月刊:ことばを探る 最近のバックナンバー

月刊「e船団」 言葉を探る 2001年9月号

愛児と『かたこと』

 安原貞室という人がいました。
広辞苑によれば、「江戸前期の俳人。名は正章(まさあきら)。号は一嚢軒など。京都の人で紙商。松永貞徳の高弟。松江重頼との論争は有名。貞徳没後はその俳統の相続者のように振舞った。編著『玉海集』『正章千句』『かたこと』など」(1610〜1673)。

 貞室(「貞室」は42歳以後の俳号)は15歳で松永貞徳に入門し、18歳で俳諧の道に志した。23歳で『犬子集』に7句入集。36歳で『毛吹草』に57句入集。42歳のころに点業(判者)を許された。著書に『正章千句』、『氷室守』、『俳諧の註』、『貞徳終焉記』、編著に『玉海集』7巻、同追加7巻などがあり、貞門7俳仙の1人にもかぞえられる。
彼の俳句は

 これはこれはとばかり花の吉野山(芳野山とも)

が有名で、松尾芭蕉も『笈の小文』で、

 吉野の山に三日とどまりて・・・かの貞室が是は是はと打ちなぐりたるに、われはいはん言葉もなくて・・・

とまで褒めているのである。

 師・貞徳の没後はそのあとを継ぐ者として花の本二世を称したが、俳諧の実力は必ずしも之に伴わなかった、とも伝わる。ここが広辞苑で「・・・振舞った」という表現になっていると思われる。
 貞室は寛文13年(1673)、64歳で亡くなった。辞世は狂歌で、

 今までは目見へせねども主人公
   八八といひし年もあきけり

 初七日には北村季吟が追悼の100韻を手向けたという。

 ところで、貞室は俳諧に関する著述とは別に『かたこと』という著書をのこしている。
 それは5巻よりなり、収録されている「かたこと」は800。すわ、俳人はこんな頃に俳句の片言性に注目していたか、と思えば、勿論そんなことはなくて、広辞苑には、
「片言(かたこと):語学書。安原貞室著。5巻。1650年(慶安3)刊。愛児の言語矯正に資するため、主に京都の訛語・訛音や方言を集めたもの」とある。
 ここでいう「かたこと」は幼児の片言ではなく、広辞苑の「片言」の(3)にある、「標準的な言い方から外れていることば。訛のあることば。醒睡笑『ひうがんは「かたこと」や、ひがんと言へ』」とある、その片言である。人々が使っている言葉の誤りを正そうという「片言なおし」を目的としているのである。出版後は、あちこちに引用された上、再版もされた。

 『かたこと』の序には、幼い我が子が、友だちと遊ぶにも間違った言葉を使っているのは困ったことだが、一々正すのも切りがないので書いて与えたい、という意味のことが書かれている。しかし、これは言わば著書の巻頭の挨拶ともいうべきもので、その内容からしても一般大衆を対象としていることは間違いない、とされる。平安京以来の美しい京ことばが、鎌倉や江戸やその他の田舎言葉で汚れるのに耐えがたく、これを正したかったのである。その困難は百も承知で、自分も努力するとの決心が序文に述べられている。
 勿論愛児のためでもある。彼には元次という男の子がおり、『かたこと』はその子が10歳のころ出版されたのである。元次は15歳で夭折しているが、貞室に連れられて貞徳の病気見舞いに行ったこともあり、その句も残っている。

 『かたこと』は著者が序で述べているように平がなを主とし、ときに片かな交えたやさしい言葉で書かれており、「間違った言葉 → 正しい言葉 → 批正」という順序で記述されている。
 例えば(以下正しいとされる言葉を赤字で示す)、
 ・余りを あんまりと。はぬるもいらざることなるべし
 ・満遍を まんべといふは如何。 まんべんは平均の義なりと云り

 今では逆転しているのもある。
 ・元日(ぐはんにち)をぐはんじつ
 ・摺木(すりき)をすりこぎ
というのは当時は間違いだったらしい。

 今年なぜか脚光をあびているオノマトペも取り上げられている。これは誤りを正すのではなく、解説と意見をのべる形をとっており、あきらかに意図して収集したものと思われる。ときに間違いの指摘もされているが、いかにも言葉の世界に住む人らしい解説がみられる。

 ・ひらひら びらびら、ひらりひらり、べらべら、へらへら、めらめらなどいうこと葉は何たる事にや。 ひらひらとは。縦(たと)へば、うすき物のちりて光るかたちにや。びらびらとは是も薄(はく)などのちれるさまにや。(以下略)
 ・ぼったりは おもくやはらかなる物の落たる音歟
 ・ほったりは さのみおもからぬ物の落たるかたにや
 ・ほたほたは 大なる花のりんなどの落ちたるかたち歟

 ・につこりは 笑うかたち歟(というのは、読んでにっこりしてしまった)

 さて、『かたこと』はよく読まれた。なぜか。
『かたこと』を縦横無尽に読み尽くし、そのお墓まで探し当てた白木進によれば、次のような理由があるという。

 1.『かたこと』刊行の翌年将軍家光が没し、幕府が世情に鑑みて従来の武断を緩和して文教政策へ移行をはかったこと。
 2.出版事業が軌道にのり、幕府の文教政策を受けて教化的出版が盛んになったこと。
 3.室町期から俳諧連歌が興隆し、徳川期は大衆の中にひろがり、多かれ少なかれ学ある人々はここに集中した。貞門、談林の後、元禄以降の俳壇は正風が風靡するが、正風の中心は俳聖芭蕉である。その芭蕉が、正風に近きの故を以て貞室の俳諧を評価したので、勢い蕉門全般に貞室は珍重された。

 先にも述べたように『笈の小文』でも褒めちぎられているのである。こうして、時代背景と芭蕉の評価とが貞室著『かたこと』の名を高からしめたのである。

 さらに、歌人が歌語を洗練したのに対して、俳人は新境地の開拓に俗語を駆使した。俳人たちは新しい語法の工夫、特に語彙の研究に熱心だったのである。参考書として『かたこと』が大いに役立ったのであろう。

 『近代語研究』には慶安3年・荒木利兵衛刊行の『かたこと』が掲載されている。私にはさっぱり読めないながら、「よくもまあ、これだけ集めたものよ」と感じ入る思いがする。

 昨日(8月25日)の日本経済新聞「オトナの心得」は「日本語を誤用する人」というタイトルだった。阿川佐和子さんが父上の阿川弘之さんに言葉の使い方で(「で」でいいのでしょうか?)しごかれる話である。「とんでもございませんという言葉はございません。とんでもないことでございますと言え!」などと。
 まあ、しかし、世の中は「とんでもないこと」自体がなくなっていきつつある気がする。今『かたこと』刊行から約350年、あと350年経てば果たして日本語は・・・

参考文献
・ 近代語学会編「近代語研究」(武蔵野書院、1972年)
・ (論文集)白木進「安原貞室著『かたこと』の研究」(三径舎、1985年)
・ 白木進「わたしの戦後40年・『かたこと』の話(ひかり書房、1985年)
・ 白木進編著「かたこと」(笠間選書 53、1976年)
・ 白木進・岡野信子編著「『かたこと』考」(笠間選書 122、1979年)


月刊「e船団」 言葉を探る 2001年8月号

なぜうれしい? わが子の片言

 片言って何だろう?ヒトはどんな言葉を「片言」と思っているのだろう?ついこの間まで、「カタコト? 片言って片言やろ?」と思っていた私ですが。

 インターネットのロボット型検索エンジンで、今一番ヒット数の多い「Google」に「片言」と入れてみる。約31000件。「片言 子供(子ども、こどもを含む)」約10000件。「片言 日本語」4100件、「片言 英語」4400件、「片言 フランス語」1730件。やはり、「片言」とはヒトが自国語や外国語を覚えていくときの不完全な発展途上語のようですね。

 今、私の関心は幼児の片言。ホームページの育児日記を読んでいると、「わが子が初めて片言を話した」と記録されているその言葉は、「ママ」「パパ」「わんわん」といった一語文がほとんど。つまりただの単語。単語としてもまだ未完成な語が多い。
 ここに「ナオ語辞典」というホームページがある。著者についてもナオちゃんについてもまったく書かれていないのだが、とてもよい「子どもの片言」の解説なので、お借りした。因みにナオちゃんは生まれつき車が大好きで、片言もクルマ系がすごい。(古語は3歳になった現在では使われていない語。現代語は現役の語。( )内は使用年齢)。「ナオ語辞典」の著者の方、ご連絡頂ければ嬉しいです。

【きーぽー】(ki-po-) 古語(1)
(1)救急車のサイレンの擬声語。
(2)救急車そのもの。
解説:「きーぽーきーぽー」と二回繰り返すのが一般的。

【ぼーぼーしゃ】(bo-bo-sha) 古語(1〜2)
(1)消防車の意。
「ぼーぼーしゃー」(このように語尾を伸ばすと、よりnative speakerに近い発音となる)
解説:きゅーきゅーしゃと並んで、この頃のナオのお気に入りだった車種。その音感から容易に火事の現場を連想できるため、日本人としては学びやすい単語といえる。

【しかいらいん】(shikairain) 現代語(2〜)
(1)日産のスポーツカー、スカイラインのこと。
(スカイラインを発見したときに間髪を入れず叫ぶ)「あ、ナオちゃんの好きなしかいらいんだ!」
解説:生後1歳を迎える前からナオは車が大好きだった。そのせいか、片言を話すようになってまもなく、車種名を急速に覚えていった。とくに日産のスカイラインが大のお気に入りで、そのフォルムやテールランプの形状などから瞬時にスカイラインを識別できるようになり、現在に至っている。 なお、この語が単独で用いられることはほとんどなく、大抵は枕詞「ナオちゃんの好きな」とともに使用される。


 さて、親にとって片言というのは嬉しいらしい。とても嬉しいらしい。なぜだろう、と考えて、それは初めて「言葉が通じあった」からだろう、と思った。「分かり合えた」喜びだよ、きっと。このとき、まだ子どもは自分が言っている言葉の意味を意識していないのだが。でも、ともかく、「りろりろ・・」とわけの分からないことばっかり言っていたわが子が初めて自分と共通の言葉の世界をもったのだから。

 わたしはふと、ヘレン・ケラーを思い出した。ヘレン・ケラーが「モノには名前がある」ということを「わかった!」あのシーンを。

 ホームページ「小原二三夫の部屋」からDennis Wepman著、小原二三夫訳「HELEN KELLER 」( Chelsea House Publishers, New York, Philadelphia 、Copyright 1987)からそのシーンを引用させて頂く。

 ヘレン・ケラーはその時のことを、『私の生涯』という自著の中で、次のように記述しています。「だれかが水をくんでいるところでした。先生は私の手をその水の吹き出し口の下に置きました。冷たい水が片方の手の上をほとばしり流れている間、先生はもう片方の手にwater》という単語を、始めはゆっくりと、次には速く、綴りました。私はじっと立って、先生の指の動きに全神経を集中させました。突然私は、なにか忘れていたものについての微かな意識、わくわくするような思考のよみがえりを感じました。そして、どういうわけか、言語の持つ秘密が私に啓示されたのぜす。

   私はその時、 w-a-t-e-r という綴りが、私の手の上を流れている、この素晴しい、冷たい物を意味していることを知ったのです。この生き生きとした単語が、私の魂を目覚めさせ、光と希望と喜びを与え、(暗黒の世界から)解き放ったのです。実のところ、まだ越えなければならない障害はありましたが、その障害もやがては取り払われるはずのものでした。

   たまらないほど勉強したくなって、私は井戸小屋を去りました。すべての物が名前を持ち、各々の名前が新しい思想を産み出すのです。家に戻ると、私の触るあらゆる対象が、まるで生命に溢れてうち震えているかのように思えました。」

   先生も生徒と同様にわくわくしていました。その日のホプキンズ宛ての手紙の中で、サリバンは、ヘレンが water という単語を数回綴った後、「彼女は地面にばたっと横になってその名前をたずね、ポンプとトレリス(格子垣)を指差し、それから突然私の方に向き直って、私の名前をたずねました」と書いています。サリバンはその時ゆっくりと t-e-a-c-h-e-r とヘレンの手のひらに綴りました。その瞬間から、サリバンは、ヘレンにとって、そして世界中の人々にとって《teacher(先生)》となったのです。


 このとき「Water」という1語は全世界の全言語を代表していたのだと思う。言葉として、地球ほどの力を持っていたのだ。この「Water」も片言と呼んでいいのだろうか。

   たとえば、「わんわん」と言いながら犬を指差してみせたとき、「そう、わんわんね」とお母さんに笑顔で言ってもらえた幼児の気持、その子から「ママ」と初めて言ってもらった母の気持、それらは、ヘレンとサリバンの気持に通じるだろうと思う。そこに至る道が違うために得たものもまた違うように見えているけれど。

 「『わかる』とは何か」(長尾真著、岩波新書、2001年)という本では、「わかった!」ということが次のように説明されている。

 それは(「わかった!」というのは)、ミッシング・リンクのようなものだと考えられる。つまり、話題になっていることに関連した知識はほとんどもっている、しかしその話題がその知識によって解釈できない、という状態にあって、そこで何かのヒントを得た結果、もっている知識によってその話題が完全に解釈できるということがわかったとき、「わかった!」ということになる。

 ミッシング・リンクを求めて、求めて、同じミッシング・リンクにたどり着いたとき、それが共感なのだろうか?それがあの「わかった!」快感なのだろうか? そして、片言はその第一歩なのだろうか?(中原幸子)

参考文献
・ディヴィド・クリスタル「言語学百科事典」(大修館書店、1992年)
・長尾真「わかるとは何か」(岩波新書、2001年)
・ビクター・S・ジョンストン著、長谷川真理子訳「人はなぜ感じるのか?」(日経BP、2001年)
・文部省「学術用語集」(言語学編)(初版、1997年)

主な参照ホームページ
ナオ語辞典:http://ysneph.hoops.ne.jp/nao_dic.html
小原二三夫の部屋:http://www5c.biglobe.ne.jp/~obara/index.htm


月刊「e船団」 言葉を探る 2001年7月号

初語:まねる日々、まっさらの言葉たち

 赤ちゃんの出す音はどこらへんからコトバなのだろうか?「んーが」というのも、喃語というからには「語」なのだろうが、あれはほんとうにコトバだろうか?

 ここに生後3ヶ月の赤ちゃんとその母親の会話(?)がある。

 マイケル(生後3ヶ月):(大きな声で泣いている)
 母親:(部屋に入ってきて)まあまあ、なんて音でしょ。(赤ん坊を抱き上げる)
 マイケル:(しゃくりあげる)
 母親:ほら、いい子、いい子、いい子。誰も見にきてくれなかったの? (おむつの中を見て)ちょっとみてみましょうね。あら、こっちは大丈夫なのね。
 マイケル:(ペチャペチャいうような音)
 母親:えーと、じゃあ何なのかしら? おなかがすいたの、そうなのかな?ご飯食べたのはずっと前だったかな?
 マイケル:(のどをクックと鳴らす)
 母親:(赤ん坊に鼻をすりよせて)ええ、そうね。ずっとずっと前よね。
 マイケル:(クークーいう音)
 母親:ええわかったわ。じゃあ、なにかおいしいもの食べに行きましょうね。

 これは、「一方的な会話」というタイトルで「言語学百科事典(p339)」に載っているのだが、どうみてもしゃべっているのは母親ばかり。しかも、会話が終ったときにはモンダイは見事に解決されてしまっています。やっぱりただの音でも会話は成り立つらしい。子とその母の間には。

 先月ご紹介した赤毛のアンも、長男ジェムを初めて抱いたとき、体の芯から湧き上がったかのような赤ちゃん言葉を連発し、母になる前には神のように崇めていた「子供の養育と躾」の著者オラクル卿を嘲笑ったものです。「オラクル卿は自分の子供をもったことがなかったのよ」と。
 余談ですが、オラクル卿とは誰なのか、本当に彼は育児書を書いたのか、気になってちょっと調べてみました。友人の友人のそのまた知人から頂いたお便りによると、「ドクター・オラクルという名前は、何らかの問題について権威者とみなされる人すべてのニックネ―ムとして使われています.固有名詞ではありません.一時、スポック博士が子育ての分野でのドクター・オラクルでした。察するところ、ドクター・オラクルは「権威主義者」(自分の説を権威者の名前を使って権威ずける)と言う意味で使われていると思います。
 どのコミュニティでも派閥が生まれるということを、モンゴメリらしくソフトにあるいは品よく言っていると解釈します。」とのこと。

 とにかく母親というものは、赤ちゃんには赤ちゃん言葉で話しかけるように設計されていて、赤ちゃんもまた、それを喜ぶようにできている、ということは証明されているようです。そして赤ちゃんは、その母からの語りかけに助けられて言葉を身につけていくのです。
 赤ちゃんが言葉を身につける過程が、母子ともに実に楽しく幸せなものであるらしいのは、赤ちゃんが言葉を身につけていく過程の記録をインターネットに掲載している人がびっくりするほど大勢いるのをみても分かります。

 中でも、ここにご紹介する「ちひろちゃん」のお母さんは、実にお母さんらしい記録を作っておられます。ちひろちゃんは1998年7月14日生まれの女の子。記録は生後10ヶ月ころから始まります。( )内はお母さんの朋子さんのコメントです。
 以下にいくつか引用させて頂くのですが、とても心温まる記録なのでホームページをご紹介しましょう。
 http://www2.airnet.ne.jp/~tomoko/index.html"
(サンプジュンジョウ →「実録・言語の構築」のページです)

 では、ちひろちゃんの言葉の進歩をみていきます。

○喃語:複雑になって、あたかも意味があるようです。
・10ヶ月24日目:「んが、んばんば、あっくわ、はぶ」(喃語)
・16ヶ月ちょうど:「りろりろ、いーや、ぎーや、ばぎ」(喃語。他の子供も口にすることが多い謎の言葉)

○「うまうま」系
・12ヶ月25日目:「んま」(喉が渇いた、お腹が空いたの意。「んまんま」と連発する場合もあり)
・13ヶ月 2日目:「まんま、ばっ、ありゃ、ぱあぷう」(まんまに成長)

○ママ、パパ系:
・15ヶ月17日:「ママ」(緊急事態にこうはっきり呼んだが、これ以降口にしない)
・17ヶ月17日:「ぱあぱあぱ」(父親をどきりとさせる喃語。しかも多発 → 後にパパのことと判明)
・18ヶ月18日:「パパ」(パパの自己申告なので疑わしい)
・21ヶ月18日:「ばば、うぃっす」(「ママ、ジュース」の意。初の2語文であるが、全部間違ってるので喜べない)
・22ヶ月17日:「ぱぱぱ?」(なんでパパのことは「ぱぱぱ?」とかわいい声で肩をたたいたりして呼びかけるのに、ママは「ばばー!!」と絶叫なのか。ふん)
・23ヶ月2日:「ママ、パパ」(ようやくママに! でも発音は「まんまん」に近い。パパはきちんと言う)

 1歳半ぐらいから、まわりの人やテレビの言葉をどんどん拾って真似ては覚えていく。「おっちゃった(落ちちゃった)」「おいしい」「かわいい」「だっこ」・・・。

 ところが、ある種の言葉は本来の意味とは違う使い方で覚えられるようなのです。
 例えば

・14ヶ月19日:「ああに?」(「なあに?」の意。自分から話しかけるときに言う。会話の方向性が分かっていない)
・21ヶ月15日:「いいよ」(「いいよ」と言ってほしい時に使う。用法が違う)

 これは実はとても重要なことらしいのです。赤ちゃんがお母さんや周りの人の言葉に反応するのは、その言葉の意味にではなく、そのセンテンスなり、フレーズなりのメロディーであることがわかってきたからです。
 ちひろちゃんのわけのわからない言葉にお母さんが「なあに?」と答えるというシーンが繰り返されると、ちひろちゃんは「なあに?」がお母さんからの自分への語り掛けだと理解し、自分でもそれをやろうとするのでしょう。メロディーで意味を見つけ、真似で覚える。言語獲得の現場がここにあるようです。

 さて、ちひろちゃんのお母さんは、この記録を作るに当たって苦労したのは「彼女のおかしな発音を日本語表記にする難しさです」と書いています。
 この「ことばを探る」の3月号では「鳥のさえずり」を取りあげたのですが、鳥のさえずりを文字で表現することを「聞きなし」といいましたね?そして、例えばヒバリやカナリアのさえずりは余りにも複雑で「難しい」としか言いようがない・・・とも言いました。
 赤ちゃんの初期のことばを文字にして残すことには、どうやらさえずりを「聞きなし」て記録するのと共通の困難を伴うようなのです。
 そして、ちひろちゃんの発する言葉は必ずしもお父さんやお母さんがその言葉を使うのと同じ意味を持っているとは限らないようです。
 けれども、ちひろちゃんがお母さんやお父さんを真似ることで一歩一歩とヒトの言葉を獲得していく様子がよくわかります。

 そして、忙しい忙しい母親にこういう記録を続けさせるのもまたコトバの力でなくてなんであろうか? 愛情の力? もちろん。でもコトバがその愛を私に伝えて幸せを分けてくれるのですよ!

 2歳になる前日のちひろちゃんの言葉は「おーに?おーぎ?おぎぎい」と「おにぎり」と言いたい試行錯誤だったとか。パパ、ママ、をたくさん喜ばせてあげてね。

広辞苑から
新生児:分娩直後から2〜6週間までの乳児。初生児、新産児
乳児:生後1年ぐらいまでの母乳または粉乳などで養育される時期の子供。児童福祉法では、1歳未満児をいう。ちのみご、嬰児。
幼児:(1)おさない子。おさなご。(2)(児童福祉法で)1歳から小学校に就学するまでの者。
幼児語:幼児期にのみ使われる言葉。「あんよ」「うまうま」など
母親語:なし
初語:なし
赤ちゃん:「赤ん坊」を親しみをこめていう語
赤ん坊:生まれて間もない子供。体が赤みがかっているからいう。赤子。あかんぼ。比喩的に、幼稚・世間知らずの人のさまにもいう。
子供:(1)〜(7)まで
ある。その(2)幼いもの。わらわ。わらべ。小児。まだ幼く世慣れていないことにもいう。(中原幸子)

参考文献
・ディヴィド・クリスタル「言語学百科事典」(大修館書店、1992年)
・正高信男「0歳児がことばを獲得するとき」(中央公論新社、1993年)
・伊藤克敏著「こどものことば」(勁草書房、1990年)
・文部省「学術用語集」(言語学編)(初版、1997年)
・モンゴメリ・村岡花子訳「アンの夢の家」(新潮社、1958年)
・C.オグデン、I.リチャーズ著、石橋幸太郎訳「意味の意味」新版(新泉社、2001年)


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