月刊「e船団」 「香りとことば」2019年10月号

 ※ページが正常に表示されない場合は、こちらを参照してください。

きのこ

 きのこの季節ですね。
 近所のスーパーをぶらついていたら、「雪国きのこセット」というものが売られていました(↓)。198円+税。これ、すごいアイデアですよね。だって、この3種類を1パックずつ買ったら結構高くつくし、少人数の家族では使い切れませんもの。

 写真は左から、まいたけ51グラム、エリンギ41グラム、ぶなしめじ68グラム、合計160グラム。「きのこたっぷり炊き込みごはん」の写真もついています。
 ネットを見てみると、アマゾンにも出ていましたが、よく売れるのか、品切れでした。
 きのこはカレーにすると肉なしでもおいしい、という記事も見つかりました。え? ほんま? ちょうど「雪国きのこセット」があるのだから、カレー、作ってみるか!
 うまい具合に、レシピも見つかりました。きのこカレーとはいっても玉ねぎやニンニクは不可欠でしょ? と思ったら、なんと、ホントにきのこだけ。(1)

材料: (2人分)
      えのきたけ     200g
      しめじ       100g
      エリンギ       100g
      オリーブ油      大さじ1
      フレークカレー    70g
      水          300cc
      ガラムマサラ(香辛料) 少々
      ご飯         2人分


 1人分のカロリーが686kcal、と書かれていて、更に「このレシピの生い立ち」というのもこんなふうに。
 きのこたっぷりのカレーです。きのこそれぞれの食感が楽しめ、お肉なしでも満足できます。

 作り方も丁寧に書かれていますが、要は、きのこを食べごろの大きさに切って、炒めて、水を加えてちょっと煮て、ルーを溶かし入れてまたちょっと煮て、好みに応じてカラムマサラを足すだけ、という手軽さ。
 カラムマサラなどという辛そうなモノは苦手なので持っていなかったのですが、この際、と思ってひと壜買ってきてほんの少し舐めてみたら、もう、辛いのなんの。辛いのが苦手のあなた、ご用心を。
 で、できたカレーがこれ(↓)。


 まさか、美味しそうだけど、ほんとにおいしいの? と恐わごわ、お昼に食べてみました。
 と、何というか、カレーという名に似合わぬ静かな美味しさというか、しっとりした美味しさというか。カレーの辛さがキノコのまん中まではしみ込んでいないので、噛むとキノコの味がして、なんか、説明できなくてもどかしいけど、きのこがカレーに馴染み切ってないところが気持ちよくて、ほっとするというか。
 ルーですか? 冷蔵庫にあった、ハウスの「ザ・カリー」の甘口です。
 あ、多分、カレーうどんにしてもいいかも。

 まあ、干しシイタケに代表されるように、きのこっておいしいもので、その仲間をどっさり入れているのだから、美味しくても驚くには当たらないか、とか思ったりしていたのですが、そうこうしているところへ「香料」の2019年秋号が届きました。目次をみてびっくり。「キノコの美味しさ―呈味と香気の生成―」(2)という論文が載ってるではないですか。
 著者の城斗志夫氏は新潟大学の先生で、ネットでみつけたプロフィル(3)によると「食品化学、食品衛生学」の講義を担当されており、食品分野の中でも特に「美味しさ」と「機能性」に焦点を絞り、原崇准教授と協力しながら研究を行っておられる由。

 この論文、「はじめに」でいきなりビックリ。  キノコは秋の味覚として私たち日本人に古くから親しまれている食材である。その種類は日本だけで4000とも5000ともいわれ、このうち同定されているものは半分以下の2000種類程度にすぎない。
      (略)
 さまざまなキノコの中で食用にできるのは数百種類である。また、その中で人工的に栽培され市販されているキノコは、エノキタケ、ブナシメジ、シイタケ、マイタケ、エリンギ、ナメコ、ヒラタケ、キクラゲ、ハタケシメジウスヒラタケ、ハナヒラタケをはじめ、30種類程度であり、毎年約46万トンのキノコが季節を問わず国内で商業的に生産されている。

 で、その内訳が次のグラフのようになるとのこと。


 城氏の研究拠点・新潟大学のある新潟県は長野に次ぐキノコの生産県で、マイタケの生産量は全国1だが、エノキタケは品質で後れをとっているので、そこに力を注がなくては、というところなのだという。
おわりに」では「(美味しさの成分の)生成機構の解明による美味しさの向上のために尽力していきたい」との抱負を述べておられる。

 その美味しさのモトですが、わたしはとても大事なところを誤解していたことがわかりました。
 生シイタケは干しシイタケにすることで美味しくなるのだとばかり思っていましたが、あれ、加熱されて初めて味が出るのだとか。加熱する前は旨味成分はごくわずかしか含まれていないのだそう。
 で、きのこの味は、ヌクレオチド(5´‐グアニル酸)、アミノ酸(グルタミン酸)、糖(トレハロース)、糖アルコール(マンニトール)、有機酸(リンゴ酸、コハク酸)などの成分で形成されるが、旨味の代表的な成分は(5´‐グアニル酸)だと書かれています。
 つまり、個々のキノコの味の特徴はこれらの成分の比率の違いから生まれる、ということのようです。
 また、香りは、ピカ一のマツタケの香り成分が100以上も見つかっているのをはじめ、いろんなキノコの香りが研究されています。それはまた、いずれ、稿をあらためて。では、また来月。(中原幸子)

【参考文献】
(1)きのこカレーのレシピ、「cookpad」https://cookpad.com/recipe/1199058
(2)城斗志夫著「キノコの美味しさ―呈味と香気の生成―」(季刊「香料」283号、日本香料協会、2019年)
(3)城斗志夫氏プロフィル、新潟大学農学部のホームページ:https://www.agr.niigata-u.ac.jp/teachers/258


月刊「e船団」 「香りとことば」2019年11月号

 ※ページが正常に表示されない場合は、こちらを参照してください。

味噌(みそ)

 味噌を買う? まさか! うちで造って、樽に入れて、漬物小屋に置かれてるもんでしょ! という私の常識が崩れたのは、いつごろのことだったか。
 大学生になって、あこがれの「下宿」というモノを始め、でも下宿の食事があまりにも育った味とかけ離れていたので自炊を始め、そこで、幼いころから馴染んできた味と売っている味噌のソレとのあまりの違いに仰天、母にねだって、家の味噌を仕込むときに「幸子の分」も作って貰いました。その味噌搗きの大騒ぎが、たしか冬の寒い頃で、もろぶたにならして入れた味噌のモトが冷えないように炬燵に入れられてましたっけ。第1回目はこんな(↓)壺で送られて来ました。


 なんか、そんな古いモノとは思えないほどピカピカですよね。不思議、というか、だから陶器はすごい、というか。ええ、捨ててない筈だけど、どこへしまったかなあ、と大探ししたら、流しの下の戸棚の奥から出て来ました。高さ(本体)20センチ、重さ2.8キロ、水を入れて計ってみたら 3.3キロ増えましたから、容量3リットル、ということでしょうね。とにかく、見た目に比べて、すごく重いです。こんな重い割れ物、宅急便もない時代に、しかも和歌山の山の中の村から、信楽の隣みたいな京都に住んでいる娘に送る、って、と、今頃感心する始末。
 なんでそうまでして送ってもらうの? とお思いでしょうね。でも、このお味噌、ホント、美味しくて、お味噌汁にするのに出汁がいらないどころか、出汁なんかない方がおいしかったんです。レシピは祖母から母に受け継がれたもので、子どものころから毎年見ていましたが、特に秘密めいたことをしているようには見えませんでした。原料は米(麹)と大豆と塩だけ、まあ、その割合にはものすごく神経質になってる感じでしたが。
 このもらい味噌は、味噌のレシピが祖母から母へと受け継がれ、やがて母から「もう、味噌搗きは無理になった。ごめんよう」という手紙が来るまで続きました。

 思い出にハマってそうこうしていたら、『醤油・味噌・酢はすごい』(1)という本に出会いました。味噌って、なんて面白いんだろう! という本。


 オビのビッグ3って何のビッグ3かというと、発酵調味料のビッグ3とのこと。
 中でも、わたしが「わっ、あっ」と思ったのは「味噌」という言葉の語源です。
 このオビで見ると、ビッグ3は、どれも、それだけでぶ厚い本になりそうな「言葉」としての歴史を持っているようですが、味噌の歴史も半端じゃありません。

 あ、言い忘れるところでしたが、この本、「塩のこと」という章から始まっています。もう、どこかで書いた気がしますが、私は、「ナカハラさん、いちばんウマイもん、なんか知ってるか。それはな、や」と教えてくれたKさんのことを思い出しました。この本の著者、小泉さんは、発酵研究の第一人者として、次のように書いています。

 塩は人間にとって不可欠の生理機能成分であるが、「食べもの」という観点から見ると、塩っぱい味をもたらしてくれるだけでなく、腐敗菌を寄せつけないので、保存料にもなる重宝なものであるからだ。つまり、塩は腐敗菌の侵入を抑えて、発酵菌だけの醸しの場をつくることと、発酵調味料に熟れた塩味を付けることができるわけだから実に頼もしい限りというものである。

 さて、味噌です。
 『醤油・味噌・酢はすごい』には、はっきり「味噌」という字が現れるのは平安時代であるが、その詳しいゆくたてについては今だに正確な答えは得られておらず、おそらく「未醤」が「味醤」になって「味噌」になったのだろうというのがいちばん多く支持されている説であろう、と述べるにとどめておられる。
 ならば、せめて『字統』(2)で「味」と「噌」を見てみましょう。「噌」は「ソ」の部ではなく「ソウ」の部に出ています。で、


 長いことお世話になっているので『字統』も汚れてきてますが、「味」は「滋味なり」「五味をいう」とあり、「噌」は「市井のやかましい声をいう」とあります。これをワタシ流に意訳させていただくと、「味噌」とはつまり「おいしい味のわいわいと集まったモノ」ということになるでしょうか!?

 香りですか? じつは、『醤油・味噌・酢はすごい』には味噌の香りは詳しくは出てこないのですが、あの特徴的な香りが研究されていないわけはなく、たくさんの研究報告があります。特に、1952年に、ガスクロマトグラフィーという、画期的な分析方法が実用に供されてからは、飛躍的に分析が進みました。
 その中で、私が特に惹きつけられたのは「味噌の香気と香気成分について」(3)(4)という綜説です。「香気」と「香気成分」はいっしょくたに論じることのできるものではなく、互いに関連させつつ、別々に明らかにしていくべきものだ、との観点に立ったこのタイトルには、ヘンな言い方ですが、感動しました。
 紙数が尽きましたので、今月はこれで終わりにしますが、来月は是非、味噌の「香気と香気成分」を、そして出来れば味噌の「味と呈味成分」も考えたいと思います。では、また来月。(中原幸子)

【参考文献】
(1)小泉武夫著『醤油・味噌・酢はすごい』(中公新書、2016年)
(2)白川静著『字統』(平凡社、1984年)
(3)本間伸夫著「味噌の香気と香気成分について」(1)(日本醸造協会誌 第82巻第7号、1987年)
(4)本間伸夫著「味噌の香気と香気成分について」(2)(日本醸造協会誌 第82巻第8号、1987年)


月刊「e船団」 「香りとことば」2019年12月号

 ※ページが正常に表示されない場合は、こちらを参照してください。

味噌のフレーバー(みそのふれーばー)

 香り 匂いもピンと来ないなあ、味噌って香るのか? 匂うのか? と、考えて、そうか、フレーバーということばがあったな、と思い出しました。
 フレーバーという言葉は、日本香料工業会のウエブサイト(1)に、こんな風に解説されています。
 フレーバー(食品香料)は、口から摂取する食品に付与することを目的とした香料のことです。味は、それ単独ではなく香りと一体となって知覚され、この感覚を食品学では、フレーバー(Flavor:風味、香味)と呼んでいます。一般に、おいしさにはこの味(Taste)と香り(Aroma)が大きく関与しているとされ、よりおいしく食べられるようにするために食品に香りを付けます。 このサイトでは、食品学の定義とは別に、食品に香気を付与増強する食品香料をフレーバーと呼ぶことにします。

 これは、日本香料工業会の立場からの解説なので、フレーバーが商品であることが強調された形になっていますが、要するに、口の中で、味覚と相俟って、口全体で感じられる、香りだけでも、味だけでもない感じ、風味・香味がフレーバーなんですね。

 ここで、目の前の「味噌の香気と香気成分について(その1)」「味噌の香気と香気成分について(その2)」という、本間伸夫氏の論文(2)(3)のタイトルに、もう一度、ん? という感じになりました。
 他に、熊沢賢二氏の「生味噌の香気成分と過熱による香気変化」(4)という論文も見つかりました。こちらも、香気です。 けど、まあ、製造の現場と研究の現場で用語が統一されていないのは、よくあることのようですから、こんなトコを深く追及するのはやめて、中味です。

 この研究では、私が香料会社で働いていたころにはまだ実用化されていなかった、というか、夢だった方法が使われていました。ガスクロマトグラフィーオルファクトメトリー(GC−O)という方法です。

 この名前を分解してみると、

  ガス……気体
  クロマト……色
  グラフィー……図式化を用いる方法
  オルファクト……ニオイ、嗅覚
  メトリー……方法

 ということに、(かなり乱暴な定義ですが)、なるでしょうか。
 ともかく、この装置を使えば、複雑きわまる味噌のフレーバーの成分が、1つずつに分かれて、それを出口で嗅いで、どういうニオイかを記録し、同時に機械の方はその成分が何かを科学的に分析して、アウトプットしてくれる、ということです。

 要するに、ガスクロマトグラフィー、という混合物をその構成成分に分ける方法と、オルファクトメトリーという、分離されて別々に出てくる成分をハナで嗅いで、どんなニオイか、また、なんという物質かを同定していく方法とを一体化した方法です。
 これを販売しているのは アルファ・モス ジャパンという会社(他のメーカーでも製造しているかと思いますが)で、2008年の設立となっています。よっぽど高いんでしょうね、買わずに、使用料を払って、使わせてももらえるようです。あの頃の私なら、きっと飛びついたと思います。
 その装置が、これ。


 そして、使っているところがこれです。


 この画像、女性(?)が一生懸命にフレーバーを嗅いでいるところのようですが、よくは分かりませんよね。でも、お気になさらないでください。そんなスゴイモノがあるのか、と思って下されば十分なんです。(白状すれば、私もよく分ってないのです)。

この方法の元祖というか、いちばんプリミティブな方法は、ペーパークロマトグラフィーといって、つくばサイエンスニュースというサイト(5)にほれぼれするような画像が出ています。


 一滴のインクの中に、どんな色素が入っているか、分離されていく様子がよく分かりますよね。
 この他にもよくわかる画像がいっぱいなので、是非、ご自分で訪ねてみてください。

 さて、「生味噌の香気成分と過熱による香気変化」には、味噌のフレーバーの綿密な分析結果が表にされているのですが、それを睨んでいて、改めて気づいたことがありました。皆さんもそうだと思いますが、初めてお味噌汁の作り方を教えてもらったとき、お味噌は具に火が通ってから、最後に入れて、沸騰しかけたところで火を止めるんよ。ぐつぐつ煮立てたらあかんよ、とくれぐれも言い聞かされますよね。そのわけが、ここにあったのです。
 この「生味噌の香気成分と過熱による香気変化」の第1表のタイトルは、「生味噌(淡色系:White、赤色系:Red)の香気に寄与する成分」で、フレーバーに寄与する成分だけの表ということ。もちろん、フレーバーに寄与するのはニオイのある成分だけとは限らないので、つまり、同じ物質でも、それを水に溶かしたのと、砂糖に混ぜてしみ込ませたのとでは立ちのぼるニオイはかなり違うわけで、これにもややこしい科学的な根拠があるんですが、この表の最初の方に並んでいる成分の沸点を調べてみると下記のようになりました。成分名と香質はこの文献に記載されているままです。

  成分名          香質      沸点(℃)
ethyl isobutyrate      フルーティー    110
ethyl butyrate      フルーティー    120
ethyl 2-methyl butyrate  フルーティー    133
  不明         ヨーグルト様
1-octene 3-one      きのこ様       60

 どれも、沸点が低いですよね。水の沸点が100℃で、しかも水は、蒸発するときいろんな香りを連れて蒸発しますから、お味噌汁を煮立てると、これらの物質が一緒にお台所の空間に逃げてしまって、待っている人のお口には届かないことになってしまう、というわけ。

 おいしいフレーバーを、そのまま食卓に届けるには、煮立てず、出来上がってからほったらかさず、って、誰でも知ってる常識に落ち着いたところで、では、また、来月。(中原幸子)

【参考文献】

(1)日本香料工業会ウエブサイト:http://www.jffma-jp.org/flavor/
(2)本間伸夫著「味噌の香気と香気成分について」(1)(日本醸造協会誌 第82巻第7号、1987年)
(3)本間伸夫著「味噌の香気と香気成分について」(2)(日本醸造協会誌 第82巻第8号、1987年)
(4)  熊沢賢二著「生味噌の香気成分と過熱による香気変化」(醸協、第111巻 第6号、2016年)
(5)つくばサイエンスニュース:http://www.tsukuba-sci.com/

戻る