月刊「e船団」 「香りとことば」2016年10月号

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薫る・匂ふ

 先月、最後に、内村航平選手が美しいの向こう側に見たもの、知りたいですね!!、と書きましたが、同じ思いの人がいて、ネットで訊いていました。その質問に答えて、航平さんは、「見たと思うけど……、もうちょっと後でもう一度きいて」と答えていました。
 それは、そうでしょうね。楽しみに、待ちましょう。

 で、9月号を読んでくださった読者の方からお便りがあり、

 紫式部女史も『源氏物語』の中で薫大将、匂宮、等、香りを連想させる登場人物を書いておりますが、やっぱり「美しい」の向こうを、読者にイメージさせる功課があるのでしょうか。

 と書かれていました。
 うーん、どうやろ?

   なぜさんやさんが登場するか、といえば、それはもう、この時代はかおり文化の隆盛期だったので、読者に面白く読んでもらうために、紫式部がいち早く流行を取り入れた、ということではないでしょうか。

 日本書紀には、仏教が伝来したのは飛鳥時代、552年(欽明天皇13年)と出てきますが、同じく日本書紀に、推古天皇の3年(595)に淡路島に沈香が漂着した、という記事があります。
 島民は沈香など知りませんから、薪といっしょにかまどにくべたら、とてもよい香りがしたので、宮中へ献上した、と書かれています。
 ですが、このあたりは、仏教がらみのお話で、香は仏教の儀式で使われるもの、つまり供香(そなえこう)でした。

 でも、こんないいモノを人々が日常生活に取り入れて楽しむようになったのはごく当然の成り行きだったでしょう。来客があったときなど、どこからともなく香ってくるように焚くのを空薫物(そらたきもの)と言った、と辞書などには出ていますが、源氏物語の中ではみんなせっせといい香りを焚き染めた衣服を着、いい香りを付けた紙で手紙を書いています。

 源氏物語は全編香りまみれと言っていいほどいい香りが漂っていますが、中でも梅が枝の巻で、光源氏と明石の君の娘であるちい姫が入内するときに持たせる香の準備に、光源氏がやっきになるところが印象的です。
 私は、田辺聖子の『源氏がたり』(1)がやさしくて大好きなのですが、それにはこんな風に書かれています。ときに光源氏は39歳です。

 源氏はちい姫が宮中へはいって誰にもひけをとらないように、見事に調合した香を.持たせてやろうと思い、六条院の女性たちに、〈お香を二種ずつ作ってください〉と頼みました。当時のお香は沈とか白檀、麝香といったものを少しずつ削り、蜜などで小さく丸めます。
 何々天皇が代々教えられた秘法、何々の宮が伝えられた秘法、というように、それぞれの家に香合せの秘法がありました。家々によって違い、個人の好みもありますがその見識、教養、センス、趣味などが全てあらわれるわけですから、香りの文化とはたいへんなものでした。


 って、まあ、田辺聖子なら当然か、とも思いますが、なんと見事に当時の香り文化が描かれていること。

 では、田辺聖子が上にあげている香の材料をご覧ください。


 左から白檀(長さ10.5cm)、沈香(1,6cm)、 麝香(径6.5cm)です。沈香は一応伽羅ですが、もちろん、そこらに売ってるフツーのものです。
 それから、こちら(↓)は源氏物語の香を再現したという「梅が枝」という名の香、上の田辺聖子の文に出てくる「蜜などで小さくまるめ」たモノ、練り香です。

 しかし、香るモノを写真でお見せする、って、実にむなしい作業ですね。
さて、ですが、はともかく、の方は、今私たちが使っているのとはずいぶんニュアンスが違っていたようです。
 『源氏物語大辞典』(2)というのを見てみたのですが、こんな風でした。

 かをる
 (1) 香る。
 (2) はなやかに美しく見える。匂いたつような美しさである。

 にほふ
 (1) 赤く色づく。
 (2) 赤く染まる。
 (3) 美しく咲く。
 (4) 艶やかだ。
 (5) 匂いがする。
 (6) 栄華をほこる。

 薫大将は体からいい香りがして、遠くまで香ったからと呼ばれたのだけれど、もちろん、2番目の意味の「はなやかで、匂い立つような美しさ」もそなわっていますよね。
 匂宮、匂兵部卿は、匂いはまあ、付けたしという感じで、とにかく、赤く艶やかに咲き誇って華やか。

   2人とも、もう、生まれた時から、美しいの向こう側にいた、ということかも。
 でも、光源氏の正室・女三宮と柏木の不義の子、という運命を背負った子に、今上帝の第三皇子で、母は光源氏の娘の明石の中宮、という一点のシミもない子にを当てはめたというあたりには、紫式部の腕が光っているようにも思われます。

 ちなみに、いま、薫の付く名前の人はいっぱいいるけど、匂はどうかしら、と思って、ネットで検索してみたら、匂末(かのすえ)さんという人が全国に10人ばかりいる、と出ていました。とも読まれていたのでしょうか?
 ではまた、来月。 中原幸子

【参考文献】
(1)田辺聖子著『源氏がたり(二)』(新潮文庫、2003年)
(2)秋山虔・室伏信助編『源氏物語大辞典』(角川学芸出版2011年)


月刊「e船団」 「香りとことば」2016年11月号

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サンマ

 この間、句会に、

  十円玉今日も五グラム秋刀魚焼く

 という句を出したら、3点入りました。でも、採ってくれなかった人からクレームが。
 「十円玉の重さなどということに関心を持つなんて、ヘンな人だ。それに、食べ物の句はおいしくないとダメだが、このサンマはおいしそうじゃない。」

 なるほど。作者は誰ですか、と訊かれて中原です、と名のったものの、このサンマがおいしそうでないことには反論できず「ほんと、おいしそうじゃないですねえ」と言ってしまった。
 しかし、です。
 なぜ十円玉の重さを測ったりしたか、というと、私なりに理由はあります。
 やっていることに行き詰ると、なんか、しなくてもいい、いつでもいいことをしたくなる。日ごろ大嫌いなお掃除もせっせとやる、etc.
 ついついやってしまって、しかも句会に出す句がなくて困っていたのでついつい出してしまった……。

 でも、そんなことは読者にはわかりません。
 十円玉が何グラムだろうと、秋刀魚の焼け具合にも、いいニオイにも、味にも関係ない。なのに、なぜこの秋刀魚はまずそうなのか。
 これって、すごい取り合わせの力のサンプルかも、と思いました。

 ところで、秋刀魚のニオイって研究されてるのかな、とふと思って、ちょっと調べてみました。でも、『食べ物 香り百科事典』(1)には、サンマのニオイは「報告されていない」、とそっけない。
 立項はされています。

 サンマ
 外国名:Saury(英)、Pacific Suary(英)、Mackerel pike(英)
 和 名:サンマ(秋刀魚)
 別 名:サイラ(祭魚)、サマナ(狭真魚)、バンジョ
 学 名:Cololabis saira

 説明文には、サンマは、
 ダツ目サンマ科サンマ属の魚類で、経済的に最も重要な水産資源の一つである。体長は約35センチで細長く……云々。「サンマが出ると按摩が引っ込む」ということわざも紹介されてますが、香気成分のところには、「サンマの香気成分は報告されていない」と半行。
 俳人はどう詠んでるのかな、と思えば、子規の俳句分類にはサンマが1句もない!!
 ええっと驚き、『毛吹草』の索引をみたら、これまた、ない。
 ビックリして角川の『図説 大歳時記』を開いてみれば、例句のトップにあるのが久米三汀の、

  道玄坂さんま出る頃の夕空ぞ (『返り花』)

 そうか、江戸時代にはサンマは季語じゃなかったのか!
 と、思えば、季語どころか、マトモな食べ物とも思ってもらっていなかったらしい。
 『世界大百科事典』(3)にこんなことが書かれている。

 食用
 サンマは下賤(げせん)な魚として長い間問題にされず,文献に名が見えるのも《本朝食鑑》(1697)あたりからになる。《和漢三才図会》は,脂を取って灯油にし,また塩魚にしたものをサヨリと称して売っているが,〈魚中之下品〉であるといっている。《梅翁随筆》(筆者未詳)には,江戸では明和年間(1764-72)までほとんど食べる者はなかったが,安永改元(1772)のころ〈安くて長きはさんまなり〉と大書して売る魚屋が現れてから,まず庶民層が好んで食べるようになり,以後おいおい愛好者層が拡大したが,それでも旗本では食べない家が多いとしている。したがって,たまたま落語《目黒のさんま》のようなことがあったとしても,それは明和以後のことになろうか。佐藤春夫の《秋刀魚の歌》ではないが,サンマは秋風とともにやってくるものであった。路地裏などに七厘をもち出し,もうもうたる煙をあげて塩焼きにする。したたり落ちる脂が火の上でこげて,サンマは薫製のようになる。それが塩焼きのサンマのうまさをつくり出す。蒲焼にするのも同じ理由によるものである。[鈴木 晋一]


 納得の解説!! もっとも、私が知らないだけで、芭蕉のころはサンマなんか食べなかったって、常識なのかもしれませんが。

 そうそう、日国の用例は誓子のおのろけ俳句でした。

  秋刀魚焼く煙の中の妻を見に (『遠星〔1947〕』

 では、ニオイを嗅いでみることにしましょう。
 身長:31、5センチ、体重:134グラム。
 「サンマだ!」というニオイはしてません。でも、ピッカピカ。
 ウロコをチェックして、背に包丁を入れて、塩をして。(↓)

 グリルで8分。(焼いても身長は同じ)。(↓)

 レモン? 間違いじゃありません。私、サンマにレモンです。  サンマ1尾89円、レモン1個98円、大根3分の1本98円、貝割れ1パック38円。合計323円。ちなみに、同じスーパーで焼いて売ってるサンマは1本150円。

 で、肝心のニオイですが、どうも、これがサンマだ、というニオイって、特にしないような。
 ガスのグリルなので、七輪で焼くほど煙は出ませんが、それでも、そこら中魚が焦げるニオイはしました。でも、それは、いわば脂が焦げるニオイ。サンマだけのニオイもどこかに潜んでいるのかも知れないけれど……これでは、研究されていないのも当然かも。どなたか、目隠しでわかる!という方、サンマのニオイの嗅ぎ分け方を教えて!!

 でも、ここで、ハタと気づきました。そうか、私の句のサンマがなぜおいしそうでないのか。十円玉って、サンマ以下なんですね! サンマより格が上のもの、それもお金じゃないものと取り合わせないとダメなのでは?
 考えます。ではまた来月。 中原幸子

【参考文献】
(1)日本香料協会編『食べ物 香り百科事典』(朝倉書店、2006年)
(2)秋山虔・室伏信助編『源氏物語大辞典』(角川学芸出版2011年)
(3)『世界大百科事典』(ジャパンナレッジ版)


月刊「e船団」 「香りとことば」2016年12月号

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銀杏(ぎんなん)

 ある句集のお祝いの会で、茶碗蒸しが出ました。お隣に座っている人に、母の茶碗蒸しが大好きだった話をしたら、月刊に書いたら?とおっしゃる。
 何月がいいですか?と訊ねると、やっぱり銀杏がとれるころ、初冬じゃじゃないかな、と。

 美容院で、美容師さんと、
 「茶碗蒸し、好き?」「大好き!」
 「具は、何が好き?」(即座に)「ギンナン!
 そして、百合根はね、嫌いなんですよ、と付け加える。
 ここ、私と違うんですね。私は百合根も大好きなんです。

   と、いうようなわけで、その気になって、「茶碗蒸し」で検索してみたら、いきなり、「日本茶碗蒸協会 NIHON TYAWAN−MUSHI ASSOCIATION」というのが出て来た。キャッチフレーズは、
 日本茶碗蒸協会は、
 茶碗蒸しを通じて世界中の人々を
 「微笑み」で満たします。

とある。

 茶碗蒸検定もあって、受かると茶碗蒸大使になれる!
 ただ、ですね、ホームページの更新は2014年でとまってしまったらしく、いま、このサイトで見れるのは「茶碗蒸しとは」というページだけなんですね。そこには茶碗蒸しの作り方として、こう出ています。

茶碗蒸しの作り方(蒸し方)
 茶碗蒸しは蒸し器で作られてきました。最初は強火で2〜3分、その後は弱火にして12分経ったら取り出します。加熱温度は85〜90度℃にするとスがたちにくいです。
 卵液:だし汁=1:4、塩:醤油=4:1の割合が目安です。推奨具材は、椎茸・鶏肉・海老・蒲鉾・ギンナン・三つ葉等ですが皆さんのお好みで。


 母の茶碗蒸しには、銀杏、百合根、エビ、鶏、鰻の蒲焼、松茸、蒲鉾、その他季節のものが見境なく入ってました。吸い口も季節によって三つ葉だったり、柚子だったり、無かったり。

 そういえば、私が働いていた香料会社の社長の奧さんはすごく社員をかわいがって下さる方で、さすが、船場の老舗のいとはんだ、という感じでしたが、私が仕事の後、お住まいの近くの英語学校に通っている、と聞いて、よく夕ご飯を御馳走してくれました。ある夜、大きなお椀いっぱいに茶碗蒸しが入っていて、中におうどんがたっぷり、というのが出て、目を丸くしたら、
 「おだまき蒸し」よ。
 と教えてくれましたが、あれも美味しかったなあ。

 ところで、ギンナンですが、美容師さんは、殻付きのを買ってきて、茶封筒に入れてレンジでチンして食べるのも好き、とか。
 図書館で料理の本(1)をめくっていたら、ぎんなんご飯というのも出ていました。  茶碗蒸しより簡単そうなので、作ってみました。

 まずは殻付きのぎんなんを購入。
 JR京都駅のISETANで500gが580円。


 銀杏割り、なんて持っていないので、プライヤ―でヒビを入れて、2枚重ねのクッキングシートに包んでチン。500W・1分に設定して、見守る。
 40秒で最初の1個がポン! 次々に2つポン、と来たところで、ストップして、レンジをオープン。

 おお! なんという香ばしい香り! それに、もちっとまろやかな、この味!
 この香りを集めて分析したら、さぞ面白いデータが取れるだろうと思うんですが、どうも、まだ誰もやっていないようで、なんだか、働いていたころの血がさわぐ感じデス。  まあ、でも、この一瞬を楽しめただけで十分至福です。
 そして、このあと、また一驚。
 堅い殻の下は、なんと、どんぐりみたいなをはいているんですね。


 どうして、ここでどんぐりになってる必要があるんでしょうか?
 全部、薄皮でいいような気がしません?
 そういえば、イチョウにはオスとメスとあるんですってね。なんで?
 それに、この堅い堅い殻の上に、もう1枚、臭い臭い皮を着てたわけですが、それはなんで?

 と、気になってしようがないので、例によって、「世界の植物」(2)を見てみましたら、いきなり、納得! でした。
 イチョウ科は1属1種からなり、イチョウは、裸子植物の大きなグループであるイチョウ目の唯一の生き残りである。イチョウ目は古い歴史をもち、古生代までさかのぼることができる。イチョウ目の植物は中生代ジュラ紀(2億1200万〜1億4300万年前)のころにもっとも栄えたが、中生代の終わりまでには恐竜とともにそのほとんどが絶滅し、新生代第三紀(6500万〜170万年前)には現生のイチョウただ1種になったようである。

 イチョウの数々の不思議は、きっと、ただ1種、何億年も生き続けるための工夫なんでしょうね、イチョウは生きている化石、といわれているそうですから。

 ま、そんなこんなで、30粒のつやつやギンナンができました。
 お米は、この前、妙満寺句会・月の会でいただいた、湯原上人の故郷の千葉から送られて来たという新米の封を切りました。塩味だけで出汁はいれない、というネットで見つけたレシピに従って、炊き込みごはんの完成です。


 ここまで来て、私って、たいていの奧さんたちが毎年やっていることを、いまごろやっと初体験しただけなんじゃなかろうか、と気づく、このおめでたさ。
 でも、このぎんなんご飯、ホント、おいしかったデス。では、また、来月。(中原幸子)

【追記】
 ご覧になりましたか?
 2016年12月3日付毎日新聞の一面に、満黄葉(って言葉、あるかどうか?)の熊本城のイチョウの樹が出ていて、熊本城は「銀杏城(ぎんなんじょう)と呼ばれる、とありました。

【参考文献】
(1)株式会社ペック編『日本の料理 第三巻 秋の味』(講談社1975年)
(2)週刊 朝日百科「世界の植物」130号(朝日新聞社、1996年)


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