月刊「e船団」 「香りとことば」2017年7月号

 ※ページが正常に表示されない場合は、こちらを参照してください。

ごはん

 「俳句入門・目刺し篇」、「辞書をいじめる」、「寿司ってるぞニッポン」、「挨拶は必要か」「寂しいのはお好き?」、「忖度がいっぱい」、「豪華列車のビンボー感?」。

 これ、お分かりになりますか?
 「いやあ、知らないなあ、なに、これ?」と言ってくださるとうれしいんですが……。
 東海林さだおの「男の分別学」(「オール読物」に連載中。連番はついてないんです)の2017年1月から7月のタイトルです。
 7月号の「豪華列車のビンボー感?」はサブタイトルが「でもやっぱりあこがれる」で、冒頭のカットが豪華列車の座席に座った、カーディガンの3つボタンをきちんと嵌めて着たおじさんが「風景は何とかならんのかね」と言いながらまどの外を走る山々を眺めてるシーンです。アタマ? もちろん、ぴかぴかで、後頭部がちょこっと黒。

 ところで、ソーセージ味噌汁の一汁一菜、いかがでしたか?
 (試してない方、だまされたと思ってやってみて!!)
 で、試されるときは、白いごはんをお勧めします。私は「はくばく おいしさ味わう 十六穀ごはん」(↓)というのを入れたごはんなんですが、ふと思いついて白いごはんにしてみたら、その方がずっとおいしかったので。
 でも、16穀ごはんも結構おいしいですよ。

 こんな袋(↓)で売っていて、中味はこんなミックス(↓)で、


  ごはんになると(↓)こんな感じ。


 この十六穀ごはんのモト、
【名称】は「炊飯用穀類」。
【原材料名】は、
 もちあわ、黒米、黒豆(大豆)、アマランサス、発芽玄米、キヌア、たかきび、小豆、黒ごま、白ごま、もちきび、大麦、赤米、ひえ、はと麦、とうもろこし。
 たしかに、16種類ありますね。

 で、白いごはんですが、また広辞苑だ、と思って、ここで、はっとさだおさんを思い出したのですが、6月号の「忖度がいっぱい」の書き出しって、広辞苑なんです。広辞苑は広辞苑でも、ナミの人間とはウンチクが違うんですけど。

 忖度(そんたく)の歴史は古い。
 広辞苑の前身「辞苑」が世に出たのが1935年(昭和十年)、そのときすでに忖度は載っていたはずだ。
 いってみれば広辞苑の最長老、最古参。


 ??!!
 広辞苑に前身! 知らなかったなあ。でも、ネットには写真が出てる。恥ずかしい。

 それに、ネットを見ると、いろんな「○○辞苑」があるんですね。
 「球辞苑」「食辞苑」「万辞苑」「夢辞苑」「猫辞苑」「にゃん辞苑」「葬辞苑」「商業・まちづくり 口辞苑」「宮辞苑」「新潟 麺辞苑」「蟲辞苑」「昆辞苑」「皇辞苑」「笑辞苑」「狭辞苑」「虎辞苑」「遊辞苑」「くわ辞苑」「成語大辞苑」「溶辞苑」「鳥辞苑」「亀辞苑」「コマ辞苑」「拡辞苑」「投辞苑」「苔辞苑」「きのこ〜辞苑」「天辞苑」「久保辞苑」「恋辞苑」……。

 で、まあ、気を取り直して、手もとの第六版の広辞苑では、

ごはん 【御飯】めし・食事の丁寧な言い方。(後略)

めし 【飯】(「召す」から)
(1)穀類、特に米を炊いたもの。ごはん。いい。
(2)毎日、時を定めてする食事。ごはん。

いい 【飯】イヒ
米を煮または蒸したもの。めし。ごはん。

 ん? ごはん、めし、いいは同じ? まさか。
 そういえば、有間皇子は「いい」の和歌を詠んでたけど、と思って、今度は日本国語大辞典で「いい」を見てみました。すると、

 いい[いひ] 【飯】
米を蒸し、または炊いたもの。麦、粟などにもいう。上代には、甑(こしき)で蒸した強飯(こわいい)を食べたが、のちには、水で炊いた姫飯(ひめいい)、粥(かゆ)が普通になった。めし。ごはん。


とあり、なんと、日本書紀にすでに用例がある。
*日本書紀〔720〕推古二一年一二月・歌謡「しなてる 片岡山に 伊比(イヒ)に飢(ゑ)て 臥(こや)せる その旅人あはれ」

 聖徳太子が行き倒れの旅人を見て哀れに思って詠んだ歌とされていて、意味は「片岡山で、食い物がなく、餓えて斃れている、その旅人よ可哀相に」ということだそう。「しなてる」は「片」にかかる枕詞の由。

 有間皇子のの歌も用例に出ています。
 *万葉集〔8C後〕一・一四二「家にあれば笥(け)に盛る飯(いひ)を草まくら旅にしあれば椎の葉に盛る〈有間皇子〉」

 更に、語誌にはこんな風に。
  もともとは、米を煮た水分の多いカユに対し、蒸して水分の少ないものをいったと思われるが、平安時代になると、蒸した米はこは(強)い─固いものという意識がすでに生じていたためか、イヒよりもコハイヒが多く用いられるようになる。中世から近世にかけて、炊いたヒメイヒが一般化するに従ってコハイヒは主に餠米を蒸したものを指すように用法を限定されていった。また、メシが日常語として用いられるようになるとコハイヒもコハメシに変化した。

 じゃ、いいはいつめしになったのか? ということになるが、『日本語源大辞典』(1)のめしの項に[参考]としてこんなことが出ている。

 (1)室町時代にそれまでのイヒに代わって現れた。語源には諸説あるが、動詞メス(召す)の名詞化という説が有力である。「召す」は「呼び寄せる」「着る」「食べる」「乗る」など複数の用法をもっていたが、名詞としてはそれらの意味を共存させず、「呼び寄せること」の意から「食べるもの=飯」の意へと交代した。

(2)語源からみて、メシは本来敬語のはずであるが、室町後期にすでにオメシのようにオ(御)を冠した形も認められる。このオメシは近世には遊里の女性を中心に使用されたようである。

(3)現代語のごはんのもとになった漢語ハン(飯)は漢文の影響のうかがわれる軍記や室町時代の物語から用例が現れ始める。女房詞では.これにオ(御)を加えたオバンを使用し、それが近世に一般に広まったらしい。近世末期にオをゴに替えたゴハンの形が現れる。「飯」の呼び方の変遷は、大まかにイヒからメシへ、メシからゴハンへと、意識の上でより丁寧な言い方を指向したと言えよう。


 なるほど。あ、でも、また御飯のにおいへたどり着けないで終わってしまいましたね。
 ちゃんと研究はされているんです。来月はとことん御飯のニオイをやりたいと思います。
 それにしても、さだおさんは正しいですね!
 辞書にはいろいろあって、いろんなことがいろんなふうに書かれていて、どれも正しい、って。
 来月の「男の分別学」、テーマはなんでしょうね? では、また来月。中原幸子

【参考文献】

(1)前田富祺監修『日本語源大辞典』(小学館、2005年)


月刊「e船団」 「香りとことば」2017年8月号

 ※ページが正常に表示されない場合は、こちらを参照してください。

はるかな鉄

 「えらいもんが出てるで。ファックスで送るわ」
 と、弟から電話がかかってきたのは、7月28日の朝、10時ごろだったか、のことでした。
 届いたファックスを見ると、朝日新聞の記事で、見出しに、

 やりがんな 国内最古
 鉄製工具 2300年前か 石川で出土

 とあります。
 6月末に出来上がった俳句とエッセー集『ローマの釘』(創風社出版)を弟にも送ったので、薬師寺の東塔のさびない釘どころじゃない、弥生時代に、もうこんなモノがあったらしい、よ、と知らせてくれたのです。
 モトの記事はカラーだ、というので、近所のセブン・イレブンで買ってきて広げてみると、なるほど、きれいな写真が出ています。
 朝日新聞デジタル版にもちゃんと出ています。リンクも「朝日新聞デジタル 弥生中期の木製品削る『やりがんな』出土(2017年7月28日)」というふうに明記さえすれば自由ということなので、皆さん、是非、このページを覗いてきてください。
 ……
 ……
 いかがでしたか?
 やりがんなの作り方なんかも解説されていましたでしょう?
 サイズも詳しく書かれていて、全長は16.3センチですが、それは私が使っているこのカッターナイフとちょうど同じ。

 手先を使ってなにか細工をするのにちょうどいいサイズって、弥生時代から同じ……、あ、ヒトの手の大きさって似たようなものでしょうから、驚くにはあたらない? でも、なんか、ちょっと感動してしまいました。
 このやりがんなが見つかった遺跡では過去に大量の武具や食器などの木製品が見つかっているのだそうで、それらを作る高度な技術を持っていたことが、このやりがんなからも推測できるのだとか。

 ところで、いったいこのやりがんなという聞きなれないモノって、何? と、そこから始めなければならない私の幼稚さ。
 というわけで、ジャパンナレッジ(1)を見てみると、世界大百科事典にはこうありました。
 木材の表面を削り仕上げる工具で,断面が浅い三角状の槍の穂先に似た刃を木柄につけたもの。16世紀末といわれる現在の台鉋(だいがんな)の出現までは,単に加牟奈(かんな),加奈(かな)と呼ばれていたが,それ以後〈やりがんな〉と称するようになった。
 こんな絵が出ています。

 ちょっと文字が読みにくいですが、左の2本が古墳時代のやりがんな、右の2人の男性はそのやりがんなを使って作業しているところで、 両手で持ち、押して、あるいは手前に引いて材木の表面を平に削っている。
 縦挽鋸や台鉋がまだあらわれない時代には、楔や鑿で剥き割った材木をこのようにして仕上げた。
(後略)

 と、あります。ちなみに、漢字表記は辞書によって違っていて、槍鉋、などが当てられています。

 今でも使われてるのかな、と思ってアマゾンで検索してみたら、まあ、あること、あること。小さいのから大きいのまで、ズラリとありました。もちろん、売られているのです。 例えば、ひときわ立派なのがこれ。

 箱は桐製。「若武者」と、ステキな銘がついていて、いざ出陣って感じ。お値段は38832円。これって高いの? 安いの?

 説明がついています。
・越後の名工「清玄松之助」作 若武者
・昔ながらの槍鉋
・材木の表面を削って加工する
・古代より建築部材の表面仕上げ加工に
・すべすべした仕上がりでありながら、わずかな削り跡が残り人の手による美しさと味わいが表現できます。
・サイズ:18mm/約全長440mm 刃渡82mm 柄300mm  サイズ:24mm/約全長460mm 刃渡95mm 柄298mm
・桐箱入り


 これは全長が44センチと、46センチのセット。上の絵の大工さんが使っているのはもう少し大きいかも。

 石川県で出土したのは全長16.3センチと小さいけれど、小さいのは? と探すと、全長20センチのがありました。名前も「豆道楽」とかわいい。
 

 刃と柄の連結部分が糸のようなもので巻かれているところなんか、出土品とよく似てますね。
 それにしても、どうして桐の箱に入っているのかしら、と、最初、すごく不思議でした。でも、それは多分、用途が神社仏閣の建築・修理などに使われるので、丁重に扱われるのでしょうね。
 みなさんも、一度、ネットのショップでご覧になってみてください。ウン10万円もするのもあって、すごいですから。

 ところで、冒頭の新聞記事でもうひとつ、とても気になることがありました。
それは、この出土したやりがんなの刃の部分が、当時、まだ日本では鉄器の生産が始まっていなかったから、海外から持ち込まれた可能性が高い、というのです。朝鮮半島でも鉄器が出始めた時期で、その段階ですでに日本にも入って来て、北陸まで広がってきていたことが明確になった、と。

 鉄という、クラーク数4番目、つまり地球表面下約16キロまでの元素の存在比が酸素、ケイ素、アルミニウムに次いで多い、いわばどこにでもわんさとある元素が、1つの工具として私たちの先祖の手にわたるまでの、このはるかな旅を、もっともっと詳しく知りたくなってきましたね。では、また来月。 (中原幸子)

【参考文献】

(1)ジャパンナレッジ(有料)(http://japanknowledge.com.blib-ezproxy.bukkyo-u.ac.jp/lib/search/basic/)



月刊「e船団」 「香りとことば」2017年9月号

 ※ページが正常に表示されない場合は、こちらを参照してください。

刃(は、やいば、じん)

 8月号で弥生時代の遺跡から出土したやりがんな槍鉋)のことをご紹介しましたら、読者の方からお便りをいただきました。

 2300年前にこんなにも精巧な道具があったとはと、ほんとに驚いてしまいますが、こういう考え方って当時の人たちに対してとても失礼なことですね。人間が進化するとは限らないという事例に日々行きあたっている私たちなのですから。 槍鉋を手に何か削ってみたいです。

 うっ! たしかに!
 そういえば、ヒトの脳細胞の数はずう〜っと同じで、頭のいい人も悪い人も同じで、脳細胞が誰かの脳で突然変異してもう1回細胞分裂を起こしたら、どんな人類になるか予想もつかないらしい、という話を聞いたことが(読んだことが?)ある。(間違ってたらごめんなさい。)
 って、こんな現実的な感想しか出てこない私って、ダメだなあ、と悲観して、でも、ふと、初めてを手に入れたヒトって、どんなにうれしかっただろう、と泣けそうになりました。だって、それまで斧も鏃(やじり)も石だったんですものね。

 8月にご紹介した、弥生時代の遺跡から出土したやりがんなも外国からの渡来品でしたが、と、いうことは、をあれこれいじっていたら刃になった、という感動を経験できていたわけではなさそうなのがちょっと残念、と思う反面、そのころのヒトの交流範囲の広さには仰天してしまいます。
 ついこの間、7月30日にも日曜美術館で「漆 ジャパン 一万二千年の物語」というのをやっていて、このときも、漆は縄文時代から使われていて、しかも、赤い色をつけるのにはベンガラと水銀朱を使い分けていたとのこと。この水銀朱、関東地方では産出しないので、北海道から入手していたという話。「え? 歩いて?」とびっくりしたんですが、縄文時代にすでに関東と北海道の間には交流があったのだそうで……。

 毎度のことながら、驚くべきわが無知に驚き、ネットで遺跡を検索してみたら、なんと、私が住んでいる大阪府茨木市は遺跡の宝庫だということがわかりました。「1970年のコンニチハ」の万博の年から住んでいるのに、ちっとも知らなくて、もう、恥ずかしいったら。
 茨木市にも茨木市立文化財資料館というサイトがあるのですが、それより、この邪馬台国大研究が素晴らしい。是非訪ねてみてください。

 茨木市立文化財資料館は近くなので、ちょっと行ってみました。あ、うっかりタクシーに乗ってしまいましたが、ここは歩かないといけなかったですね。タクシーは1160円でした。これ、証拠写真です。茨木市民は入場無料です。


 旧石器時代のものからず〜っと展示されていて、(やりがんな。ふりがなはついてません)、もあったのですが、残念ながら4世紀後半から5世紀前半のごろのものといわれる安威(あい)古墳からの出土品でした。この古墳には素敵なネックレスやイヤリング、腕輪なんかもたくさん副葬されていたようで、高貴な女性を想像させます。
 ぐるっと見て廻って気づいたのですが、銅鐸なんかは古いのがあるのに、鉄は、精錬するときに出る鉄滓(てっさい=鉄を製錬する際に出るカス)などが見つかるのもだいぶん時代が下がってからのようで、でも、この安威古墳、真っ茶色に錆びて、貫禄十分でした。

 で、とは何か。いつもの日国(1)は、こうです。
 は 【刃】
〔名〕
(1)物を切る道具の、切るための薄く鋭くなっている部分。
*日本書紀〔720〕雄略一三年九月(前田本訓)「覚(おもほ)えずして手の誤ちに刃(ハ)を傷つ」
*大智度論天安二年点〔858〕八「兵の刃(ハ)刀杖」

(中略)
語源説
(1)物を断つところから、ハ(歯)の義〔名言通・和訓栞・言葉の根しらべ=鈴江潔子・大言海〕。
(2)ハタ(端)、またはヒラ(平)、またはハヤ(利)の反〔名語記〕。
(3)ハ(端)の義〔国語の語根とその分類=大島正健〕。


 なるほど。さすが、うまい定義ですね。「物を切る道具の、切るための薄く鋭くなっている部分」なんて。たしかにそうなんですが、こんなときは『字通』(2)かも、と思ったら、なんと、なんと!

 刀の刃部に光のあることを示す字

 と。刃の「ヽ」は光だったなんて。もう、今月の収穫はこれだけで十分、という気分です。刀に光を添えると刃になる。

 『字通』の情報をまとめると、こんな具合です。

 ついでに「」も見てみると、

 さすがに刀は変化のしようがないのか、旧字っていうのは出てません。
 それにしても、刀に光を添えたら刃なんて、なんという表現力というか、想像力の豊かさというか、脱帽の他ありません。

 字通には、刃の熟語として、
【刃下】じんか  白刃の下。
【刃撃】じんげき  切る。
【刃創】じんそう  刀傷。
【刃物】じんぶつ  はもの。
【刃 】じんぼう  切先。


などがでており、また、刃が下に付く下接語として、
握刃 ・懐刃 ・揮刃 ・狂刃 ・玉刃 ・交刃 ・矢刃 ・刺刃 ・執刃 ・尺刃 ・接刃 ・操刃 ・大刃 ・長刃 ・直刃 ・挺刃 ・刀刃 ・白刃 ・伏刃 ・兵刃 ・ 刃 ・鋒刃 ・冶刃 ・遊刃 ・履刃 ・両刃

などが列挙されていますが、こんなところにも刃を手に入れた嬉しさが出ている、と思うのは私のひとりよがりでしょうか? では、また来月。中原幸子

【参考文献】
(1)ジャパンナレッジ(有料)(http://japanknowledge.com.blib-ezproxy.bukkyo-u.ac.jp/lib/search/basic/)
(2)白川静著『字通』(平凡社、1984年)


戻る