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2018年10月16日

井戸掘りのツアーへ一人野分晴れ

山本純子

 井戸掘りツアーというのが実際にあるらしい。台風一過のすごく明るい朝などにはそんなツアーに参加したい気になる。この句、「船団」116号にある。
 純子さんの新詩集『きつねうどんをたべるとき』(ふらんす堂)が出た。次は「朝」という詩の冒頭だ。「朝/電車に乗り合わせた人に/実は/と言ってみたくなる」。分かるなあ、この気分。私も吊り革にぶらさがっている隣りの人に「実は」と言いたくなる朝がある。(坪内稔典)


2018年10月15日

小鳥来る嬉しきときは口尖る

室展子

 「嬉しきときは口尖る」がいいなあ。この句、「船団」116号に出ている。
 俵万智さんからもらった『牧水の恋』(文藝春秋)を一気に読んだ。次は万智さんが引いている牧水の手紙の一節。「塩尻を立つて以来、私の心をすつかり占領してゐるのはあなたです。こちらに帰つてから一層ひどい。」こんな手紙をもらったら、「惚れてまうやろ!」と万智さん。(坪内稔典)


2018年10月14日

誘われて台風圏の雨粒に

三宅やよい

 「台風圏の雨粒」がいいなあ。こういうことって時にある。「雨粒」にいろんな含意がありそう。この句、「船団」116号に出ている。
 高橋順子さんにもらった『星のなまえ』(白水社)は星に関わる文学的エッセー集。かつて野尻抱影の星のエッセーに親しんだことを思い出しながらページを繰っている。「空は真昼なのに ああ 星が出ている」という一節のある丸山薫の詩が紹介されているが、この詩句からは「爛々と昼の星見え菌生え」(虚子)を連想した。(坪内稔典)


2018年10月13日

おーい夜長極悪非道の夢見せよ

水木ユヤ

 いいなあ、この呼びかけ!「船団」116号から。
 鷲田清一さんにもらった『大正=歴史の踊り場とは何か』(講談社選書メチエ)に、「民衆と詩―文語詩から口語詩への移行」という章がある。それを見てふと思ったのだが、俳句はその出現そのものが口語的であった。口語(俗語)の詩として俳句は始まった。約500年前の俳句のその出現は日本語の歴史の踊り場だった?(坪内稔典)


2018年10月12日

剥きながら食べる梨です我が家です

星河ひかる

 「剥きながら食べる」はたしかに「我が家」の風景だろう。それは一種のつまみ食いかもしれない。実は、私はつまみ食いが大好き。孫たちが家にきていっしょに食事をするときなど、一番小さい孫がジージのつまみ食い見張り係になった。ひかるさんの句、「船団」116号から。
 読もうとして積んでいる本に三浦雅士さんの『孤独の発明 または言語の政治学』(講談社)がある。冒頭近くに「人は孤独によって結合する」という一行がある。この本、著者にもらった。(坪内稔典)


2018年10月11日

重量挙げ見ながら腰に貼るシップ

青砥和子

 「スポーツ川柳」から。この本は田口麦彦さん、木本朱夏さんなどが選んだスポーツに関わる句を集めている。今日の句、とてもよく分かる。重量挙げというスポーツはいつ見ても腰が痛くなる気がする。やりたくないスポーツの筆頭である。それにしても、テレビの前でシップを貼っている人の気持ち、分かるなあ。(坪内稔典)


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