週刊:今週の季語 バックナンバー 2006年7〜9月
2006年9月24日

鰯雲(いわしぐも)

 鰯雲。この雲を仰ぎ見ていると遠い昔を思い出すような、遥か未来へ連れて行かれるような不思議な気持ちになる。「鰯雲記憶は母にはじまれり」(伊藤通明)。記憶を辿れば、その記憶が自身を地平のかなたへと運んで行く。過去にしても、未来にしても。
 さて、テレビのリモコンを握りながらクーラーのスィッチをいれようとする。電話の子機をとり、そこで行動が止まり、誰に電話をかけるんだったかと空白が生まれる。風呂に入り、頭を洗い、体を洗い、うんっ、頭は洗ったかなと思い悩む。先日は、昼食にうどんを食べながら、テレビに向かってフウフウと息をかけ、うどんを冷まそうとした。さすがにこのときは我に返った。
 いったい、何物が自分をそうさせるのだろう。ボクを何処へ連れて行こうというのか。

(南村健治(船団の会 会務委員))


2006年9月17日

秋彼岸(あきひがん)

 料理が上手で人の世話をするのが好きな1人暮らしの小母さんがいた。ご飯を食べさせてもらったり、泊らせてももらった。同級生の母親なのだが、厚かましくも彼のいない間をすっかり独占していた。私は結婚をして土地を離れ、小母さんも息子のいる東京へ引っ越した。無沙汰をしている間に、訃報を聞いた。お墓は田舎にあるという。はっきりとした場所を聞かないまま、見当をつけて墓参りを済ませた。
 そして先年、43年ぶりに彼に会った。いっしょに墓参りをした。明るい港町の急斜面にあるたくさんの墓のなかで、かつて私がお参りした墓を通り越し、天辺近くまで登った場所にあった。山の上から見る海は、あの頃と同じ碧くキラキラと光っていた。

(陽山道子 (船団の会 会務委員))


2006年9月10日

コスモス

 クリーニング屋の粗品にもらったコスモスの種を、ベランダのプランターに蒔いておいた。時々水やりを忘れたり、エアコンの室外機の熱にさらされながら、それでも花が咲いた。マンション七階の青い空に、コスモスが揺れる。
 明日から、上空の夏と秋の空気が入れかわると、天気予報のお兄さんが言っていた。
 コスモスの語源は、ギリシャ語で「秩序」「美しい」という意味だそうだ。そういえば宇宙のこともコスモスという。夜空に星々が美しく、悠久の秩序としてまばたく。
 そうだ、この種が採れたら、密かにそこらじゅう蒔いてやろう。根づくものは根づき、 思わぬところで可憐な花を咲かせるだろう。その姿に似ず、コスモスは意外に強靭な花なのだ。
 この思いつき、何かわくわくと愉しくなってきた。

(火箱游歩 (船団の会 会務委員))


2006年9月3日

虫(むし)

 まだ昼間は真夏だが、夕方になるといつの間にか虫の音がきこえるようになった。日本人と西洋人では、虫の音の聞こえ方が違う、というのをどこかで読んだ。つまり、日本人は左脳でキャッチするので言葉のように聞こえるのに対し、西洋人は右脳でキャッチするので純粋に音として聞こえる、というのだ。なるほど、我々は虫の音を「ちんちろりん」とか、「がちゃがちゃ」「すいっちょん」などと言葉のように表現するが、西洋人は、機械音、雑音のように聞くのだろう。これは、日本人は漢字など表意文字に親しむのに対し、西洋人はもっぱら表音文字のみであるためだろうか。
 など、理屈はこれくらいにして、冷やした吟醸で虫の音を楽しむことにしよう。

(早瀬淳一 (船団の会 会務委員))


2006年8月27日

稲光(いなびかり)

 日本にはじめて電灯がともったのは明治11年だったとか。私の祖父はそのころに紀州の山村で生れた。ようやく村に電線が届いたころ、友人と語らって電灯の普及に駆けまわった。
 「そら、電気灯は便利で、イトエはん。晩になったら勝手に灯って、朝になったら勝手に消(け)えて・・・」と祖父。だが、イトエさんは、「おとろしよお、そんなもん」、「知らん人に毎晩うちに来ていただくのものし」などとぐずる。苦労したそうだ。太字は紀州ことばです、念のため。
 稲光は稲妻ともいうが、これは「稲の夫(つま)」の意で、つまり稲光と稲の花とは夫婦、ということらしい。祖父は恋愛結婚だった。

(中原幸子 (船団の会 会務委員))


2006年8月20日

蜻蛉(とんぼ)

 小学校2年生の担任をしている。子ども達は生き物が大好き。1学期は様々な生き物 が教室に登場した。その中で、教室で飼育したのが、アゲハチョウの幼虫とトンボの 幼虫であるヤゴ。今回はヤゴの話。
 ヤゴは、プール清掃の時に捕まえた。エサとなる蚊の幼虫のボウフラを血眼になって 探すことが日課となった。ちなみに「ぼうふら」は夏の季語。ヤゴは実に豪快にこれ を食べた。子ども達はトンボや蚊の子が水中で育つことにびっくりし、不思議そうに 水槽を眺めていた。
 飼育し始めて1ヶ月ほど経ったある朝、ヤゴは、水槽に立ててあった割り箸にしが みついたまま、羽化の途中の姿で亡骸となっていた。力尽きてしまったのだろうか。 「やご」と「蜻蛉生る」は夏の季語だが、「蜻蛉」は秋の季語。我ら2年3組のヤゴ は、秋の季語になれないまま、夭折してしまった。
 元気に飛ぶ蜻蛉の姿を見るとなんだか切なくなる今日この頃である。

(中谷仁美(船団の会 会務委員))


2006年8月13日

十六夜(いざよい)

 秋は空気が澄んで月が美しく、俳句では月といえば秋の月のこととされる。秋の月は、十六夜、立待月、居待月、更待月など細かに呼び名があるが、満月の翌日で満月よりも出るのが遅れるため「いざよふ月」と言われる十六夜に格別に情趣が感じられるように思う。
 子どもの頃は夜になるとあたりは静寂に包まれ、実家に行っても今では聞こえなくなってしまった夜汽車の行く音が聞こえ、ことに秋は虫がすだき月光が降るようで夜が白かったのを思い出す。座敷の奥の方まで月光が入ってきて「この前はここまでやったのに今日はここまでお月さんが入ってきてはる」と妹達と言い合ったり生活の中で「お月さん」はとても身近にあった。
 名月の日は早めにお風呂に入り、月見団子を供え、家族全員でお月見を楽しんだけれど、その翌日の月はきのうとは打って変わったようで、何かしらやがて悲しき後の祭にも似て、子供心にもじっと見つめていたのを思い出す。
最近は子どもの頃にくらべてあまり月を見なくなってきたけれど、今秋の月はゆっくりと楽しみたいと思っている。

(角田悦子(船団の会 会務委員))


2006年8月6日

苦瓜(にがうり)

 そういえば何年か前、俳句甲子園で付き添ったとき、沖縄の先生と話をしたことを思い出す。「暑し」という題が出ていたのだが、沖縄の子にとって、この題は当たり前すぎて、句作に苦労したそうだ。案の定、沖縄のチームはその題詠の対戦で敗れたのである。その夜、同部屋の北海道の先生も「夏の題は苦労する。」と嘆いていた。例えば「紙魚」。北海道にはいない虫なので生徒に説明しづらいとか。季題・歳時記はとても中央集権的だ。
 この苦瓜などもそう。近年、健康野菜として我が家も漬け物にしたりしているが、歳時記を開ければ晩秋の季語。本家・沖縄の人が聞いたら「え!?」というかもしれない季節感だ。いまや、熱帯化している日本、わが実家の庭にも成っているぐらいだからもう「初秋」あるいは「三秋」の季語の方が自然のように思われるのだがいかが。いよいよ今週は立秋。「朝顔」「スイカ」など、晩夏から秋にかけては、もっとも現代では歳時記とずれを感じる季節だ。

(塩見恵介 (船団の会 会務委員))


2006年7月30日

夾竹桃

 私の住んでいる街は臨海工業地帯に隣接していて、暑くなると光化学スモッグ注意報が町内放送のスピーカーで流される。なるべく外に出ないようにとか、家に帰ったら洗顔するようになどと矛盾した指示が出る。「外に出られへんかったら生活出来へんで」と、私はつぶやく。工業地帯へ続く道路には夾竹桃が植えられているが、ピンクの花が勢い良く咲き出す時期になると、また光化学スモッグの出る季節になったなあと思う。夾竹桃の葉は、竹の葉に似てシャープだし、花はバニラの香りがする。排気ガスや煤煙に強いから道路脇に植えられることが多いのだろうが、本当は涼やかな川の流れの側が似合いそうな花だ。

(小枝恵美子 (船団の会 会務委員))


2006年7月23日

 やっと本格的に蝉の鳴き声が聞こえてきた。「ミ〜ン、ミン、ミン、ミ〜ン・・・」という声に、おっ、来た来た!と夏の到来を感じる。ちなみに去年は6月30日にお初の鳴き声を聞いたのに、今年は7月5日の夕方に一瞬聞いたきりで、遅いなぁと思っていると、11日の朝抜け殻を見つけ、13日の朝から本格的な声が聞こえてきた。蝉は成虫になるのに何年もかかるものが多いらしく、アブラゼミは丸6年かかるといわれているが、中には17年もかかる蝉もいるという。また種類によって、好きな木、鳴く時期や時間が決まっているらしく、ヒグラシは朝早くと夕方、クマゼミは午前中、アブラゼミは午後に鳴くらしい。南の島、トラック島にすむミドリチッチゼミという蝉は毎日夕方6時になるとチリッ、チリッと鳴き出し、きっかり30分間鳴くらしい。時計代わりになる蝉である。ずぼらな私はその正確さを見習わねばならない。

(尾上有紀子(船団の会 会務委員))


2006年7月16日

 自宅のマンションから200メ−トル先に消防署がある。出動のサイレンがなると、我が家の愛犬はそわそわして落ち着かない距離だ。
 鍵がない!と気づいたのはマンションに着いた時だった。マンションの裏に回って2階の我が家を見上げたが誰も帰宅していない様子。窓の鍵はたしか閉め忘れていた気がする。家族の帰宅を待てばよいが、いや!そういう分けにはいかない。愛犬が待っている!午後8時を過ぎるとさびしいのか悲鳴にも似た声で、吠えまくる。
 だめもとで消防署に梯子を借りにゆくことにした。消防団員の背丈と同じ丈の梯子を2人がかりで抱えて家まで来てくれた。私も一緒に梯子を登って窓から室内に入りたいと思ったが断られた。室内をキレイにして置けばよかったと恥ずかしくて思わず顔を手で覆った。冷汗ものの汗だった。あ、これは夏の季語にはならないですね。

(藏前幸子(船団の会 会務委員))


2006年7月9日

みずあそび(水遊)

 友人の家にはミニチュアダックスフントが2頭いる。ティナとビビ、女の子たちである。3ヶ月ほど前にティナの後ろ足が動かなくなった。この種の犬に多く見られる症状だ。ヘルニアとも、栄養不良とも言われている。医者はすぐに手術をしたがるそうであるが、手術をしないですむならばそれの方が良い。なんとか針治療をする獣医を見つけ、毎日一時間以上かけて通い、ようやく回復に向かった。医者の話ではもうすっかり治っているはずなのだが、以前より待遇が良くなったせいか一向に立とうとしない。「あとは彼女の気持ちの問題です。」と医者は言う。なんだかどこかで聞いた台詞である。
 最近は子供用のプールを買ってきて毎日リハビリをやっているようである。庭にはそのプールがあり、その中にはボールとアンパンマンの玩具が浮いていた。

(小倉 喜郎 (船団の会 会務委員))


2006年7月2日

にぎりずし(握りずし)

 大学生になって初めて握りずしを食べた。私の育った山間部に寿司屋はなく、「すし」は散らしか稲荷。友人に連れられて店に入った。「へい、いらっしゃい」の威勢よい声に緊張しながらカウンターに座った。注文したのは握りずしの並。「はいよ〜」の声とともに、最初のネタがバランに乗せられた。口に入れ、ちょうど食べ終えた頃に次のネタが乗せられた。私は、だされたらすぐに食べるのが寿司のマナーだと思い込んでしまった。3品目がだされ食べ終わるころに4品目がでてきた。鮨を食べるのは忙しいことだと思いながら食べ続け、最後のネタがだされたとき、「兄ちゃん、食べるの早いね」と板前さんのひと言。隣を見るとバランの上には鮨がゆったりと並び、友人はのんびり食べていた。私の思い込みのマナーと鮨がでるタイミングがあまりにも合っていたらしい。最近の回転寿司屋だと私は目を回していたかも知れない。

(岡 清秀 (船団の会 会務委員))