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2018年7月18日

胡瓜食む水の他人となりながら

摂津幸彦

 昨日に続いて『姉にアネモネ』から。水の他人となる、という言い方がおかしい。胡瓜は水分に富んで新鮮なのだろう。モロキュウで一杯、という風景を想像してもよい。
 日時計俳句叢書をうたったこの句集、実はA4の厚手の紙6枚からなる。一枚に11句、合計50句を印刷したもので、最後の1枚は解説と奥付け。摂津の句集の解説は大本義幸が書いている。(坪内稔典)


2018年7月17日

千年やそよぐ美貌の夏帽子

摂津幸彦

 こんな感じの夏帽子が欲しい。網野善彦の『職人歌合』によると、帽子をかぶることがこの世のスタイルとして普通であったらしい。帽子をかぶらない近代人は、歴史的に珍しいのかも。今日の句は句集『姉にアネモネ』(青銅社)から。100部限定、500円。A4版、函入りだ。1972年7月に出た日時計俳句叢書第4集である。(坪内稔典)


2018年7月16日

日銀をでてくる鞄蝉時雨

中林明美

 昨日の「山の神の耳の病か蝉の声」(貞徳)の現代版ともいうべき句であろう。鞄には札束がぎっしり?『船団の俳句』から引いたが、この本で甲斐いちびんはこの句を評し、鞄という語が季語「蝉時雨」とぶつかり、「軽い諧謔が生まれている」と述べている。賛成だ。(坪内稔典)


2018年7月15日

山の神の耳の病か蝉の声

松永貞徳

 うるさいばかりの蝉の声を、山の神の耳が悪くなっているので、それで蝉たちが大声を出している、と滑稽化した。たとえば季語「蝉しぐれ」は蝉の声を風流、優雅にとらえているが、そのようなとらえ方を、現実的見方によって貞徳は転倒したのだ。
 去る12日、第2回目の貞徳の会が妙満寺であった。40数名が参加、今後の活動などを皆で話し合った。「貞徳百句」(仮称)の出版、貞徳忌句会などを軸に貞徳の見直しを進めてゆく。次の3回目の貞徳の会は9月、興味のある方は事務局へどうぞ。090−6734−6309(小枝恵美子)。(坪内稔典)


2018年7月14日

汝が胸の谷間の汗や巴里祭

楠本憲吉

 『角川俳句大歳時記・夏』を見ると、季語「巴里祭」はルネ・クレール監督の映画の邦訳題名に由来する、とある。そして、「新しい洒落た季語として定着している」と書かれているが、この歳時記が出たのは2006年、それから10年余りがたった今、この季語はほぼ死語になっているのではないか。時の早い流れが季語を過酷に飲みこんだ感じ。(坪内稔典)


2018年7月13日

対酌といふも久々新生姜

西村和子

 『俳句日記2017 自由切符」(ふらんす堂)から引いた。「雨の夜ふけの地下の居酒屋。(略)店を出たら雨は小降りになっていた。梅雨はまだ明ける気配もない。」とある。
 昨日は西村さんの夏大根の句を引いたが、今日の新生姜の句もうまそう。青紫蘇、セロリ、茗荷なども今の時期のわが好物である。(坪内稔典)


2018年7月12日

鬼おろし乾く間もなし夏大根

西村和子

 「蒸し暑くて食欲もない。そんな日は、冷凍しておいた豚しゃぶ用の薄切りを五、六片湯に放ち、氷水で冷やす。青い平鉢に載せその上に紫大根を鬼おろしでガリガリおろし、青じそを刻み、すり胡麻と散らす。胡麻油少々と、だし醤油をふりかけると、色も鮮やかで食欲が湧く。」 以上、西村和子の『俳句日記2017 自由切符」(ふらんす堂)から。(坪内稔典)


2018年7月11日

僧跳んであらはになりし梅雨穴

柿本多映

 『ザ・俳句十万人歳時記・夏』を見ていたら「梅雨穴(つゆあな)」という」季語が出ていた。「梅雨時に長雨のために湿った土地がえぐれて水の溜まった場所を言う。時には地下から水が湧き出していることもある」がその解説。掲出したのは例句だ。「梅雨入穴(ついりあな)」「梅雨の井」とも言うそうな。(坪内稔典)


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