週刊:今週の季語 バックナンバー 2007年4〜6月
2007年6月24日

冷奴(ひややっこ)

 路地を出てすぐ向かい側が散髪屋。花壇にアマリリスがそっぽを向きながら咲いている。民家が両側に数件続き、今日は日曜日なので車を洗っている人がいる。梅雨だというのに、いい天気だ。ボクはTシャツに半ズボン。少し行くと小さな四辻。右角に酒屋。左角に慈雲寺というお寺。寺の駐車場で猫が数匹正座してこちらを見ている。やあ、などと声をかけても、それは知らんぷり。飼い主のおばさんは、ええ、もう、そう、はいはい、とこちらが辟易するほど愛想がいいのに、猫は猫。四辻を渡ると右側にたこ焼屋の残骸。左側の軒下に月下美人が萎んで、駄菓子屋、さくらカラー、姓名判断、周旋屋の看板が続き、路地へ折れる道を挟んで、豆腐屋。その先に八百屋、居酒屋が二軒ならび、道は右にカーブして猫のいるヘアーサロンを過ぎて、駅。
 冷奴にする豆腐を買うつもりで家を出たが、四辻を右に曲がると新淀川の堤に出る。遠回りだが川風を歩いて駅の方向から、豆腐屋へ。「おっちゃん、豆腐」と言うと、おっちゃんが笑って先客を顎で指す。家内だ。髪を短くカットしていて気付かなかった。

(南村健冶(船団の会 会務委員))


2007年6月17日

梅雨(つゆ)

 最近、十六本骨の紺色の傘を買った。普通は八本でその倍の骨がある。小学生のころは、茶色の唐傘。プーンと油紙独特の匂いがして重く、使っているうち破れた。でも、傘に雨があたるとパラパラといい音がした。高学年のころには黒の蝙蝠傘。破けはしないが、誰もかも真っ黒で、梅雨になるとさらに暗い感じがした。中学三年のころ、水色のビニール傘を買ったら、「あんたの方が先に買って、ずるい!」と姉は焼き餅を焼いた。私は雨の日が楽しみになった。
 いつの間にか長傘、折りたたみ傘、合わせて十二本の傘を持っている。でも、また買ってしまった。行き先、着る物によって、使いわけるからだ。今年の梅雨が楽しみ!

(陽山道子(船団の会 会務委員))


2007年6月10日

花あやめ

 「船団の会 初夏の集い」のあと、20年ぶりに会う友の町、佐久に行った。
 友の家の門を入ると、花あやめの紫の一叢が美しく咲いていた。この辺りの家や畑には、ダッチアイリスを沢山見かけたが、彼女は「あれは嫌い、あやめの紫が一番」という。
 まだ彼女が三人の子育てで、てんてこまいの頃、編集者だった彼女が「○○先生が帯の紐をダラ〜と締めながら出てこられた」「○○先生へのお土産にはこれ」とかいう作家や学者の生態?を聞くのが愉しみだった。ついでに彼女の小さな子どもたちをさわるのも嬉しかった。 今その子たちは東京で暮し、天井の高い黒い梁の大きな家に、日本の花を沢山咲かせ、団塊の夫婦ふたり素敵に年を重ねていた。

(火箱游歩(船団の会 会務委員))


2007年6月3日

辣韮(らっきょう)

 隠れ家にしている酒場がある。昔ながらの市場の、路地の一角にある。10人も入ればいっぱいになる立ち飲みバーだ。
 トイレが笑わせてくれる。店を出て、市場の中の迷路のような通路を分け入って、3分ほどでたどり着く。時々帰ってこない初心者もいる。
 名物のアテは、味噌エッグ。それと辣韮漬け。あとはただニコニコと笑っているだけの若いマスター。場所は教えない。

(早瀬淳一(船団の会 会務委員))


2007年5月27日

芍薬(しゃくやく)

 「水に流すとはよういうたもんやねえ」。洗濯ものを竿にひろげながら、母が言った。50年ほど前のことだ。母はそのころ、病気で寝込んだ祖母の看病をしていた。毎日の汚れ物が、自分の手で洗われてきれいになり、しかも自分の手に汚れが残っていない。みんな水に流れた。そのことに、母はいたく感動していて、その感動が私をいたく感動させた。母の口調には、長年の嫁姑の確執も水に流れた、という思いがこもっていたから。干されたものの下には芍薬が咲いていた。
 芍薬は祖母の大好きな花で、芽が3センチほどになるともう花の大きさを予想し始めたものだった。定年画家(?)だった父は、頃合いに開くと情け容赦なく剪って絵の題材にした。「おーい、ちょっと活けてくれ」と偉そうに母を呼びつけて。

(中原幸子 (船団の会 編集部))


2007年5月20日

 先日、学校でスポーツテストがあり、5・6年生の子ども達がたくさんの種目にチャレンジした。そのなかでもいちばんハードだった種目は、何と言ってもシャトルラン。20メートルの距離を、決められた時間で、つまり設定された速度で走って往復し続けるというもの。持久走なのだが、ちょっと見本で走ってみただけでもかなりきつい。
 いざ、スタート。子ども達は、一定の間隔で鳴る電子音に合わせて、ひたむきに、全力で走っていた。応援にも思わず力が入り、大声で「がんばれー!!」。
 走り終わった子ども達は、汗いっぱい。肩で息をしていて、頬は真っ赤。その姿のなんと爽やかだったこと。
 その日の宿題は、なしにしてしまった。

(中谷仁美(船団の会 会務委員))


2007年5月13日

初夏

 夏になるのはうれしい。ことに初夏のころ。例えば、緑陰の道を歩いていて、光が地面にきらきらとこぼれているとき、またお風呂上りに開け放たれた窓から心地よい風が吹いてきたとき、あるいは午後遅くに映画を見て出てきたら、空がまだ明るく、茜色の夕焼け空のとき。そして真っ赤なさくらんぼが果物屋さんに山盛りに並べられているとき。海の色が明るさを増した青になってきたとき。そんな初夏の日常はうれしいかけらがいっぱいである。まさにうふふふふの毎日。
 それに俳句では初夏をはつなつともいう。はつなつとは、なんとも儚くて初々しい響きではないだろうか。
 夏のプロローグの初夏に乾杯!

(角田悦子(船団の会 会務委員))


2007年5月6日

夏来たる

 今年は5月6日が立夏。いよいよ夏なのだが、ずっと暑かったような気がするので、正直、何だか気分が出ない。童謡の「春が来た」では「山に、里に、野に」来る春を、なんとなくあのメロディーに乗せられて実感的に口ずさめるのだが、夏はどこに来るのだろう?いまどき、ほととぎすはおろか、卯の花の匂う垣根すらない。実は「夏来たる」は、まだまだ取り合わせでとてつもない句が作れそうなポテンシャルの高い季語だ。
 さて先日、この業界には良くあることだが、季語を先取りして夏の句を作らねばならず、いろいろ思案したあげく、西宮のヨットハーバーに行った。潮風に帽子を押さえながら、ヨットを指さしていると、ちょっとだけ初夏の気分になった。五月のヨットは初恋のように、帆をはためかせていた。

(塩見恵介(船団の会 会務委員))


2007年4月29日

鯉幟(こいのぼり)

 自転車で街を走っていると、あちこちで鯉幟を見かけるようになった。最近は公園や、川沿いでも両岸にポールを立てて、ワイヤをめぐらし泳がせている。先日、大阪の繁華街、ミナミの道頓堀川沿いで鯉幟を見た。ここの川はあまりきれいではなかったが、昨年、遊歩道「とんぼりリバーウォーク」が出来て、オリーブの木も風にそよぎ、ちょっとおしゃれになった。散策したり、ベンチで休憩したりも出来る。生き生きと泳ぐ鯉幟を見ていると、街にもエネルギーが漲ってくるようだ。ミナミも少しずつ活性化しつつある。夜は相変わらず、こてこてのネオンで大阪で最も明るい場所でもあるが、ネオンにも負けず泳ぐ鯉幟は結構サイケデリックで面白いかもしれない。

(小枝恵美子(船団の会 会務委員))


2007年4月22日

晩春(ばんしゅん)

 こいちじいさんは赤鬼のようだった。町中の家々が夕食の支度をしている時間に、お酒の匂いをぷんぷんさせて、町内の四辻を電柱にぶっつかりそうになりながら、よたよたした足取りで、呂律の回らぬ舌に言葉をぶっつけて、山の麓にある弘法大師堂へ帰って行く。背は低く、体は痩せていて、目ばかりギョロギョロしている。顔は酒焼けだ。
 その昔に地元の人たちが祀った弘法大師堂でひとり暮らしをしている。子供達は酔っぱらいのこいちじいさんを恐がり、そそくさと家に逃げ帰る者、こいちじいさんの後を追っかける者などいて、こいちじいさんの穏やかさを知っている近所の大人達は、ふんわりした気持ちでその光景を眺めている。入学式が終わるとこいちじいさんの回りが賑やかになる。これはいまも日本のどこかに残っている晩春の風景。

(藏前幸子(船団の会 会務委員))


2007年4月15日

木の芽和え(きのめあえ)

 京都の銀閣寺の近くに「おめん」といううどん屋がある。店の裏には、哲学の道がある。その店に私が初めて行ったのは大学生のときだった。看板商品の「おめん」は、いわゆるつけ麺タイプのうどんで、すりごま、季節の野菜が皿に盛られて出てくる。なぜか今でも桜の季節になると行きたくなる。特にここ数年は桜だけでなくこの店の「木の芽和え」は絶品だと知ったからである。私はいわゆる「食わず嫌い」のモノが多く、子どもの頃から決して手を出さなかったが、大人になって食べてみたら実は美味しかったモノがいくつもある。子どもの頃は山椒の匂いが苦手だった。でも今はそのツンとくる匂いがたまらない。「ちりめん山椒」も山椒の実がぎっしり入っているのが好き。筍が山椒の香りに包まれてツンツンした木の芽和えを、口に入れ、コリコリと味わう。

(尾上有紀子(船団の会 会務委員))


2007年4月8日

通草の花(あけびのはな)

 職場の駐車場の隅っこにある小さな花壇には、秋の実りを期待したのか、誰かが通草を植えている。一昨年は2個実ったが、昨年は天候不良のせいか全く実をつけなかった。それでも蔓は元気に年々その範囲を広げ、隣の家の塀まで届きそうな勢いである。今日ふとその通草を見て驚いた。無数の小さな薄紫の花をつけていて、葉を覆ってしまうほどであった。子供のころから馴染みのある植物ではあったが、こんな花をつけるとは全く知らなかった。小さな感動をしていると、隣のご夫婦がそれぞれ1頭ずつミニチュアダックスフントを連れて帰って来られた。

(小倉 喜郎 (船団の会 会務委員))


2007年4月1日

入学

 143.1cm、32.8kg。これは私が高校に入学したときの身長と体重。
 先日、机を整理していると当時の生徒手帳が見つかった。小さくて小学校5、6年生のような体型だ。そう言えば「前に習え」で腕を前にだしたことはない。いつも手を腰に当て横との間隔を測っていた。入学すると赴任2年目のF先生が担任となった。寄宿舎に入った私は、独身で教員住宅に住む先生とよく遊んだ。3年間F先生が担任。先生の影響は大きかった。先生の出身大学に進み、社会人になってからもよく飲んだ。最近は飲み屋でどちらが恩師で教え子か判らないと言われる。先生と知り合ってから36年。先生はH県校長会長を務めN高校の校長を最後にこの3月31日に退職された。今年入学する子達にはどんな人生が待っているのだろう。

(岡 清秀 (船団の会 会務委員))