週刊:今週の季語 バックナンバー 2005年1〜3月
2005年3月27日

沈丁花

 最近、自転車にばかり乗っている。前は歩いて行っていた所でも、スーイッと行けてしまうから。だけど、ぽかぽか陽気のこの季節は別で、ゆっくり歩いて行こうかなっという気分になる。で、歩いてゆくと、あっと思う。この香り、沈丁花だなと思う。思ったあたりを見回すと、少し後方にこの花がある。大体いつも二三歩過ぎた所で香るところが、なんとも憎いなぁと思う。
先日、京都の花灯路へ行ってきた。八坂さんを抜けて、ねねの道を通って、清水さんへ向かう二年坂の脇に、この花を見つけた。
 少し過ぎてから香りを楽しもうとスーッと息を吸い込むと…。花の香りではなく甘〜いにおいが…。見ると右には「八ツ橋シュークリーム」左は「みたらし団子」続いて「きんつば」。沈丁花の香りはどこへやら。
京都の風情を楽しもうと思いつつも、おだんごをほおばりながら坂道を上りました。

(黒田さつき (船団の会 編集部))


2005年3月20日

黄水仙

 萩焼の抹茶茶碗を使いこなす内に茶碗の底が何とも得がたい色に染まった。そのことを「萩の七化け」といっていると聞く。そこで、使用するにつれてさまざまに変化する不思議さを持つ萩焼の窯元を突然訪ねることにした。
 友人の案内で、地図を頼りにゆくと萩市の山側に窯元はあった。しかし登り窯の煙突が高く聳えているだけで静まり返っている。広い敷地内に小屋が並んでいた。小屋の中は赤松の割り木が碁盤縞のようにびっしり積んである。いつの日かこの赤松は炎となる窯炊きの風景を思った。別の小屋は雑木があり釉薬の灰になると友人の説明だった。工房を一巡りしただけだったが得るものはあった。
 友人は言った。この頃は松の木の代わりに家屋を解体した材木を使う。それでは土と炎へのこだわりが見えないと。工房の周りは 黄水仙の盛りだった。

(藏前幸子(船団の会 編集部))


2005年3月13日

土筆

 『広辞苑』で土筆を調べると、異称として「つくしんぼ。筆の花。古称、つくづくし」と書いてある。土に刺した(生えた?)筆というイメージは誰にも思い浮かぶ。でも、最初にこの字を当ててみた人はさぞ得意だったろう。日常で筆を使うことのめっきり減った現代でもこの表記は変わらず使われている。そうして僕のように愉快に感じている者もいる。
 思いもかけないところ、たとえばいつも昼ごはんを食べに行っている食堂の近くに、土筆が生えてくれるのはうれしい。ちなみに土筆の花言葉は「驚き」。土筆に花言葉があったとは、驚きだ。

(笠 学(船団の会 編集部))


2005年3月6日

豌豆の花

 日本の春は太平洋からやってくる。今年、私の春はベランダからやってきた。  昨年の11月上旬に生まれて初めて作物の種をまいた。豌豆の種5粒。そんじょそこらにある種ではない。ルーツはツタンカーメン王凌の副葬品だったという代物。俳人ふけとしこさんからの賜り物だ。その花が2月の中旬から咲き出した。「美」はまさにこの色(ワインレッド)にあり、この形(蝶形)にある。葉に覆われていた蕾がゆっくり展開していく様を日々飽かず見つめている。そして今日、最初に咲いた花が枯れ、緑色の莢が出てきた。縁は紫色だ。紫の莢がツタンカーメンのエンドウの特徴なので、いずれ全部紫色になるのだろう。実を収穫したら……正真正銘の初物でお赤飯だ。豌豆の花が春を連れてきた。

(岡村和子(船団の会 編集部))


2005年2月27日

春の土

 約25キロの「春の土」をビニール袋から取り出し、ピアノ線で7キロくらいを切り取った。残りはまたビニール袋に戻して、丁寧に空気を抜き、口をゴムバンドで止め元の場所に戻した。切り取った約7キロの「春の土」をテーブルに置いてしばらく眺めた。ちょっと赤みを帯びた土で、荒めの珪砂を含んでいる。今度はそれを練るのだ。始めは冷たかったけれど、もう「春の土」なのだから体温を奪うほどの冷たさではない。左手で土を押さえ、それを中心に右手で外側から回すように、反時計回りに回しながら練ってゆく。練った形が菊の花に似ているから菊練と呼ばれている。程よく練れたら弾丸の形に整えて終了。
 久しぶりに陶芸の土に触れた。私にとっての「春の土」だった。

(小倉喜郎 (船団の会 編集部))


2005年2月20日

入学試験

 受験シーズンまっただ中である。模擬試験の結果が返ってくる度に、一喜一憂する な、自業自得だ、と叱咤してきた我が家の受験生も、先日挑んだ。発表までの3日 間、吐きそうだとのたまっていたが結果は○。ほっ。しかし本命の試験日は来月であ る。その日、母は別の高校で試験監督をして採点もする。複雑な心境だ。本人が一番 大変なのは承知しているが、家族も結構しんどい。田舎の祖父母がお守りを送ってく る。洗濯物を干しているベランダ越しにお隣の奥さんが、ねぎらってくれる。ゴミを 出しに行くとお向かいの奥さんが案じてくれる。みんながエールを送ってくれる。息 子よ頑張れ!

(尾上有紀子(船団の会 編集部))


2005年2月13日

堅雪(かたゆき)

 春めいてくると日中の気温が上がって積もった雪が融けかかり、夜にうんと冷え込むと表面が堅くなって凍りつく。
 小学生のころ、この堅雪の朝を楽しみにしていた。小学校まで2キロの狭い山道を下って登校していたが、この朝は辺り一面が足跡も付くことなく歩き回ることができ、棚田の雪景色すべてが通学路であり、大自然のすべり台となる。
 私たちは、日ごろ行くことができない所まで足をのばし、お尻で滑ったり探検して小学校へと向かった。遠くまで行き過ぎ、遊び過ぎて遅刻することもあった。小学校に着いてストーブを囲むみんなのズボンのお尻は磨り減って穴があいていた。

(岡 清秀 (船団の会 編集部))


2005年2月6日

山笑う

 春にはいろんなことを思い出します。大学に落ちたこと、教師になれたこと。可愛がってくれた、恩師と夫の父が急逝したのも春でした。
 そんな春に、毎年読み返す詩があります。
 「どうしたの? 山/うす緑のようふくが ふるふる ゆれてるよ/おおい山よ! なに ふるふるしてるの?
 だってね くっくっく/雪どけみずが ちょろちょろしてさ/りすは もこもこするしさ/かえるは ごそごそ のねずみ かさこそ/みんな めがさめて あちこち うろちょろ/くっくっくっ くすぐったくてなあ/ひゃ もうたまらん!/あ――っはっはっはっは/山がわらって 春がきた」
 工藤直子さんの「めがさめた」(『くどうなおこ詩集○』)という作品です。中学生に初めて授業した詩もこれでした。
 どんな年のどんな春でも、この詩を読むと、なんだかいいことありそうな気がしてきます。そして、この山のようにいつも笑っていたいと思うのです。
 今住んでいる大阪の街では、あまり山は見えないけれど、山の神さまにいつも感謝して過ごしたいです。

(朝倉晴美 (船団の会 編集部))


2005年1月30日

煮凝り

 2月4日が立春。先日、春告げ魚の呼び名で親しまれているメバルを釣りに行った。淡路島辺りに船をだしたが、身に覚えのないほどの貧果だった。何とか四、五匹持ち帰り、煮付けにした。ほこほこと旨かったので大ぶりのメバルの身をほぐし、煮凝りにした。まだまだ、春は遠いけれど、花菜漬けを添え、やわらかに酒を楽しんだ。
 話は変わるが、金曜日の夕方6時30分から「新全国居酒屋紀行」と言う番組がある。神戸がキー局のサンテレビジョン。出演は、大田和彦。この人の生業は知らないが、あちこちの居酒屋を訪ね、つまり飲み歩き、この地の酒は端整だとか、肴は醤油が濃いだとかを一人で喋る。画面は薄暗く、とても地味。でも人物に味があり、ついつい相槌を打ってしまう。俳句を作ることもあるらしいので、まんざら他人でもないしネ。某日の番組ではゲストとサメ(たぶん)の煮凝りをつつき居酒屋論議をしていた。エイの煮凝りはすでに経験したが、サメはまだだ。凄いんだろうな。

(南村健治 (船団の会 編集部))


2005年1月23日

牡蠣(かき)

 僕の冬の好物といえば、なんといっても牡蠣だ。あのミルキーでジューシーな味わいと、独特の食感。今、思い出しても涎が出てきそうなほど好きである。
 特に牡蠣フライには目がなく、一人で10個も20個も食べてしまう。他にも天麩羅、鍋、牡蠣飯、酢牡蠣なんて食べ方もある。父は、「牡蠣は生牡蠣をレモン汁で食べるのが一番うまい」というが、でも、牡蠣フライに醤油とマヨネーズの特製たれをつけて食べる方が僕はうまいと思っている。
 欧米ではRのつかない月に牡蠣を禁食するとどっかの本に書いていた。また、日本では夏場の産卵期の牡蠣は、中毒をおこしやすいといわれるのであまり食べないが、産卵期と中毒は関係がないらしい。どっちにしろ僕は毎日でも牡蠣が食したい(それができると季語の意味がなくなりそうであるが)。
 僕は祈る。「今日の晩御飯が牡蠣フライでありますように・・・」。

(徳本和俊 (船団の会編集部))


2005年1月16日

風邪

 犬と猫を一匹ずつ飼っている。犬の名前はモモ、猫はシロで、どちらも雌である。二匹とも、とても寒がりでモモは昼間、外にいるのだが風が強くて寒い日は玄関の中に入れてほしいと泣き叫ぶ。もちろん夜は家の中で眠るのだ。シロは冬の間、居間のホットカーペットの上で、ごろごろと過ごすのが日課である。私は今、風邪気味で咳が出て、ぐずぐずとした日々を過ごしている。なかなか治らない原因のひとつは、夜中にシロが寝室に入ってくるのだが、上手に障子を開けても閉めないからである。何回か注意したが聞いてくれない。閉め方を教えても、どうも覚える気がないらしい。何かいい対策を考えたい。

(小枝恵美子「船団の会」編集部)


2005年1月9日

 朝、雪の音で目覚める、・・・・といって、どんな音かおわかりだろうか。雪は積もってしまうと全ての反響を飲み込んでしまう。だから、雪の朝はとても静かなのだ。靴音も人の声も、くぐもった白い壁に吸い込まれて消えてしまう。
 やがて、いつもより子供たちのはしゃいだ声がし始める。学校へ向かう、その道中が楽しくて楽しくて仕方がない。足を滑らせてあげる悲鳴。それをみんなで笑う明るい声。
 アーケードのない町の商店街。店々が、自分の店先と隣の店先をつなぐようにして雪かきを始める。スコップががりがりとアスファルトを削る音。時々、勢いあまってかーん、と看板にぶつかる高い音。 そして、そんなひとびとの営みのド真ん中をしゃんしゃんと規則正しく音を刻む自動車のチェーン。一層重そうに雪を踏み鳴らしていく太い音は路線バスのチェーンの音だ。
 すっかり閉ざされるわけでもない但馬の雪の風景は明るくて楽しくて、暖かい。

(わたなべじゅんこ (船団の会編集部))


2005年1月2日

初日の出

 数年前、生駒山の山頂で初日の出を迎えようと思い立った。朝5時ごろ家を出て近鉄生駒駅からケーブルカーに乗り込み山頂へ。山頂は遊園地(現在は冬季休園)になっており、いろいろと遊戯施設がある。日の出までの時間、寒さをこらえるべく体操したり歩き回ったりしているうちに予定の時刻がきた。ところが、東方の矢田丘陵の上に雲がかかってなかなか太陽が顔を出さない。もう出ているはずなのにと、やきもきしながら待つうちに、ついに出た。ぴかりと一閃、あとはぐんぐん光量が増し、お日様登場。あの瞬間はやっぱり感激の一言である。寒さでつらかった思いも吹き飛んで、幸せいっぱいの気分だった。
 昨年は本当に大変な一年だった。今年はともかくも平和な年であるよう、初日の出に祈りたい。

(水上博子 (船団の会 編集部))