週刊:今週の季語 バックナンバー
2010年12月26日

行く年(ゆくとし)

 2010年もあと数日で行こうとしている。今年はショパン生誕200年だった。8月にはワルシャワで、アルゲリッチやダン・タイソン等も参加して、1か月にわたって「ショパンフェスティバル」が開催された。最終日には、ワルシャワ・フィルとスタニスラフ・ブーニンが共演した。その時に演奏した「アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ」を日本でもブーニンが弾くというので聴きに行った。2年に一度はこの人のピアノを聴いているが、今年は特に心に残った。200年という年月が人の心を熱くするのだろうか。次のショパン生誕300年に私は生きていないけれど、200年という節目に遭遇したことはうれしいことだった。

(小枝恵美子(船団の会 会務委員))


2010年12月19日

サンタクロース

 街中に電飾とクリスマスソングがあふれ、子どもたちはサンタクロースからのプレゼントを心待ちにしている。それがいつの頃からか、サンタクロースは実在しないとわかり、大人への一歩を進む。わが家の大学生の息子は小学2年生の時にサンタクロースに流行りのゲーム機をお願いした。そもそもサンタクロースに注文をつけるのはおかしいと思いつつ、それまではずっとお願い通りのプレゼントが届いていた。ところが25日の朝、枕元には「学習漫画日本の歴史全18巻」が置かれていた。わくわくしながら包みを開けた途端「こんなん頼んでないー!」と号泣し、クリスマスムードは一転した。
 次の年、名誉挽回を図ろうと、サンタクロースに何を頼むのか尋ねても「何でもいいわ」と寂しそうに言った。そのうち、実は親が用意しているとわかってからは、明るいおねだり交渉となった。でも、「世界の歴史全16巻」も愛読する歴史大好き少年となったことは、サンタクロースも喜んでくれていることだろう。

(尾上有紀子(船団の会 会務委員))


2010年12月12日

師走(しわす)

 ここ10年くらいだろうか、DIY(Do it yourself)という言葉が日曜大工という言葉に取って代わっている。近くのホームセンターに行けばあらゆる工具や材料が販売されており、その気になれば家も建つそうである。
 現在わたしは玄関横の幅2メートル以上あるガラス戸の格子作りをしている。金槌と鋸とノミという原始的な道具で作り始めてもう半年近くになる。いかに技術を使わずにしかも美しい格子は出来ないものかと、近くの大型ホームセンターに行っては構想を練って、試行錯誤を繰り返し、ようやく形になってきた。この間に買ったものは、脚立、3種類の作業台、電動ドリル、ジグソー(小型電気鋸)、ブロアー等である。今では鋸や金槌、ノミはほとんど使わない。今年も残すところあと少し、格子の完成を急がねば急がねば。

(小倉喜郎(船団の会 会務委員))


2010年12月5日

虎河豚(とらふぐ)

 「季語が動く!」句会の評で時々聞く言葉だ。確かに季語か動いている。 先日、仕事の関係で伊勢志摩方面に出かけた。昼食にフグ料理のフルコースがでた。「あのりふぐ」。伊勢湾の安乗沖を中心に、遠州灘から熊野灘にかけて獲られる天然トラフグで、三重ブランドである。美味しい。食後、水槽を眺めていると「海水温の上昇か、最近少し小さくなっているんですよ。」と店員が言う。
 そういえば、地球温暖化や海水温上昇が進むと、リンゴは青森より北海道が主な産地となり、フグは下関より銚子あたりが有名になると、何かで読んだことがある。
 環境の変化に合わせて、果物も魚も移動して行くが、私たちは同じ場所に留まっている。このようにして、詠む季語も、句会後の飲み会の料理も変わって行くのだろうか。

(岡 清秀(船団の会 会務委員))


2010年11月28日

初雪(はつゆき)

 今年はチェーホフ生誕150年だ。父も生きていれば100歳と思うと、100年というのもそう遠くないことと思う。本棚を片付けていて、古い切抜き帳をみつけた。日付などの記入もせず、興味あることだけを貼ったものだ。その中に、詩を切り抜いたものがあった。30年位前のものだろうか。新聞の活字が現在よりもかなり小さい。
 雪ガフッテイル
 チ
 エ
 ホ
 フ
 ソンナオトシテ降ッテイル
 調べてみると、清水正一の「雪」という詩の前半の部分だった。そろそろ初雪の時季だ。

(山田まさ子(船団の会 会務委員))


2010年11月21日

茶の花(ちゃのはな)

 気持のよい天気の日はぶらぶらと散歩に出掛けたくなる。先日も近所の疎水べりから藤森神社へと足が向いた。境内の大きなクスノキを見上げ、鳥居を後に少し行くと京阪の墨染駅前の商店街。夏目漱石も歩いたという、大亀谷へ続くこの墨染通りは好きな道だが車がけっこう多い。漱石が歩いた頃はどんな坂道の風景だったのだろうなんて思いながら、どうやらJRの藤森駅。この辺で引き返すつもりが、穏やかな日和に誘われてひょいと奈良行きの電車に乗る。目的地無しに車窓を流れる遠くの山並みや田んぼや畑を眺めていると、どこかの知らない駅で降り、知らない風景に染まるのもいいなと早速、玉水駅で降りてみる。駅で貰った地図を片手に歩いていると、ひっそりと咲く茶の花に出会えた。

(薮ノ内君代(船団の会 会務委員))


2010年11月14日

ボジョレ・ヌーボー

 乾杯!バーベキューは佳境に入った。真っ赤な炭火の上で焼き肉がじゅーじゅーと 煙をあげ、香ばしい匂いがあたりにただよう。熱くなって透き通ってきた玉ねぎは食べごろ。と、ポツリ、ポツリ。サーッと来た。次はザーッ。脱いだヤッケや生肉やぶった切った野菜の袋やをかかえて、近くに停めた車にあわてて逃げ込む。今日は曇天が気にかかっていた。仲間の1人は奥方とのランチをキャンセルして一悶着の末、この里山の宴に参加した。「やっぱ、タタリか」、彼がつぶやく。20分後、バーベキューの火皿には1センチの水が溜まっていた。だが、乾杯の時に開けたボトルの中は完全無傷。車へ逃げる時、誰かが栓をしていったのだ。

(宮嵜 亀(船団の会 会務委員))


2010年11月7日

冬の虹(ふゆのにじ)

 初ライブをした。私が演奏したのは、ドラム。某音楽教室の違う楽器を学んでいる違うクラスの人たちが集まってバンドを組んだ。年齢も、職業も全く異なる初めて会うその人たちと演奏しても初めのうちは全く音が合わなかった。どうなることか心配になった。そこで毎日家で曲をひたすら聴いてイメージトレーニングに励んだ。あまり同じ曲ばかりかけるので、家族にはうんざりされた。学生時代の軽音部の後輩にも付き合ってもらい、スタジオに通い個人的に猛特訓した。全身が筋肉痛になった。他のメンバーもそれぞれ練習を積んでいたようだ。何回も練習を重ねるうちに、皆の音がだんだん合うようになっていった。本番当日、ステージでドラムの前に座ったとき、不思議と落ち着いていたのは、メンバーとの日々を思い返し、がんばろうと思えたから。あれだけ練習したのだから大丈夫だと。メンバーの心がひとつになったとき、冬の虹が、ステージの上にかかった。

(藤田亜未(船団の会 会務委員))


2010年10月31日

露草(つゆくさ)

 近所をすこし散歩すれば、日陰できれいな瑠璃色のこの花を見かける。花びらが散ったあとの蛤形のふっくらした苞葉で、ままごとの食卓の“柴餅”として遊んだりした。 露草は月草、蛍草、帽子花、青花とも呼ばれ、露草を詠んだ句は多い。「露草も露のちからの花ひらく」(飯田龍太)、「露草や飯噴くまでの門歩き」(杉田久女)。あの人目をひく青さや、露の多い季節の一日花としてのはかなさが愛される所以なのだろうが、畑作りをする者にとってはやっかいな草でしかない。草を曳いて積み上げておくと、どの節からでも根付いてしまうからだ。きれいさやはかなげに見えるものの裏には強情なまでの生命力がある。

(陽山道子(船団の会 会務委員))


2010年10月24日

秋日和(あきびより)

 京都洛北の一乗寺はふだん着の町だ。町には金木犀の香りが濃く溜まっている。トロ箱に植えられた黄色い菊が輝いている。甲虫を売っていた「カブトムシ倶楽部」はカーテンを引いたままになった。恵文堂は、新刊がさっさと並ぶでなく、古本屋でもなく、マニアックな本が麗々しく並べてあったり、素敵な雑貨があったり、不思議な本屋だ。私にとって必要な本を買いにゆくのでなく、本たちに出会いにゆく場所だ。出会い探しに疲れて椅子に座ると(椅子があるのです!)目の前に穂村弘の昔のエッセイがあった。疲れに穂村君は効くかなと座り読みをする。ほー、穂村君の「ほむほむ」は「手紙魔まみ」がつけたのか・・・なんて、秋の午後が過ぎる。

(火箱游歩(船団の会 会務委員))


2010年10月17日

台風(たいふう)

 ずいぶん前のことである。台風は楽しみと捉えている人がいて驚いた。子どもの頃から地震雷火事台風が、とても怖いものとして認識していた。その一つである台風が、楽しみだなんて何処を押さえたらそうなるのん?と、聞いた。「あら、今日は台風と気象情報が発表されると、遠足の時のようにお菓子や果物を買い集め、お握りまで作るからうきうきしてしまう」と彼女はいう。ああ、そう言えば買う買う!お握りも我家でも作るしッ!なるほど、それらは非日常と言うべき、うきうきしたくなる行為ではないか・・・。この時、私に取り付いていた怖い感は落ちた。などと言えば、実際家が流れたり、命さえ無くしたりする場合もある。それを思うと、とても浅薄ではある。しかし、私はこの事で、視点を少し転じれば気持ちが広がったり、対象と与しやすくなれるんだと学習した感である。つまり、子どもから脱皮したのである。

(中林明美(船団の会 会務委員))


2010年10月10日

さつまいも

 故郷淡路島では、今、猪の親戚イノブタくんが猛威をふるっている。家畜だったものがいつの間にか野生化し、ものすごい勢いで繁殖。今や島内のあちこちで田畑を荒らしているらしい。通電する柵を張って対抗するが、さすが猪突猛進と言うだけあって隙あらばやってくる。実家もたびたび被害に遭い、畑の作物が掘り返されたり、田んぼが踏み荒らされたりと困ったものだ。
 そんなイノブタくんの好物のひとつが、この季節とってもおいしいさつまいも。先週末、父が畑でとれた今年初物のさつまいもを掘ってきてくれた。オーブントースターでこんがり焼いて、いただきまーす。イノブタくんの度重なる襲来を乗り越えた味かと思うと、おいしさ倍増。もりもり食べてしまった。

(中谷仁美(船団の会 会務委員))


2010年10月3日

山粧う(やまよそおう)

 日本列島の紅葉は北海道大雪山系から始まり南下する。今頃日本アルプス等の山々は、やがて訪れる冬を予感しつつ、短い秋を精いっぱい燃え立っている事であろうと思いを馳せる。昨年秋、奥穂高岳登山の折に立ち寄った涸沢カールの紅葉は実に素晴らしいものであった。穂高連峰を背に真っ青な空、雪渓の白、ナナカマドの燃えるような紅、ダケカンバの黄、ハイマツの緑が絶妙のコントラストを奏で、まさに峻岳を彩る山の秋である。
高山や低山の里山は山肌にあった樹木により粧い方もさまざまで、それぞれ味わい深いものがある。私はいずれも「きれいだよ、ありがとうね」と言葉をかけて楽しんでいる。遠くから愛でるもよし、分け入って山歩きをするもよし、山々は誇らしげにおしゃれをして私達をもてなしてくれているように思う。

(鶴濱節子(船団の会 会務委員))