
| ねんてんの今日の一句 バックナンバー |
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2010年7月20日
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鈴木六林男 |
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亡くなった俳人は急速に遠くなる。この六林男について語られることもあまりなくなった気がする。だが、彼はこの1句を残しただけでも戦後という時代を代表する俳人であった。私は彼の定本句集の刊行などにかかわったが、晩年はやや疎遠になった。戦争を生き生きと語る六林男は戦争が好きだったのではないか、という私の発言が彼の機嫌を損ねたのではなかったか。でも、やはり彼が戦争の好きな戦争の時代の俳人だったと思う。今日の句は句集『谷間の旗』(昭和30年)。 |
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2010年7月19日
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藏前幸子 |
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俳句と俳文集『さっちゃん』(沖積舎)から。影が蛇を踏むという発想がおもしろい。しかもその影は「ひまじんのわたしの影」。「わたし」は自分の影をコントロールしているのだろうなあ。コントロール出来るのが暇人の所以なのかも。 先日14日、この『さっちゃん』の出版記念会が宝塚であった。塩見恵介などの肝いりであったが、会の途中で何篇かの俳文が朗読された。俳文の朗読という新しい趣向がおもしろかった。ちなみに次号「船団」でも俳文を特集する。 写真は北海道おびひろ動物園のカバ。 |
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2010年7月18日
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水上博子 |
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文化住宅と呼ばれたアパートが急速に姿を消している。若い日の私たちはたいていの人が2間と台所、風呂、トイレ付きの文化住宅に住んだ。私の新婚時代も文化住宅であった。その共同住宅の端に鉢植えの茄子が育っているのだろう。その場所が端であるところに文化住宅の時代のつつましさがある。 今日の句、出版を準備中の句集『ひとつ先まで』(ふらんす堂)から引いた。船団の会会員の博子は少し古風な作風だが、その端正さにとても共感している。 |
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2010年7月17日
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浦川聡子 |
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フランスの水と梅雨の月の取り合わせが新鮮。少し赤い梅雨の月にフランス的気配が漂う感じ。つまり、フランスの月のように見えるのだ。もちろん、フランスの水はエヴィアンとかいう飲料水であろう。この句、句集『水の宅急便』(2002年)から引いた。題名になった句は「銀河濃し水の宅急便届く」である。作者は1958年生まれ。私の『正岡子規の〈楽しむ力〉』を出してくれた編集者でもある。 |
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2010年7月16日
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矢島渚男 |
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「沖は沖ばかり」がよい。そういえば私の育った佐田岬半島の村も、家の庭先は「沖ばかりで」であった。庭には父の丹精のグラジオラスが咲いた。今日の句、句集『延年』(2002年)にある。「蝉に穴人間に穴たのしかり」もこの句集にある私の愛唱句。 |
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2010年7月15日
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阿波野青畝 |
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先日の青畝を読む会で話題になった句。睡蓮が倒れるとはどういうことかが話題になったのである。鯉か亀がぶつかったのではないか、という意見があった。はたしてどうなのだろうか。イの音が響き、「ゐたる」「たふる」には対句的なニュアンスもあり、この句は音が楽しい。もしかしたら、睡蓮を見ているうちに茫洋とした気分になって、その意識の揺らぎが「睡蓮たふる」か。これは深読みに過ぎるだろうか。 |
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2010年7月14日
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阿波野青畝 |
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先日の日曜日は青畝を読む会。今回は比叡山で。まずはガーデンミュージアムを訪ねて印象派の画家の世界に浸った。モネでなじみの睡蓮がきれいだった。それからホテル(ロテル・ド・比叡)で勉強会。句集『春の鳶』の戦後の句を輪読した。せっかくだからその夜は一泊。数人でふらんす料理とワインを楽しんだ。深い霧の夜だった。 今日の句は句集『紅葉の賀』にある。「せずして」「しつづけて」の音の響きに軽い詩がある。 |
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2010年7月13日
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塚本邦雄 |
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第2句集『燦爛』(1985年)から。爛熟というものを濃厚にイメージ化した感じ。この句集には「原爆忌あまつさへ豚かがやきて」もあり、原爆忌と豚の取り合わせに俳句的発想を感じる。つまり原爆忌という公的、歴史的なものに対して俗な豚を配する発想がそれ。この歌人の俳句との関わりが深くなっているのだろう。 7月31日に伊丹市で俳句と短歌の交響第2弾「短歌も俳句も」という行事がある。佐佐木幸綱と宇多喜代子の対談の後で句会・歌会も。「e船団」お知らせ欄を参照してほしい。 |
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2010年7月12日
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塚本邦雄 |
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時鳥と迷宮の扉の取り合わせはつき過ぎだろう。なにしろ時鳥は昔からあの世の鳥と見なされてきたのだから。この句、邦雄の最初の句集『断絃のための七〇句』(1793年)にある。「薔薇の芽のあやふく父となりにけり」「父となる夜やさかのぼる春の潮」などはイメージの鮮明な句だが、正直に言ってさほど面白くはない。邦雄的発想や語彙が目立つが、俳句的魅力には乏しい。とまれ、前衛歌人・邦雄の俳句とのかかわりはこのようなレベルから始まった。 写真は杉田久女が「谺して山ほととぎすほしいまま」の句材を得た英彦山参道。 |
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2010年7月11日
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塚本邦雄 |
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昨日に続いて「甘露」から引いた。「八尾市瓜割三丁目」の恋って、どんな恋なのだろう。だれか、そこへデートしませんか。「夏や恋」には夏よ来い、が掛けてあるだろうが、ともあれ、瓜割という奇妙な地名が恋と取り合わせられたのは巧みな俳句的発想である。確か八尾には浅吉親分がいたなあ。 |