郭公の鳴き声と胡椒の香りが調和していい感じ。気持ちのよい朝食の光景を想像する。この句、昨日の船団の会初夏の集いの句会に出た作品である。
今日の写真は初夏の集いの会場(園田学園女子大学)。
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「船団」85号の「星野早苗50句」から。早苗は1956年生まれ。句集『空のさえずる』(2000年)がある。「飛び魚は海にぶつかることも好き」「海からの体賜る八月は」「わたくしに近づきすぎる黒揚羽」「月光の猫を集めて艀まで」「ジョバンニと机の下で手をつなぐ」。これらがこの人の秀句である。
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「船団」85号が出た。特集は「興奮する俳句―橋本多佳子」である。場所、人、物、雑誌、句集から多佳子へのアプローチを試みた。読み応えのある特集になっている。
今日、明日と「船団初夏の集い」。会員限定の集いだが、井上章一のミニコンサート(ピアノ)などがある。
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この「一騎」は実際の馬というより、幻想の一騎であろう。たとえばシャガールの馬のような。初夏の闇は生物の生気に満ちている。飛んだ一騎は生気のかたまりかも。この句、句集『りらの木』(1980年)にある。
先日、この句の作者からコシアブラ、シトギを貰った。福島県の山菜である。うまかった。
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息を殺して蛇を見つめている人を想像する。青蛇(青大将か)が美しいのだ。この句、句集『紅絲』にある。
先の週末は北九州市で過ごした。同市の文学館の橋本多佳子展は、句帖や多佳子の着物など、珍しいものが多く、関西でもやってほしいと思った。火箱、あざ、中原、わたなべさんなど、船団の会員と食べた小倉の郷土料理もうまかった。イワシの糠味噌煮などである。
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22日の小倉における句会ライブに出た句。この場合の「楠」は季語「楠若葉」の略と見ればよい。ハイヒールの女性のきりっとした姿が見えて、構図がとても好ましい。小倉では小倉城にも橋本多佳子ゆかりの櫓山荘公園でも楠の大木が目についた。
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先日の22日、小倉の北九州市文学館で船団の会主催の句会ライブを行った。約60名が参加、会場は盛り上がった。掲出したのは当日の話題句。作者は最近まで京都にいて今は福岡に帰った船団の会会員。「するなよな」という口語調が「みどりの日」という最新の季語に合っている。いい句だ。
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句集『走春賦』(つばさ俳句会)から引いた。この句集、「今坂柳二スポーツ俳句全集第5巻・走春賦」が正式な名前。句集の後記に、「自然が遠退くと共に季題の中心であった農業が縮小、農事季語は和歌の歌枕同様、幻影そのものになりつつある」とある。農業にとってかわるものとしてスポーツを意識しているのだろう、柳二は。「われら水流」に快走のイメージがある。もう一句引こう。「マラソンランナー躑躅山にて歪みけり」。
写真は佐渡島の姫崎灯台旧官舎。
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句集『生国』(本阿弥書店)から。作者は1929年生まれ。「俳人も一代がいい蠅叩き」とでも和したい。
参議選が近づき、俳優やスポーツ選手などの立候補が話題になっている。その中には知っている人もいるのだが、なぜ政治家になりたいのだろう、と思う。たとえば、俳優一代の生涯の方がかっこうがいいのに。
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句集『男唄』(本阿弥書店)から。作者は1922年生まれ。俳句雑誌「川」を主宰している。
この句、現代の典型的風景と言ってよい。私たちの社会は急速に高齢化し、「長女が老女」という風景は珍しくない。その老女の長女がアイスクリームをなめている。どこかに少女の感じを残して。少し不思議な気分がその風景に漂っている。
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髪の先まで寂しい。実はこの感じ、私には分からない。私はすごい縮れ毛でそれにコンプレックスがあり、髪を避けてきた。だから、髪を通して何かを感受することがなった。
今日は午後、北九州市立文学館で「橋本多佳子のもたらしたもの」という講演をする。明日は午前中、この文学館で船団の会の主催する句会ライブ。2日間、北九州を楽しむ。
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