俳句 e船団 今週のねんてん バックナンバー

ねんてんの今日の一句 バックナンバー

2010年7月31日
大夕立ミニスカートにハイヒール
鈴木淑子

 いいな、こういう夕立。ミニスカートとハイヒールを大粒の雨が叩いているのだ。つまり、画面には下半身だけがある。激しい夕立の中に。
 作者は1980年生まれ。西村和子らの俳句雑誌「知音」に拠る。掲出の句に並んでいるのは、「蝉の木の今日も朝から絶好調」「靴下を履いてるやうに日焼けして」というような作。これでは実はどうしょうもないが、掲出句は名詞を並べただけの効果によって、そのどうしょうもない次元を一挙に超えた。

2010年7月30日
おもむろに足の先まで昼寝覚
鷹羽狩行

 ゆっくりと覚めてゆく。足の先が覚めて、それでおもむろに昼寝が終了だ。若い人だとこのようにゆっくりと昼寝覚を味わうことはないだろう。この句、いかにも80歳の狩行の作だと思う。昨日に続いて句集『十六夜』から引いたが、次もこの句集にある作。やはり老境を詠んでいる。「花茣蓙に眠りて釈迦の国へ飛ぶ」。狩行は華麗な老境を目指すらしいが、華麗さにモーロクが加わると面白いだろうなあ、と私は狩行を見ている。
 明日は伊丹市で第2回「短歌と俳句の交響」がある。佐佐木幸綱と宇多喜代子の対談が今回の目玉だ。当日参加も可能である。詳細は「e船団」お知らせ欄で確認を。

2010年7月29日
夏掛の雲をかけたるごときかな
鷹羽狩行

 涼しそうな夏掛が感じられる。寝るとき、暑さに手こずって夏掛をかけるどころか、裸をむきだしにして寝がちな行儀の悪い私にはややうらやましい。著者の第16句集『十六夜』(角川学芸出版)から引いたが、この句の後に「山荘の畳や素足こそよけれ」もある。
 狩行は1930年生まれ。当年80歳、すなわち傘寿ということになる。句集のあとがきには加齢を華麗と置き換え、「いよいよ自己完成の道への歩み続けたい」とある。

2010年7月28日
せみのからせなかのチャックあいている
近藤雄介(5歳)

 『増補 坪内稔典の俳句の授業』(黎明書房)から。この本、子どもといっしょに作る俳句を話題にしたものだが、戦後の俳人たちを論じた「現代俳句の世界」、私の俳句観を述べた「俳句の魅力」などの章もあり、俳句を楽しんでいただける一冊になっている。夏休みの読書にどうぞ。

2010年7月27日
携へ来し酢に青蓼よ岩魚刺す
水落露石

 「岩魚刺す」は岩魚を串に刺して焼くことだろう。その岩魚を持参した蓼酢で食べようという句。谷川の岸の悦楽の一刻である。この句、『蛙鼓』(南方社、1000円)から引いた。この句集は露石の句稿手控えともいうべきものだが、私たち(中原幸子や水上博子など)が翻刻した。

2010年7月26日
稲妻や更けてぞ語る蚊帳の中
水落露石

 大阪俳句史研究会編の『露石句集』(ふらんす堂)から。蚊帳のあった時代の夜更けのひとこま。もし蚊帳の中にいるのが夫婦だとしたら、夫婦の情が細やかになるだろうし、親子だとしたら親子の絆が深まるかも。蚊帳に守られて不安な心が寄り添っているのだ。
 『露石句集』をあるカルチャー教室で読んでいる。明治の人々の風流が分かって楽しい。なお、この句集から後の句を集めた『蛙鼓』(南方社)もある。
 写真はガーデンミュージアム比叡の立ち葵。

2010年7月25日
夕暮は鮎の腹見る川瀬かな
上島鬼貫

 岩波文庫『鬼貫句選・独ごと』から。この本、長年にわたって鬼貫を研究してきた復本一郎の労作である。掲出の句は伊丹から猪名川を渡って桜塚(豊中)の知人を訪ねた折のもの。つまり、今の伊丹空港の西を流れる猪名川の夏の風景である。
 実は私たちも今、『鬼貫百句』の刊行を目前にしている。也雲軒の元塾生による百句の鑑賞である。秋に柿衞文庫では鬼貫展を企画しているが、それに合わせて出したいと思っている。

2010年7月24日
夏帽子ひとつ先まで乗ってみる
水上博子

 近く出る句集『ひとつ先まで』(ふらんす堂)から。この気分、いいなあ。用事はないけどひとつ先まで乗ってみるというのはとても贅沢だ。
 7月20日に第13回桑原武夫学芸賞の受賞式とパーティーがあった。賞を主催する出版社のパーティーであり、私の関係者の出席人数は限られていた。それで船団の会の関係者は編集の進んでいる私のコレクション解説者(塩見恵介など6名)と紫野句会の火箱さんに限って出てもらった。あとは大学院で教えた若い人たち。私は賞になれないので緊張していたが、皆さん、楽しそうにしてくださった。船団の会から花束をもらった。

2010年7月23日
もの燃やしもの失せにけり雲の峰
飯島ユキ

 今年の梅雨明けは長野県松本市で迎えた。去る18日、飯島ユキさんの主宰する羅の会10周年の行事があったが、その日がちょうど梅雨明けで、ホテルの窓に光る北アルプス連峰の上にからりと夏空が広がっていた。
 羅の会の行事は松本市美術館での俳句展がメイン。写真と俳句数句を組み合わせた展示であったが、俳句を見せる(読んでもらう)工夫として面白いコラボであった。

2010年7月22日
愛されずして沖遠く泳ぐなり
藤田湘子

 昭和30年刊の句集『途上』にあり、湘子の代表作である。意味性が強いが、それは湘子が生きた戦後俳句の特色だった。戦後の俳人たちは自分の思いをかなり直接的に表現しようとした。
 湘子の生前、私は俳人論を彼の主宰する「鷹」に連載させてもらった。波郷論などを書いたが、それが私の格好の評論の勉強になった。そういうことに私はまだ報いていない。できれば、湘子を含む戦後の俳人論を書いてみたい。

2010年7月21日
血を喀いて眼玉の乾く油照
石原八束

 昨日の鈴木六林男の眼玉の句に並ぶのがこれ。いわば眼玉の句の双璧だ。とても暗いが、肺結核が死病であった時代の命のかたちがこの乾く眼玉ではないだろうか。
 八束もまた、その死後に語られることが少なくなった。だが、三好達治や飯田蛇笏の研究は今なお価値を失っていない。「くらがりに歳月を負ふ冬帽子」も彼の残した秀句である。

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