沼の中を覗いているみんな。沼には何かがいるのだろうか。上空は雲が切れて青空が広がっている。つかの間の梅雨晴れ間の情景だが、その情景がくっきりと俳句の言葉でとらえられている。この句、28日の多佳子吟行の収穫。作者は「夏鶯うしろの崖が大好きで」とも作った。多佳子旧居の裏庭は崖に続いていてそこの樹の中で鶯がしきりに囀っていた。
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一昨日の多佳子吟行の句。橋本多佳子旧居は近鉄あやめ池駅から蛙股池を経て15分くらい。吟行当日は今年一番の蒸し暑い日だった。それだけに池を渡る風に出会ってうれしかったのだろう。だから、「一人がいい」のだ。風の渡る時間を独占したい気分になる。こういう気分、ややぜいたくなその気分は多佳子という俳人も持っていた気がする。
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昨日の橋本多佳子旧居吟行の句。奈良市あやめ池の多佳子旧居は橋本美代子さんの心遣いで家のまわりの草が刈られ、どの部屋にも花が活けられていた。訪れた私たちをそのようなかたちで迎えてくださったのだ。ひときわ蒸していかにも梅雨という日和だったが、吟行に参加した約80名は多佳子が急に身近になった。そういううれしい1日だった。
写真は多佳子旧居の書斎の窓辺。
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句集『海彦』(1957年)から。興奮さめやらぬようすが目に浮かぶ。ただ、ここにはどのような詩があるのだろうか。「まだ手にす」の生々しさが詩なのか。
今日は船団の会主催の橋本多佳子吟行である。奈良市あやめ池の多佳子旧居などをめぐり奈良商工会議所で句会ライブを行う。橋本美代子氏(多佳子四女)とその仲間の方々も参加される。どのような多佳子デーになるか、ちょっと楽しみである。
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芝日雷(ひかみなり)は晴天で鳴って雨を伴わない雷。その雷が「わたくしたち」の感じなのだ。しかも「不時着」した私たちの。私の仲間たちも「わたくしたちという不時着」の気配が濃い。この句、アンソロジー『新撰21』(邑書林)から引いた。作者は1970年生まれ、金子兜太の「海程」を中心に活躍している。
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芝不器男俳句新人賞では選考委員の名を冠した特別賞が贈られる。今回の「坪内稔典奨励賞」は大阪府の高岸蓉子(36歳)。「泣く人がいそぎんちやくに見えてならぬ」「金魚美し糞がなかなか切れずとも」「金魚の目にうつるものみな難破船」「龍だつたことおもひだす海鼠かな」。これらの句、いそぎんちゃくや金魚が俳句的に生き生きとしている。俳句的とは、俳句という表現を通してその存在感を鮮明にしていること。魅力的な新人の登場だ。
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第3回芝不器男俳句新人賞受賞作から。「じきに死ぬくらげをどりながら上陸」「わたしが歩けば必ず歪む冬の道」「あんたの手が昆布のように昆布のように」「結局なんもでけへんかつたぽんかん抱く」「万年青青青男女の違いとは何か」「夏の終わりに終わりはないあなたが好きだ」。仮名遣いも新旧が混在しているが、今までになかった俳句的光景が出現する気配だ。
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今日の句、第3回芝不器男俳句新人賞受賞の100句の中にある。作者の名前はオナカムシと読む。これは本名らしい。大阪府に住む30歳の女性である。
20日に松山であった芝不器男俳句新人賞の公開選考はやや難航した。この受賞者には「せいぜい着飾ることだ誰も見てをらん」という無季句があり、試みは意欲的だが、一句としての完成度に難があった。だが、私はこの人の強引なまでの句作りに賭けることにした。何かが生まれる試みをしていると直感したから。
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雑誌「現代詩手帖」6月号の「ゼロ年代の俳句100選」より。高柳克弘の選だが、このアニメのような句を選んだのはさすが。
この「現代詩手帖」には岡井隆の詩「食卓が洟を嚏りながら書いた詩」が出ているがこれもおもしろい。まずとても断片的で、テーマのようなものが曖昧、あるいは拡散的である。俳句や短歌が次々に書きつがれてゆく感じと言ったらよいか。介護から帰った妻の事を話題にしたあとで、「暗澹は古代ローマ人のやうに食べて嘔くことだ」とくる。古代ローマ人はなぜ食べて吐いたのか。調べなくちゃ、という気になる。
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句集『メキシコ貝』(1965年)から。この句集は公子の第1句集である。「わからない未来へ賭けて ひらく日傘」「陸のおわりで 海へ尾を向け 魚乾く」「ヒーローになれぬ脚組み 風の青年」「マンボウ棲む沖見え 少年に暗い畳」「シャツ白く帰省の青年 鱶かわく村へ」「今年の若葉です 戦没学生像 照って」。これらの句は私の俳句のひとつの原点であろう。
写真は雨中の関門海峡の船。
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