週刊:今週の季語 バックナンバー
2010年3月28日

花見(はなみ)

 何となく慌ただしく日々が過ぎて行くと感じる時がある。桜の季節もそんな時期だろうか。花見にゆったりと出かけられるときはいいのだけれど、忙しい時は、近所の公園で花見をすることも多い。30年前は1メートルぐらいの桜の木だったのが、もう今はりっぱに成長している。毎年花見客は増えて行くし、土日はバーベキューの煙が立ち込める。なぜ花見でバーベキューなのだろうか?30年前は違ったのに。あと30年後は何が花見弁当になるのだろうか。あっ、肝心の花を見なくては。あら、なぜか桜の枝に絵馬がぶら下げてある。「中学生活は楽しく過ごせますように」と、書いてあった。そうだね、空を見上げて、花を見て、楽しく過ごせますように。

(小枝恵美子(船団の会 会務委員))


2010年3月21日

春眠(しゅんみん)

 キムタクの夢を一晩に二回も、しかも立て続けに見た。初めは広い草原が続く(どうも芽吹く前の枯れた雑草だ)広場に観光バスらしき物体が停車した。すると赤い服をきた(マントだった)キムタクがバスに乗り込んで白い紙切れで仲間とゲームを始めた。歓声が上がった。・・・そして消えた。次は事務所に座って四・五人の仲間とキムタクが雑談をしている。オトコばかりの仲間。色は灰色だった。
 春暁のだるい光に夢を引きずって目覚めた。この夢は昨夜「船団」誌で「俳句五百年―キムカズの登場」を読みながら眠ったせいか。エッセイには全く関係のないはずの夢だがどこかでつながっているのだろう。現実に返って100年後の俳句についてむすめと会話した。「もう私たちは居ないわ」。当たり前なのだけれど妙に納得した。

(藏前幸子(船団の会 会務委員))


2010年3月14日

いかなご

 3月の声を聞くと、故郷赤穂の浜には釜揚げされたいかなごが所狭しと天日干しされる。中学生になると春休みにその手伝いができてお駄賃がもらえた。時々混じる白魚は取り除かねばならないので、大人たちは持ち帰っていたが私たちはその場で食べた。大人になってあのつまみ食いした白魚が高級魚だったことを知った。そして佃煮は「くぎ煮」と呼ばれ、今や各家庭で作られることが春の風物詩となっている。先日、閉店間際のスーパーで半額になったいかなごが次々と売れていくのを見て、つい実山椒とともに買ってしまった。以前、かき混ぜ過ぎて形を崩してしまったので、今回は泡立ちを眺めながら煮汁がなくなるまで辛抱強く触らず待ち続け、まずまずの味に仕上がった。毎朝娘がご飯の友にし、私はお弁当に入れている。

(尾上有紀子(船団の会 会務委員))


2010年3月7日

金縷梅(まんさく)

 我が家の裏の車2台分の駐車スペースを庭にしようと計画中である。これまでに砂利を取り除き、柵をして、戸を作った。まだ少し砂利が残っているので、ヒマなときに拾っていくつもり。そしてそれから柵には蔓を這わせ、所々に木を植える予定である。
 近くには城跡があり、その中には植物園があって、いろいろな山野草と木々が丁寧に育てられている。入園時に名前を記入するだけで無料。もちろんそれぞれの名前の札はあるのだが、時々園の方が説明してくれるところがいい。散歩がてらそこへ行っては、庭に植える木々の学習をしている。もちろん季語を感じることもできる。目をつけているのは今ちょうど咲いている「あてつまんさく」。普通の金縷梅は赤みがかった黄色だが、「あてつまんさく」は緑がかった黄色、ほぼ黄緑で、枝振りが軽やかなところがいい。

(小倉喜郎(船団の会 会務委員))


2010年2月28日

春めく(はるめく)

 阪急電鉄京都線、茨木市駅の大阪方面に向うホーム。ここにある売店で、毎朝、通勤の時にオロナミンCを買って飲む。もう1年以上になるが、春めくこの時期は、喉越しの爽快感が特にいい。半年ほど前から、この売店のTさんは、私の姿を見つけるとオロナミンCを出して、レジで待っていてくれる。今朝もTさんが準備をして待っている。そばで、受験に向うらしい男子高校生二人が、オロナミンCを飲んでいる。

(岡 清秀(船団の会 会務委員))


2010年2月21日

風光る(かぜひかる)

 階段をのぼっているとかすかに歌声が聞こえてきた。4階の通路に女の人がいた。どこかをみつめて、揺れながら歌っている。何か素敵なものをみつけたのだろうか。そのまま7階から屋上まで上がってみることにした。
 なだらかに北へ延びる生駒の山並。こんもりしているのは垂仁天皇陵と唐招提寺の森。薬師寺の二つの塔、東塔は覆いがかかっている。少しこげている若草山から春日の山。復元された平城京の大極殿が小さく見える。時々、何かきらきらしているのは、軒に吊り下げられた風鐸かもしれない。千三百年前にも、何かをみつめて歌う女の人がきっといて、その時やっぱり風は光っていただろう。

(山田まさ子(船団の会 会務委員))


2010年2月14日

金縷梅(まんさく)

 釈迦岳中腹の雪がざりざりのざらめに変わった頃、立ち木の根元のまわりからまず雪が融けて山の地肌があらわれる。そんなところにビニール・シートをひろげてあぐらをかき、テルモスの湯をカップラーメンにそそぎ、両手でカップをかかえこんで3分間待つ。どこかで小鳥の地鳴きがかすかに聞こえ、谷向かいには雪をまとった堂満岳が蒼空にそそり立つ。すぐ前にあるまだ葉を落としたままの木に目をやると、枝先、小枝の途中などあちこちに黄色の糸くずがついている。近づいてよく見ると、糸くずは細長い黄色の花弁で、萼がくすんだ紅色の小花とわかる。カレーの匂うラーメンをすすりながら、あの糸くずは気にしなければ見えないし、気にすればめざわりのようでもあるし、無ければたしかにさびしいだろうし。

(宮嵜 亀(船団の会 会務委員))


2010年2月7日

早春(そうしゅん)

 冬のはじめ、植木鉢のコニファーの木に褐色の大きい蟷螂がいるのに気づいた。頭を地面、お尻は上に向けた姿勢で細い幹にしがみついている。近づいても身動き一つしない。よく見るとお尻のほうに草餅色の卵があるのに気づいた。1センチほどの小振りなものだが3本ほどの筋がついている。3センチほどのは何度も見たが、こんなに小さな卵は見たことがない。もしかしたらこの蟷螂、わたしと目が会ったことで産卵を途中で止めたのかもしれない。20分もすると卵は草餅色から褐色の幹と同じ色の保護色に変わった。
 立春も過ぎた今では木の瘡蓋のようだ。雪も降らないこの冬、春は早くやってくるかもしれない。日当たりのいい場所だから、邪魔者扱いしないから、早く蟷螂の誕生を見たいとわたしも早春の日差しに当たっている。

(陽山道子(船団の会 会務委員))


2010年1月31日

懸想文(けそうぶみ)

 身内に三人の草食男子あり。親はどこぞ良き縁はないかと煩く言ってくるが、そこらへんにころがっているものでもない。そこで今年は須賀神社の節分に行くことにした。ここには烏帽子水干の懸想文売りがいて、梅の枝につけた懸想文を売っている。これを大切に箪笥などにしまっておくと、「良縁に恵まれる」とか「容姿端麗になって衣装が増える」とかに効果抜群(らしい)。送ってあげるとちょっと笑えるかなと。私の「ひとり節分ツアー」の須賀神社コースは、道を挟んで向かいの聖護院の鬼退治をみて、必ず老舗本家の八ツ橋を買って、必ず老舗河道屋で鰊蕎麦を食べる。帰るバス停近くには熊野神社があり、そこの泥棒除け護符もいただき、「よしっ、ことしも元気!」と春を迎える。

(火箱游歩(船団の会 会務委員))


2010年1月24日

猪鍋(ししなべ)

 このあいだ気の置けない友人3人と能勢の温泉に日帰りで行き、のんびりとしてきた。そのとき出てきた昼食が猪鍋。ふつう牡丹鍋は、スライスした猪肉を味噌で煮込むことが多いので、味噌の味しかしない。が、そこでは超薄切にした猪肉をしゃぶしゃぶのように沸騰したお湯に通した後、秘伝のだし汁で食べる。それとは別に、陶板で焼いた猪肉に粗塩をふって食べる。どちらもすこぶる美味。
 食べながら、それぞれの奥さんがへそを曲げたとき、どんなおみやげが一番効果があるかという話題で盛り上がった。

(早瀬 淳一(船団の会 会務委員))


2010年1月17日

氷(こおり)

 「先生、鯉の池が凍ってる!」「先生、鯉も凍ってた!!」朝教室に入ってくるなり口々に報告してくれる1年2組のかわいい子どもたち。どのほっぺたも真っ赤。寒い朝、学校の観察池がついに凍ったのだ。これこそぜひ観察せねば。1時間目、早速35人のちびっこを引き連れ外へ飛び出した。
 観察池は想像以上に厚い氷に覆われていた。1p近くもある。始業前にさんざん割られてしまっていたようだったが、それでもまだいくつも大きい氷が浮いていた。子どもたちは池の中を一生懸命のぞき込み、氷をさわりたいけどさわっていいのかなと迷っている様子。真っ先に手を伸ばしたのは私。大きな氷を持ち上げてぱきっと割ってみせると、わあーっと歓声があがり、同時にいくつもの手が観察池の中へ伸びた。それからしばらくは氷掴み大会。「冷たい!」「手が痛い!」「ぼくのがいちばん大きい!」なんだかんだと言いながら氷の感触を楽しんだ。
 やがて、鯉は凍っているのではないということを確認してから花壇に大移動。花壇には霜柱あり、踏んでみたり土を掘ってみたり、ここでもひとしきり大はしゃぎ。
 最後に、ひとりひとつずつヨーグルトの空容器に水を入れて日陰に置き、明日の朝氷が張ったらいいねと話して1時間目を終えた。
 いつもは苦手な寒い朝、ここ数日はちょっぴり楽しみだ。

(中谷仁美(船団の会 会務委員))


2010年1月10日

鴨(かも)

 「そこは、琵琶湖ではないですよ」と、やっと出会えた人に言われ唖然として顔を見合わせた。琵琶湖を目指して歩いてきたのだが、方向を間違えたのだ。雪がはげしく降っている。大晦日の夜。例年だったら暖かい部屋で「紅白歌合戦」を見ているころだろう。湖北で新年を迎えたい。運がよければ、雪が降るかもしれない。運が良かった。いや、良すぎた。一面に雪、雪、雪。何も見えない。駅には駅員がいない。タクシーもいない。やっとの思いでホテルに到着した時には、ずぶ濡れで凍りついていた。
 翌朝、雪が舞い散る湖に鴨、鴨、鴨。こんなにたくさんの鴨を見たのは、初めてである。鴨は、寒くはないのだろうか。 鴨鍋に姿を変えないように無事を祈りつつ、湖北を離れた。

(田 彰子(船団の会 会務委員))


2010年1月3日

カルタ(かるた)

 お正月は歌留多でよく遊んだ。子供の頃は弟と競った。どちらが多くとれるか必死になったのを覚えている。たいてい読み手は父。そしていつも勝つのは母であった。どうしても勝ちたくて こっそり十八番を作ったりしていた。歌の内容はさておき 取り札の初めの仮名が決め手だった。「をとめのすがた」「きりたちのぼる」「とやまのかすみ」がお気に入りだった。最近はやはり 心を打つ歌に惹かれる。壬生忠見の「恋すてふ」が好きだ。 1月は高校で1年生クラス対抗百人一首大会が開かれる。寒い体育館いっぱいに8グループに分かれ 生徒たちの熱気に包まれる。

(近藤千雅(船団の会 会務委員))