ねんてんの今日の一句 バックナンバー

2010年3月31日
いもうとがくるくる回るシャボン玉
二村典子

 『現代俳句最前線』下巻(2003年)から。シャボン玉を吹いている妹が、シャボン玉に映ってまるでシャボン玉に入ったみたい。その小さな妹がくるくる回るのだ。
 「春休み負けっぱなしの背くらべ」も典子。今はちょうど春休み。どこへ行っても子どもがにぎやかだが、子どもの遊ぶ風景は楽しい。

2010年3月30日
さくらさくら早く昔になればいい
三好万美

 句集『満ち潮』(2009年)から。桜吹雪の中にいると、確かにこの句の気分になる。昔になって昔のいろんな人や魑魅魍魎に出会いたい。
 昨日から東京にいる。用事の合い間に庭園や植物園などを訪ねようと思っている。今日は向島へ。隅田川の堤防を歩き、百花園の芽吹きを訪ねたい。

2010年3月29日
春鴉はずめる梢に身をまかす
阿波野青畝

 句集『春の鳶』から。遊ぶ鴉を詠んでいる。話題は昨日に続くが、五個荘では勉強会の後で近江商人屋敷を訪ねたが、外村繁邸で皆があるものに集まった。「助炭」である。その日に読んだ青畝の句に「右手を撫で左手をなでて助炭かな」があった。『広辞苑』には「枠に紙を張って火鉢や炉の上をおおい、火気を散らさず、火持をよくさせる具」とある。その助炭があったのだ。張っている紙のほとんどは菓子屋の包み紙であった。火鉢を囲んでその菓子を食べ、包装紙を助炭にはったのだろう。商家の暮らしが眼前に生き生きと現れる気がした。
 写真は五個荘の商家の蔵。

2010年3月28日
金堂に雪くはしくも舞ふところ
阿波野青畝

 春の「青畝を読む会」は東近江市の五個荘であった。ここは近江商人の町として知られるが、そこの金堂という地にある金堂まちなみ保存交流館が今回の会場。皆で句集『春の鳶』を読んだが、昭和18年の作として掲出の句が出ている。「くはしくも」は美しくも、の意味だが、その日は雪は降らなかったが、冷たい春疾風が吹いて、会場の古い商家の窓を鳴らした。勉強会では、この句、もしかしたら五個荘の金堂の句だろうか、と話題になった。そうではなかったとしても、ここの句にしておこう、と意見がまとまったのである。

2010年3月27日
春風や堤長うして家遠し
与謝蕪村

 昨日に続いて蕪村の堤の句を挙げた。「春風馬堤曲」にある句だが、馬堤は淀川の毛馬堤。蕪村は門下への手紙で、「余、幼童之時、春色清和の日ニハ、必友どちと此堤上ニのぼりて遊び候」と書いている。この「春風馬堤曲」は藪入りで故郷に帰る娘になりかわってその思いを詠んだ詩篇。掲出の句も故郷をめざして堤を歩む娘の気持ちだ。

2010年3月26日
加茂堤太閤様のすみれかな
与謝蕪村

 「加茂の堤は、むかし文禄のころ、防河使に命ぜられて、あらたにきづかれたり。さてこそ桃花水の愁もなくて、庶民安堵のおもひをなせり」と前書きがある。「桃花水(とうかすい)」は漢詩に出てくる言葉で、桃の花の咲くころ、氷がとけて増水した川の水である。秀吉のおおらかな気分になって鴨川の堤防を歩きたくなる句。すみれが咲いているそばにかがむと霞のかかった比叡山が見えるだろう。

2010年3月25日
鼻と鼻くつつけ遊ぶ春は来ぬ
矢島渚男

 句集『延年』(2002年)から。この句の光景、子どもだと可愛い。おとなだとエロチック。どちらにしても、たまにはこんな遊びをしたい。だって、春だもん。(影の声―おいおい、齢を考えろよ)

2010年3月24日
夜もつづく白の緊張花辛夷
山田弘子

 そうか辛夷の花は夜も緊張してさいているのか、と納得した。辛夷や木蓮はその花が緊張感を帯びている。
 今日の句は句集『草蝉』(2003年)から引いた。「冬苺ほどの灯りを胸に抱き」「夫婦にもありし友情梅ふふむ」「人参は嫌ひ赤毛のアンが好き」「浄土とはかくも混み合ふ彼岸寺」。これらが『草蝉』にある秀句である。

2010年3月23日
ばあばはねはくさいみたいにわたしにきせる
武仲琴和

 作者は小学校2年生。孫を可愛がる「ばあば」のようすが目に見えるよう。この句、第3回佛教大学小学生俳句大賞の選考委員特別賞に選ばれた。選考委員の山本純子さんは、「うごきにくいし、ふとって見えるし、いやだなあ、と思いながら、作者は、ばあばの気もちもちゃんとわかっています。」と評している。 佛教大学のこのコンテスト、今年は約27000句が集まった。

2010年3月22日
涅槃図の朱色ばかりが残りけり
火箱遊歩

 この作者の第一句集『眠れぬ鹿』(1994年)から引いた。仏像にしても涅槃図にしても確かに朱色がよく残っている。その残ったわずかの朱色がかつての極彩色の世界を想像させる。句集ではこの句と並んで「どしやぶりの大伽藍なり涅槃像」がある。
 今日は午後、伊丹市の柿衛文庫也雲軒で講座。文化庁の国語調査官を迎えて、最近の国語事情を話題にする。今からでもどうぞご参加を。写真は仏の座。姫路の綾部山梅林で撮った。

2010年3月21日
亀鳴くやひとりとなれば意地も抜け
鈴木真砂女

 昨日に続いて中西進の新著『亀が鳴く国―日本の風土と詩歌』から引いた。進はこの真砂女の句などを挙げて、亀が鳴くというウソ、「いや、すべては嘘だと、身構えることが最高の句界の約束なのかもしれない」と述べている。大賛成だ。もしかしたら私はこの著者を誤解していたかもしれない。この人、もっぱら黛まどかといろんなことをしている。それでまどかのタレント的はなやかさだけに興味があるのだろう、つまらないなあ、と思ってきた。でも、俳句は嘘に徹すべし、には大賛成というか、強力な知己を得た思い。

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