俳句 e船団 今週のねんてん バックナンバー

ねんてんの今日の一句 バックナンバー

2010年8月10日
ヘナヘナのポコポコとなる大夕焼け
くぼ えみ

 句集『猫じゃらし』(創風社出版)から。夏の大きな夕焼けを詠んでいるのだが、「ヘナヘナのポコポコとなる」のは夕焼けであると同時に自分。夕焼けの下で精魂尽き果てたという感じになっているのだが、そういう状態っていいなあ。大好きな人といっしょにヘナヘナのポコポコに私もなりたい。
 足立巻一の「やちまた」を読んでいる。国語学者・本居春庭を描いた評伝だが、30代のころ、1度だけ著者に会ったことがある。以来、この人の着実な仕事ぶりにひそかにあこがれてきた。

2010年8月9日
あしたさくつぼみかぞえるあさがおの
西田 翔

 作者は小学校1年生。2年前から京都新聞で週1回「ねんてん先生の575」という欄を担当している。小学生の投句にコメントしたり、言葉について考えたりするのだが、今日の句の作者はその欄の常連である。
 実は今日の午後1時30分から京都新聞社のホールで「夏休み親子俳句教室」を開く。俳句を通して言葉の楽しさを感じて欲しい。これがねんてん先生の意図である。
 写真は客を待つカフェ(根津美術館)。

2010年8月8日
母は誰かの養女たれかは夏の星
友岡子郷

 角川学芸出版の「俳句」8月号から。母が夏の星の養女になっている、という発想はややオトメチックな感じがするが、その乙女ぶり(過激さ)がよい。
 「俳句」は「一字で変わる名句と駄句の境界線」を特集しているが、こういう記事は俳句を上達させない。俳句的な臭さ(浅知恵)を万延させるだけである。
 今日は船団の会の会務委員会。俳句に関しては過激になろう、なぜなら一番好きなことをしているのだから、というのが目下の私の姿勢。今日も過激に意見が言えるとよいのだが。

2010年8月7日
誰にともなく呟いて雲の秋
黛 執

 文學の森の「俳句界」8月号から。今日は立秋であるが、「雲の秋」という季語は呟くだけで涼しい気になる。
 「俳句界」は「海外詠と季語」を特集しているが、他に「小野蕪子と俳句弾圧事件」「波郷・龍太・楸邨 人気の秘密」「佐高信の甘口でコンニチハ!」など盛り沢山。「俳壇夫婦対談」「俳画入門」なんていうのもある。俳句の100円ショップという感じの編集ぶりだ。

2010年8月6日
唐辛子その尖曲がることも意地
松本 旭

 本阿弥書店の「俳壇」8月号から。作者は1918年生まれの俳文学者。村上鬼城の研究で知られるが、俳誌「橘」を主宰する俳人でもある。「玉虫の全身青くなるまで飛ぶ」はこの人の代表作だろう。
 この雑誌、「師系をたどる」を特集しているが、俳人の師系好きはつまらない。「芭蕉忌や芭蕉に媚びる人いやし」「芭蕉忌や吾に派もなく伝もなし」の子規の潔さが好ましい。

2010年8月5日
イチローオウマツイキヨハラ油蝉
くぼえみ

 「オウ」は叫びというか感嘆詞のようなもの。油蝉の夏はイチローや松井、清原などの夏でもあるという句だろう。意味はあまりなく、声に出してリズムを楽しみたい句だ。
 この句、出たばかりの句集『猫じゃらし』(創風社出版)にある。著者は1947年生まれ。90年からの句作だが、このところ意欲的である。「欧州派アメリカ派いや水茄子派」も私の愛唱するえみの作。

2010年8月4日
生きるなり草薙ぎ走る山楝蛇
金子兜太

 『語る―俳句短歌』(藤原書店)を金子兜太からもらった。この本、兜太と佐佐木幸綱の対談集である。俳句と短歌という日本語の詩の魅力(底力)が縦横に語られていて面白い。ところどころで、コーディネーターの黒田杏子がリードして人生論に及ぶが、そこはあまり面白くない。ついでに不満も言っておこう。兜太は注目の俳人として市堀玉宗を挙げているが、人柄の良さと俳句の良さは別のはず。「忘れずに思ひ出せずにあたたかし」「生きてゆく涙鹹きも花のころ」。これらは玉宗の句だが、こういう句はつまらない。勝手な人生論でしかなく、575の言葉の魅力がない。ちなみに、この本には兜太、幸綱の百句、百首があり、掲出の句はその中の一つ。イの音が響いて野性的文体の魅力を発揮している。

2010年8月3日
髪切ってバッグの中の缶ビール
八木早苗

 先日31日の「短歌も俳句も」は盛会だった。佐佐木幸綱、宇多喜代子の対談は、互いの作歌、作句の内幕を明かすなど、興味深い内容だった。後の歌会・句会もこのようなかたちの会はおそらく本邦初ではないだろうか。去年はやや手間取ったが、今年は順調に進行した。ちなみに、佐佐木・宇多対談は「船団」に掲載する。この短歌と俳句の交響と銘打った行事は来年も行う予定である。掲出の句は当日の話題作の一つ。

2010年8月2日
指吸うをやんはり抱き上げて夏
安達しげを

 赤ん坊を抱きあげるのか、恋人か。作者は1911年(明治44)の生まれ。間もなく百歳になるが、私たちの仲間では彼が一番の長老である。それで先日、「船団」掲載用のインタビュ−を行った。聞き手は小枝恵美子、塩見恵介、陽山道子。私は写真係であった。場所は大阪住吉神社前の廣田家。ここは水落露石などがよく句会をした場所である。しげをはビールを飲みながら明晰に語った。あらゆる事を前向きにとらえる姿勢が印象的であった。
 写真は廣田家のしげを。

2010年8月1日
魚箱に帆立詰めしが講師料
安部元気

 こんな講師料はいいなあ。帆立貝は北海道、東北の貝だから、この句の場所は当然ながら東日本。ちなみに、作者は青森県南津軽郡に住んでいる。句集『一座』(社団法人日本伝統俳句協会)から引いた。
 1943年生まれの作者には何回か会ったことがあるが、辻桃子の「童子」を拠点にして俳句三昧の日々らしい。句集のあとがきには、豪勢な俳句漬けの日々、とある。だが、知っているひとだけにその多くの作品には不満。「蟻走るつひに何かを得しごとく」「遺言を聞くやそれぞれ円座して」「宝石をつかみそこねし夜店かな」。こういう作が句集に並ぶが、安部さん、これじゃあまりに平凡、陳腐だよ。

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