「我にじむ」という言い方がおもしろい。確かに咳やあくびを殺すと、じゅわっと自分がにじむ感じがする。それは自分の内側が表面へにじみ出る感じ、と言ってもよい。
今日の句は『大風呂敷』(大風呂敷出版局)から引いた。作者は1967年生まれ。群馬県桐生市に住む。沢好摩らの同人誌「円錐」に拠っている。「弟よみな左向くたいやきよ」も彼の句。
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『鍵和田秞子集』(俳人協会)から引いた。この句に関わる作者の言葉も引こう。「父は昭和五十六年、私が四十九歳の時、四月二七日に死去した。古今東西の文学を愛し、雑学の大家をもって任じており、何でも答えてくれた」。ちなみに、「たかんな」は筍。こういう古語を使ったのは雑学の父への敬意からだろう。
作者は草田男に学び、「未来図」を長く主宰している。
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『村上喜代子集』(俳人協会)から。作者はこの句について、「莢豌豆は、筋を取るのが一番仕事。剥くとき、小指をちょっと曲げて、知らず知らず良妻賢母のような仕草」と書いている。知り合いのだれそれの豌豆を剥く姿を想像し、あの人は良妻賢母型だけで、さてあの人は……と私は楽しんだ。喜代子は1943年生まれ。大野林火に師事し、今は「いには」を主宰している。
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句集『紫雲英田』(角川書店)から。緑泥片岩は緑色結晶片岩。剥離性に富み、庭石によく用いる。私がこの岩の名を知ったのは和歌山城に吟行したとき。そこにこの緑色というか青い石があった。それは私の故郷(佐田岬半島)の石と同じだった。紀州青石、伊予青石とも言うらしい。
今日の句、その青石を椅子にするという。それは、私もそのようにしたい光景である。「かげろうや青い狐の尾に触れて」「春眠や空にもわれの椅子ありて」もこの人の作。
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いいな、20もお福をもらって。今日の句、句集『國原』(ふらんす堂)から引いた。作者は1938年生まれ。「朧夜の濡れた指輪が抜いてある」「菜の花をほつたらかして日の沈む」「江の電が羊羹のごと風光る」などの楽しい句が魅力的。
写真は風光る中国・蘇州。
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高田正子著『子どもの一句』(ふらんす堂)から。この本、子どもを詠んだ366句を日毎に示して観賞したもの。今日の句は4月25日の句。前日は「海棠に乙女の朝の素顔立つ」(赤尾兜子)、明日の句は「寝袋をかつぎ黄金週間へ」(滝沢伊代次)。この本、机辺において折々の子どもの情景を楽しみたい。
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昨日に続いて句集『夏帽子』から。大学生時代の作品である。作者は句集のあとがきで「本句集の刊行をもって、私は新たなスタートラインに立つ。それは、茨木和生先生とその師、右城暮石とさらにその師である松瀬青々、山口誓子の俳句観の継承に向かうものである。今後は、一弟子として師資を受け継ぐべくその会得にも励む所存である」と書く。若い人にしては古くて狭い考えではないだろうか。師資を継ぐよりも俳句そのものを継ぐ、それが文芸の世界ではないだろうか。期待しているこの人に子規の句を贈ろう。「芭蕉忌や吾に派もなく伝もなし」。
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「新樹萌ゆ経済学に未来あり」「駅を出て校門までの夏木立」「新涼や卒論テーマ少子化に」。いずれも菜穂の句集『夏帽子』(角川学芸出版)から引いた。大学生時代の作品を中心にした、句集だが、若い人の心情がストレートというか素朴に表現されている。作者は1980年生まれ。現在は同志社大学政策学部講師の若い学徒でもある。
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今日は私の誕生日である。66歳になったのだが、このところ予想していなかった日々を生きている感じ。で、この能天気な句もできた。ともあれ、風を受ける帆でありたい。
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「三味線草」の俗がよく活きた句。「妹が垣根」は和歌に出る雅な言い方。この「妹」からは平安朝の高貴な女性などを連想するが、三味線草というどこにでもある俗な草を登場させたことで、「妹」が急に親しい存在になった。
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