週刊:今週の季語 バックナンバー 2008年10〜12月
2008年12月28日

年末(ねんまつ)

 母が遺した7センチ角の小箱に、赤い座布団に畏まっているお福さんの人形が入っていた。よく見ると座布団の下に薄いピンクが色褪せた一枚の切符が大切に納めてあった。新大阪発12月29日の日付印がある。年末の家族旅行の途中に、母は登りエスカレーターから足を踏み外した。その時、咄嗟に受け止め安全な場所へ誘導してくれたのはものしずかな感じの青年で、 笑顔をのこし小走りで立ち去った。母はその青年を「私の命の恩人だ」と何度も口にしていた。子供達はお兄さんから人に優しくする事を教わった年末だった。様々な事を一枚の切符に重ねてじっと見ていてふと気がついた。母はこの切符を改札口で渡さなかったのだろうか・・・。

(藏前幸子(船団の会 会務委員))


2008年12月21日

炬燵(こたつ)

 我が家のリビングには90×180センチの座卓があり、寒くなるとその脚に10センチの台をかまして高くし、その中に炬燵を入れる。エアコン、ホットカーペット、ガスファンヒーターと暖房器具を試した結果、炬燵が最も暖かくて経済的だということがわかった。ただ難点は出られなくなり、睡魔に襲われてしまうことだ。「炬燵でうたた寝」は最高に幸せな気持ちになれるのだが、目覚めた時は寝過ごした時間が恨めしい。しかし止められない。以前アメリカ人の友人に炬燵が欲しいと言われたが、電圧のことと送料の高さに断念したことがある。炬燵は世界に誇れる日本の文化だ。

(尾上有紀子(船団の会 会務委員))


2008年12月14日

忘年会(ぼうねんかい)

 忘年会のシーズンがやってきた。最近の不景気が、どう影響するだろう。酒屋の杜氏をしていた父から聞いた話だが、酒を造るのに、不景気のときは少し辛口にし、景気の良いときは少し甘口にするそうだ。そうすることで、飲んだ人は、いつも変わらない味だと感じるらしい。
 さて、飲むと困るのが暖房の良く効いた電車での帰宅。寝過ごしてしまう。解決策を見つけた。隣の人に駅名を伝え起こしてもらう。早く降りる人は、降りるときに起こしてもらう。これで一安心。ところが、どっこい。どのように起こしてくれるかが気になり、眠れない。眠ったふりをしていると、起こし方は様々である。

(岡 清秀(船団の会 会務委員))


2008年12月7日

ラグビー(らぐびー)

 ある年の12月、ラグビーがおもしろいという話を聞いた。ラグビー・・・?泥んこ・・・???しばらくたって、テレビでラグビーの試合中継を見るともなく見た。とても激しく戦っていた敵と味方が、試合終了と同時にどう見ても儀礼的ではない抱擁と握手を交わしている。なんだこれは?体育の教科書を開いてみた。ノーサイド。ラグビーでは試合終了のことをノーサイドという。この瞬間から敵味方がなくなりお互いは一つの友情で結ばれる、という意味を持っていると書いてあった。友人たちに、ラグビーのルール知っている?と聞くと「前にボール投げたらあかんねん」。みんな同じ答えだった。次の日曜日に花園ラグビー場へ行ってみた。以来、ラグビーはおもしろい。冷たい風も厭わない。

(山田まさ子(船団の会 会務委員))


2008年11月30日

冬木(ふゆき)

 下り新幹線でもうすぐ京都だと思う頃、左車窓に広がる田園の中に小柄だが端正な、円錐形の山が見えてくる。「三上山は士峰の俤にかよひて」とある近江富士。標高432メートル。俵藤太に矢を射られた大むかでは、この山に七巻半まきついて絶命したという。頂上まで1時間程の低山だが、円錐形の山は登るほど傾斜が急になり、息がはずむ。頂上の祠の横手には、ほど良い平らな岩場があって昼の弁当をほどく。眼下に明るい陽光を浴びて広がる冬田の江州平野。その向こうに琵琶湖がにぶく光っている。冬木の中の縦走路を行く。「大むかでは日本三大怨霊の一人、平将門の化身。怖いぞ」、「こわい、怖い」とかなんとか、地元の友人もまじえて大声で話しながら歩く。やがて、下山したら食べに行く約束の餃子がしきりに頭をよぎりはじめ、生唾を呑みこむ。

(宮嵜 亀(船団の会 会務委員))


2008年11月23日

暖を取る(だんをとる)

 「火の色」に憧れている。今年も「木枯し一号」が吹き、朝夕の冷え込みが手足を硬くする。温風のストーブをつけると部屋はすぐに快適になるのだが、何か物足りない。そう、「火の色」がないからだ。囲炉裏で燃える薪や、炭火の赤い色、石油ストーブの金網の真っ赤に焼けた色、そんな原始的な赤い色が日常の暮らしから消えてしまったからだと思う。
 今や台所からも、炎がなくなってきて、幼い子は火や炎の怖さを知らないでいる。人間がきれいで便利な暮らしを追い続けた結果なのだ。わたしも「火の色」に憧れながらも、それを消してきてしまった。今日の「暖を取る」は、温風のストーブで温まりながら「火の色」の柿を見て楽しんでいる。

(陽山道子(船団の会 会務委員))


2008年11月16日

北山時雨(きたやましぐれ)

 団塊の私たちは今年、次から次へと60才に突入した。本日は友の還暦を肴に、豪華リゾートホテルでご馳走を食べる。友を待つ間、北山は時雨れ、山から山へ白い雨が移って行く。時雨が移った山には淡くたよりない虹がかかっている。ホテルのバスが到着し、召かし込んだ肴の友もやってきた。バスは時々時雨に突っ込みながら、山の中のおそろしく豪華なホテルに着いた。お迎えのイケメンボーイにうやうやしく迎えられ、団塊五人女は、ペキンダックの待つレストランへ、賑やかに入っていった。

(火箱游歩(船団の会 会務委員)


2008年11月9日

焚き火(たきび)

 このところ条例とやらで、堂々と焚き火ができるところが少ない。我が家では、お義父さんの家の庭で、盛大に焚き火をする。
 よく燃えるのは、枯れた松の葉、松ぼっくり。最近あまり言うことを聞かなくなった小4の息子も、焚き火となると、指示に従って飛ぶように走り回っている。頼みもしないのに、終始、枝を出し入れしている。 定番の焼き芋。その火で熾した炭で、傍らにはダッチオーブン。塩を振っただけの、丸ごとの玉葱や骨付き鶏肉が出てくる。そろそろ、ワインの色と空の色が同じになり出した。

(早瀬淳一(船団の会 会務委員))


2008年11月2日

凩(こがらし)

 中学入学以来、通学も通勤もずっと自転車。中学と高校は自転車で10分。大学、職場は自転車で15分のところ。時刻表を守って行動することに苦手意識がある私にとって、自転車はいちばん便利な乗り物だ。自分の力でどこまでも行ける。しかも案外速い。今までもちろん無事故無違反。
 自転車ライフは本当に私の性に合っていて快適なのだが、問題点がひとつある。それは、当然のことながら夏暑く冬寒いということ。それも実は私は寒さに弱いのでこれからの季節はとてもつらい。寒いとすぐに眠くなるのだ。もしかして前世は熊だったのではないかと思うぐらいに。ここ1週間ほどの間に朝晩ぐっと冷えるようになって来た。きっともうすぐ凩がやってきて、そして北風・・・考えただけであくびが出てきてしまう今日この頃である。

(中谷仁美(船団の会 会務委員))


2008年10月26日

秋の薔薇(あきのばら)

 さっき別れたはずのディクリーンがそこに立っていた。そして、列車のドアが開くやいなや真紅の薔薇が差し出された。
 雑誌で中世の街の面影をとどめているブリュージュを見たのが、旅のきっかけとなった。ベルギーのみの旅行というのは珍しかったようで、ディクリーン夫妻より招待状が舞い込んだ。手入れの行き届いた八の字の真っ白な髭の彼は、流暢な英語で街をガイドしてくれたが、私は石畳で転んでしまうほど緊張していた。滞在中は奥さんとショッピングや料理を楽しみ、日曜日には一緒に教会に出かけた。郊外のご両親の家にも招待された。帰国時には駅まで見送りに来てくれたが、ドア付近での大きなリュックを背負った若者のトラブルで、彼が手助けをしているうちに言葉を交すことなく発車してしまった。だが、次の駅に彼の姿があった。列車を追いかけてきてくれたのである。まるで映画の1シーンのようだった。

(田 彰子(船団の会 会務委員))


2008年10月19日

夜学(やがく)

 季節感の感じられなくなった季語のひとつである。定時制のある高校に勤めていたことがある。普通科のクラブ活動は5時までで、生徒たちは下校時間を厳しく守らされていた。トラブルを防ぐためである。グランドには照明設備があり、校舎は1年中、不夜城のようであった。だから夜学、夜学生に秋の季節感を私はあまり感じることができない。
 そういえば大阪府のほとんどの高校は体育祭を6月にしている。オリンピックも暑い頃に開催され、運動会からも季節感が感じられなくなった。

(近藤千雅(船団の会 会務委員))


2008年10月12日

野葡萄(のぶどう)

 こんなところに、こんなものが!と、驚いて立ち止まることがある。ある晴れた日曜日のこと、通天閣界隈の細い路地裏をぶらぶらと歩いた。この辺りは古い民家が多く、あちこちに質屋が暖簾をかけている。ある一軒の中をのぞくと、老人が店番をしており、家の前には直径30センチほどの鉢に野葡萄が植えられていた。「野葡萄や埃かゝりて町はづれ」(石川銀栄子)という句のように、野葡萄は山野に他の雑草にまぎれて生えている。しかし、こうやって丁寧に鉢植えにすると、充分観賞に堪えられる植物だなあと改めて思った。紫の小さな実が日差しの中で輝いていた。

(小枝恵美子(船団の会 会務委員))


2008年10月5日

栗飯(くりめし)

 栗ご飯が食べたいので能勢栗を買いに行く。途中に、俳句仲間が手作りの焼き物を趣味でやっていると聞いたので立ち寄ってみることにした。工房は山裾にあり、信楽の土をつかった飯茶碗が、木の棚に10個ほど並んでいた。釉薬が掛かった鶯色へ信楽独特のまだら模様が広がり素朴で個性がある。夫婦茶碗として買い求めた。早速栗ご飯を装うと白いご飯の中に黄色い大粒の栗が自己主張していて、とてもお茶碗が引き立った。わが家には大切に使っている萩焼の夫婦茶碗がある。貰ったのは甥の結婚の祝い返しだった。しかし甥は離婚してしまった。この萩焼は今日からお蔵入りにしよう。

(藏前幸子(船団の会 会務委員))