月刊「e船団」 「香りとことば」2018年4月号

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トラジャ(とらじゃ)

 先月号(2018年3月)の最後に、「トアルコ トラジャって、何?」という疑問を解明します、と書いてしまいましたが、これって実に私らしいノーテンキでした。 まあ、ちょっとお付き合いください。

 先月、上の写真の左端の青い袋が「華やかな香りと上品な味わい」が売りのブルーマイスターというブレンドで、「トアルコトラジャ30%、コロンビア30%、メキシコ20%、タンザニア20%」のミックスだとご紹介しました。で、トアルコトラジャって、何?ということになったわけですが、この6種のなかに、「トアルコトラジャをベースにした豊かな香りとコク、やわらかな甘みが織りなす格調高い味わい」を売りにしたトラジャブレンドというのがあったのです。

 で、そのトアルコ トラジャ、インターネットで検索してみると、「トアルコ トラジャとは」というページが現れました。最初に、こうあります。

 18世紀、「 セレベス(スラウェシ)の名品」と謳われた幻のコーヒーがあった。
 インドネシア・スラウェシ島にのみ産するトラジャコーヒー
 大戦の混乱の中、市場から姿を消した。
 そのコーヒーを復活させたのは多くの日本人の情熱だった。
 産地に至る道を造り、荒れ果てた農場を再生。
 キーコーヒーは約40年にわたりその品質を極め、厳しいコーヒー好きにも愛されてきた。
 トアルコ トラジャ。
 それは日本と日本人がインドネシアとともにつくりあげた、世界に誇れる一杯。


 えーッ。すごい! じゃ、トラジャって? と思って調べてみれば、インドネシアにある地名でした。「トアルコ トラジャの歴史」(1)というページにこうあります。
 珍重ののち忘却……
 そして見事に甦った奇跡のコーヒー

 17世紀末、インドネシアのコーヒー栽培は産声を上げました。中でも戦前栽培されていたトラジャコーヒーは、ヨーロッパの王侯貴族用で、その希少性と上品な風味がごく一部の人々に珍重されるだけでした。しかし第二次大戦が始まると、栽培どころではなく、農場は荒れ果て、トラジャコーヒーは死滅したと思われていました。そのトラジャコーヒーを甦らせたのがキーコーヒーです。再び市場に登場したのは、トラジャコーヒーが市場から姿を消して以来、約40年の時を経た1978年。これが「幻のコーヒー」トアルコ トラジャの新たな船出だったのです。


 そうそう、キーコーヒー株式会社という社名は、1920年(大正9年)横浜でスタートしたコーヒー店が、1952年に、「株式会社木村コーヒー店」となり、さらに1989年に改称されて生まれた社名とのこと。つまり、キーコーヒーは木村の、そしてKeyの意味を込めただったのですね! 多分。
 そして1979年には、“幻のコーヒー”トアルコ トラジャ発売にごぎつけたとのこと。  詳しくはキーコーヒー株式会社のホームページの「企業の沿革」のページ(2)に出ていますので、ご自分で心ゆくまでどうぞ。

 また、皆さんがとっくにご存知のことを書いてます??
 ごめんなさい。
 でも、わたしは、ここらでやっと、おいしいコーヒーって、どんなコーヒー? 「トアルコ トラジャ」って、何? という先月の疑問に帰りついた気分です。

 トアルコというのは絶滅したと思われていたトラジャコーヒーの再生プロジェクトのために設立された現地法人「トアルコ・ジャヤ社」から来てるようだ、とか、トラジャはインドネシアの最高のコーヒー豆の産地の名だ……、とか、ちょっとずつ進歩して……、そうこうしていたある日、ひょい、とテレビをつけると、「ニュースシブ5」で、「バリスタ」というモノが話題になっていて、日本一のバリスタ・石谷貴之さんという人が紹介されていました。
 皆さんはバリスタってご存知でしたか? 私は初めて目にする言葉でした。
 見ていると、どうやらコーヒーを淹れる達人のことのようで、その石谷貴之さんの淹れたコーヒーを、出演している人がおいしい、おいしい、おいしいと連発してました。

 いったいバリスタって、なんやろ、と思って、ウイキペディアを覗いてみると、 バリスタ (コーヒー)(イタリア語: barista) - エスプレッソを出す店(バール)で働く人。
 ネスカフェ バリスタ - ネスカフェが開発したインスタントコーヒー専用コーヒーサーバー(ゴールドブレンドと香味焙煎のみ)。


などと、出ていました。
 もっとも、「バリスタ」には、他にもいろんな意味があって、一番ビックリしたのは、「バリスタ (兵器)(ラテン語: ballista) - 古代から中世にかけて欧州で用いられた巨大な弩砲の一種」でした。

 ニュースシブ5で見たような、熟練したバリスタさんが、選びに選んだ豆を使って、複雑きわまる工程を経て、はじめて出来上がる極上のコーヒー。

 でも、ここでまた、ネスレの登場でした。ネスレ日本が、「自宅で1杯ごとにカフェの味わい」を作れるマシンとして「ネスカフェ バリスタ」を発売したのです。現在日本でのみ販売されている、とかで、なんと、恥ずかしいことに、2009年4月に発売されてたのです。9年も前! 無関心って、情けないですね。皆さんはとっくの昔から使っていらっしゃるのでしょうか?
 しかも、わたしはまだ、「ネスカフェ バリスタ」を使っていないのですが、でも、その「ネスカフェ バリスタ」で淹れるために作られたというソリュブルコーヒーなるものを近所のスーパーで買ってみました。55グラム、27杯分が548円+税。

 難しい使い方が書かれてますが、それは無視して、開けてそっと嗅いでみると、うーん、これはスゴイ! と唸る香りが立ち昇ります。『コーヒーの科学』(3)には、コーヒーには1000種類以上もの香味成分が含まれていると出ていますが、それもすんなり納得、という香りです。これを損なわずに熱い水で抽出するって、これは大変だ、と、その大変さだけはわかる、モト香料屋のわたし。

 ニュースシブ5では、コーヒー豆の味や香りなどは栽培される場所だけではなく、同じ場所でも畑によって違うのだと言っていました。コーヒーノキはそれほどデリケートなものらしいです。
 あ、でも、コメだってそうですよね。田んぼによって、お百姓さんの可愛がり方によってピンからキリまでできてしまう、それが農作物ってものなのでしょうから。

 ヘンな落ちをつけてしまいましたが、来月はいよいよバリスタにトライしてみたいと思います。とっくに使っていらっしゃる方、情報をお寄せくださいませ。
では、また来月。(中原幸子)

【参考文献・サイト】
(1)「トアルコ トラジャの歴史」(https://www.keycoffee.co.jp/toarcotoraja/history.html)
(2)「キーコーヒー株式会社・企業の沿革」(https://www.keycoffee.co.jp/company/history#1920)
(3)旦部幸博著『コーヒーの科学』(講談社、2016年)


月刊「e船団」 「香りとことば」2018年5月号

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バリスタ騒動(ばりすたそうどう)

バリスタ、買いました。


 フルネームは「ネスカフェ ゴールドブレンド バリスタ」、型名は「HPM9631−PR」。品名というのかな、「電気コーヒー沸器」と書かれています。なんか、明治のころの名前みたいですよね? 京都のヨドバシで、5230円(税込み)。
 高さ36センチ、重さ3.6キロ。

 いきなり白状しますが、何か新しいものを買ったとき、トリセツを読まずに試してみようとするのが私の悪いクセで、今回も「まず、洗わないと」と思ってバラバラにしたのがウンのつき。
 部品が多すぎる! もとに戻せない!
 慌ててトリセツを開く。
 

 これが、なんと、全42ページ。「3.1. 洗浄とお手入れ」だけで8ページもある。
 自分で蒔いた種とは言え、刈るのが大変で、ひと騒動してしまいました。
 せめて、この(↓)内部の構造だけでも先に見ていれば、こんなことにはならなかったのに、と思っても、後のまつり。

 

 コードにちょっとやそっとでは外せない小さなカミ(↓)がくっついていて、「取扱説明書を見てね」と書いてある、ひと騒動の後で見ると目にしみる。
 

そんなこんなで半日かかって、やっと出来上がった、記念すべき最初の1杯がこれ(↓)です。
 

 なんか、ちょっと濁っているように見えますよね? これは、失敗作なんじゃないか、とは思いましたが、取り敢えず賞味(!)してみました。
 あ、今度はゴールドブレンド、コレ(↓)です。近所のスーパーで、65グラム(32杯分)入りが498円+税。

 

 で、味と香りですが、なるほど、自慢するだけのことはあるなあ、というのが、率直な感想でした。
 香りは先月も申しましたが、最初に立ち昇るかろやかで、しかもちょっと湿り気のあるフルーティーっぽい感じが心地よく、味は酸味と苦味のバランスがよくて、とくに、酸味が存在感があるのに出しゃばらない感じで、ホント、いいフレーバーです。

 取扱説明書には、どうしてこのようなコーヒーを作ることができるのかが書かれています。
 レギュラーソリュブルコーヒーと名付けられたこのコーヒー、こんな感じなんですけどね、

レギュラーソリュブルコーヒーとは
レギュラーソリュブルコーヒーとは、丁寧に微粉砕した焙煎珈琲豆をネスレ独自のコーヒー抽出液と混ぜ合わせて乾燥し、ソリュブルコーヒーの粉の中に封じ込めるという画期的な「挽き豆包み製法」を採用したコーヒーです。
コーヒー豆を丁寧に焙煎し、その豆を細かく粉砕、ネスレ独自の抽出液で大切に包み込むことで、豆の酸化の原因となる空気との接触を抑え、いつでも手軽に淹れたての香りとコーヒー本来の味わいを一杯ずつお楽しみいただけます。
本書では「レギュラーソリュブルコーヒー」を「コーヒーパウダー」と表記しています。


 「ソリュブル」って、「可溶性の」という意味ですよね? 普通、透明に溶けることをいうと思うのですが、このコーヒーは、やってみたのですが、透明には溶けません。まあ、限りなく透明に近い、というところでしょうか。
 それはともかく、このまま嗅いでみると、先月ご紹介した「香味焙煎―コスタリカブレンド」よりちょっと甘くて重めだけれど、いいトップノートが発ってきます。 舐めてみると、香ばしくて苦く、酸味は、不思議なことに感じません。
 コーヒーの苦味と言えばまずカフェインを思い出しますが、『コーヒーの科学』(1)という本によれば、カフェインは苦味の1〜3割を担っているだけで、他にも苦味にかかわる成分がわんさと入っているのだとか。そして、いちばんコーヒーらしい苦味の成分はコーヒー豆に含まれているクロロゲン酸とカフェー酸というモノが焙煎されたときにできる、クロロゲン酸ラクトン類ビニルカテコール・オリゴマー」の2つのグループの化合物たちであることがわかったのだそうです。

 そして、苦味で驚いてはいけなかったのです。最新の分析機器で分析した結果、香りの成分はなんと約1000種類も分っていて、『Coffee Flavor Chemistry』(2)という本まで出ているのですね。
 もっとも、どの1杯のコーヒーからも1000種類の香り成分が立ち昇るわけではなく、300種くらいだそうですが。
 で、1000種類の中でもっとも「コーヒーらしい香り」に寄与している成分が2−フルフリルチオールという物質だ、とのこと。

 あ、酸味がまだでしたね。
 では、また来月。(中原幸子)

  【参考文献】

(1)旦部幸博著『コーヒーの科学―「おいしさ」はどこで生まれるのか』(講談社、2016年2月初版。2017年9月、第10刷)
(2)Ivon Flament著『Coffee Flavor Chemistry 』(英語)(Wiley、2002年)



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焙と煎(ばいとせん)

 さて、コーヒーの酸味でしたね。
 実は、味のこと、よく知らないのです。
 味は舌で感じる。舌には味蕾(みらい)ってものが5種類あって、それぞれ、(カライ)・(アマイ)・(スッパイ)・(ニガイ)・(シオカライ)を感じる。
とか、
 味には(ウマイ)も入れて6種類ある、とすることもある。
なんて、教わった世代で、味や味覚の科学の進歩に全然ついて行けていなくて。

 あわててネットでにわか勉強してみたら、ウィキペディアにはもちろん、味蕾が立項されていて、こんな風に始まっていました。

 味蕾(みらい、英: Taste buds)は、舌や軟口蓋にある食べ物の味を感じる小さな器官である。 人間の舌には約10,000個の味蕾がある。

 そうか、味って舌だけじゃなく口全体で感じるものだとは聞いていたけど、そんなわけだったのか、などと、いまごろ納得する始末。
 皆さん、ネットには味覚情報がいっぱいです。私の幼稚な案内に惑わされず、ご自分の目で確かめてください。詳細な図も出ています。

 で、コーヒーの酸味ですが、そのモトは、主にキナ酸、クエン酸、酢酸の3つだそうです。
 クエン酸や酢酸は身のまわりにあふれている酸っぱさのモトですから、どうやら、このキナ酸というのががコーヒーに特徴的な酸っぱさを担っているらしい、ということがわかりました。

   生のコーヒー豆にはクロロゲン酸というモノがなんと、5〜10%も含まれているとのこと。コーヒーの成分の代表みたいに思われているカフェインが1〜2%ですから、その多さにはビックリです。
 で、そのクロロゲン酸を焙煎すると、キナ酸コーヒー酸とに分解されるのです。図にするとこんな(↓)風になります。

     A:クロロゲン酸     B:キナ酸   C:コーヒー酸

 つまり、大きな分子のが、加熱でほぼ半分ずつに切れてになるわけです。
 今、あんまり聞かなくなった気がしますが、以前はコーヒー通の人たちがよく「煎りたて・挽きたて・淹れたて」と言っていました。
 その「煎る」がとても大切なワケがこれだったのですね。もちろん香りも焙煎で生まれますし。
 コーヒー豆の場合、焙煎というようですが、焙煎って、日本国語大辞典に立項されてないのです。広辞苑(第6版)には出ていて、

 ばい−せん【焙煎】
 (コーヒーの豆を)火熱で煎(い)ること。


 と、コーヒー専用の言葉みたいな書き方になっています。
 ちょっと気になって「焙」と「煎」の違いを『字統』(1)で見てみました。
 「煎」は「せん」で載っていて、「焙」は「ばい」ではなく「ほう」で載っています。


 セン
 いる・につめる
 形声 (略)煮だす・煮つめることをいう。煎茶の法は唐の陸羽にはじまるとされ、それ以前には団茶にして煮出して用いた。(略)いりつけることが本義、煎茶・煎薬のように用いるのは、のちの用法である。


 ホウ・ハイ
 あぶる・ほうじる
 形声 (略)火にあぶって、ふくらむことをいう。焙茶はほうじ茶。焙炉・焙籠(ほうろう)は茶などを乾かす紙張りの器。この字は茶に関して用いられ、茶とともに輸入された字である。〔茶経〕に焙茶の語があり、白居易の詩に「夜火、焙茶香し」の句がある。


 何と、両方とも茶にかかわる文字だったのです。
 しかも、お茶と「焙」の字がいっしょに輸入された??
 白居易の詩に「夜火、焙茶香し」というフレーズがある?

 コーヒーというものに出合って、熱をかけたら香りも味もよくなることがわかったとき、それを焙煎と呼んだ気持ち、分かりますね。

 あ、そうだ、芭蕉に、

  山吹や宇治の焙炉の匂ふ時

 がありますね。これって、白居易を踏まえてるワケでしょうか?
 わたし、このころ、宇治でどんなお茶を作ってたのだろう、としか思わなかったのですが、『芭蕉全句集』(2)の「焙炉(ほいろ)」の解説を見てみると、

 蒸した茶葉を炭火で乾燥させる器具。

 と、シンプルそのもの。どんなお茶かは書かれていませんでした。
 でも、「ん?」となったおかげで、こんな記事を見つけました。

 「緑茶発祥の地 湯屋谷」というサイトに、それまでは茶葉を蒸さずに釜で熱する方法しか知られていなかったのを、永谷宗円(1681〜1778)が、15年もかかって「蒸した茶の芽を焙炉の上で熱を加えながら手で揉む方法にたどりつき、現在の煎茶の作り方の基礎を築」いたというのです。
 もっとも、この「基礎を築いた」というところが重要で、この方法が実用に供されるまでになったのはずいぶん後のことらしいのですが。
 それに、宗円は芭蕉より30歳以上も年下ですから、芭蕉が生きている間にお茶がおいしくなったかどうかもちょっと疑問……。

  話がいつの間にかコーヒーから離れて、緑茶になってしまっていますね。
 でも、まあ、どちらも火による「」や「」でおいしくなるのだから、いいことにしましょう。
 そして、焙煎で美味しくなったミックスナッツ(スギ薬局オリジナル)で、コーヒーか煎茶でもいかがですか?


 では、また来月。(中原幸子)

【参考文献】

(1)白川静著『字統』(平凡社、1984年)
(2)雲英末雄・佐藤勝明訳注『芭蕉全句集』(角川ソフィア文庫、2010年)
(3)「緑茶発祥の地 湯屋谷」(http://sakuragai6.kyoto-tales.net/2011-09-21-5632)

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