ねんてんの今日の一句 バックナンバー

2010年5月10日
プラタナス夜もみどりなる夏は来ぬ
石田波郷

 長谷川櫂の俳人論集『海と毒薬』(花神社)から引いた。冒頭に飯田龍太の書いた波郷像が紹介されている。角川源義を主賓にした会で、波郷に挨拶を求める声が会場からあがったとき、波郷は瞑想したままであった。会場の要求や草田男の懇願を無視したのである。この話を紹介した櫂は、「鋭い龍太の剣気をもってして初めてとらえ得た波郷の気骨」だと述べている。そうだろうか。波郷さん、気さくに立って話せばよかったのに、と私は思う。
 写真は伊丹市・柿衛文庫の柿の木。

2010年5月9日
豆ごはん母を尋ねし子のやうな
三神あすか

 豆御飯を前にすると、たとえば「母をたずねて三千里」のマルコの気分になる、というのであろう。今日は母の日、この母の日には兵庫県柏原で「田ステ女俳句ラリー」がある。1997年に始まった。その記録を見ると、私の知人も数多く参加している。「夏空をつかいきる気の燕かな」(津田このみ)、「狛犬のピンと足張る若葉風」(岡村和子)、「木の根橋木の根をなでて揚羽蝶」(小枝恵美子)、「筍の真下はきっと宇宙基地」(中島砂穂)、「塀越しに犬に吠えられ豆ご飯」(小倉喜郎)、「くるくると日傘まわして木の根橋」(田彰子)。これらはその入選句。今日はどんな句が生まれるのだろう。

2010年5月8日
湯上りや世界の夏の先走り
平賀源内

 湯上りで裸になっている。この裸の快さはこの世の夏を先取りしたようなものだ、というのであろう。前書きに「立夏」とある。昨日に続いて磯辺勝の『巨人たちの俳句』から引いた。勝は1944年生まれ、さきに『江戸俳画紀行』(中公新書)を出している。俳句雑誌「ににん」に拠る俳人でもある。
 勝は現代の俳人たちの「実生活で果たせない思いを俳句で」満たそうとするような雰囲気に批判的だ。彼は自ずと「人生の余白」としての俳句に注目するが、その姿勢に私は共感する。

2010年5月7日
行く春を若葉の底に生き残る
堺利彦

 「大逆事件の後に」と前書きがある。「生き残る」は作者の実感だが、その実感を離れても鑑賞に耐えるであろう。すなわち、現代の病人とか高齢者の気持ちとして。あるいは悩める人の感懐として。今日の句は磯辺勝の『巨人たちの俳句』(平凡社新書)から引いた。永井荷風、堺利彦、南方熊楠、物外和尚、平賀源内、二世市川団十郎を話題にしている。この人たちにとって俳句は「東洋画でいうところの余白」であり、彼らの俳句から「一見無駄に見える、余分なところ、遊びの部分の大切さというものを教えられる」と磯辺は述べている。
 今日から「産経新聞」で私の連載エッセー「モーロクのススメ」が始まる。毎週金曜日の文化欄である。

2010年5月6日
大昔よりゐる貌のなめくじり
木附川麦青

 その通りなのだが、このように言われると、改めて蛞蝓の太古を実感する。句集『馬渕川』(青嶺俳句会)から引いた。
 この句集、先日(4月29日)の新潟・雪梁舎俳句まつりで今年度の宗左近賞を得た。黒田杏子が強く推し、金子兜太も推奨してこの句集に決まった。中原道夫と私はそれぞれに別の句集を推したのだった。麦青は1936年生まれ。「他人ごとのやうに吾病む雪明り」「ふるさとの春風が吹くそこらぢゆう」「西瓜売りたうたう土に坐りけり」なども麦青の作。老いの自在が詠まれている。

2010年5月5日
木の芽あへ女たのしむこと多き
及川貞

 昨日と同じく『現代俳句の鑑賞事典』から引いた。鑑賞者は「すべて家族のためになすことは女の楽しみ」としてこの句を鑑賞している。それはちょっと古い見方ではないか。家族や夫を放り出したような気配がこの句の「木の芽あへ」にはあり、それがこの句の魅力になっていると思う。女だけの愉しみに浸っているのだ。私は即座に「百年後もういないけど木の芽和え」(児玉硝子)を連想した。

2010年5月4日
鉄線花我が転生に猫もよし
寺井谷子

 『現代俳句の鑑賞事典』(東京堂出版)から。鉄線花と猫の構図がおもしろい。漱石によく似た絵があったような気もする。それはともかく、この場合、猫は黒猫がいいだろう。私の好みではあるが。
 ところで、先の本は女性俳人たちが寄り合って作った労作である。監修は宇多喜代子と黒田杏子。昭和時代以降の159名を対象としている。鑑賞事典という名称なのでもう少し鑑賞に紙幅がさかれたらよかったのに、という気がしないでもない。1人の俳人の1句が鑑賞されているだけなので。

2010年5月3日
囀をこぼさじと抱く大樹かな
星野立子

 「やわらかな詩性が命あるものへの愛惜を詠うとき、時代や状況の変化を越えて読む者の心に響く」。これは立子の句に触れて書かれた中嶋鬼谷の言葉である。彼の評論集『乾坤有情』(深夜叢書社)から引いた。虚子と野上弥生子の関わりに言及した文章が私にはことにおもしろかった。鬼谷は俳句を自分の言葉でちゃんと考えようとしている。何よりもその姿勢に私は共感を覚えた。ちなみに、彼が4月22日生まれであることをこの本の奥付で知った。自分と同じ日の生まれであることもなぜかうれしい。
 写真は近所の柿の梢。


2010年5月2日
空に消ゆる鐸のひびきや春の塔
夏目漱石

 この明治42年の漱石の句は、亡くなった学生時代の友人、米山保三郎を追悼したもの。彼は天然居士と号した哲学者であり、『吾輩は猫である』にも登場する。東出甫国はその著『風談漱石句抄』(毎日ワンズ)でこの句を引き、「早い死を惜しむ感慨とともに、死去した五月の空に流れる鐸の音が主旋律として切々と浮かび上がってきます」と書いている。


2010年5月1日
志高くあれかし松の芯
田島和生

 『田島和生集』(俳人協会)から。松の芯を仰いでいると私も「志高くあれかし」という気分になる。俳人としては、俳句の魅力を多面的に引き出すことがわがその志。流派や師系を問わずに俳句そのものを考えたい。
 和生は1937年生まれ。「雉」を主宰している。評論集『新興俳人の群像「京大俳句」の光と影』の著者である。

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