月刊「e船団」 「香りとことば」2018年7月号

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ごくりっ、ごっくん

 先日、ある句会で、こんな句が出ました。

 ごくりっとコーヒー一杯梅雨に入る

 点は入りませんでした。(ここに出すことは作者の了解を得ています)。
 「コーヒーってごくりっとのみますかね」という話になって、話をふられて、「うーん、ごくりとか、ごっくんとかはのみませんね……」と、煮え切らない返事をした私。
 でも、あとから、じゃ、コーヒーって、どんなふうにのむ? と考えると、これがわからない。というか、思い出せない。
 なんか、聞いたような話だな、と思ったら、あれですよね、髭の長〜いおじいさんの話。調べてみたら、ひろさちやの『捨てちゃえ捨てちゃえ』(1)に出てました。

 中国は宋の時代に、蔡君謨(さいくんぼ)という男がいた。彼のあごひげは長くて立派であった。ある日、神宗皇帝は彼を宮中に呼び、そのあごひげを眺めてほめた。そして、
 「おまえは寝るとき、そのひげを布団に入れて寝るのか、それとも外に出してねているのか?」
 と尋ねた。男は即答できず、今夜よく観察して返事しますと言って退出した。
 ところが、夜になって、男は困った。胸まであるひげを布団の上に出してみると、あごが上がって寝苦しい。かといって中に入れても、あごが引っ張られるような気がする。入れたり出したり、その夜は一睡もできなかったという。


 この蔡君謨という人、ジャパンナレッジにちゃんと出ていて、本名は蔡襄、11世紀の人(1012―1067)でした(2)。
 で、自分のことはあきらめて、みんな、どんなふうにのんでるかな、と、ネットで見てみました。ネットのヒット数は刻々変わり、この数字を統計に使ってはいけないのも常識で、あくまで目安ですが、以下は2018年6月16日(土)、午前6時36分〜7時4分の数字です。

コーヒー
 ごくん  : 2380,000
 ごっくん :  227,000
 ごくり  :  528,000
 ずずっ  :  103,000
 ずずず  :   24,300

 ついでに、
紅茶
 ごくん  : 273,000
 ごっくん : 156,000
 ごくり  : 311,000
 ずずっ  :  31,300
 ずずず  : 420,000

 コーヒーは「ごくん」とのむ人が圧倒的に多いですね。
 そして、紅茶はごくんごくりが拮抗していることがわかります。
(『擬音・擬態語辞典』〔3〕では、ごっくんはごくんの類義語とされています)。

 そうこうしていたら、6月18日、朝、8時ごろ、大地震。私も直撃されました。直下型、震度6弱、マグニチュード6.1だったと後で知りました。ちなみに、私は、大阪府茨木市の10階建てのビルの5階に住んでいます。
 そのとき、パソコンに向かって、何かしていたのですが、何をしていたか全然覚えていません。
 なんか、大勢で一緒に鍋に入れられて、ぐるぐるかき混ぜられているような感じでした。時間はごく短かったです。実感として30秒ほどでしたから、実際は10秒か、もっと短かったかも。

 揺れがおさまって、まわりを見まわせば、足元は本の波、本を踏まずには玄関にも出られない状態でした。
 他には、一見何も起こっていないように見えましたが、本棚に飾っていたものが、

(高さ8センチです)

 倒れてこぼれていたり、


(拾い集めたのがコレです)

 働いていたころ、パートナーだったガスクロマトグラフ質量分析計の心臓部が、


 こんなふうにケロリとしていたり、しました。
 これ、新しいのを買ったとき、廃棄する方の機械から取り出して、貰って帰ったもので、金色に見えるのは、ホントの純金です。

 そうそう、上の写真の砂はタクラマカン砂漠の砂なんですよ。30年ほど前、シルクロード展というのが開かれ、その展示の準備に協力したお礼にもらったものです。

 ヘンなものですね、こんな時に、字を書いたモノを踏むことが厳禁だった子どものころの感覚が蘇り、まずは歩く道を確保しよう、としてましたから。
 なんとか通路を確保し、止まっていたガスが復旧して、まずまずの生活に戻ったのが、22日の夜でした。

 その、ほっとした朝、とろけるチーズを載っけたトーストが出来上がり、マグカップ一杯のミルクコーヒーを作り、そのコーヒーをひと口のんだとき、ずずっとすする感じがして、のどを通っていく音がごくりっと聞こえました。
 そうなんです。一生懸命、思い出そう思い出そうとしていたときは思い出せなかった音が、地震騒ぎで忘れていたら、ふっと、はっきり聞こえたのです。
 ちょっと熱いな、というときは、すすって少しずつ口に入れ、ごくりっとのみ込む。のみごろのはいきなり適量を口に入れてごくん、とのむ。という感じでした。
 ただ、これ、私が自分の口の中で立ててる音なのですね。これがまわりの人にも聞こえてしまうと、お行儀悪いね、と顰蹙を買うことになる。
 冒頭の句の ごくりっと、も、音の大きさがモンダイかも。

 でも、この句に違和感があった理由がひとつ、わかりました。
 コーヒーって、ごくりっとのむのは一杯じゃなくて、ひと口なんですね。

 こう書いてはきましたが、ごくりごっくんも一筋縄ではいかないことがわかってきました。それは、また来月。

【参考文献】

(1)ひろさちや著『捨てちゃえ、捨てちゃえ』(PHP研究所、2012年)
(2)ジャパンナレッジ「蔡襄」(有料:https://japanknowledge.com/)
(3)山口仲美編『擬音・擬態語辞典』(講談社、2003年)




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