週刊:今週の季語 バックナンバー 2009年7〜9月
2009年9月27日

案山子(かかし)

 トらやんに出会ったのは四年前の秋、山口県宇部市での野外彫刻展でのことだった。バーコード頭にちょび髭でアトムスーツを着ている。一見ゆるキャラのようだが、単にかわいいというよりは、人懐かしさと未来へのやさしさを感じる。製作者は大阪生まれのヤノべケンジ。今、大阪市役所のロビーに、トらやんがいる。この夏から秋まで、水都大阪のあちこちに出没しているようだ。もう一体、私が好きなキャラは、梅田のスカイビルの真下にいる案山子。ビルの前の田んぼに、のほほんと立っている。

(小枝恵美子(船団の会 会務委員))


2009年9月20日

秋の雲

 その時の祖父の取った行動は後々までも語り草となった。
 原子爆弾が投下された広島市内の様子を知るために祖父は手弁当で山口線の汽車に乗って出かけた。帰りを待ちわびていた家族へ大切そうに風呂敷包みを抱いて帰ってきた祖父。その包みの中は何と生後1年にも満たない、まるまるとした男の子の赤ちゃんだったのだ。
 「内には乳飲み子はいませんよ」と母は赤ちゃんを見て言った。
 「自動車屋の健が、男の子がほしいと言うとったから話してみるわ」(養子の事らしい)。しばらくは家で預かることになった赤ちゃんを母は大切に育てた。掴まり立ちが出来る頃、自動車屋の健ちゃんにおんぶされて私の家を後にした。見えなくなるまで見送ったその日秋の雲はまばゆいばかりに澄み渡っていた。

(藏前幸子(船団の会 会務委員))


2009年9月13日

梨(なし)

 5年前、研修会で隣り合わせたことがきっかけで親しくなった有為子(ういこ)さんは湯村温泉の近くに三世代7人家族で住む梨屋さんだ。1週間の研修期間で、昔からの友達だったかと思うくらい意気投合し、以来、秋になると梨を送ってもらっている。いろいろな種類の梨を栽培しているらしいが、私は「二十世紀」が大好きだ。しかもまだ青々としているのが好きなので、いつもわがままを言って青いのを送ってもらっている。そう言えば、有為子さんちのお風呂には、水道水と温泉の水栓があると聞いた。家事は殆んどお姑さんがしてくれる上に、毎日温泉に入れていいなぁと言ったら、核家族が羨ましいと言われてしまった。

(尾上有紀子(船団の会 会務委員))


2009年9月6日

蓮の実飛ぶ(はすのみとぶ)

 兵庫県篠山市の篠山城跡にあるお堀には数年前までは蓮の花が咲き、ちょうど今頃にはその実がたくさん見られた。以前この地で吟行句会をしたときも、俳人達は蓮の実を前にしてずいぶん時を過ごしていた。ところが数年前そんな蓮が突然枯れ果ててしまった。原因は魚が食べたとも、水がきれいになり過ぎたとも聞いている。
 最近そんな篠山市から京都府の亀岡市に引っ越したら、そこにも亀岡城跡があり、やはりお堀があって、そこにはたくさんの蓮の実や、既に実を飛ばしてしまった殻が見られる。散歩にはちょうどいい距離で日々楽しんでいる。時々ひとつ欲しいなと思って手を伸ばすが、手の届くところの蓮の実は全てなくなってしまっている。

(小倉喜郎(船団の会 会務委員))


2009年8月30日

休暇明(きゅうかあけ)

 小学生のころ、隣の村にある小学校まで、約2キロの山道をかよっていた。車も通れず、村人以外に利用する者は少なかった。その道のほぼ中間に『休み石』と呼ぶ大きな岩があった。仏の座のような形で木陰ともなっており、道を通る人はそこでよく休憩をした。1年生の二学期が始まって間もない日、一人で帰っていた。休み石で休憩をとると、石のひんやりとした心地良さに、いつの間にか眠ってしまった。夏休み明けでリズムが抜けず、まだ残る暑さに疲れていたのだろう。目が覚めると小学校の校務員室だった。町から来た通りがかりの人が、子どもが寝ていたのでと小学校まで負んぶしてくれとのこと。もう眠らないようにと、6年生の授業が終るのを待って一緒に帰った。私は、結局、半分多くの道のりを歩いた。村人の負んぶなら、かなり楽に帰れてたのに・・・と少し悔やんだ。

(岡 清秀(船団の会 会務委員))


2009年8月23日

秋海棠(しゅうかいどう)

 インターネットという言葉が耳新しかった頃、ルーブル美術館のモナリザが、今すぐ見られるんですよと勧められ、厄介なことだなと思ったものだった。が、この頃はかなりその恩恵に浴している。なかなか帰ることができないふるさとの山も、ライブカメラで見ることができる。いつも同じ角度だが、そこに住んでいたときよりよく見ているかもしれない。毎日、庭に咲く花や、風景、ふるさとの言葉などをブログに書いている人がいる。今朝は秋海棠だった。私の家の井戸端や庭のそこここにもあって、どうということもない花と、ずっと思っていたけれども、そこに植えた父の気持ちが分かった気がした。実物を見たくなって友人に、秋海棠ある?とメールをしてみた。返事は、ごめん、漢字が読めない。何のこと?だった。電話で見に行く約束をした。

(山田まさ子(船団の会 会務委員))


2009年8月16日

稲妻(いなづま)

 生命の発生を物理化学的に証明したのはアメリカのユーレイ、と聞いた時は驚いた。ユーレイは正しくはユーリー、Harold Urey(1893〜1981)。ずっと後になって、より洗練された系でユーリーの実験の妥当性が実証された。水、炭酸ガス、窒素ガス等無機物だけの、地球誕生後の擬似原始空気を密封系に閉じ込め、電極を使って放電を行うと、アミノ酸等小さな含窒素化合物(有機物)が形成される。これらの物質は 我々生き物の身体の蛋白質、核酸といった基本的構成分子である。稲妻(放電)は生命発生の原初に関わる必須エネルギー源なのだ。季語では稲夫とも書く(宇多喜代子著『古季語と遊ぶ』)。ロマンチックなことを知りたい人はユーレイでなく、同書参照。
 北摂の山向こうに稲光を見ると、何故かなつかしい気持ちが起こる。  

(宮嵜 亀(船団の会 会務委員))


2009年8月9日

ところてん

 この時期になるとよく「テングサ」で「ところてん」を作った。その「テングサ」、自分たちでは採りに行かず、近所の「のらくれ」の人たちをあてにしていた。「のらくれ」とは「のらくら者」「なまけ者」という意味だが、農作業の合間に魚釣りや貝拾い、テングサ採りなど何かとよく遊ぶ(楽しむ?)人たちのことをいう。
 親たちがそんな風に揶揄したのは、仕事に明け暮れている自分たちと比べ、羨ましかったのかもしれない。 手先の器用な祖父は「ところてん突き」を作り、母は「煮大豆入りのだし汁」を作って食べた。  

(陽山道子(船団の会 会務委員))


2009年8月2日

百物語(ひゃくものがたり)

 八月に入ると京都の空気感ががらりと変わる。にわかに「雅」から「俗」へ、よりスピリチュアルな部分がたちこめてくる。蒸し暑さとの相乗効果で、それは重苦しい。お薦めの魔界を二つ。一つは、お盆前、草市の頃の鳥辺野、六道の辻あたり。地獄の釜の蓋が開き、亡くなったひとが帰ってくる。昔、地獄絵の絵解きは恐ろしかった。今、お坊様が亡くなり、学生ボランティアになった。これはやはり、とっぷりと老人の声でなくては気分がでない。二つ目は昔、処刑の森だった下鴨、糺の森(ただすのもり)。森の中の古本市では、妖怪「ぬらりひょん」に出会っていただきたい。会えるかどうかはあなたまかせですが。

(火箱游歩(船団の会 会務委員))


2009年7月26日

昼顔(ひるがお)

 甲子園球場を訪れる人は、ふつうは北に位置する甲子園駅から南へ向かう。いわば甲子園球場の表玄関。しかし、球場の南西一帯には球場の勝手口とも言える地元民がくつろぐエリアがある。弁当屋、焼鳥屋、立ち呑み屋など外の縁台に座れる店に、普段着の人たちが座って呑んだり食べたりしゃべったりしている。もちろん、あちこちのテレビやラジオが、すぐ横で進行中の阪神戦の中継を流している。
 わたしは、このエリアにある公園のベンチで焼き鳥をアテに缶ビールを飲んでから球場に入ることにしている。公園の周囲には子供の野球用の防護フェンスがあって、昼顔がびっしり覆い繁茂している。ある日は夕方涼しく気持ちがいいので長居してしまい、球場に入ったら4回の表が終わっていた。

(早瀬 淳一(船団の会 会務委員))


2009年7月19日

土用鰻(どよううなぎ)

 季節ごとのイベントは案外大事にする私。イベントを盛り上げる最大の要素は、誰がなんと言おうと食べ物。正月ならおせち料理、節分なら巻き寿司、ひな祭りなら菱餅、端午の節句は柏餅。そして、7月、土用といえば鰻。土用の丑の日には毎年必ずスーパーで鰻を仕入れて食べることにしている。元気をつけなくっちゃ。
 「土用」は夏の季語。一般に土用というと夏だが、実は春夏秋冬それぞれの季節の終わり約18日間を土用と言う。ちなみに、今年夏の土用の丑の日は7月19日と7月31日の2回。土用の間の2度目の丑の日を「二の丑」という。この「二の丑」自体はよくあるのだが、7月中に2回あるというのはなんと1796年以来、213年ぶりらしい。しかも今年は丑年だ!こういう情報にはかなり弱い。記念すべき「二の丑」の日、必ず土用鰻を食べよう!!

(中谷仁美(船団の会 会務委員))


2009年7月12日

裸(はだか)

 「あっ 裸!」
 あちらこちらに浮かんでいる船の上では、男女が裸で太陽をさんさんと浴びている。フィンランドの夏は、深夜まで太陽が沈まない「白夜」。国土の約70%が森林で約10%が湖沼に覆われている森と湖の国である。湖の数は18万以上もあり、童話のムーミンの故郷でもある。
 友人が世界中を旅して、ここが一番気に入って住んでいるので遊びにきたのだった。友人は学生時代より語学に秀で、いくつもの言葉を自由自在に操っていたが、将来は外国に住みたいと考えていた。ティータイムのラズベリーのたっぷりとはいったケーキは、森の香がした。スナフキンのように過ごしている友人が、太陽のように眩しかった。

(田 彰子(船団の会 会務委員))


2009年7月5日

夏休み(なつやすみ)

 高校は教室に冷房が入った頃から、夏休みがどんどん短くなってきた。7月後半は夏期講習があり、8月は19日から授業が始まる。 吉田拓郎の「夏休み」の歌に「きれいな先生もういない」という歌詞があったが、教師には夏休みはない。部活動の付き添いなどで結構忙しい。
 私が子供の頃の夏休みは、一日中ボ−ッと入道雲を眺めていたりしたものだが、最近は子供も教師も、夏休みでさえゆとりがなく、バタバタしている。自分自身と向き合える時間が少しでも欲しい夏休みである。

(近藤千雅(船団の会 会務委員))