月刊「e船団」 「香りとことば」2017年10月号

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チーズ(ちーず)

 チーズを忘れてました。
 チーズほど香りのバラエティに富んだ食品は珍しいのに。
 もう50年以上、朝ごはんはパンとチーズなのに。

 なぜ、急に、そんな……、と、不思議に思われるでしょうね。
 ある日、9月××日の朝ごはんについて何か書く、という原稿依頼が来たのです。
 困ったなあ、もう何十年もパンとチーズで面白くもなんともないなあ、と悩んでしまいました。常備しているのは、こんな、そこらのスーパーにごろごろしているのだけで。

 でも、悩んでみるものですね。ふと、むかしむかし、夕食に招いていただいて、ご馳走になって、もういっぺん食べてみたいチーズがあるのを思い出しました。
 あの日、チーズボードにいろんな色や形のチーズが並んでいるのをみて、選ぶのに困って、ご主人に「どれがいいですか?」と訊ねると、即座に「これ!」と選んでくれたのが、サン・マルセランというチーズでした。
 そのシーン、古い日記を探してみたら、出てきました。
 その日は昭和53年、1978年ですね、11月20日(月)。
 場所はリヨン。
 働いていた会社の社長と仕入れ先の社長の表敬行脚・ヨーロッパ旅行に、調香師のT君と2人でお相伴してくっついて行った、という、嘘みたいな旅でした。
 モンダイのチーズを食べた日の日記にこうあります。

 夜はBさんのご招待をうけていて、Gさんのお迎えでお宅に行く。まるでお城といったような家に迎えられて……(略)
 そのうち、チーズとなった。今夜のチーズはご主人の推薦で、7、8センチ丸の黄かっ色のやわらかいの。ひと口食べてみると、おお、おいしい!! これが、Saint Marcellinというリヨン特産で、何とかいう特殊な実のなる木の葉を、ある時期に食べた牛の牛乳で作るのだという。又いつか食べることがあるかも知れないけれど、今日ほどおいしいかどうか。

 もう、どうして肝心な木の名前をちゃんと聞いておかないの!
と、今さら自分に怒ってみても、後の祭り。
 ネットに出てるかな、と思って探してみても、詳しい説明が出ているサイトはあっても、この木の名前は出ていない。
 Chest Nut leaves という字を見付けて、あった、と思ったら、これが、チーズを包むのにその葉を使ってる、って話で。

   日本でも買えるかな、と、世界のチーズが所狭しと並べられているデパートのチーズ売り場などで訊ねてみても、名前は知ってるけど……、という反応がせいぜいで、手に入りません。
 でも、さすが、ネット。やっと出会えたのです。丹波婦木農場のサンマルセランチーズに。なんと、2016年5月25日に完成したばかり、でした。飛びついて買いました。
 80グラム入りで864円。賞味期限が15日。そうかあ、だから輸入されていないのですね。

 婦木農場のブログはこちらです。
 楽しそうにいろんなモノを作っておられます。是非訪ねてあげてください。

 で、その、送られてきた1個を3つに切って、2つは準備運動(?)として食べ、最後の1つを朝ごはんの日のために取っておきました。
 味ですか? うーん、たしかに、おいしいことはおいしいし、口触りはそっくりなんだけど、フレーバーが、残念ながらアレとは違うな、という感じ。やっぱり、何とかいう木の葉が……?

 ま、これでいいか、と思いつつも、知り合いの編集者についつい、「変わり映えが……」と愚痴ってしまったわたし。でも、愚痴もいいもんですね。なんと、「古代ローマ人もパンとチーズの朝ごはんだったらしいですよ。中原さんって優雅ねえ」という驚きの返信が。
 そして、古代ローマ人の朝ごはんが出ているサイトを教えてくれたんですけどね、それが、もう、歴史が私の想像を絶するのは何も槍鉋(やりがんな)ばかりじゃないのだ、と思い知らされました。
 ローマの牛乳は、大部分がチーズに加工されてたとかで、燻製にされたチーズや、チーズにドライフルーツとワインを入れて加熱した「イポトゥリマ」や、すりおろしたニンニクとスパイスを混ぜた「モリトゥム」などがありました、なんて書かれてるんですね。

 そうかあ、チーズがこんなに多彩なら、香りもさぞ複雑なんだろうな、と思ったら、やっぱり、でした。
 『食べ物 香り百科事典』(1)では、チーズの種類は400種〜800種以上もあるといわれている、と、したうえで、「チーズの香気成分は原料乳から移行した成分と熟成中にタンパク質、乳糖、乳脂肪分が酵素や乳酸菌をはじめとした種々の微生物の作用により生じた成分である」と書かれています。
 まあ、そうなんですが、その複雑さはハンパじゃありません。
例えば、カマンベールチーズの香り成分は140以上、パルメザンチーズからは167成分、グリュイエルチーズからは132成分など、ものすごい数の成分が報告されています。
 秋の夜のワインのお供に、皆さんも是非! ではまた来月。(中原幸子)

【参考文献】

(1)日本香料協会編『食べ物 香り百科事典』(朝倉書店、2006年)


月刊「e船団」 「香りとことば」2017年11月号

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栗(くり)

 10月号の「チーズ」の最後に、皆さんも是非、とは書きましたが、まさかホントに、丹波婦木農場チーズ工房へサンマルセランチーズを注文して食べてみる、なんて方がいらっしゃるとは!!
 感想は「さらっと軽く美味しいチーズ」。
 そうか、「さらっと」に気が付かなかったな、ぴったりです。ありがとうございます。

 ところで、もうすぐ立冬なのに、どうして? と、お思いでしょうね。
 理由は、この間から立て続けに山上憶良の「瓜はめば……」を思い出す事態になり、8月号の槍鉋にしても、10月号のチーズにしても、私の思いも及ばなかった長い歴史をもっていたので、もしかしたら、栗も? と思ったからなんですが、調べてみたら、案の定、でした。

 栗って、憶良の歌は、ご存知、

長 歌
瓜食めば 子ども思ほゆ 栗食めば まして偲はゆ
いづくより 来りしものそ まなかひに もとなかかりて 安眠しなさぬ

反 歌
銀も 金も玉も なにせむに 優れる宝 子に及かめやも


ですよね。
 この頃、瓜や栗をどんな風にして食べたのかなあ、と思ってあちこち見てみたら、なんと、栗って、縄文時代にはもう栽培されていて、主食だった!

 インターネットには縄文時代のクリ情報がいっぱい。
 中でも、青森県の三内丸山遺跡にはクリを栽培していた跡がある、というのには驚きました。まあ、今更驚くナカハラにビックリ、という方も多いでしょうが。
 鈴木三男さんという白ひげおじさん(失礼!)のサイトは「おどろ木、びっ栗、森のくらし」(1)という、私が訪ねるのを待ってくれていたようなタイトルで、ホント、知りたいことはもちろん、疑問さえ浮かばなかったような情報まで満載です。是非、皆さんもご自分で訊ねてみてください。
 第1回は「縄文時代はクリ、くり、栗」(2017年6月26日)、第2回は「縄文人はクリの中に棲んだ?」(2017年6月26日)、第3回が「縄文人はクリをどう利用した?」(2017年7月28)です。
 この第3回には、

 さてさて、クリは約1万3000年前、日本列島の地において縄文人と出会い、そして、お互い、共存共栄、互恵関係の固い約束を交わしました。それは、縄文人はクリの恵みをあますこと無く活用すること、そのために縄文人はクリを「産めよ増やせよ地に満てよ」状態にし、クリの子々孫々の繁栄を図ること、クリは極端な不作などを起こして縄文人を飢えさせたりしないこと、というような内容だったろうと私は勝手に考えています。しかし、この「契約」、よくよく考えてみると極めて重いものであることに気づかれるでしょう。人類のこれほどまで過大な望みを叶えてくれている作物は他にあるでしょうか?
 と書かれていて、栗の利用についてもこんな記述があります。

 ともかく、縄文人はクリをたくさん食べていたようで、遺跡から出土する炭化したクリの実や、貝塚ならぬ「クリ塚」を形成するほどの剥かれたクリの皮(果皮)などからうかがい知れます。そして、クリは実だけでは無く、木材も大量に使われました。縄文時代晩期になると住居の柱にもナラやクヌギなどの木が使われるようになりますが、基本はやはり「総栗造り」。こうしてクリは縄文人との約束を守り縄文人に食料と住まいを与え、縄文人はクリに「住みよい」環境をつくって積極的に増殖し、共存共栄は続きました。

   炭化した栗が発掘されたってことは、焼いて食べてた、ってことですよね?
 とにかく、山上憶良が栗をどういう風にして食べてたか、というのは、あまりにも幼稚な疑問に思えてきました。
 それでも、しつこく、ジャパンナレッジの『新編 日本古典文学全集』で『万葉集』(2)を開いて、「瓜食めば……」を見てみました。すると、なんと、注に瓜や栗の値段が書かれていました。折角ですから、瓜もご紹介しますね。

―正倉院文書に青瓜・黄瓜など種々の瓜が見えるが、ここは黄瓜(まくわうりか)をさすのであろう。当時、黄瓜一個の値は三〜五文であった。藤原宮跡や平城宮跡からまくわうりの種子が発見されている。
―当時、一升(今日の約四合)が五〜八文(米は一升が五文)で、果実中で最高価格の部類に属する。


 なるほど。だから「まして偲はゆ」なんですね。

 ともかく、栗が恐ろしく古い歴史をもっており、とことん研究もされており、ふーん、ふーんと感心しきり、まあ、やっぱりな、という気にもなり。
 で、現代の私たちの栗を探検に行ってみました。もう、盛りを過ぎたせいでしょうか、大丸の梅田店には1種類しかありませんでした。



 ちょっとぼやけてますが、値札をごらんください。野菜売り場なんです。そして、栗といえばすぐに丹波栗を思い出す関西人の私にとって意外だったのは、産地が熊本県だったこと。そういえば、見慣れた栗より色が濃い。粒が大きい。980円で13個、461グラム(最大の1個は40グラム)、840ミリリットル(約4、6合)。ええっ?? 昨日買ったお米が2キロ1000円ほどだったから、万葉の頃よりうんと高くなってるんですね。

 ついでに栗のお菓子も見てきました。「菓匠 清閑院」というお店が、いろんな栗のお菓子を並べて、「一つずつでもお詰めします」と書いているのに目を惹かれ、ホントに一つずつ買ってみました。


 きれいでしょ? どの包装がどの中味か、お分かりになりますか?
 左から、1=C、2=A、3=B、4=E、5=D、です。どれも、さらっと甘い、栗らしいお味です。

 香り? それが、栗の香りについては残念ながらあんまり研究されていないようです。
 茹でた中国栗の特徴的な香りの成分については、焦げた感じには3-(Methylthio)propanol、ゆで栗の蒸れた感じには、3-Mercapto‐2‐propanoneや2‐Ethyl‐5or6‐methylpyrazineなどが寄与していることがわかっている、というささやかな情報があるだけでした。(3)

 この『食べ物 香り百科事典』(3)には、香りのことはあんまり出ていないけれど、面白いことはいろいろ出ています。曰く、
 栗のイガは「総苞」と呼ばれる、とか、クリは北海道西南部から九州まで広く分布し、個体数が多いことからクリ帯として有名だ、とか。
 果物は、食べて貰って、中の種をあちこちにばらまいてもらうためにあんなに美味しくていい香りがするのだ、とか聞いていますが、クリのように熟れるまで動物に食べられないようにこんなにガードが堅いものもある、やるねえ、植物さん。
 では、また来月。中原幸子

【参考文献】

(1)鈴木三男「おどろ木、びっ栗、森のくらし」(http://aomori-jomon.jp/essay/?cat=23)
(2)《校注・訳者/注解》 小島憲之 木下正俊 東野治之『万葉集』(ジャパンナレッジ〔有料〕、http://japanknowledge.com.blib-ezproxy.bukkyo-u.ac.jp/lib/search/basic/)
(3)日本香料協会編『食べ物香り百科事典』(朝倉書店、2006年)


月刊「e船団」「香りとことば」2017年12月号

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