ねんてんの今日の一句 バックナンバー

2010年4月10日
ぶつかって蝶の生まれる土俵かな
陶片光

 『増補・坪内稔典の俳句の授業』(黎明書房)が出た。以前に「船団」の大相撲特集に載せた座談会を「相撲と俳句は似たもの同士」と改題して収めている。この本、小・中学校の教師を対象にしているが、一般の人が読んでもおもしろいはず。
 今日の句の陶片光は小倉喜郎の四股名。彼は先の座談会のメンバーである。

2010年4月9日
桃咲くや足なげ出して針仕事
高浜虚子

 昭和21年の作。桃の花と針仕事の取り合わせが快い。その取り合わせがのどかで平穏な春の日を印象づける。
 昨日、虚子の「季題」という言葉を話題にした。虚子は岩波文庫『立子へ抄』の「季題を見出す」というエッセーで、写生の心得を説き、「実景に対しては先ず適当な季題を見出す」べきである、と述べている。つまり、詩のある語を見出すということ。対象に詩があるという判断はきわめて主観的だ。だから、虚子の写生もきわめて主観的である。

2010年4月8日
子供来て遊んで居るや花御堂
高浜虚子

 虚子編の『新歳時記』から。この本、昭和9年に初版が出たが、私の所蔵しているのは昭和13年12月発行の40版。よく売れた歳時記である。この歳時記の編集方針の1つに、「俳句の季題として詩あるものを採り、然らざるものは捨てる」がある。この考え、虚子の季題観をよく示している。虚子の「季題」とはそれ一語に詩があるものなのだ。もちろん、私などの考えとは大きく異なる。私は季題でなく季語を支持するが、季語はそれ一語に詩があるわけではない。俳句として表現されたときに詩語に転じるのだ。

2010年4月7日
七人の侍的に桜かな
本村弘一

 今日の句も先日の東京句会の作。7本の桜が7人の侍のように並んでいる。このような桜を見たいものだ。
 東京句会は銀座の地下レストランでビールやワインを飲みながら行われる。男性が多く、女性も三宅やよいをはじめとしててきぱきとした人ばかり。いかにも大人の夜の句会という素敵な雰囲気だ。また行こうと思う。

2010年4月6日
さくらさくらAB型がたりません
えなみしんさ

 今日の句も東京句会の話題作。AB型の血液の桜もある、と思わせるところがよい。
 先週の3日間、東京で過ごした。最後の日、毎日新聞の齊藤記者と墨堤を歩いた。その記事が今日の毎日新聞「読書日和」になっている。毎日新聞東京管内だけの記事である点が残念。桜の下でハンサムな若いカメラマンに写真も撮ってもらった。

2010年4月5日
春うらら話の腰を折るキリン
赤石赤人

 今日の句は先日の東京句会に出たもの。私も池田澄子も採った句だ。動物園の風景だが、話の邪魔をするキリンをそれとなく許している気配がいいではないか。
 写真は中国・蘇州の運河沿いの家。

2010年4月4日
あくびした口に花ちる日永かな
正岡子規

 昨日と同じく明治24年の子規の句。ここ数日、子規の句を取り上げているが、話題にした句は子規の俳人以前の作である。彼が本気で俳句に取り組むのは明治25年、25歳の年から。だから、今日の句にしても、後の子規が否定する頭で作った月並みである。つまり、日永でのんびりしているから思わず欠伸が出る。口を大きく開けるとそこへ桜が散り込むだろうと想像したのである。いかにもありそうな光景だが、そのいかにも、という感じがすなわち月並み。

2010年4月3日
女にも生れてみたし花菫
正岡子規

 明治24年、子規24歳の作。「女にも生れてみたし」と思ったことが私にはない。漱石の句に「菫ほどな小さき人に生れたし」(明治30年)があるが、漱石も女に生まれてみたい、と思ったのだろうか。

2010年4月2日
海棠や軒に鸚鵡の宙がへり
正岡子規

 明治23年、子規23歳の作。海棠が咲いて、そのそばの軒に鳥籠がぶら下がっている。籠の中では鸚鵡が宙返りをしている。
 この子規の句から3月下旬に行った中国・蘇州の光景を思い出した。運河に沿った家の窓などに鳥籠があった。鳥籠があちこちで目についた蘇州の町ではちょうど海棠が咲こうとしていた。

2010年4月1日
ねころんで書読む人や春の草
正岡子規

 明治18年、子規18歳の作。芝生に寝転んで本を読むこの句中の人物の姿は近代の新しい風景だろう。たとえば書生(学生)が、小説か哲学書を読んでいるのだ。
 先週、大阪歌人クラブの大会で講演をし、その後で子規をめぐるシンポを聞いた。歌人の集まりらしい生真面目なシポであったが、歌や絵が子規の生や命をとらえているという見方には強い違和感があった。むしろ、子規という個を超えたところに言葉の世界、あるいは絵の世界が広がっているだろう。つまり、作品の中では子規は消えている。今日の句の人物も子規ではなくて、子規をも含む若者だ。

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