週刊:今週の季語 バックナンバー
2011年12月25日

山眠る(やまねむる)

 家から北西に象の横顔みたいと思う山が見える。その山がどこにあるか知りたくなって電車に乗った。4つ目の駅近くでチラッと見えたので、乗り換えてもう少し先に行ってみることにした。一両のディーゼルワンマンカー。ICOCAは使えないという。運転手に聞くと、「どこまで行きますか?」えっ?!どこまで行くのか自分でも分からない。「あの山の見えるところ」とあせって指差した。違う谷を行くのであの山の方へは行かない。笠置山に登れば見えるかもしれないと、詳しく教えてくれた。次の駅で下りて尋ねると、またまたとても丁寧。私登るのかな?と思いながら歩き始める。家を出たときには予想もしなかった展開になった。ゆっくり登って、頂上の修行場を一周。やっぱりあの山は見えなかった。
 ずいぶん遠くにあるらしいあの山。地図を見てもよく分からないが、今日も象の横顔だ。

(山田まさ子、「船団の会」会務委員)


2011年12月18日

冬の虹(ふゆのにじ)

 帰宅途中の駅で次の電車を待っていると、東の空に立つ冬の虹に気がついた。このホームでの乗り換えはたいてい売店に近い同じ場所で待つ。その立ち位置からの景色は、前方へ伸びる高速道路と白い建物、空間を横切る電線があるばかり。この遥か向こうの空に冬の虹が見えた。なかなか出会えない偶然に、いつもの見慣れた景色が微妙にいい。ほのかに紅をさしたような感じ。ケータイをかざして写真を撮ったが遠くて今ひとつ。ふと、辺りを見回すと近くにいた見ず知らずの数人もただ黙って見ている。どこかでこの冬の虹を見つけた子供たちは誰かと共有しているのだろうか。しばらく見ていると待っていた電車がやってきた。

(藪ノ内君代、「船団の会」会務委員)


2011年12月11日

冬凪(ふゆなぎ)

 魚釣で、まったく魚が釣れない時間帯というのが日によってはある。だいたい午後一時頃から四時前頃まで。先日の沖波止でもそうであった。釣竿を上げて、穏やかな海に放り込んでおいた仕掛をしらべると、釣針の先にはえさのゴカイが無傷で元気良く身をくねらせていた。日当たりの良い無風の波止でそんなことを繰り返しているうち、だんだんと飽きてきて眠くなってくる。そして全員がヘソ天ということになった。ヘソ天とは釣場における瞑想、夢想、妄想または惰眠のための仰臥のことで釣行為放棄を意味し、ヘソの天ぷらではない。

(宮嵜 亀、「船団の会」会務委員)


2011年12月4日

マスク(ますく)

 そろそろインフルエンザが猛威を奮う時期になってきた。マスクの出番だ。最近は花粉症の季節にも活躍するので、マスクをする人を年中みかけるようになった。
 マスクは食材に咳やくしゃみなどの飛沫などが飛ばないようにするため、厨房では必需品のひとつである。もちろんたくさん買い置きしているのだが、鳥インフルエンザの流行が懸念されたとき、どこのお店でもマスクが品切れになり、必死で売っているところを探し歩いたことがある。中にはむずむずする、かゆくなるという理由でマスクをつけたがらない人もいると聞く。だが、さまざまなウイルスを予防するという点で有効な手段のひとつである。
 もうひとつ、マスクをしているといいことがある。マスクですっぽり顔を覆うと腹がたったり、泣きたいときなど感情を隠すことができる。私もときどき、マスクの中で百面相をしている。でも、くれぐれも「あっかんべー」や「泣き虫」になっていることがばれないようになるべく大きなマスクで試してほしい。

(藤田亜未、「船団の会」会務委員)


2011年11月27日

焼芋(やきいも)

 ああ匂いがしてきた。そろそろ食べごろかしら? 
 ここ最近、一人きりの昼食は焼芋二本にすることがある。無水鍋にアルミ箔をしき、芋をならべて蓋をしあとは待つだけ。触ることも出来ないくらい熱く、ほかほかの焼芋が出来あがる。それに牛乳と塩で食べる。
 先日、連れ合いといっしょに出かけたら果物屋の焼芋が食べたいと言い出した。家で焼くほうが絶対美味しいからと反対したが、一本買ってしまった。350円もした。フーである。その夜さっそく焼芋を出した。

(陽山道子、「船団の会」会務委員)


2011年11月20日

スケート(すけーと)

 句集『えんまさん』のなかの「みんみんや何に役立つ逆あがり」は、多くの共感をいただいた。一生できない、しないで終るものが誰にもあるからだろう。
 ウィンタースポーツのシーズンに入り、このところテレビでは、スケーターの華麗な演技が競われている。私も同郷の高橋選手の出来に一喜一憂し、浅田選手の成長に拍手する。しかし、スケートは出来ない。これも一生「出来ない」で終るものの一つだ。挑戦はしたが、何とか氷の上に立つのがやっとだ。そして転ぶと痛い。エッジがコワイ。みんなでぐるぐる回るのはイヤだ。と、出来ない理由をつける。スキーは三十代まで出来たが、寒いし骨折がコワイ。では、ジョギングはといえば、走ってる最中も、後もしんどい。そういうことで、ひたすら平地を歩く。今日はサッカー少年のボールが飛んできた。

(火箱ひろ、「船団の会」会務委員)


2011年11月13日

白鳥(はくちょう)

 石川県加賀の冬田の横をバスで走っていた時、ほら、白鳥だよ!という声に窓を見ると、傍らに広がる田圃になるほど白鳥が二羽見える。白鳥は水の上にいるものと思っていたので、不思議に思った。翌朝、同じ田圃を通り思わず声が出た。白鳥が五十羽もいただろうか?畦に沿ってぎっしりと一列、ひたすら餌を啄んでいる。あぁ、シベリアを飛立った白鳥が今着いたんだと納得。ようこそ!などと言いたい気持ちで一心に見た。そういえば、白鳥の全身は薄黒く風貌に疲れが感じられる。昨日の二羽は、着地の場所の探索隊だったのだろう、鳥というより、二人の人間が真剣に話し合ってるような雰囲気であった。たぶん、豊富な餌と安全を確かめることが出来たのだ。

(中林明美、「船団の会」会務委員)


2011年11月6日

立冬(りっとう)

 立冬はあんまり寒くなかったよ
 何年か前、6年生を担任していた時にクラスの男の子が詠んだ一句。
 国語の時間に俳句を創作した。その日はちょうど立冬だったので、「立冬」についての説明をした。そう、確かにその日はとても暖かい日だった。短冊に清書した際、彼はこの句に半袖Tシャツを着た自分のイラストを添えていた。こんなに暖かいのになんで冬やねんと思っていたのだろう。素朴でなんともかわいらしくて、この時期になると、彼の顔とともにいつも思い出す。
 この子の気持ち、よくわかる。俳句を作り始めたころ、私も、実際の感覚と言葉の上での季節感のギャップがなんとも不思議だったから。それが、いつごろからか、「もう立冬かあ、そういえば最近だいぶ寒くなったなあ、そうだな、もう冬だな」と思うようになってきた。言葉のおかげで季節を先取りできる、そんな体験は結構楽しい。

(中谷仁美、「船団の会」会務委員)


2011年10月30日

吊し柿(つるしがき)

 晩秋の山に登り、下山の折集落に出た。各家の庭には柿がたわわに実り、軒下には吊し柿が干してある。いいなぁこの風情。空は澄み、ほっこりと集落がある。吊し柿を見ると、毎年母が渋柿を買い、吊し柿にしていたのを思い出す。硬くなる前に食べたりして、お正月には随分少なくなっていたような記憶がある。私も吊し柿を作ってみたい衝動に駆られる。初体験だが、きっと上手く出来る気がする。ところで渋柿はどこで売っているのかしら等と話しながら集落をぬけた。
 「残し柿」という言葉があるが、それは柿を木に少し残しておく風習で、感謝を込め、小鳥や小動物に対する配慮から生まれた言葉らしい。なんとやさしく美しい言葉であろうか。吊し柿で盛り上がり足の疲れも心地良く、ほっこり気分で家路に着いた。

(鶴濱節子、「船団の会」会務委員)


2011年10月23日

夜長(よなが)

 夜長なので、考えた。「夜長」について考えた。 夜が最も長いのは冬至。だから本当の「夜長」は冬である。そういえば、昼が最も長いのは夏至。だけど「日永」は春の季語。春の日永と秋の夜長はどこまでいってもあべこべだ。他にも似たようなものがあって、夏の「短夜」と冬の「短日」。これも、あべこべだ。
 「夜長」を感じるのは、夜9時頃から就寝までの間。夏の「短夜」は、日没以降〜明け方にも感じられる。「短日」と言えば、その陽射しの弱さは午前中から感じるが、「日永」といえば、午後の暮れなずむ時間の流れだ。「秋思」は夜更け=「夜長」に似合うし、「春愁」は昼下がり=「日永」に繋がる。「夜長」は多分に情緒的な時間のとらえ方だ。
 「夜長」について考えると、どんどん頭が冴えてきて、眠れなくなる夜長である。

(塩見恵介、「船団の会」会務委員)


2011年10月16日

松茸(まつたけ)

 月に一度は京都の錦市場を歩くが、そろそろ丹波産の松茸が並ぶ時期である。しかし買うことはなく、眺めるだけで通り過ぎる。わたしが小学生の頃は、祖母と一緒に山へ行き松茸狩りをした。よく晴れた土曜日の午後、竜胆や女郎花の咲く道を登り、山の中腹から松茸を探し始める。最初見つけるのが難しいが、一本見つけると目が慣れてきて次々と採ることが出来る。大きく開いた松茸を採ったときが、子供心に一番うれしかった。山頂では、あんパンや蜜柑を食べて遠くの山々を眺めるのが好きだった。松茸だけでなく湿地茸も採った。家で両方を食べ比べてみると湿地茸のほうが断然おいしかったので、大人になっても松茸には執着心がない、と自分に言い聞かせている。

(小枝恵美子、「船団の会」会務委員)


2011年10月9日

ハロウィン(はろうぃん)

 ここ10年くらいだろうか、「ハロウィン」という行事が子どもたちの間に浸透したのは。年々、ジャック・オー・ランタン(Jack-o'-lantern)とよばれる、おばけの顔のように中をくりぬいた「かぼちゃちょうちん」の装飾が街中に増えている。我が家の小学生の娘も魔女の帽子をかぶり、母特製のマントを着て「トリック・オア・トリート(Trick or treat、お菓子か悪戯か)」と唱えて近所を訪問しお菓子をいただく。ある家では記念撮影(小さい子どもがいないので歓迎され、孫〔?〕のように扱ってもらえる)にも応じる。白い布を頭からかぶっておばけに扮したこともあったが、断然魔女ルックの方が好評である。そして翌日、母は菓子折を携えてお礼回りをする。

(尾上有紀子、「船団の会」会務委員)


2011年10月2日

蟋蟀(こおろぎ)

 野菜作りを始めた。もちろん無農薬だが、耕すことも基本的にはしない。有機的肥料、堆肥も極力使わないで、最終的には畑だけの力で野菜を作る。畑に生える雑草は作物に悪さをする虫とその天敵のすみかとなり、また貴重な肥料にもなる。要するに畑の中で生態系を確立しようというのだ。野菜も生産者も自然をそのまま受け入れ、その一部となる。近所の農家の人たちにこんな話をすると「そんなので野菜ができるわけがない!」と笑い飛ばされるが、全く気にならない。句会で笑い飛ばされるのに慣れているからなのだろう。それどころか嬉しくなってくる。
 白菜の苗を植え付けたばかりの畝のそばを歩くと、驚いたエンマコオロギがときどき飛び出してくる。

(小倉喜郎、「船団の会」会務委員)