週刊:今週の季語 バックナンバー 2008年1〜3月
2008年3月30日

桜(さくら)

 今週は動物園を回る。京都市動物園、大阪・天王寺動物園、神戸の王子動物園などを回るのだ。もちろん、目的は河馬といっしょの花見。河馬舎周辺の桜の下でビールを飲む。
 「口あけて全国の河馬桜咲く」。かつてこのような句を作ったが、今ごろ、全国各地の河馬たちが大きく口を開けているだろう。やがて、「全国の河馬がごろりと桜散る」という光景になる。
 ともあれ、今年の私の花見は河馬舎の前。先に挙げた動物園の河馬舎の周辺には桜が多いのだ。ことに神戸は桜の下に河馬がいる感じ。私の「桜散るあなたも河馬になりなさい」はその神戸で生まれた。

(坪内稔典(船団の会 代表))


2008年3月23日

目刺(めざし)

 日本酒を旨いと思うようになった。燗酒ではなく、冷酒でもなく、常温で呑む。特定銘柄はなく、釣りに行った先で地元の酒を買う。遠方の、それも人気のある蔵元から取り寄せる、という友人もいるがそれだと何だかあっけない。どんな酒があるのか、船頭に訊いたり、居合わせた食堂の客に教えてもらったりする。だから、当たり外れがある。
 先日は和歌山県海南、名手酒造の「黒牛」を古くからの釣り友達に薦められた。その日、酒は手に入ったが魚が釣れなかった。道中には「目刺有り」の看板がいくつか出ている。そんな土産物屋をやり過ごし、土地の人を相手にしている魚屋で目刺を買った。半生の真イワシ。二連、16匹で400円。天日干しである。塩がよく効いて、黒牛の純米生酒がするすると咽を通った。

(南村健冶(船団の会 会務委員))


2008年3月16日

花苗(はななえ)

 子どもたちが「パンダ公園」と呼ぶ、ささやかな公園が家のそばにある。その隣りに、約80cm×30cmの直角三角形で雑草のコーナーがあった。去年の春、ひそかに家にあったフジバカマを植えた。せっせと水やりをすると秋には大株になり、地味だけどきれいに咲いた。だが、あるとき、公園掃除の人に、ばっさり刈り取られてしまった。この花のよさが分らないなんて!
 でもめげないで、年末にはすこし派手になるよう、ビオラや水仙、コリウスを植えた。さすがに抜かれはしない。このささやかな花園?は私のひそかな楽しみ。この春、ここに何を植えるか思案中。これって、罪でしょうか。

(陽山道子(船団の会 会務委員))


2008年3月9日

名残の雪・雪の果(なごりのゆき・ゆきのはて)

 朝、出かける夫を玄関の外まで送ることにしている。エライでしょ、と言いたいが、ついでに「本日の北山」を見ることにしているから。マンション住まい故、北山が一望できるのだ。冬中、北山は時雨たり雪が降ったりで、煙っているか錆びた色でそびえているかだ。今年は雪が多く、ことのほか立派に見えた。さて、「本日の北山」だが、幾重にも重なった遠く高いところには残雪、近く低いところは、ぼんやりと錆び、冬を乗り越えたなあという感じ。風はまだ冷たく、寝ぼけた体がしゃんとしてくる。さあ、窓を開けて朝の掃除をしよう。
 クリーナーをガーガーかけていると、北山から名残の雪がふわふわと届いた。

(火箱游歩(船団の会 会務委員)


2008年3月2日

雪柳(ゆきやなぎ)

 不動産の広告を見るのが好きだ。間取りから家が立ち上がり、住所から周囲の景観が浮かび、新生活はこうなるのかな、などと思いをめぐらせていると、コーヒーが冷めていたりする。
 神戸市灘区の篠原本町というところを歩いていると、震災で建物はなくなり、立派な外構のみ残っている空き地がある。こんなところに住めたら、ここは庭、ここにウッドデッキ、などと例によって空想していたら、敷地の片隅に、雪柳が刈られずに残っていた。

(早瀬淳一(船団の会 会務委員))


2008年2月24日

雛祭(ひなまつり)

 「さちこ、みつば」と祖母が言うと、それは巻き寿司を作るよ、という合図だった。私は裏の土手へ三つ葉を摘みに行く。戦後まだ間もなく、缶に残っている海苔の枚数で作る本数が決った。干瓢、高野豆腐、かまぼこ・・・具も有り合わせ。下ごしらえができると父の出番だ。父の十八番はある女学校の先生の話。
 「巻き寿司は、海苔にご飯をひろげて、具のところを凹ませておくと、このように具が真ん中に・・・、あら?」
 「では、・・・具のところを盛りあげて・・・、あら?」
 女学生達は、なかなか真ん中に具の来ないお嬢様先生を尻目に上手に巻いた、と、ウソかマコトか。そうこうしているうちに巻き寿司ができあがる。その巻き寿司を持って、近所の女の子たちと裏の山へ登る。それが雛祭の行事だった。ぽかぽかしていたから旧暦だったのか。

(中原幸子 (船団の会 会務委員))


2008年2月17日

釘煮(くぎに)

 我が故郷淡路島はいかなごの釘煮で有名だ。釘煮とは、生のいかなごを醤油やみりん、砂糖などで水分がなくなるまで煮込んだもの。ご飯と一緒に食べるととてもおいしい。季節がくると、あちこちの家で釘煮を作り始める。私の母ももちろん、大きな鍋で作る。納得いく味に仕上がるまで何度も何度も煮るのでいつも大量の釘煮が出来上がる。数年前から母は透明の、お総菜屋さんにあるような容器を大量に購入してせっせと詰めては知り合いに配っているようだ。もちろんご近所の方に頂くこともあり、食べ比べをしては技を学んでいるようである。
 室生犀星の詩「はたはたのうた」の結びは「はたはたみれば/母をおもふも/冬のならひなり。」だが、私にとってはこの釘煮が母の味だなあと思う。
 最後に、いかなごの豆知識をひとつ。いかなごの釘煮発祥の地は神戸市垂水区塩屋町。石碑が建っているそうである。

(中谷仁美(船団の会 会務委員))


2008年2月10日

春の曙(はるのあけぼの)

 子供の頃、ある春の日、父が「明日の朝、日の出を見に行こう」と言った。次の日の早朝まだ暗き頃、父と私は自転車に二人乗りして出発した。実家の京都市中京区から下京区の九条まで行くとあたりは人家もなく、一面の葱畑だった。そのだだっ広い葱畑でぽつんと二人で日の出を待っていた。空はまだ真っ黒で星々は煌煌と光っていた。そうすると何事も起こっていないのに空が瞬く間に濃い紫色にと変化してきた。それは野のすみれの濃むらさきと同じ色で、ふと見るといつの間にか、東の端が濃いピンク色になり、東山に近づくほど、ピンク色は薄く星々も淡く白くなっていた。と思う間もなく、東山からオレンジ色の光が射し込み、太陽が半分も出てくると、美しいすみれ色やピンク色やオレンジ色は失せて、地球はいつもの景色に変わっていった。大人になってからもあの濃むらさきには出会っていない。父と私はあの日葱畑のねぎ坊主を5、6本摘んで帰り、朝食の食卓に飾った。

(角田悦子(船団の会 会務委員))


2008年2月3日

春の海(はるのうみ)

 高台にある校舎の窓からは海が見える。「春の海終日のたりのたりかな、ってアレどこの海のことかいな」「えっと、確か、蕪村の母方の郷里、丹後の海ではなかったですか。」先輩教師がいつの間にか横に立っていた。唐突な質問にどぎまぎして答える。たしか小西甚一『俳句の世界』ではそう書いてあったような・・・。うーん、ほんとはどこなんだろ。調べた。たまげた。『俳諧金花伝』という注釈書に「須磨の浦にて」の前書きがある。なんだ、今目の前に見ている瀬戸内海だったのか。須磨といえば秋風、それを春の海で詠んだ蕪村はやっぱりすごい、と妙に感心。それにしても名句でさえ知らないことだらけだ。ちなみに蕪村には「なのはなや摩耶を下れば日のくるる」なんて句もある。摩耶も神戸。案外「菜の花や月は東に日は西に」の句も東西に長細い神戸で作ったのかも。真偽のほどは僕にはわからないけれど、これから少しずつ穏やかな色になる神戸、そして海。

(塩見恵介(船団の会 会務委員))


2008年1月27日

梅(うめ)

 梅は中国から渡来して、万葉の時代から詩歌に詠まれているが、絵画に登場したのは、平安時代に藤原隆能が描いた『源氏物語絵巻』がはじめとされる。今年は「源氏物語千年紀」ということで新聞などにも特集が組まれているが、この時期にまたじっくりと『源氏物語』を味わうのもいいかもしれない。私が持っている谷崎潤一郎の『源氏物語』(昭和36年刊)には、小倉遊亀、福田平八郎、徳岡神泉など当代一流画家が挿絵を施している。「梅枝の巻」では、徳岡神泉が今にも匂い立つような白梅を描いている。谷崎の文章と画家たちのコラボレーションが絶妙であると思う。今、わが家の庭の梅の蕾はまだ固い。だが、やがて早春の光と風の中で、ゆっくりとほぐれて清楚な香りを放つ日を心待ちにしている。

(小枝恵美子(船団の会 会務委員))


2008年1月20日

立春(りっしゅん)

 子供時代に隔離された病室で安静を強いられた事があった。真っ白な壁に囲まれて装飾品一つない個室に、雑誌から切り抜いたポーランド画家キスリングの「横たわる少女」という額縁入りの一枚の絵が届けられた。寝たきりの日々に私は少女と会話した。ブラウスから、こぼれるようなしなやかな腕、いつも微笑んでいる瞳・・・。
 担当医からうれしいニュースを頂いた。「春になったら大部屋に移りましょう」。勿論キスリングの少女も一緒だ。庭の樹木の小鳥たちにも、もうすぐ春。

(藏前幸子(船団の会 会務委員))


2008年1月13日

新年(しんねん)

 去年今年、私は芦屋神社の境内にいた。新年になった瞬間太鼓が鳴り、神様に祈るなんて生まれて初めてだ。例年は紅白歌合戦をみた後、「ここ永平寺では・・・」というアナウンスとともに風呂の中で新年を迎える。しかし今年は年が明けたら息子の受験だから、という親心もあったが、実は娘が夜更かしできるようになったので、一度行ってみたかったのだ。御神酒がふるまわれ、芦屋せんべいとやらをちょうだいできると聞いていたが、実際は参道の路上駐車の列にもぐり込ませた車のことが気になり、鼻水が出ているのか否かもわからないくらいの冷えに震え、福火の火の粉が飛んできただけであった。でも「合格御守」を買い、よい年にするぞ!という意欲を強く持った。

(尾上有紀子(船団の会 会務委員))


2008年1月6日

出初(でぞめ)

 出初は各地の消防団員が総出動して初演習のデモンストレーションを行う。人命救助訓練や梯子乗りなどが披露されるところもある。一般的には勇ましく華やかなイメージがあるかもしれない。
 しかし我々消防団員にとっては嬉しい日とは言えない。とにかく寒い。市のグランドで行われる2時間あまりの式であるが、全身は冷え切ってしまう。そこで懐炉を全身に貼って行くわけだが、それでも耳は痛く、つま先の感覚はなくなってしまう。昨年の式は激しく降る雪の中で行われ、市長を始め団員、消防署員、来賓が皆雪で真っ白になるという悲惨な状態になってしまった。そのおかげか今年から市の交響ホールで行われることとなり、我々はホッとしている。

(小倉 喜郎 (船団の会 会務委員))