俳句 e船団 今週のねんてん バックナンバー

今週のねんてん バックナンバー
2008年12月28日号

日は西にポインセチアは一列に

米田千佐子

 神戸のNHK文化センターで「坪内稔典のシリーズ『俳句塾』」があった。私にとっては今年最後の講座である。今日の句はその講座で作られた句。作者は大阪大学1年生。船団の会のもっとも若い会員である。上句と下句が対句的だが、微妙にずれており、それがおもしろい。一列のポインセチアがこの世に残った夕日のようだ。
日立市・かみね動物園のカバ
 今週は今年最後の週。どこかの温泉に行って、ひとときの閑を楽しみたい気分だが、さて、どうなるか。写真は日立市かみね動物園のカバ。このカバ舎の右手は太平洋である。

2008年12月21日号

ばあちゃんがいなくてひろびろと寒い

ゆにえす

 「ひろびろと寒い」にリアリティがある。ばあちゃんは死んだのか、介護ホームへ移って行ったのか。この句、ゆにえすの句集『この地球(ほし)はわたしのもの』(同学社)にある。「人間のマークはトイレ去年今年」「町内の総会があります虚子忌」「福は内鬼は外ぼくどっちやろ?」「おちんちん茹でて酢味噌でほたるいか」。句集にはこのような句が並ぶ。俳句ってこんなに面白いのだ、と私は再認した。著者は、「この本の俳句を作ったのは、ムカシのヒトじゃなく、二〇〇八年現在四十六歳の、子供じみてかわいげのある、のんきなオバチャン『ゆにえす』です」と自己紹介をしている。すてきな俳句オバチャンの登場だ。写真は先日、琵琶湖湖岸の湖北町で見たコハクチョウ。
琵琶湖岸・湖北町のコハクチョウ

2008年12月14日号

北風やあをぞらながら暮れはてて

芝不器男
琵琶湖西岸の山中の村里・朽木で。安曇川の河原にそよぐ枯れすすき。
 暮れても残る冬空の青を詠んでいる。この句を鑑賞した堀内統義は、「北風の強い日にこんな句を思いおこせば、きっと心が晴れるに違いない。青空というものがア・プリオリな生の肯定に通い合うからだろうか。」と述べる。この堀内の言葉、松山の創風社出版から出た『芝不器男』にあるが、この本は〈養蚕の家〉に生まれた不器男の評伝と著者の愛唱句百句の鑑賞からなっている。不器男の生地を養蚕という近代的産業の現場としてとらえ、その近代的な場で育つ不器男を生き生きと描く。
 今週の写真は琵琶湖西岸の山中の村里、朽木の風景。安曇川の河原にそよぐ枯れすすきだ。

2008年12月7日号

ぶつかって離れて河馬の十二月

 私の新著『カバに会う』(岩波書店)が発売になった。日本全国のカバに会った記録、というか、各地のカバの前で1時間を過ごした思いを書いた。ところが、この本、書店の動物とか理工関係のコーナーにある。先日、京都駅南のアヴァンティブックセンターで探したが見つからない。店員に聞いたら、動物書のコーナーから採ってきた。ここだけでなく大阪のジュンク堂という大きな書店でも動物コーナーにあるとか。これって、いいことなのだろうか。今週の句は私の作。写真はわが家の紅葉。この木はヤマボウシである。
坪内家の紅葉したヤマボウシ

2008年11月30日号

木枯し一号盗人ほいほい飛んでゆく

朝倉晴美

 「e船団」11月21日の「この一句」に反論したい。ふけとしこは藤田亜未の句集を取り上げ、現代仮名遣いと歴史的仮名遣いの句が同頁に並んでいることは「どうなのだろう?」と言っている。また、文語あり、口語あり、字足らずありが気になるとも。「ケチをつけようというのではない」とふけは言うが、批判であることは確か。だが、若い人の一種なんでもありはエネルギーとして認めたい。ふけと同じような意見が中谷仁美、朝倉晴美などの句集に対しても出ているが、すっきりと一つのかたちにまとまるよりも、混濁し混乱し拡散し、ある種滅茶苦茶である方が期待できる。歴史的に言えば、俳句そのものが破格の滅茶苦茶をエネルギーとしている。今日の句は句集『宇宙の旅』(創風社出版)にあり、マンガ的な愉快な句。写真は先日の神戸港風景。
ある日の神戸港風景

2008年11月23日号

つれだって歩くのが好き柿の空

藪ノ内君代
富有の二代目の原木
 柿日和が続いている。先日、岐阜県の瑞穂市居倉というところへ富有柿の原木を見に行った。富有柿は元は居倉御所という名であったが、同地の福島才治という人が「富有」と名付けて品評会に出し、この名前が広まった。「富有」は「礼記」の一節「富有四海」によるが、この柿が公表されたのは1902年(明治35)だという。日本の近代は富国を目指したが、その目標に沿うかたちで柿の「富有」も存在した。今なお、一番人気の柿は富有である。写真は富有の二代目の原木。君代の俳句は句集『風のなぎさ』(創風社出版)にある。

2008年11月16日号

 時代がどんなに異常で高熱、もしくは狂熱になっても、諭吉は平熱を保ちつづけようとした。それは決して容易なことではない。絶えず、暗殺の恐怖がつきまとったことだけでも、その困難さはわかるだろう。
佐高 信
次郎柿という古い甘柿
 佐高信の『福沢諭吉伝説』(角川学芸出版)を読んだ。身近な人に暗殺されそうになる諭吉。官が排除しようとする北里柴三郎を支える諭吉…。過激を切り捨てない平熱の思想家・諭吉がさまざまなエピソードを通して鮮明になる。この本に刺激されて、私は急遽、『福沢諭吉選集』14冊を購入、目下、読み耽っている。
 今年の初夏のころ、大分県中津の諭吉旧居を訪ねたが、柿の木が何本かあって若葉が茂っていた。写真は次郎柿。1844年に静岡県森町で見つかった古い甘柿。

2008年11月9日号

昭和63年の暑い八月、プール帰りの若い
食卓の上に乗ったのは、「僕たち」の父と母
とのそれまでの、「楽しかったこと」「悲しか
ったこと」を差し引いて作った「たらこスパ
ゲティ」だった。          中尾太一
坪内さんちの居間にころがる冬瓜
 神戸であった「現代詩セミナー in 神戸」という催しに出た。「現代詩の現在を語ろう、読もう、聞こう」というテーマだったが、さまざまな詩人のやや饒舌な語りの場で、断片のような言葉に時々刺された。中尾太一の言葉は彼の詩「聖エルモのながく、あかるい遺言」の一節。いや、一節というより、私が強引にとり出した彼の言葉の断片。この「たらこスパゲッティ」、わが家の居間にころがる冬瓜(写真)と響き合う気がするのだが、さて。

2008年11月2日号

木のそばに市をたてたる熟柿かな

意敬

 柿は俳諧によって秋の代表的風物になった。食べ物という俗なものであった柿は、和歌、連歌ではとりあげられず、俗を積極的に詠む俳諧において、柿は詩歌の言葉になった。掲出の句は貞門時代の句。柿という字を遊んでいる。
伊丹市・柿衞文庫の台柿
 写真は伊丹市柿衞文庫の台柿。この柿、蔕の近くに大きなくびれがあり、そのために実が台に載っているように見える。大ぶりの渋柿だ。11月3日にはこの台柿を話題の中心にした「山陽の柿・子規の柿」という講演会が柿衞文庫であり、私も参加する。

2008年10月26日号

かきくけこくはではいかでたちつてと

松永貞徳

 今日の句、『崑山集』に次のような前書き付きで出ている。「姥柳長生亭にて座をたゝんとせしに、見事なる木練(こねり)を出して『これに発句せずば帰さじ』と各々申しければ」。50音を使った貞徳の機智が見事だ。
京都・岩倉の妙満寺から望む比叡山上空の月
 先日、京都・岩倉の妙満寺で「月の会」があった。貞徳はこの寺で本邦初の俳諧の会を開いた。つまり、連歌から俳諧をはっきりと独立させた。そういう意味では俳諧(後に俳句となる)は妙満寺から始まったのだ。というわけで、貞徳をしのんで折からの月を楽しんだのが「妙満寺月の会」。写真は貞徳作という庭を前にした光景。比叡山の上空にくっきりと丸い月がのぼり、参加者はいっせいに感嘆した。

2008年10月19日号

柿を見て柿の話を父と祖父

塩見恵介

京都府宇治田原の柿、鶴の子
 いよいよ柿の季節になった。今週の柿の写真は京都府宇治田原の柿、鶴の子。この柿、小さな渋柿だが、茶畑の縁などに植えられている。11月下旬になると、皮をむいた実を柿屋(かきや)に干し、「古老柿(ころがき)」という名の干し柿にする。この干し柿はお茶屋さんがお遣い物にするらしい。つまり、宇治茶と一体のものとして鶴の子は栽培されてきたのである。
 恵介の句は句集『泉こぽ』(2007年)にあり、継承すべきもののシンボルとして柿が意識されている。  

2008年10月12日号

後の月どの靴先も濡れている

中島砂穂

 秋色濃厚、という感じになってきた。そういえば週末の11日は後の月(十三夜)である。
 掲出した句は出たばかりの句集『熱気球』(ふらんす堂)にある。著者の砂穂は1947年京都府生まれ。「青玄」で活躍し、今は私たちの「船団」の会員である。私は句集の帯に「この数年、この人は私の屈強のライバルである」と書いた。朝日カルチャーなどで句座を共にしているが、時折、この人の斬新な句にドキリとする。
 写真は奈良市元興寺の大甍。瓦は古代のものらしい。
東雲神社・雨上がりの伊予の青石

2008年10月5日号

ひよいと四国へ晴れきつてゐる

種田山頭火

 山頭火が四国へ旅立ったのは1939年9月末。四国を遍路して10月に松山に至り、やがて一草庵に落ち着く。その一草庵で、翌年10月、いわゆる〈ころり往生〉を遂げる。
 先日、「子規新報」の句会ライブと『山頭火百句』の出版記念会のために松山へ渡った。飛行機なので、まさに「ひよいと」渡った。山頭火のころは飛行機も橋もなかったから四国へ渡るのは船。だから今週の句の「ひょいと」は山頭火の気分だ。この句、彼の気軽さを端的に示している。ちなみに、写真は雨上がりの伊予の青石。場所は城山の麓の東雲神社。
東雲神社・雨上がりの伊予の青石

2008年9月28日号

茄子焼いて冷やしてたましいの話

池田澄子

 池田澄子のエッセー集『あさがや草紙』(角川学芸出版)が出た。俳句甲子園に審査員として参加した澄子は、生き生きとしている高校生に共感しながら、「座は必要だけれど、賑わいに酔っていることでの充実感は虚しい」と書く(「あ〜あ 暑いのは苦手です」)。この俳人の特色である〈端的な冷静さ〉がこういうところによく出ている。いろんなものを冷やすこと、茄子でも友情でも歳月でも、ともかく冷やしたい。冷やしてから眺めたり触ったりしたい。
 写真は近江八幡市の水郷風景。この夏の締め括りというか、今年の夏を冷やす気分で、つい先日、水郷めぐりをした。
近江八幡市・水郷風景

2008年9月21日号

美醜賢愚は俗論に任す

中島敦

  名作「山月記」の中島敦にカバを詠んだ漢詩がある。
   悠々として独り住む別乾坤
   美醜賢愚は俗論に任す
   河馬の檻中 春自ずから在り
   団々たり屎糞(しふん)二三痕
福岡市動物園のタロー
 悠々として独りで別世界に住んでいるカバ。きれいだとかブス、賢いとか馬鹿だとかは俗世界の論理、勝手に言いたてればいい。カバの檻の中は春の日がほっこり。糞の丸い跡が壁に二三ある。だいたい、以上のような意味。 今日の写真は福岡市動物園のタロー。先日、会いに行ったら敦の詩の風情のままに泳いでいた。

2008年9月14日号

秋思かな少年サンデーあけたまま

わたなべじゅんこ

 奈良市にでかけて初秋の奈良町界隈をぶらぶらした。車のなかった時代の路が残っており、今では観光スポットとしてかなり整理されているのだが、その一角にあったのが写真の家。
奈良町界隈の名残り
 ちなみに、その日、萩が咲き始めた元興寺、東大寺の戒壇院がとても気にいった。戒壇院の庭には大きなセンダンの木があった。
 今日の句は出たばかりの句集『seventh_heaven@』(創風社出版)から引いた。写真の路地のどこかにこの句の少年がひそんでいるかも。わたなべじゅんこは1966年生まれ。俳人にして俳句史研究家。佛教大学文学部で日本文学を講じている。

2008年9月7日号

新涼に僕もあの子も澄んでいる

朝倉晴美

 空や水の澄む季節になった。夕焼けは夏の季語だが、新涼の侯の秋の夕焼けもなかなかよい。写真は小豆島から見た夕焼けである。
   今週の俳句は句集『宇宙の旅』(創風社出版)から採った。この句集、いわゆる俳句らしさを退けた軽快な文体が快い。「誰よりもぼくを呼んでるいわし雲」もこの句集にある。晴美は1969年生まれだが、最近の若い女性はわざと「僕」という自称を使う。一種の変身願望だろうか。
小豆島からみた夕焼け

2008年8月31日号

晩夏光ナイフとなりて家を出づ

角川春樹

 春樹のこの句を愛唱している。晩夏の光の中をナイフになって家を出るというイメージには繊細さと鋭さがきらりとしている。最近の春樹は「魂の一行詩」を主張しているが、どうも言動が大きすぎる。つまり、自己を押し出して、自己の権威を認めさせようとする姿勢が目立つ。それは俳句的な発想になじまない。むしろ、自己の権威などを限りなく無化するのが俳句的発想であろう。
 8月も末になった。晩夏のこの時節、なぜか海に行きたくなる。海辺育ちのせいだろうか。写真は小豆島の港。
小豆島の港

2008年8月24日号

夏の日の文鎮となり象眠る

中谷仁美
晩夏の教室
 5人の孫と小豆島へ行った。孫たちの両親も同行したのでちょっとした団体旅行になった。小学生の臨海学校のようなものだ。「二十四の瞳」のモデルになった島の分校に寄ったが、意外にもそこの教室の足踏みオルガンに孫たちは興味を示した。写真は晩夏の教室とその外まわり。
「二十四の瞳」のモデルになった島の分校
今日の句は出たばかりの句集『どすこい』(創風社出版)にある。作者は20代の小学校教師。

2008年8月17日号

満月の出入り口かも河馬の口

中島砂穂
京都市動物園・カバの継美さん
 先日、京都市動物園のカバの前で新聞の取材を受けた。全国のカバに会ったことを記事にしてくれるという(京都新聞)。今、その動物園にいるのはメスのツグミ(継美)。副園長の秋久さんによると、この動物園のカバには美顔の伝統があるらしい。その美を継ぐという意味で継美と名付けられたという。言われてみると、この写真のツグミ、なかなかの美顔だ。砂穂の句は近刊の句集『熱気球』(ふらんす堂)にある。

2008年8月10日号

ひめむかしよもぎの向う水流れ

永方裕子

ヒメムカシヨモギ
 少年時代、村にカンチャンという男の子がいた、上半身はいつも裸で、炎天の白い道を一人でふらふらと歩いていた。手にした草をふりながら。草はヒメムカシヨモギだった。鉄道草、明治草ともいい、北アメリカ原産の帰化植物だ。鉄道の普及につれて日本中に広がったという。写真は近所のヒメムカシヨモギ。このところ、道端の草むらに秋の気配が忍び寄っている。

2008年8月3日号

万年のかたまりが浮く夏の河馬

坪内稔典
おびひろ動物園のダイ
 先週の半ば、北海道のおびひろ動物園で39歳のダイに会った。ダイは三角のピンクの性器を露出していた。河馬のそれを見たのは初めてだった。もっとも、ダイはそれをすぐにひっこめ、横になってだらしなく寝てしまった。口からよだれを垂れ流して。ともあれ、ダイに会って、私は「日本中の河馬に会った男」になった。
おびひろ動物園のカバ舎ダイは私のその男ぶりを性器をもって讃えてくれたのか(この言い方、自賛が過ぎる?)。写真はダイとダイの家。ストーブの煙突が珍しい。

2008年7月27日号

片陰を踏み踏みここは閻魔堂

坪内稔典

 先週の土曜日、第2回京都探訪会があった。これは「船団」の紫野句会が中心になって、京都の各所を探訪しようというもの。 春は千本閻魔堂であった。今回は東山の珍皇寺界隈。この寺、いわゆる六道の辻にあり、小野篁が冥界に通ったという井戸がある。閻魔堂もある。今日の句はその探訪会の句会に出した。写真はわが家の前の通りの午前の片陰。三角は屋根の影だ。
坪内家の前の午前の片陰

2008年7月20日号

睡蓮へちょっと寄りましょキスしましょ

坪内稔典
 7月の土曜、日曜には家の近くの万博記念公園で早朝観蓮会がある。蓮の長い茎を通して日本酒を飲む象鼻杯が人気だが、それは列を作って待たねばならない。それで例年パス。  万博公園の赤い蓮 万博公園の白蓮 それよりも、蓮や睡蓮を気ままに眺めるのが好き。今週の句は句集『ぽぽのあたり』にある。
万博公園の睡蓮

2008年7月13日号

あるけばかつこういそげばかつこう

種田山頭火
 『山頭火百句』

 東英幸と編集した『山頭火百句』が出た。創風社出版の文庫版百句シリーズの1冊だが、今回は新機軸を出した。50人の執筆者が自分にとっての山頭火を「私と山頭火」と題して書いたのだ。つまり50のミニ山頭火論が集まったのである。ちなみに、掲出の句を「リフレインに気持の張りが表れている」と鑑賞したのは杉山久子。彼女は「私と山頭火」では酒がらみの話題によくなる山頭火について語っている。山頭火の其中庵があった小郡の隣町に彼女は住んでいる。


2008年7月6日号

うつとりとカバが草食む夜なれば動物園に眠りにゆかむ

中津昌子


 今週は大阪・天王寺動物園の宮下園長とカバをめぐる対談をする。
 「毎日新聞」の[異色 交談放談]というシリーズのひとつ。岩波書店の「図書」7月号には「バシャンとチャポン」を書いた。宮城県日立市のかみね動物園へカバを訪ねた話である。今日の写真はわが家最大のカバ。皮革造形作家、河野甲の作だ。掲出した歌は歌集『夏は終わつた』(青幻舎発売)にある。



2008年6月29日号

やまももや人麻呂が来て虫麻呂も

坪内稔典


 青畝を読む会の例会で奈良県葛城市へ行った。一言神社から九品寺に至る葛城古道を歩いたのだが、写真はその途中の風景。中景のこんもりした3つの山は左から耳成山、畝傍山、香具山のいわゆる大和三山。これから数年かけてこの写真のあたりを逍遥したいと思っている。一緒に歩く人、この指とまれ!


2008年6月22日号

白ワイン開けて始まる緑の夜

津田このみ
 満開のコナシ
 

 カラマツの新緑を見るために乗鞍高原へ行った。カラマツは予想どおりにきれいだったが、ちょうどコナシの花が咲いていて、その素朴な白い花が印象的だった。このみの句は林間のプチホテルで楽しんだ私たちの一夜を伝える。「ぶなゆれて青空ゆれて瀧しぶき」(中村あいこ)、「落葉松の緑に逢うてまっさらに」(陽山道子)、「ついて来てみれば小梨の花盛り」(火箱游歩)。
新緑のカラマツ


2008年6月15日号

ジューンドロップきっとなにかの勘違い

朝日泥湖


 果樹はなり過ぎた実を自ら落とす。その自らの調整をジューンドロップという。この現象、柿にことに顕著。私の近所ではちょうど今、小さな実をたくさん落としている。梅雨明けの頃にまた落とす。泥湖の句、落ちた柿の実を何かの勘違いのように思ったのだろうか。この句、彼の句集『いけず』(2007年)にある。

柿の木・・・ジューンドロップ中
ジューンドロップ


2008年6月8日号

カバの耳くるくる動き若葉風

近藤千雅

坪内研究室の河馬たち

 このところ、平日の午後は佛教大学の研究室にいる。本とパソコンのあるだけの研究室だが、窓近くに楓の木があって今はその若葉がきれい。写真はこの研究室にいるカバたちとわが机上。カバは学生や時おりの訪問者からのプレゼントである。

坪内教授の机上


2008年6月1日号

風音を過客と聴けり山法師

鈴木鷹夫

 「五月の朝の新緑と薫風は私の生活を貴族にする」。
 これは詩人の萩原朔太郎の言葉。バイカウツギ 周囲が新緑の今の時期、私にもいくらか朔太郎の気分がわかる。
ヤマボウシ
 今週の写真はわが家のヤマボウシとバイカウツギ。新緑の中で咲くこれらの清潔な白が好きだ。


2008年5月25日号

青丹波首長竜がいたらしい

中林明美

 このところ、母の日の行事が決まっている。兵庫県丹波市柏原の田ステ女俳句ラリーへの参加だ。 貞閑尼像 12回目になる今回はひどく寒い日であったが、西楽寺の本堂で貞閑像を拝した。捨女は剃髪して尼になるがその尼の名が貞閑。柏原の名物の大欅は、数年前から樹木医の治療をうけていたが、すっかり元気になったようで、大きな梢を空に伸ばしていた。掲出した句は今年度の捨女賞作品。
柏原の大欅
先年、恐竜の骨が見つかり、丹波市は恐竜の町としても有名になった。写真は貞閑像と大欅。


2008年5月18日号

手のひらの榎の実濃みどり筑後川

中原幸子

 連休の報告をする。東北サファリのカバは泥の中で寝ていた。河馬のキミドリ
私が柵に近づくと、立ち上がったキミドリが近づいてきた。富士サファリのカバはしだれ桜の下にいた。カバに会って数日後に九州へ。筑後川の堤防を歩き、英彦山に登った。英彦山は雨だった。その緑の雨の中で高らかにホトトギスが鳴いた。谺して山ほととぎすほしいまゝ(久女)
「ホトトギス鳴けば久女が霧の中」(陽山道子)、「英彦山の精霊たちと緑雨かな」(火箱游歩)、「筑後川黙って流れる初夏の朝」(田中和美)。写真はキミドリと英彦山の久女の句碑。


2008年5月11日号

谺して山ほととぎすほしいまゝ

杉田久女

 連休の後半は北九州へ。久女の愛した英彦(ひこ)山に登り、福沢諭吉の生まれた中津の街を歩く。この旅は「船団」編集部の中原幸子、火箱游歩、陽山道子などと。私の短歌の仲間も一緒だ。久女は福岡と大分の県境にある修験道の山、英彦山に何度か登り、「英彦山そのものゝ山の精の声」であるホトトギスを聞いた(「日本新名勝俳句入選句」)。その声を聞きたいのだが、はたして鳴いているかどうか。
 というわけで、連休明けの来週はカバとホトトギスの旅を写真を添えて紹介する予定。では、皆さん。すてきな連休を!


2008年5月4日号

藤の昼雫抱くごと目覚めたる

鳥居真里子

 連休がうれしい。というのも、全国のカバを訪ねる旅が終盤にさしかかっており、この連休には東北と富士の二つのサファリパークを訪ねる。福島県二本松市の東北サファリには「みどり」と「きみどり」というカバがいる。この名前、いいではないか。
 今週の句は作者の第2句集『月の茗荷』(角川書店)にある。さまざまな試みをしていて難解度の高い句集だが、「雫抱くごと目覚める」という鮮やかなイメージはいかにもこの人らしくシャープ。しかもこのイメージは女性性とでもいうべき優艶さを深々と抱え込んでいる。


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