週刊:今週の季語 バックナンバー
2010年6月27日

虹(にじ)

 虹が出ると幸せな気分になり、一人で見るのは勿体なくて主人や子供達に「虹が出ているよ、空を見てごらん」とメールをする。
 塩見恵介氏の句集「泉こぽ」にある「寝転んで虹はひとりにひとつずつ」は私の愛唱句。
 登山をしていると虹とは原理が異なるがブロッケン現象に出会う事が稀にある。新田次郎の著書「槍ヶ岳開山」によると播隆上人の時代は阿弥陀如来が姿を現したと考えられていたようである。残念ながら私は槍ヶ岳では姿を見せて貰えなかったが、谷川岳、白馬岳、北岳縦走時、また昨年は奥穂高岳と大山で出会う事が出来た。毎回感動し、カメラのシャッターを切る。今年も虹やブロッケン現象に出会えたらいいな〜。楽しみでわくわくする。

(鶴濱節子(船団の会 会務委員))


2010年6月20日

ざりがに

 首すぢにほつと螢の生まれけり     蓉子
 本当は逢いたし拝復蝉しぐれ      澄子
 ゆふぐれと気づく辛夷の下に来て    美紗
 悪人の往生したる涼しさよ        昭夫
 万年の水のかたまり夏の河馬      稔典

 先日船団賞受賞でいただいた審査員の方々の色紙を壁に並べて貼っているのだが、毎日この前にいるのは次男坊。なぜなら、そのはるか下にざりがにを飼っているからだ。雨の日のつれづれ、えさの煮干しを紐に垂らし、「ツレタ、ツレター!」と声を上げる。毎度、懲りずに釣られるざりがにの、逆カンダタのような業の悲しさ。もしもし、其処でその遊び、やめてくれませんか。

(塩見恵介(船団の会 会務委員))


2010年6月13日

紫陽花(あじさい)

 大阪市内の地名の由来について調べてみると、意外な事実があったりする。例えば、「天下茶屋」は秀吉が足を運んで茶を楽しんだ屋敷があったからだという。 つい最近訪れた「空堀(からほり)」は、やはり、秀吉が大阪城を守るため城の南側に築いた外堀が、水を入れない空の堀だったことから「空堀」の名がついたと言われている。戦火の被害が少なかったので、昔ながらの長屋が残っている。上町台地の起伏ある地形を路地が複雑にめぐっていて、あちこちの坂道を降りると長屋が密集し、まるで昭和の時代にタイムスリップした気分を味わうことが出来る。若い人たちも住んでいるようで商店街も活気がある。所々の路地の片隅には井戸があり、傍にベンチを置いて憩いの場としている。そのまわりには、紫陽花が青空を映すように瑞々しく咲いていた。

(小枝恵美子(船団の会 会務委員))


2010年6月6日

燕の子(つばめのこ)

 今年は天候不順のせいか、燕の姿を見かけないないまま6月になった、と職場で話していると、「商店街には例年通り、燕の巣がたくさんあるよ。」と同僚に言われ、見に行った。
 アーケードの軒下にいくつも巣があり、成長して大きくなった燕の子がもう狭くなった巣でじっと留守番をしていた。天候不順→野菜が不作→虫がいない→餌がない、だから燕が少なくなっている、という人もいる。環境の変化で、もう「土食って虫食ってしぶーい」と鳴く声や低空飛行の燕に出会えないのかと、心配していたのでほっとした。帰り道、幼稚園で習った、
 ♪つばめになって 飛んで飛んで 遊ぼう
 5月のお空を 飛んで飛んで 遊ぼう
 ハイ スイスイスイ ハイ スイスイスイ ♪
という歌を思い出した。

(尾上有紀子(船団の会 会務委員))


2010年5月30日

守宮(やもり)

 ある夜、80年の木造の我が家のトイレに守宮の子どもが迷い込んだ。体調10センチくらいだっただろうか。窓ガラスに集まってくる虫を食べに来て、間違って入り込んでしまったのだろう。トイレのタンクの裏や、壁に掛けている四角い織部釉の花器の裏で2、3日過ごした後、最後には床の隅でじっとしていた。しかたないので、手で捕まえて外へ出してやった。「またおいで」と言って出してやったのだが、その後はまだ現れていない。
 ちなみにこのトイレの窓には木製の格子がある。ここへ越して来た時に私が作ったもので、見た目は頑丈そうだが、守宮だけでなく、その気になれば人間も侵入できそうである。

(小倉喜郎(船団の会 会務委員))


2010年5月23日

風薫る(かぜかおる)

 奈良は今年平城遷都1300年。平城宮跡から秋篠川べりを歩いて帰った。左岸は整備された桜並木の自転車道だが、右岸は幅も狭く未舗装の部分も多い。唐招提寺の森の脇の土はいつも湿っている。うちの近くは小石がごろごろだ。小さな公園の桜、あちこちの柿の木、伸び放題のお茶も野ばらの藪もどれも緑が美しい。からたちは小さい実をつけ、長く伸びたとげがまだやわらかい。少し疲れてだんだんゆっくりになる。「上を向いて歩こうを歌いながら歩くといいよ」山歩きの達人から、この間教わった言葉を思い出して歩幅を広げる。大きな柿の木が5本ある、小さな畑のあるところまで来たら家はもうすぐだ。

(山田まさ子(船団の会 会務委員))


2010年5月16日

田植(たうえ)

 故郷に「手間換え」と言う制度があった。村人が農作業などで互いに労力を交換する相互扶助の制度である。この手間換えで村人が最も多く集まるのが、大町田(おおまちだ)と呼ばれる田の田植え。田は村で一番広く、初めて海を見た村の子に、「海は広かったか?」と尋ねると、「うん、大町田より広かった!」と答えたと言う。
 この大町田の田植えは、「嫁殺し」と呼ばれていた。田に一本の綱を張り、それに沿って一列に並んで田植えをするが、あるとき新嫁が参加した。嫁は、植えた部分は頭を上げれば分かるが、残りが分からない。村人の手前、腰を伸ばして後ろを振り向くこともできない。そこで、植えている最中に、そっと股のぞきで後ろを見たのだが、残りのあまりの広さに卒倒してしまったとのこと。
 過疎化した今、老人が一人、機械を使って大町田に植えている。

(岡 清秀(船団の会 会務委員))


2010年5月9日

五月(ごがつ)

 つづら折れの青葉道路を走って御岳(おんたけ)7合目付近の駐車場に到着。近くの北向き斜面には1メ−トル以上の雪が残る。峰の8合目あたり以上では南面でも同様にどっさり残雪があり、真っ白に輝いている。冬季のスキー用リフトのプラットフォームはすばらしい展望台で、北の乗鞍岳の彼方にやはり雪をかぶった穂高連峰が見える。前穂高岳のピークが変形している。双眼鏡で見るとその向こうの槍ヶ岳の一部が重なって見えていたのだ。あとからやって来た若いカップルに双眼鏡をわたして、「ほら、前穂の向こうに槍が見えるでしょう」とか何とか、仲間の1人が説明している。「そんなこと言われてもわかりません」。
 新緑のフィルターを通ってきた風が吹きわたり、カップルがくれたミントチョコレートを口に放り込む。

(宮嵜 亀(船団の会 会務委員))


2010年5月2日

鯉幟(こいのぼり)

 ベランダの手摺りにくくり付けられた、小さな鯉幟がクルクル泳いでいる。お雛様は家の中に飾られるので見えないが、鯉幟は小さくても「男の子が生まれたんだぞ!」とばかり、外で元気に泳いでいる。親たちの子どもへの希望があふれている。
 先日、富田林の河川敷で300匹の鯉幟があげられていた。だが、竹の支柱38本のうち11本が倒され、一夜にして無残な姿となっていた。竹は地中に埋めてある1,5メートルの管にさしてあり、大人2人以上の力でないと引き抜けない重さだという。 こういう形でしか自己アピールができないのは悲しい。

(陽山道子(船団の会 会務委員))


2010年4月25日

霞(かすみ)

 家から斜交いに大文字が見える。あそこへ行ってみたいとずっと思ってきた。先日、体力があるうちに行こう!と決行した。桜満開の哲学の径、銀閣寺門前を過ぎると、大文字山はすぐそこに迫る。山道に入ると、恋する鳥の声が賑やか。この日のために買い、履き慣らした靴は快調。休み休み40分程で大文字の大の一のところに着いた。一汗かいた体に山肌を渡る風が心地よく、洛中が一望できる。ところどころ桜の白いかたまり、御所や神社の森のかたまり、鴨川は一本の線となって見える。洛中の町も人も千年の歳月も、静かにぼんやり春の霞のなかに沈んでいた。

(火箱游歩(船団の会 会務委員))


2010年4月18日

山笑う(やまわらう)

 洗濯がおもしろい。たまにやるからだが。まず、風呂の残った水をポンプで吸い上げ洗濯機に入れる。ホースの先の吸い上げ器を浴槽の底に水平に置くと、最後の水まで吸い上げられる。水を無駄にしないですみ、うれしい。次に、「洗い」の時間の長さ、「ゆすぎ」の回数、「脱水」の長さを自由に決めて、洗剤を入れ洗う。汚れの脂肪分の粒子が洗剤酵素の粒にはさまれて、布の繊維の編み目から次々とつまみ出されていく様を思い浮かべながら、ふたの透明の窓から洗濯機の中を覗いていると、飽きない。そしてベランダに干す。水の無数の小さな一粒ずつが、光に乗って上空へ上っていく。裏の摩耶山も日の光に照らされて笑っている。

(早瀬 淳一(船団の会 会務委員))


2010年4月11日

花筏(はないかだ)

 伊丹市の小学校に異動して2度目の春がやってきた。昨年度はとにかく新しい職場に慣れることに精いっぱいだったのだが、1年経つとさすがに少し余裕が出来てきた。そう思ったきっかけは、花筏。
 帰り道、自転車を漕いでいて学校のそばの小さな川にたくさんの桜の花びらが浮いているのを見つけた。本当に細い流れで水も少なかったのだが、浮かんだ花びらがふわりふわりと流れていく様がなんとも可憐で、思わず立ち止まって眺めてしまった。昨年の春には気づかなかった「春」だ。
 勤務先の校区は有名な植木産地。ワシントン・ポトマック河畔の桜の産地であるらしい。ポトマック川の花筏はどんなものだろう、と思いながらスーパーへ急いだ。

(中谷仁美(船団の会 会務委員))


2010年4月4日

松露(しょうろ)

 淡路島に松露を採りに行くことになった。海岸の砂浜の松林に埋まっている茸だそうである。まだ見たことも食べたこともない。想像の茸は、地球儀ぐらいに膨らんでいった。
 子どもの頃、宝探しをしたことがある。胸をときめかせながら、七色のビー玉やおはじきを探し当てた。そんなことを思い出しながら、杓文字で松の根元をやさしく丁寧に掘り続けている。まるで、遺跡を探し求めているようだ。もう、1時間ぐらい過ぎたのだろうか。
 突然、丸いものが足元に転がってきた。眼を凝らすと砂地に白い球形のものが、行儀よく6つ並んでいる。松露だ。傘茎の区別がない。
 収穫したものを宿の夕食で味わったが、遠くの波音に消えていく不思議な食感だった。

(田 彰子(船団の会 会務委員))