月刊「e船団」 「香りと言葉」2016年4月号

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しぶとい

 先月は「菫」でした。読者の方から、「スミレなあ……」、と、イマイチ賛成しかねる感じのメールを頂きました。
 なんでも、可憐な癖に、そして、漱石に〈菫程な小さき人に生まれたし〉と詠んでもらってる癖に、すごくしぶとい植物なのだそうです。それに、漱石のこの句が出てないね、と、少々おかんむり。なんか、矛盾してません?

 でも、あれ? どこかで聞いたような……、そうそう、母と叔母も可愛いvs.しぶといで対立してたな、と思いあたりました。こちらはツユクサでしたが。
 母は大好きで、ツユクサ、露草、とかわいがり、家のまわりの草を刈るときも、これは刈り残す。叔母は有田(和歌山県)の蜜柑農家で、蜜柑の木の下のコイツ、抜いても抜いても出て来る、と目の敵。


 ただ、この2つ、その、しぶとさが違うんですね。スミレは種子を遠くまでばらまく工夫をし、ツユクサは、茎が地を這ってのび、行くさきざきで節から根を出してそこに根付く。
 スミレは、実ると莢が弾けて、種が飛び散るところまでは、私も知っていました。でも、どのくらい飛ぶのか測ってみたら、3m35cmも飛んだのがあった、という人がいて、ビックリ。
 それから、種が、飛んで行った先で蟻に拾ってもらって更に遠くへ行けるように、蟻の好物を身に付けている、なんて、もう、ビックリどころじゃありません。
 ネットには到れり尽くせりの解説や画像が溢れていて、しかも、「自分で確認もせずに書くな」というお叱り(正しい!)も見つけてしまったので、その素晴らしいサイトをご紹介することにします。皆さんも、スミレ・ツユクサと仲よくなってください。

 スミレの種よどこへ行く

 おもしろ自然観察「木のぬくもり・森のぬくもり」

 ツユクサの庭

 で、しぶといの方ですが。
 どういう意味
 漢字でどう書くの?

 まず、広辞苑。これが、「強情である。かたいじである。困難に負けず強い。ねばりづよい」という解説と『源平盛衰記(18)』の用例として「心しぶとく」があるだけ。
 じゃ、日本国語大辞典(日国)は?といえば、『源平盛衰記』よりちょっと前の『古今著聞集』(1254年成立)の用例が出ていました。

 此物はしふときをこの物にてせらるる事もぞある

 一瞬、「ん? どこにしぶといがあるの?」と戸惑いましたが、これ、「このものは、しぶときおこの者にて……」つまり、「この男はしぶとい(=強情な)愚か者で……」ということなんですね。でも、漢字表記は出ていません。
 ただ、語源説のところに「シヒフトシ(強太)の略か〔大言海・日本語源=賀茂百樹〕」と書かれています。
 そうか、と、こんどは『日本語源大辞典』。これがまた、日国と同じく、「シヒフトシ(強太)の略か〔大言海・日本語源=賀茂百樹〕」とあって、用例も同じです。

 じゃ、「しひふとし」ってどういうこと?ってなりますよね。でも、これが日国には出ていないのですね。
 ふと思いついて『新編 日本古典文学全集』(1)の全文検索をかけてみたら、やっと出て来たのが「魂太し(たましひふとし)」という語でした。
 日国に盾突くなんて恐れ多いことですが、しぶとしの語源は「強太」ではなく「魂太」ではないでしょうか? それなら、意味もピッタリですし。  そして、想像を逞しくするなら、はじめは「魂太し」といういい意味だったのが、魂が太くなりすぎて、手に負えなくなって、強情で片意地という悪い意味の方が重くなった、のでは? 江戸時代になって、近松門左衛門の浄瑠璃や東海道中膝栗毛なんかに出て来るのは、たいてい悪い意味のようですし。

 で、俳句や短歌に登場するスミレやツユクサはどうでしょうか?
 何はともあれ、これがあれば、スミレたちも満足でしょう、という句から。

  山路来て何やらゆかしすみれ草  芭蕉
  菫程な小さき人に生れたし  漱石
  闇濡れる菫直径一光年  神野紗希

 子規ですか。子規は71句もスミレの句を作っていて、やっぱりありますね、しぶといスミレが。

  犬糞に腰をすえけり花すみれ
  石かけや石に根をもつ花菫
  世の人にふまれなからや花すみれ

  (これ、しぶといというより健気だとほめてるような気も。)
  組打の勝負のあとや壷菫
  百姓の背戸の中まで菫かな


 うーん、へこたれないスミレたち。
 でも、可憐な菫もちゃんと詠んでいます。

  一本のすみれにやすむ独りたび
  女にも生れてみたし花菫
  神の子の菫の露を吸ふ画かな
  美の神の抱きあふて居る菫かな


 では、ツユクサはどうでしょう。
 子規は4句しか作っていません。それも、あんまり魅力を感じていないみたい。
  露草や露の細道人もなし
  牛部屋に露草咲きぬ牛の留守
  露草や野川の鮒のさゝ濁り
  露草の中にたま〳〵野菊かな


 そして、叔母が「みてみ。知ってる人は知ってるやろ」とにっこりしそうな短歌が見つかってしまいました。

  露草は霧をあつめて花ひらく
    農夫は忌みて悪草(わるぐさ)と呼ぶ
(木村草弥)

 実は、ツユクサ党の私の母は短歌を作るヒトでした。

  抱かれたき程の霧ふる曙を試歩に出づれば露草匂ふ
  露しげき朝はうれし露草の葉群に冴ゆる藍を見にゆく


 というような歌に混じって、こんなのも詠んでいたのです。

  刈られても刈られても尚露草はより新しき藍に咲きをり

 こうなると、もう、あばたも笑窪!! では、また来月。(中原幸子)

 あ、母の歌集『ふるさと生石』が少しあります。読んで下さる方にお送りします。お名前、ご住所、電話番号をこちらへどうぞ。なくなったらごめんなさい。

【参考文献】

(1)『新編 日本古典文学全集』(ジャパンナレッジ〔http://japanknowledge.com/〕有料)


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月刊「e船団」 「香りとことば」2016年5月号

磁石の花

 はじまりは、この広告のページでした。


 日本香料協会が出している季刊誌「香りの本」の2016年春号がとどき、ぱらぱらめくっていると、毎号のことですが、ついつい自分が働いていた山本香料(株)の広告が目につきます。そこに、今号は「匂い紙」が貼りつけられていました。上の図(↑)の「ココ」と矢印をつけたところです。拡大するとこんな(↓)です。


 「匂いのコンセプトは編集後記の頁をご覧下さい」というナビに従って、見に行くと、

 こういう(↑)解説が出ています。ちょっと読みにくいですね。書き直しましょう。

匂い紙(COMPASS FLOWER)のコンセプト

 春の光を浴び膨らむ蕾は必ず北を向くことからコンパスフラワーと呼ばれる地上最古の花木マグノリア。変わらぬ姿で生き抜く生命力と華やかで上品な香りが人々を魅了するマグノリアの花をイメージしたフローラル・ブーケの香りです。


 嗅いでみると、たしかに、程よい甘さに柑橘をからませて、思いがけない力強さの感じられる不思議な香りです。
 すごい、compass flower! 磁石の花? と、いつもの悪いクセでついついこの記事に飛びついて、確かめもせずに、「マグノリアの蕾は必ず北を向くんだって」とメールでばらまいた私。
 すると、ちゃんと観察した人がいて、こんなメールが。

 マグノリアって辛夷ですよね。隣家のをよくよく見てるんですが、蕾がふくらみきったせいか、あちこちに向いているみたいに見えます。
 多分マグノリアではない普通の?辛夷なんですね。残念。


 うーん、辛夷もたしか、マグノリアの仲間だった筈だけどな、と、にわかに不安になったのもまた、いつもの通り。
 そもそもマグノリアって何?
 と、あわてて辞書を引いてみる。

 広辞苑にはマグノリアは立項されていません。なんで?
 『日本国語大辞典』(「日国」)にはこうありました。

マグノリア
〔名〕
({ラテン}Magnolia フランスの植物学者Pierre Magnol の名に由来)《マグノリヤ》  モクレン科モクレン属の属名。主に同属の外来種の総称名とする。

 え? マグノリアというのはラテン語で、こういう名前の花はない、ということ?
 香りの世界ではどうなんだろう、と思って、『香りの事典 仏・英・和』(1)も引いてみました。

 magnolia仏〔マニョリア〕(男)
 magnolia
 マグノリア(花,木)。《植》たいさんぼく(大盞木)。Magnolia grandiflora L.:もくれん科。北アメリカ原産の常緑高木。ヨーロッパ南部に分布。初夏に直径20〜30cmの大輪白色の花をさかせる。現在、採油は行われていないので、ミュゲの香料をベースとして、シトラス調その他の花香を加えて調合香料が作られる。


 え?マグノリアって男性名詞? なんで?
 で、蕾は北を向くの? 向かないの? 助けて……と、ネットで探せば、いました、写真を撮って、ブログに出しておられる方が! ただし、compass flowerではなく、compass plant、磁石の木
 85歳の吉備野さんとおっしゃる方で、「自由にお使いください」と書かれていたので、北を向いてるシモクレン(紫木蓮)の画像をお借りして来ました。


 写真を見ただけでは、同じ方向を向いていることは分かっても、北を向いているかどうかは解りませんよね? でも、吉備野さんのブログを訪ねてみれば、そこもちゃんと説明してくださっています。

 ただ、きっと、どこのモクレンもこんな風に北を向くというのではなく、万遍なく日が当たって、すくすくと好きな方へ育つ木もある、ということじゃないでしょうか?  ともかくも、モクレンが「compass plant」の名に恥じない花の付け方をすることが分かってよかったです。

 で、ついでに、この磁石の木が地上最古の花木だ、というところですが、なんと、この木の葉っぱの化石が発見されているのですね。

 これは、『生物の進化 大図鑑』(2)という、チョー豪華な本からお借りした画像です。
 「新第三紀の植物」というところに載っていますから、「約2600万年前から約200万年前に至る約2400万年の期間」にできた化石、ってことですね。右下のピンクの花は今のモクレンの1種で、花は確かに同じ方向を向いていますが、北向いているかどうかは書かれていません。
では、また来月。

【参考文献】

(1)黒澤路可編『香りの事典 改訂版』(フレグランス ジャーナル社、1995年)
(2)吉備野庵(http://zenmz.exblog.jp/7769164/)
(3)マイケル・J・ベントン他監修/小畠郁生日本語版監修『生物の進化 大図鑑』(河出書房新社)



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月刊「e船団」 「香りとことば」2016年6月号

香紙切(こうしぎれ)

 天王寺公園のはずれにある大阪市立美術館へ「王羲之から空海へ―日中の名筆 漢字とかなの競演」を見に行ってきました。これ、証拠のチケットです(要らない?)。


 この展覧会、
 特別展 大阪市立美術館開館80周年記念 公益社団法人日本書芸院創立70周年記念 王羲之から空海へ―日中の名筆 漢字とかなの競演
 という長〜い名前。
 この名にふさわしく、全部で229点の展示がされた(筈)。入れ替えも多かったので、常時229点、というわけではないけれど、とても、全部気を入れてみる体力はない。
 しかも、王羲之の碑の拓本や、空海の「風信帖」に、生まれて初めて陶然となれたため、もう、うれしくて、あとは散歩気分になってしまった。

 でも、その贅沢な散歩の途中、昔の仕事の名残りというべきか「香紙切」という文字が目に飛び込みました。小さな、A5のノートの1ページを切り取ったくらいの紙に歌が書いてあり、その用紙は、なるほど、香染めが古びたような色をしています。あ、香染めですか? 香染めは、丁字、たいていのお家の台所に常備されているクローブのことです、そのクローブを煮だした液で染めた、こんな(↓)色です。


 勿論、実際に丁字で染めれば、濃淡はもとより、色の質もいろいろに変化するのでしょうが、現代では丁字を使って染めているのは染色作家くらいのもので、布も紙も化学薬品で染めるようです。

 で、香紙切ですが、今回の出展リストには3つ載っています。

172伝小大君「香紙切(麗花集)」平安・ 十一世紀末〜 十二世紀初、大阪 逸翁美術館
173伝小大君「香紙切(麗花集)」平安・ 十一世紀末〜 十二世紀初、(所有者名なし)
174伝小大君「香紙切(麗花集)」平安・ 十一世紀末〜 十二世紀初、東京 五島美術館

 これ、現代語訳(?)をしますと、
172番、平安・ 十一世紀末〜 十二世紀初めに、小大君という人が書いたと言い伝えられている『麗花集』の断片で、香紙が使われているので「香紙切」と呼ばれている。現在の所有者は大阪の逸翁美術館です、というとlころでしょうか?
 小大君は、ジャパンナレッジの日本国語大辞典によれば、
こだい‐の‐きみ【小大君】
 平安中期の女流歌人。三十六歌仙の一人。三条天皇が皇太子だった時の女蔵人(にょくろうど)。女房名は左近。藤原朝光と恋愛関係にあった。家集に「小大君集」。春宮左近。こおおぎみ。生没年未詳。


 ここで、ズバリ、展示品の画像をお目に掛けたいのは山々ですが、この展覧会の画像を無断で拝借はちょっと……という感じなので、どこかにないかなあ、と探してみましたら、佛教大学の図書館にありました。日本名跡叢刊というシリーズです。(1)
 横18、5cm、縦35、5cmの細長い本(↓)で、箱入り。


 表紙には、
 平安 香紙切麗花集
 平安 御藏切小大君集
 平安 端白大貳三位集
と、3行。

 この「平安 香紙切麗花集」の部に、香紙切が、大小合わせて、何と27切!
 ちょっと、いくつか、、お借りしましょうか。(本当は勝手に使ったらダメなんだけど、と思いつつ……。)

 何と書いてあるのか、はちょっとあっちへ置いて、をみて頂きたいのです。
 平安時代のモノですから、色が古びてしまうのは当然ですが、この、上の図の(1)なんか、最初丁字色だったなんて信じられない。それに、この(↓)右の、まるで昨日書いたみたい。

 これね、きっと、丁字で染めたからだと思うのです。丁字油は香料業界でも大量に使われていますが、欠点は、時間とともに変色することなんですね。それも、日が当たるとか、温度が高いとか、ちょっとしたことで焼け方が違うんです。だから、(7)(8)の違いもそういうことじゃないか、この大差が、もしかしたらホントに丁字で染めた紙だという証拠かも、と思うのです。

 ところで、この本、解説を、毎日新聞の日曜版に「書の美」を連載中の島谷弘幸さん(九州国立博物館長)が書いておられて、なんか、急に親しみを覚えたんですが、こんなことが書かれています。
 さて、この香紙切の料紙であるが、これは丁字で染めた香紙を用いる。切名はこれに由来する。もとは冊子本。綴穴の跡を残す断簡が見られるが、これは伝来途次の補修時のものであろう。色は薄茶及び薄黄、さらに白(素紙)も見られる。この丁字染めは装飾の目的に加えて、防虫の効果もあり、平安時代に多く用いられた。

 このあと、枕草子や源氏物語に出て来る香紙へとに話が及んで行きます。
 その辺は、では、また来月。(中原幸子)

 あ、天王寺公園の、あの見事な薔薇たちが、すっかり取り払われて、イベントスペースと売店になってたんです。私に相談もなく。

【参考文献】
(1)小松茂美監修・島谷弘幸解説『平安 香紙切麗花集 御藏切小大君集他 端白切大貳三位集』(二玄社、1984年)

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