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2017年6月28日

嫌いなもの三つ挙げると一つ蛇

平川陽三

 ヘビ、イモムシ、そして大きなミミズかな、夏の嫌いなものは。陽三さんの句、「船団」111号に出ている。
 どこかの島へ行きたいなあ、と思っている。数日、何もしないでぶらぶらと暮らしたい。時折、海辺を歩いたりして。


2017年6月27日

ごきぶりに子が生まれるぞこんな夜は

ふけとしこ

 どんな夜なのだろう、それは。ポーの「アッシャー家の崩壊」を電子書籍で再読した。アッシャー家には巨大なゴキブリがいたかもしれない。今日の句、「船団」111号にある。


2017年6月26日

むかし見し泉のやうな手紙書く

藤井なお子

 「船団」111号から。作者はこの号に泉を詠んだ7句を発表している。「あはあはと泉の端をワンピース」「てのひらに汲みて明るくなる泉」など。掲出の句は「泉のやうな手紙」という比喩が意表を突いて新鮮だ。


2017年6月25日

中食を提げてアガパンサスの前

藤田俊

 わが家の一帯でもアガパンサスが咲いている。昼食でなく、仏語の中食を使っているのは、句の主人公が僧侶だからだろうか。麻の衣の僧がアガパンサスの前で弁当を食べているのはなんとなくすてきな雰囲気だ。俊さんのこの句は「船団」111号に出ている。
 冷ややっこ、摺り生姜に青紫蘇、胡瓜もみ、茄子の新漬け。これは小説『夜明け前』に出ている半蔵と寿平次の夏の夕の酒の肴。半蔵は馬籠の、寿平次は妻籠の本陣の若い主である。


2017年6月24日

白壁に四角窓あり青田風

舩井春奈

 気持ちのよい風景だ。春奈さんは今、故郷の徳島県鳴門市に戻っている。県内の図書館などで句会のイベントを開くなど、地元に密着した活動をしているようでうれしい。
 この夏に読もうと思って『河合雅雄著作集』を机辺に積んでいる。前にも一度紹介した気がするが、ウサギの研究をした著者は、「私はできるだけウサギであろうと努めた」という。対象に溶け込むことの必要を言っているのだが、私もカバや子規になりたい。


2017年6月23日

捩り花ぱかっとひらく空の青

松本秀一

 捩花の高さから空を見上げているのだろう。ほとんど地上すれすれの低い視線だ。
 そういえば、版画家でもある秀一さんのアトリエを訪ねた数年前、ついでに芝不器男記念館を訪ねて句会をした。その記念館の庭に捩花がいくつも咲いていた。


2017年6月22日

世田谷のマダムコマダム夏帽子

三池しみず

 「船団」111号の作品。作者は同時発表の7句のすべてに東京の地名を入れている。「水中花蛍光ピンク六本木」というように。この作り方をさらに展開して地名入りの句集、たとえば『東京』を作って欲しい。
 上・下巻からなる『加藤秀俊社会学選集』(人文書院)を読んだ。学問を論じたエッセーで、「ヒマというのはそれじたい完結した行為なのである」と書かれていて共感した。要するに目的などは要らない。ヒマそのものがすべて。


2017年6月21日

ブラジャーをはずして食べるすいかだろ

みさきたまゑ

 ブラジャーを外せ、と言っているのだろう。賛成だ。今週は「船団」111号の作品を引くが、たまゑさんは愛知県岡崎市の人、現代詩の作者でもある。
 俳句雑誌「ウェップ」最新号(98号)が「散文的な俳句について」という特集をしている。私は「一行の力」を寄せたが、切れとか切れ字で俳句的表現の特色を考える傾向から脱却したい。


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