中では。
 同じように白くて、小さくて、いい香りのする柊は、トゲトゲの葉っぱにもかかわらず、なのか、トゲトゲの葉っぱだからなのか、生け垣になっているのをよく見かけますが。

 この間、〈鼻一個鼻の穴二個枇杷の花〉という句をカルチャーで出したら、先生と、その日初参加だった25歳くん(!)に採って頂けて、とってもいい気分。
 で、枇杷の花のこと、知りたいな、と思ったのですが……。



 それにしても、なんで桃みたいに、これからあったかくなる、という頃に咲かずに、これから寒くなる、という頃に咲くんでしょうね? 昆虫だって少なくなるし、あ、だから、少ない虫を惹きつける為にあんなに強い、いい香りを出す?

 それに、花が咲いてから、半年もかかって熟れていくにしては、小ぶりで……、あ、そうか、種が大きいですね! 私たち人間は果肉がたっぷりだとうれしいけれど、枇杷にとっては、種がしっかり大きければいいワケで。

 それに、私が心配してあげなくても、枇杷は、虫媒、鳥媒、自家受粉、なんでもOKなんだそうで、メジロも来ればヒヨドリも来る、小春日にはミツバチの天国だとか。

 だけど、なんか、縁起が悪いから、家の庭なんかには植えない、って、よく聞きません? 道を歩いていて、あのいい香りがどこからか漂ってくる、というラッキーなことにならないのは、多分、そのせいかも?
 でも、それ、ホント?
 ということで、高槻市立中央図書館へ助けて貰いに行きました。(茨木中央図書館が頼りないワケじゃないんですよ。今、改装中なんです。)
 そしたら、最初に相手をしてくれた司書の方が、すごいノウハウと親切心を併せもったヒトで、私が辞典なんかをひっくりかえしている間に、スゴイ本を見つけてきてくれました。

 1冊は『日本民族宗教辞典』(1)。
植物禁忌」という項目があって、これは「植物を栽培したり植えたりすることを忌む風習や伝承」のこと、と説明されています。
 そして、枇杷については、柳田国男編『山村生活の研究』に「枇杷=病人が絶えぬ。植えた人が死ぬ。実の成り始めに死人あり。」と書かれている、と載っている、と出ている。

 もう1冊は『日本俗信 辞典』(2)。
 これが、また、驚くべき本で、枇杷についても、「植えてはならぬ木 その理由」、「枇杷の葉の効き目 梅田枇杷麦」の2項目に分けて、3ページ余りに亘って書かれているんです。  え?「梅田枇杷麦」ですか? 何のことやら分かりませんよね? これ、広島などに残っていることわざで、「ウメが多くとれる年は米が豊作。ビワが多いと麦が豊作」という事なんだそうです。来年の麦や米の出来を予想するのに枇杷の花が使われていたのですね。
で、植えてはならない理由の方ですが、これが、もう、引用し切れない多さですが……、

 ○ビワを屋敷の中に植えるものではない、といっている地方は多い(群馬・千葉・埼玉・東京・神奈川・長野・静岡・富山・三重・滋賀・和歌山・大阪・鳥取・香川・愛媛・佐賀・長崎・大分)。壱岐では、飯の吹く音の聞こえる所には植えるものではないという。

という具合。じゃ、植えるとどうなるか?そこを具体的に言っている例もたくさん。
 ○屋敷内や家の傍にビワを植えると、家に病人が絶えない
 ○ビワの木を植えると、病人ができる。
 ○ビワは病人のうなり声を喜ぶ。
 ○ビワを植えると植えた人が死ぬ
 ○ビワの木を屋敷内に植えると、主人が死ぬ
 ○ビワを植えると、貧乏になる
 ・・・・・・
 ・・・・・・


 でも、ここがまた、なんで? という感じなのですが、こうして身近に植えるのが忌み嫌われる一方で、ビワの効能もたくさん認められているのですね。

 ○ビワの葉を便所に吊しておくと、中風にかからない。  ○憑き物につかれた時は、布団の下にビワの実を置くと治る。
 ○『陰陽師調法記』に、ビワの葉を使って行う疱瘡のまじないを2通り記してある。
    (いくつか略)
 ○五月節句にビワを食わぬと、ビワ虫になるという。

 これは壱岐に伝わることわざとのことですが、ビワ虫って、なんでしょうね?

 あと、風邪にも効けば汗疹にも効く、しごく重宝なもののようにいい伝えられているらしいです。

 そんなに重宝なモノなら、なんで庭に植えたらダメなの? と、言いたくなりますよね。  まあ、とにかく、日頃は敬遠している癖に、困った時はけろっとして助けてもらう、なんか、道楽息子とお母さんみたいな感じですね。
   ところで、私も、高槻市立図書館で見つけたことはあるのです。枇杷って名前は、葉っぱの形が琵琶に似てるところから付いた、と。だから、枇杷は、琵琶が日本へ入って来るまで、名無しの木だったって、いうんですけど、ホントかなあ。

 なんだか、枇杷の花じゃなく枇杷の葉の話になってしまったので、『四季花ごよみ』(3)から、俳句をどうぞ。

  枇杷の花咲くや揚屋の蔵の前   太祇
  花枇杷に色勝つ鳥の遊びけり   前田普羅
  蜂のみの知る香放てり枇杷の花   右城暮石
  わが刻を今日はわが持つ枇杷の花   林 翔
  老農の病みて大声枇杷の花   高島筍雄

 太祇の句などを見ると、揚屋なんていちばん縁起をかつぎそうなところに、しかも蔵の前(!)に枇杷の花が咲いてるなんて、そのころは、枇杷の木も忌み嫌われていなかったのでしょうか?
 では、また来月。(中原幸子)

【12月3日追記】
 読者の方から、ご近所の橋のたもとにあるという、大きな枇杷の木の写真を送って下さいました。



 この、足もとの山茶花(?)の散らばり具合とか、向こうのこわれかけた塀(?)とか、なんか、枇杷の孤独って感じですね。

 で、枇杷の名前のモトが楽器の琵琶だという説ですが……?



 たしかに、似ていると言えば似ているような。よくも名付けたり!

【参考文献】

(1)佐々木宏幹、宮田登、山折哲雄編『日本民族宗教辞典』(東京堂出版、1998年)
(2)鈴木裳三著『日本俗信 辞典』(角川書店、1982年)
(3)荒垣秀雄、飯田龍太、池坊専永、西山松之助監修『四季花ごよみ』(講談社、1988年)


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