月刊「e船団」 「香りとことば」2018年1月号

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黒パン(くろぱん)

 明けましておめでとうございます。
 ことしも、どうぞよろしくお願いします。

 黒パンって、どんなパンだろう、と、ずっと思いつつ、思ってるだけでした。
 『ハイジ』に出てくる、アレです。
 私がハイジを大好きになったのは、大人になってからでした。子供用にリライトされたものではなく、全文逐語訳版の『ハイジ』に出会ったのがきっかけでした。ところが、先月、パンのことを書いていて、ハイジのパンを思い出し、読み直そうと思ったのですが、出てこない。たしか、タイトルがただの「ハイジ」で、そうか、原作には「アルプスの少女……」とか、ついてないんだ、と思ったのまで、はっきりと覚えているのに。
 仕方なく、アマゾンで買いなおしたのがこの『アルプスの少女ハイジ』(2)です。

 昭和27(1952)年6月15日初版で、私が買ったのは昭和46(1971)年1月30日発行の改版五版です。わたしが読んだのもこの頃のだったかな、と思ってこれにしました。

 表紙のハイジペーターは、1967年にドイツで映画化され、日本でも「アルプスの少女ハイジ」のタイトルで公開されたときの映像で、ハイジはエバ・マリア・ジングハンマー、公募で選ばれたとのこと。
 ハイジはこの羊飼いの少年ペーターの盲目のおばあさんの生きがいのような存在です。が、ある日、そのおばあさんと引き離される事態になります。ハイジが両親に死に別れたあと、アルムおじいさんのところに押しつけに来たデーテおばさんが、いいクチがあったから、といって連れ戻しに来たのです。渋るハイジを、デーテは「帰りたければいつでも帰れるし、おみやげも持って帰れるよ」といって説得します。

 ハイジ「何をおみやげに持ってきてあげるの」
 デーテ「何かすてきなものを考えようね。――やわらかい白パンがいいかしら。おばあさんは固い黒パンは食べられないから、きっと喜ぶことよ」


 ここは原作のドイツ語版(3)では、
 "Was kann ich der Großmutter heimbringen?", fragte es nach einer Welle.
 "Etwas Gutes", sagte die Base," so schöne, weiche Weißbrötchen, da wird sie Freud haben daran, sie kann ja doch das harte, schwarze Brot fast nicht mehr essen."

 ドイツ語はさっぱりなので、辞書でたしかめたのですが、「so schöne, weiche Weißbrötchen」は「とってもきれいな、やわらかい、白い小さなパン」で、「harte, schwarze Brot」は「固い黒いパン」です。
 そして、角川文庫の翻訳者・阿部賀隆が翻訳の参考にしたという英訳版(4)では、

 Heidi liked this prospect and followed Deta without more ado. After a while she asked: "What shall I bring to the grandmother?"
 "You might bring her some soft white rolls, Heidi. I think the black bread is too hard for poor grandmother to eat."


 なんか、よけいなことを並べたててるみたいですが、黒パンとか白パンとかいうパンがドイツ語や英語でどう書かれているかを確かめたかったのです。黒パンはドイツ語はBrot、英語がbreadですから、日本語ではパンになるでしょうが、白パンはドイツ語がBrötchen、英語がrollですから、日本語は、正確にいえば、ロールパンとかになるでしょうか。目に見えるように翻訳するって、ホント、難しいですね。

 ハイジはデーテおばさんの言葉に飛びつきました。ペーターのおばあさんが、固い黒パンを持て余して、おなかがいっぱいになってないのに、ペーターにあげてしまうのを知っていたからです。
 ハイジが連れていかれたのはフランクフルトの大邸宅、車椅子生活のクララの家で、ハイジの役割はそのお相手役でした。
 デーテおばさんの方便はすぐにバレて、ハイジはお土産の白パンを持っておばあさんのところに帰ることは、すぐには許されませんでした。でも、クララもそのおばあさまも、更にお父さまも、とても温かい、いい人たちでした。
 ハイジはここで、神を知り、文字を読むことを習います。ずっとあとで、「すぐに帰してもらえなかったのは、神さまの大きなみこころだった」と思えるような年月を過ごすのです。ここらに、スピリがとても敬虔なキリスト教信者だったことが現れている、と思います。

 さて、黒パンです。
 いつものジャパンナレッジにアクセスしてみると、「日本大百科全書(ニッポニカ)」(2)に痒いところに手の届く解説がありました。

黒パン(くろぱん)
 本来の黒パンは、ライムギ粉に野生酵母を働かせて、ライムギのおいしさを酸味で生かして発酵させたライムギパンであるが、日本では、糖蜜(とうみつ)やカラメルで着色したパン、またはふすま(麬)を加えたものなども含めて、色の黒いパンの総称である。イギリスのライ・ブレッド、ドイツのシュワルツブロート、フランスのパン・ドゥ・セーグル、イタリアのパーネ・ディ・セガーレが本格的な黒パンで、ライムギの種類の違いにより、また発酵法によって生成する有機酸が異なるため、酸味とその強さにそれぞれ特徴がある。[阿久津正蔵]
(以下、略。続きもお読みになりたい方はこちらをどうぞ)。

 つまり、ひと口に黒パンといっても、原料そのものの違いからくる黒パンと外から加えた糖蜜などによって色が濃くなる場合とがあるのですね。

 ともかく、食べてみないことには……。

 アマゾンで「黒パン」と入力して、一番先に出て来たのを買ってみました。
 メステマッハー(Mestemacher)フォルコンブロート 500g、890円。ドイツからの輸入品です。結構高いですね。

 ほんとに歯が立たないほど固いんだろうか。
 原材料は、有機全粒ライ麦、海塩、イースト。ホントにライ麦だけでできてるんですね。香料は入っていません。
 ちゃんとスライスされています。こんな感じ(↓)、厚さは7ミリです。


 なんで、こんなに薄く? という謎は、割ってひと口食べたら、すぐに納得でした。 はい、「割る」っていう表現がぴったりの脆さなんです。そして、ホント、固いんです。というよりか、噛みごたえが、というか、2段がまえの歯ごたえというか、最初、やわらかい部分が喉を通っていった後に、なんだか噛みごたえのあるものがしこしこと残るんですね。

 それから、ニオイですが、これまた「日本大百科全書(ニッポニカ)」に書かれている通り、酸っぱ〜い香りが強烈です。うーん、食べ慣れたらこれなしでは済まないのかも知れませんが、私には、ちょっと……。ペーターのおばあさんに近い年齢のせい?
 トーストしてもおいしい、と書かれていたので、トーストもしてみました。うん! 酸っぱい香りが飛んで、これなら抵抗ない、と思いましたが、噛んでいると酸っぱさがどんどん強くなってきます。

 「わっ!! おいしい!!」 と書きたかったのになあ。
 もうひとつの黒パンは近所のスーパーですぐに見つかりました。これについては、また来月。
 では、皆さまに今年もよいお年でありますように。(中原幸子)

【参考文献】
(1)ヨハンナ・スピリ著 関泰祐・阿部賀隆訳『アルプスの少女ハイジ』(1971年、角川文庫、改版五版)
(2)黒パン(くろぱん):こちらをどうぞ。(ジャパンナレッジ「日本大百科全書〔ニッポニカ〕」
(3)原作:Johanna Spyri 「Heidis Lehr- und Wanderjahre」(http://www.gutenberg.org/files/7511/7511-h/7511-h.htm)
(4)英訳版「ハイジ」:「HEIDI」 BY JOHANNA SPYRI TRANSLATED BY ELISABETH P. STORK(http://www.gutenberg.org/files/20781/20781-h/20781-h.htm#III)


月刊「e船団」 「香りとことば」2018年2月号

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黒パン(くろぱん)2

 黒パンって、知る人ぞ知るすぐれモノだったのですね。
先月、メステマッハー・フォルコンブロートのことを、「わっ!! おいしい!! と書きたかったのに、残念です」、なんて書いてしまった私に、こんなお便りが。

 薄く切って、リゾットやズッパ(スープ)に浸して食べるとすごくおいしいです。イタリアの黒パンは重たく、酸っぱい匂いもして、そのまま食べるとまるで壁土を食べてるみたいなんですが(不味いです)、スープに浸すと変身します。ふわふわの白パンには絶対まねのできないおいしさで、黒パンはごはんみたいな物かな、と思います。

 「わ、ごめんなさい。私としたことが、ここで取り合わせを忘れるなんて……」とあわててスープに浸して食べてみました。


 味の素のクノールスープ・ポタージュで間に合わせたんですが、これが、ホントに、酸っぱさも、ニオイも、ごわごわも、全部溶け合って、何とも言えない調和がうまれるのです。

 ほかに、黒パンは腹持ちがいい(=消化が悪い)というお便りにも唸りました。そういう視点もとても大切ですよね。噛んでも噛んでも口の中にまだ嚙みこなせていないモノが残るけれど、あれも体のなかでの滞留時間を長くしてくれるのですね。

 もっとも、ひとつ食べてみただけで黒パンはマズイ、と決めつけるのはマズイかな、とは自分でも思ってましたので、他のも食べてみました。アマゾンで、先月のメステマッハー(Mestemacher)フォルコンブロートの次に人気だ、と出ていたコレ(↓)です。


 「全粒粉パン工房ポッポのパン」が作っている「ライ麦全粒粉100%パン」で、こんな感じ(↓)で届きます。

 1個669円。それはまあいいんですが、送料が980円には驚きました。届いてみれば冷蔵だったので、ま、当然かも、ですが。
 こちらは、カットして、トーストするだけで「おいしい!」んですが、バターと、この間友人からもらった「天然純粋 日本ミツバチ 蜂蜜」をプラスすると絶品でした。

 それから、黒いけど黒パンじゃない、というか、ライ麦パンじゃないのも近所のスーパーでみつかりました。山崎製パンが「超ロングセラー商品」と人気を誇る、黒糖フークレエ(↓)です。


 名前の通り、黒砂糖のせいで黒っぽいんですが、原料は小麦粉で、ライ麦は全く入っていません。商品名が「和生菓子」となっていて、パン売り場に並んでるけれど、お菓子なんですね。ちなみに「フークレエ」はヤマザキさんの造語だとか、やりますねえ。  食べればすぐにわかりました。たしかに、パンのおいしさじゃなくて、お菓子のおいしさ、です。値段ですか? 267グラム、128円+税。ウッソー、という安さ。

 それから、これが今回いただいていちばんびっくりしたお便りなんですが、翻訳の力というか、コワさです。先月ご紹介した日本語訳『アルプスの少女ハイジ』(1)の、「おばあさんは黒パンが固くてたべられないから」というところは、ドイツ語の原作(2)では、

 "Etwas Gutes", sagte die Base,"so schöne, weiche Weißbrötchen, da wird sie Freud haben daran, sie kann ja doch das harte, schwarze Brot fast nicht mehr essen."

 英訳版(3)は、
  "You might bring her some soft white rolls, Heidi. I think the black bread is too hard for poor grandmother to eat."

 なのですが、英語版にも日本語版にも原作にある「 nicht mehr 」が反映されていないんですって!!
 nich mehr」は「もはや……でない」という意味なので、ここは、「おばあさんは固い黒パンを食べらないから」ではなく、「おばあさんは固い黒パンはもう食べられないから」ということで、こう訳すれば、おばあさんが年を取って黒パンがしんどくなった、つまり、しっかり噛むには歯が弱って来たことや、しっかり噛めないから、消化力の落ちてきたおばあさんのお腹には障るようになってきているということがよく伝わる、と思うんだけど、と。

 ほんと、その通りですよね。私が表面だけ撫でてすませたところを見事に掘り下げてくれています。
 ハイジはきっと小さいながらも「nicht mehr」の悲しさのわかる子どもで、だからおばあさんはハイジといると癒されたんですよね、きっと。
 わたしも、日本の黒パンを送ってあげたくなりました。そうすれば「nicht mehr」をちょっとだけ先送りできるかも。
 では、また来月。(中原幸子)

【参考文献】

(1)ヨハンナ・スピリ著 関泰祐・阿部賀隆訳『アルプスの少女ハイジ』(1971年、角川文庫、改版五版)
(2)原作(ドイツ語)Johanna Spyri 「Heidis Lehr- und Wanderjahre」(http://www.gutenberg.org/files/7511/7511-h/7511-h.htm)
(3)英訳版「ハイジ」(「HEIDI」 BY JOHANNA SPYRI TRANSLATED BY ELISABETH P. STORK)(http://www.gutenberg.org/files/20781/20781-h/20781-h.htm#III)


月刊「e船団」 「香りとことば」2018年3月号

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コーヒー(珈琲・こーひー)

 どういうわけか、コーヒーを、いつ、何杯飲んでも平気でグースカ眠れるようになった。それで、急に「コーヒー」という文字が目につくようになって、
 片岡義男の『珈琲が呼ぶ』(1)
 旦部幸博の『珈琲の世界史』(2)
なんかをアマゾンで買った上、図書館に出かけて、
 臼井隆一郎の『アウシュヴィッツのコーヒー』(3)
 阿川佐和子の『あなたに、大切な香りの記憶はありますか?』(4)
などを借り出してくる、という始末。

 私がコーヒーってものの存在を知ったのはいつだったろうか。
 手もとに、『茶の間』というボロボロの本がある。

 毎日新聞の「茶の間」というコラムに連載されたエッセイの、昭和26年から28年掲載分1600余編の中から選りすぐられた90編が納められた本の文庫版である。そこに浦松佐美太郎の「紅茶とコーヒー」があるから、すくなくとも中校生の私はコーヒーという言葉に出合っていたことになる。このころ、我が家は毎日新聞で、玄関に投げ込まれた新聞を拾って来て父に渡すのが私の仕事だった。父にはまっさらを渡さないといけないことになっていて、先に開くのはご法度だったが、ちょこっと歩き読み(?)はよくやっていた。
 このエッセイは、400字詰め2枚という短さにも拘わらず、どれも立派な文化論になっていて、浦松佐美太郎の「紅茶とコーヒー」も例外ではない。ちなみに浦松は1901年10月1日に生まれ、1981年12月23日に亡くなっており、これを書いた頃は50歳前後だったと思われる。コーヒーについてどう書いているかというと……。
 最初にこうある。
 紅茶やコーヒーは、今ではすっかり、われわれの生活の中にはいった飲み物となってしまっている。しかしその入り方は、日常生活的であるよりはむしろ社会的である。ちょうどその昔足利時代に緑茶が中国から伝わってきた時に似ていよう。

 で、そのあと、緑茶が茶ノ湯というおとなの遊びになったことを挙げ、コーヒーや紅茶もそうなるといいのに、と話が進み、
 紅茶やコーヒーをいかにして楽しみ、いかに社交の世界をつくるか。もしだれかがこれを考え出したら、日本人の社会生活の近代化は、ここから始まるかもしれない。(評論家)

 と締めくくられる。
 うーん、どうなんだろう。コーヒーや紅茶を、淹れる段階から客とともに楽しむ、なんてことが行われているのだろうか。
 と思って、ためしに、ネットで「コーヒー点前」を検索してみると、あるんですね、ちゃんと。道具を名のある作家に依頼して誂え、もちろんコーヒーそのものも念入りに吟味して、淹れる段階から楽しむ世界が。でも、そんなおもてなしを受けたこと、ないなあ。

 いったい、日本人は、いつごろ、どのようにしてコーヒーと出会ったのだろうか。
 最初にご紹介した『コーヒーの世界史』(↓)によれば、それはどうも、江戸時代のことだったらしい。

 17世紀末から18世紀頃、出島のオランダ商人たちが飲んでおり、それを商館に出入りしていた通訳、遊女、役人らも飲んだのが最初だと考えられている、と述べた後に、1804年の太田南畝(蜀山人)の記述を次のように紹介している。
 紅毛船にて「カウヒイ」といふものを勧む、豆を黒く炒りて粉にし、白糖を和したるものなり、焦げくさくして味ふるに堪ず。(太田南畝『蜀山人全集・巻三』より)

 うーん、これでは、コーヒーで遊ぶ、というのはちょっと望めなかったかもね、浦松さん。

 それはともかく、私とコーヒーに話を戻せば、名前ぐらいは知っていたにしろ、初めて口にしたのは大学に入ってからで、京都(河原町?)の「田園」という喫茶店だったと思う。都会育ちでものなれた友だちに倣って、おずおずとコーヒーを注文し、運ばれてきたコーヒーを前に、角砂糖を指でつまんで入れてもいいものかどうか真剣に悩んだことを今でもはっきり覚えている。よほど緊張していたとみえて、味や香りについては何も覚えていない。
 もちろん、下宿で集まってみんなでインスタントコーヒーでおしゃべり、なんてこともなかった。
 インスタントコーヒーの開発は18世紀にすでに始まっていたが、一度水で抽出して、その水を飛ばして固体にすると、香りは水と一緒に飛んでしまい、水に溶かしても飲めたものではない。文字通り「香りのないコーヒーなんて」である。香りのあるインスタントコーヒーが世に出るためには、スプレードライ法とか、フリーズドライ法などの発明を待たねばならず、スイス・ヴェヴェイに本拠のあった食品商社のネスレがやっと「ネスカフェ」の発売にこぎつけたのは1938年だったという。1938年といえば私が生まれた年だが、それが日本へ輸入され始めたのは1950年代だったそうな。
 インスタントコーヒーについてはwikipedeaに詳しく出ているので、興味がおありの方はご自分でどうぞ。

 で、コーヒーが平気になった私は、このところ、キーコーヒーの「DRIP ON」(↓)を愛飲している。

 近所のスーパーで写真・左端のパック1個(12杯分)が、548円。1杯45円ほどですね。パックに手を突っ込んで、最初に触ったのを取り出す。今日はブルーマイスターというのが当たった。上の写真の左端の青い袋。「華やかな香りと上品な味わい」が売りのブレンドで、トアルコトラジャ30%、コロンビア30%、メキシコ20%、タンザニア20%のミックス。うーん、トアルコトラジャって、何?
 来月は、この「はてな?」に迫りたいと思います。
 では、また来月。(中原幸子)

【参考文献】
(1)片岡義男著『珈琲が呼ぶ』(光文社、2018年1月初版)
(2)旦部幸博著『珈琲の世界史』(講談社、2017年10月)
(3)臼井隆一郎著『アウシュヴィッツのコーヒー』(石風社、2016年10月)
(4)阿川佐和子ほか著『あなたに、大切な香りの記憶はありますか?』(文藝春秋、2011年10月。単行本は2008年10月)

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