週刊:今週の季語 バックナンバー
2011年9月25日

秋の昼(あきのひる)

 近所の商店街を歩いていると、外国人の青年が私を追い越して行った。彼は駄菓子屋の前で立ち止ると、水を張ったボックスで売られている缶コーヒーを手にし、リュックから本を取り出して、「コレサムイ。」と店のおばさんに話し掛けた。おばさんは、「私、英語分からない。」と首を横に振る。彼は再び本を目にして、「コレサムイ。」と繰り返す。おばさんは、「私、英語分からない。」と身振りを益々大きくして応える。彼は怪訝な顔をしながら、缶コーヒーを買い去って行った。彼は、本の「cold」から「寒い」の単語を見つけ、本来なら「これ、冷えてる?」と言うところを、「これ、寒い?」と言ったのだろう。おばさんも、彼の言葉を英語と思いこんでいたのだろう。
 爽やかな秋の昼の出来事。

(岡 清秀、「船団の会」会務委員)


2011年9月18日

柿(かき)

 「奈良の柿検定 求む、挑戦者!」。なんでも検定だなあと思いながら、過去問を見た。過去問といっても、昨年始まった検定なので50問だけだ。第1回第1問は、奈良を訪れ「柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺」とよんだのは、正岡子規、松尾芭蕉、せんとくん、夏目漱石のうち誰でしょう。他には、柿の収穫基準でもっとも重要なのは、色、大きさ、硬さ、ヘタの形のうちのどれでしょう。宮城県に古い柿の木の化けたものだとされ、柿の実をとらずにおくと妖怪になるという伝承がある。その名はおむすびコロリン、タンタンコロリン、コンコンコロリン、コロリンコロリンのうちどれでしょう。柿の学名ディオスピロス・カキのディオスピロスはギリシャ語だがその意味は、等々柿や柿渋、栽培、産地の文化など色々。
 他の果物は外観だけでは糖度が高いかどうかわからないが、柿は鮮やかに色づいたものほど高い。わかりやすくて好きだ。近所をぐるっと回ってみると、柿が思っていた以上に色づいていた。

(山田まさ子、「船団の会」会務委員)


2011年9月11日

月(つき)

 先日、故郷に帰った折、子供の頃一緒に遊んだ従姉妹と思い出話が弾んだ。
 あの頃は夏休みが終わるとすぐに子供会の仕事が始まった。地域ごとに六年生をリーダーにしたグループで、十五夜の行事の為に藁を集める仕事だった。放課後になると、近辺の家々へ藁を貰いに訪ね歩き、時には冒険気分で遠くまで行ってみるのも楽しかった。大量に集めた藁で今度は大人達が大綱を作った。その大綱を使い十五夜に綱引きや相撲をしたのだった。大きな満月のもと、相撲に勝った子も負けた子もノートや鉛筆を貰ったような。今はあの頃の田んぼはなく、記憶の中の風景だね、等とちょっとしんみりした私と従姉妹。
 美しい月の季節になった。

(藪ノ内君代、「船団の会」会務委員)


2011年9月4日

松虫草(まつむしそう)

 今の季節、北アルプス八方尾根あたりではいたるところで松虫草が咲き乱れている。
 タカネマツムシソウ。標高が高くなると背が低くなるが、概ね10〜50センチ程の茎に、径4、5センチの頂花をつけている。高山の冷涼な空気の中で濃い紫、楚々として凛とした気品を感じさせる花だ。特に山に登り始める朝がた、霧がベールのように流れると最高である。
 余談だが、ン十年前の高校時代に先輩からこの花の英名は朝の寡婦(モーニング・ウイドウ)と教わり、爾来何となく謎めいたこの英名が気に入っていた。ところがしらべてみると、英名のカタカナ表記はその通りなのだが、実は「喪中の寡婦」。モーニングはmourning!あの先輩め。僕は「朝の寡婦」と人に教えてきた。ゴメンナサイ。お詫びして訂正します。
 ところで、英名には他にもいくつかあって、その中に対極的な「朝の花嫁」(モーニング・ブライド)というのもある。まちがいなく、朝のmorning。上記の花のありようだけから考えたら、このうち(誤りのものも含めて)どれがピッタリなのだろう。

(宮嵜 亀、「船団の会」会務委員)


2011年8月28日

新豆腐(しんどうふ)

 まだまだ暑さが厳しい日が続いている。食欲も失くしがちである。 こういうときに口当たりもよく栄養価も高いのが豆腐である。その年に収穫された大豆で作られたものを「新豆腐」という。
 豆腐の消費期限は製造後3日が目安だそうだ。パックの中の水が黄色っぽくなるのは大豆の色素のフラボノイドが溶け出しているだけで、腐敗の目安にはならない。一度に使い切れなかった豆腐は密封容器に入れてきれいな水をかぶるくらい入れて豆腐が空気に触れないようにして冷蔵庫に保存するのがいい。

(藤田亜未、「船団の会」会務委員)


2011年8月21日

鈴虫(すずむし)

 連れ合いの知人が500匹も鈴虫を孵したという。それで我が家にもらってもらえないかといって、ガラス瓶と消毒済みの砂と枯れ草を束ねたもの4つと鈴虫10匹がやって来た。
 文鳥、十姉妹、兎、犬、金魚、メダカは飼ったが、鈴虫は初めて。この暑さの中、油断すると瓶は糞だらけ、餌の野菜にはすぐ黴が生えてくる。もう一度脱皮をしたら成虫になるのだというが、いつごろ脱皮するのか、雄と雌の区別もつかない。10匹の鈴虫がこのガラス瓶の中でいっせいに鳴き始めたら、鳴き声が共鳴しあって、瓶は?鈴虫は?大丈夫なのかしら。戸惑いながらも期待しつつ、毎日鈴虫たちをながめている。

(陽山道子、「船団の会」会務委員)


2011年8月14日

大文字(だいもんじ)

 朝の気まま散歩に、まず大徳寺に向かう。とりあえず会うことにしているのはイブキの老樹。もう疲れ果てて、沢山の突っかい棒や突っぱり紐で、この十年よく持ちこたえている。この夏も越せてよかった。帰りは西陣の北の端の路地を通る。あちこちの開け放った窓から、様々な目覚まし時計の音が聞こえる。甘い玉子焼きの匂いがする家、朝練に早々と出かける高校生が、ガラッと出てくる。一日が動き始めた路地が好き。家に帰り、ベランダの木々に水遣りをしながら大文字山を見ると、十六日に備え「大」の周りはきれいに刈られ、散髪したてのような清々しさだ。大変な2011年の夏も粛々と過ぎてゆく。
 ・・・どうか、震災で被災された御魂も、安らかにと願う・・・。

(火箱ひろ、「船団の会」会務委員)


2011年8月7日

燕帰る(つばめかえる)

 夏の終わる頃、燕がまるで一軒一軒別れの挨拶をするように、数羽が軒先を覗くように行くのを見た。別に人間に別れをしに来たのではなく、きっと仲間に旅の出発を告げに来ていたのだろう。はたして翌朝、あちら此方の電線に沢山の燕が集合していた。自然界の巧みな摂理というのか、燕は一羽一羽が正確に旅立ちの日を感じているのだ、何丁目のあの電線に集まるということを。私は旅立ちを見送りたかったが、通勤途上である我が身を悔しく思ったことだった。

(中林明美、「船団の会」会務委員)


2011年7月31日

トマト(とまと)

 「あのお寺の前の小屋で農家の人が朝市してはるんよ、ほら、これで150円!」
 朝、道で出会ったご近所さんがそう言って見せてくれたのは、ビニール袋に6つ入った大きな赤いトマトたち。どれもこれも個性的な形をしていておいしそうだった。
 人生4度目の引っ越しをした。2度目の京都。新しい生活の始まりは楽しいことも多いけれど、それに比例して不安も大きくなるものだ。この場所に暮らし始めてもうすぐ1ヶ月。声をかけてもらったり自分からかけてみたり、ようやく何人かあいさつを交わす人ができた。
 明日はトマトを買いに行ってみよう。そう思うと心が弾む。

(中谷仁美、「船団の会」会務委員)


2011年7月24日

清水(しみず)

 登山中に山清水や岩清水に時折出会うと、額の汗も足の疲れも全身清涼感に包まれる。 数年前千曲川源流に触れてみたくて、百名山の甲武信ヶ岳に登ることにした。奥秩父主脈の中央に位置し、千曲川、笛吹川、荒川の3つの源流を持ち本州の分水嶺となっている山である。標高2200m地点に「千曲川、信濃川水源の地標」がある。ダケカンバの根元の小さな凹みから清水が僅かに湧き出ている。この生まれたての清水が千曲川となり、信濃川と名を変え、全長367kmの旅を経て日本海へと注ぐ。日本一長い川の正に源流である。感動に浸りながら口に含む。冷たくて美味しい。何とも贅沢な清水である。ペットボトルに頂いて家人へのお土産とし、製氷してオンザロックで楽しんだ。勿論、山頂の大パノラマや源流の講釈を述べながら…。

(鶴濱節子、「船団の会」会務委員)


2011年7月17日

尺取虫(しゃくとりむし)

 煙草を取り出すのは藤棚の下と決めている。この時期、蟻の2、3匹は落ちてくることを覚悟せねばなるまいが、オープンエア、気兼ねいらずの一服だ。ふと目の前を見ると、にょわああんと揺れる尺取虫と眼があう。糸を吐いて、じっとぶら下がっている。しばらくすると、今度はむきっ、むきっと体をくねって反動で上がっていく。なぜ尺取虫はぶら下がるのか。調べてみた。自分の餌場の葉に、蟻やその他、危険と思われる存在を感じたとき、咄嗟に一時避難するという説が有力である。ただ、そればかりとも言い切れぬらしい。実際、葉っぱからぶら下がった方が目立って鳥などに見つかり、危ない。
 彼らの一日は案外暇で、「今日は、蟻があの葉っぱに来たら落ちること」とか「昨日より5センチ低いとこまで落ちること」とか、「ひとりぶら下がりルール」を決めて自分への挑戦をしているのかもしれない。「尺取虫はぶら下がりたいからぶら下がるのである」、一服しながら、こんな結論を考えた。現在の愛煙家を写した写真が残り、千年後の人が見たら、「虫歯の治療」など、有用の理由を考えるかもしれない。

(塩見恵介(船団の会 会務委員))


2011年7月10日

合歓の花(ねむのはな)

 岸和田市はだんじり祭りで有名だが、普段はしっとりとした城下町で、時々ぶらぶらと散歩する。町の中には下駄屋、金物屋、蒲団屋など昔ながらの店があるが、最近、路地を歩いていて小鳥屋を見つけた。店頭には水色や黄色のインコが涼しげに囀っていた。店の奥では、七十歳くらいの男性が三人ほど集まって、鳥談義をしていた。この人達は昔、鳥籠を自分で作って目白などを飼っていた世代かもしれない。昭和ふうな、のどかな感じがして懐かしかった。 町はずれのほうに歩いて行くと、小川のそばに合歓の花が咲いていた。ぼんやり眺めていると、さっきの小鳥屋の囀りがまた聞こえてくるような気がした。

(小枝恵美子、「船団の会」会務委員)


2011年7月3日

梅の実(うめのみ)

 去年、いただき物の自家製の梅ジャムがとても美味しかったので、自分でも作ってみようと思った時には売り場から梅の実は姿を消していた。今年は気を付けて売り場をチェックし、インターネットの料理レシピを研究して、欲張って2sの南高梅を買った。
 茹でた梅を裏ごしして、グラニュー糖を入れて煮詰めながら考えた。かつては梅の酸っぱさが苦手だったのに、いつ頃から梅干しはもちろん、梅肉和えとか、ねり梅とか、梅酒とか、その酸っぱさが好きになったのだろうか?と。意外とこの10年くらいかもしれない。焼き立てのトーストに梅ジャムを塗って食べるとき、幸せな気分になる。できあがった梅ジャムをお隣さんとお向かいさんにお裾分けしたら、好評だった。

(尾上有紀子、「船団の会」会務委員)