ねんてんの今日の一句 バックナンバー

2010年1月10日
水仙を過ぎ水仙を過ぎ侠気

塩野谷仁

 句集『全景』(角川書店)から。水仙の前をずっと行くと心身が侠気のようになる、というのだろうか。この感覚、分かる気がする。水仙の清潔で端正な感じの先に侠気があるのだ。
 今日の句の作者は兜太の主宰する「海程」の有力同人である。この人に昨日の私の疑問をぶっつけてみたい。アニミズムで俳句を見ると、どの句もアニミズムということになるだろう。もちろん、この仁の句も。私にはアニミズムというより、「侠気」という言葉で感覚をとらえたとても大胆な句に見える。


2010年1月9日
よく眠る夢の枯野が青むまで

金子兜太

 「現代の俳人101」(新書館)から。幻想的で面白い句だ。1月4日の午後、NHK教育テレビの「こころの時代」という番組で兜太を見た。戦争や狼の話がいかにも兜太という感じだったが、俳句は結局アニミズムだという結論はいただけない。アニミズムは別に俳句だけのことではないし、俳句がアニミズムだということになると、俳句は花鳥諷詠だという言い方と変わりがない。兜太の俳句がアニミズムを目指している、ということに過ぎないだろう。それを俳句全体へ普遍化しようとする兜太の思考には反対だ。


2010年1月8日
東京は寝てしまひたるおでんかな

山口誓子

 年末にもらった本のなかで西村睦子の『「正月」のない歳時記―虚子が作った近代季語の枠組み』(本阿弥書店)が面白かった。昭和9年の高浜虚子編『新歳時記』が近代の季語の枠組みを作ったことを具体例を豊富に挙げて説いている。たとえば「おでん」は「ホトトギス」の雑詠欄を通して定着した季語であった。季語に対する虚子の姿勢を通して、現代の「ホトトギス」系俳人(伝統俳句という奇妙な呼称を用いる一派)がいかに古いかが判明する。虚子の方が新しくモダンなのだ。


2010年1月7日
外はみぞれ、何を笑うやレニン像

太宰治

 短編「葉」にある句。レニンはレーニンだ。このレーニン像は雑誌にでも出ていた写真であろうか。
 「葉」は「死のうと思っていた。ことしの正月、よそから着物を一反もらった」と始まる。夏に着るその着物をもらったので、主人公は「夏まで生きていようと思った」。
 今日の句、レーニン像の意味が曖昧模糊としており、けっして秀句ではない。でも、俳壇の上手いだけで平凡な多くの句よりもはるかによい。


2010年1月6日
しぐるるや樹になまけものベンチにわれ

行方克巳

 句集『阿修羅』(角川書店)から。この著者は私と同年の生まれだが、独特のユーモアがあり、それに私は注目している。そのユーモア、なまけものと自分を同格に見るところに生じている。自分を茶化すこの能力がいかにも俳人的。文学的意欲の旺盛な、たとえば同人誌「豈」のメンバーにはこの能力がない。この雑誌を創刊した摂津幸彦はその能力が抜きん出ていた。


2010年1月5日
陸続きだろうか父とカキフライ

塩見恵介

 前々から気になっている句。父とカキフライの関係を陸続きととらえたところがユニーク。もっともなぜ陸続きなのかがはっきりは分からない。そこの謎がよいとも思えるし、逆に難解で問題とも見える。ともあれ、この父はカキフライがとても好きなのだろう。句集『泉こぽ』(2007年)にある。
 そういえば、年末の瀬戸内の旅で赤穂市坂越(さこし)の牡蠣を食べた。海の駅で牡蠣尽くしコースを注文したのだが、1年分くらいの牡蠣を食べた感じ。隣の席の女性グループは焼き牡蠣食べ放題に挑んでいたが、ものすごい勢いで食べていた。3年分くらいは食べるなあ、と思った。


2010年1月4日
とん汁がいいないつもの歩道橋

中原幸子

 とん汁(豚汁)を初めて食べたのは大学生になってから。京都市出町の食堂で食べた。暖かく具がたくさん、いかにも学生向きにできていた。以来、豚汁を食べるごとに学生時代の気分になる。今日の句、「とん汁がいいな」という軽い出だしがいいではないか。しかもそのように思ったのが歩道橋の上。そこでは風花が舞っていたりして。この句、句集『遠くの山』(2000年)から引いた。
 年末、気の置けない友人たちと瀬戸内を歩いた。尾道、鞆の浦、福山、伊部、赤穂など。写真は赤穂ハイツから見た日の出。


2010年1月3日
冬日呆 虎陽炎の虎となる

富澤赤黄男

 今年の仕事のひとつに松本秀一と編む『赤黄男百句』がある。創風社出版の百句鑑賞シリーズの1冊であり、すでに原稿依頼も済ませている。赤黄男の虎の句といえば「爛々と虎の眼に降る落葉」が有名だが、冬日の中で呆然となったこの虎のイメージも面白い。これらの虎の句、句集『天の狼』の冒頭にある。
 赤黄男の試みは果敢であった。特に句集『天の狼』『蛇の笛』の試みは俳句の詩性を思い切りモダンにした。だが、『黙示』に至って独善に近い短詩になってしまった。詩性の追求にひたすらで、肝心の俳句性の追求が甘くなってしまったのだ。


2010年1月2日
霞さへまだらに立つやとらの年

松永貞徳

 昔は正月が春の始まりだった。だから春のシンボルともいうべき霞が立った。貞徳のこの句、寅年だからその霞がまだらに立った、と面白がっている。もちろん、虎の毛のまだら模様を踏まえている。
 俳句の基本はこの句のような機智というか、遊び心の発揮にある。それを忘れると俳句はたちまち干からびる。では、貞徳の遊び心たっぷりの句も挙げよう。「ゆきつくす江南の春の光かな」。『三体詩』にある杜常の詩句「行き尽くす江南数十里」を踏まえ、原詩の秋を春に変えた遊びが見事。


2010年1月1日
オリオンの盾新しき年に入る

橋本多佳子

 句集『海彦』(1957年)から。机の前の壁にオリオン座を中心にした星座の図を張っている。星空を時々見上げたいと思ってのこと。
 さて、新しい年である。「船団」では今、橋本多佳子の特集の計画を進めている。4Tの1人として著名なこの俳人が、今、どのような意味で注目に値するかを考えたい。「船団」の会員だけでなく多佳子ファンの多くの方々にも参加していただけるように工夫をしたい。


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