2018年9月 1日〜10日
2018年8月 1日〜10日 11日〜20日 21日〜31日
2018年7月 1日〜10日 11日〜20日 21日〜31日
2018年6月 1日〜10日 11日〜20日 21日〜30日
2018年5月 1日〜10日 11日〜20日 21日〜31日
2018年4月 1日〜10日 11日〜20日 21日〜30日
2018年3月 1日〜10日 11日〜20日 21日〜31日
2018年2月 1日〜10日 11日〜20日 21日〜28日
2018年1月 1日〜10日 11日〜20日 21日〜31日
2017年2016年2015年2014年2013年2012年2011年2010年2009年5/18から

日刊:この一句 バックナンバー
2009年2008年2007年2006年2005年2004年2003年2002年2001年

2018年9月18日

連合いを穴場と思う秋の夜

林せり

 この発想、いいなあ。句中の人物が男だと、「穴場」がやや妖しくなるが。「船団」116号から。(坪内稔典)


2018年9月17日

割り切って生きて九月のガリガリ君

長谷川博

 ガリガリ君は氷菓のこと、そしてだれか痩せた人のこと。ガリガリ君的存在がおかしいなあ。ちょっぴり哀しくもある。「船団」116号から引いた。(坪内稔典)


2018年9月16日

性交のあとかもしれぬ桔梗かな

津田このみ

 句集『木星酒場』から。この作者には身体派と呼んでよい一面がある。身体の反応がその句に目立つ。その極まりのような作がこの句。桔梗が身体をあらわにした感じだ。もう一句、挙げよう。「野分あと思いもよらぬ声の出て」。(坪内稔典)


2018年9月15日

秋の空私も猫もとても暇

津田このみ

 猫が暇なのかどうか、本当は分からない気がする。「私」に付き合ってくれているのかも。句集『木星酒場』(邑書林)にある句だが、句集のすぐそばに「月の村猫に歩幅を合わせたる」がある。こっちは人が猫に合わせている。
 このみさんの句集出版を祝って私の本『ヒマ道楽』(岩波書店)を贈ることにした。今日のこのみさんの句と、私の短歌「雲の寄る窓辺があってたまにだがそっと来ているキース・ジャレット」を揮毫して。(坪内稔典)


2018年9月14日

長き夜の父はテレビに返事して

津田このみ

 昨日に続いて句集『木星酒場』から引いた。やや年を取った父がこの句の人物だろう。テレビに話しかけたり、テレビに返事する人はかなりいそう。というか、それは自然な現象だという気がする。テレビそのものが視聴者の反応を求めているのだから。反応が表に出る方が、人間の行為として自然なのだ、と主張したい。(坪内稔典)


2018年9月13日

秋果とは膝を抱えて食べるもの

津田このみ

 日本国語大辞典を見ると、秋果の出典に12世紀ごろの『本朝無題詩』や19世紀の『江戸繁昌記』が挙がっている。つまり、この語は和製らしい。栗、柿などを指したのか。今日の句、『木星酒場』(邑書林)から引いた。この句のそばに「天の川立膝似合う姉貴かな」がある。(坪内稔典)


2018年9月12日

秋が来たカバ日和な日バスにのる

藪ノ内君代

 『船団の俳句』(本阿弥書店)から。バスがカバみたいに見える句。作者に問いたい。カバとバスは血縁家系でいえばどのくらいの関係?
 来たる9月16日(日)は今年度の法隆寺子規忌である。いっしょに斑鳩を歩きませんか。詳細はこのe船団のお知らせ欄でどうぞ。(坪内稔典)


2018年9月11日

ふたりゐる白さるすべりさるすべり

堀込学

 俳句同人誌「鬣」68号から。二人と白サルスベリの取り合わせだが、サルスベリの反復がいろんな読みを誘いそう。
 「鬣」のこの号には林桂さんが文学館展示会時評で柿衛文庫を取り上げてくれている。また、書評では『船団の俳句』を話題にしてくれている。私としてはとてもありがたい1冊だ。(坪内稔典)


戻る今週のねんてんバックナンバー 2009年5/17まで  2008年後半