2012年9月30日

鰯雲(いわしぐも)

 「ひつじ雲」
 始業チャイムよりやや遅れて教室に駆け込んで来たM子は、僕の一つ前の席に座るなりそう呟いた。最後尾の、窓ぎわの席にいた僕はM子の呟きに引っ張られるようにして窓の外を見上げた。
 必修のこの授業は教室がひどく狭い。これ以上後ろに椅子を引けないし、机はM子の座る椅子に今にも乗り上げられそうな勢いだ。
 「ひつじ雲」それが厳密にはひつじ雲でないことを僕は知っている。僕が教室の上に見付けたものは“鰯雲”だ。羊よりもその雲はもっと小さいのだ。でも、僕は何も言わなかった。僕の鰯雲はM子にはひつじ雲なのだ。M子はひつじ雲を見ているのだ。
 「ひつじ雲」「ひつじ雲」。この教室は狭い。

(山本皓平、「船団の会」会務委員)


2012年9月23日

天高し(てんたかし)

 散歩を兼ねて遠くのスーパーへ行こうと思い立った。知らない道を歩いたら柿の木と栗の木に遭遇。たくさんなので立ち止まらないと数えられない。学校のプールの半分くらいの畑いっぱいに枝を広げ、柿と栗が隣り合って豊かな実をつけている。もし、ここに桃の木も植えてあったら、諺にもある「桃栗柿」が勢揃いだ。なにやら微妙に楽しい雰囲気になるなあと何とはなしに思う。天高く馬肥ゆる秋。おいしい海の幸、山の幸がスーパーに並ぶこの頃。買い物リストには今が旬の秋刀魚と林檎も入っている。それにしてもこんな住宅街に実っている柿と栗の風景。なんだか少し和んでしまった。

(藪ノ内君代、「船団の会」会務委員)


2012年9月16日

檸檬(れもん)

 「えたいの知れない不吉な塊が私の心を始終圧えつけていた。焦燥と言おうか、嫌悪と言おうかーー」と始まるのは梶井基次郎の小説「檸檬」。
 節電のこの夏。吹き出る汗。保冷剤の鉢巻。扇風機。そんな中での夕食の支度。と、その時電話が鳴った。「もしもし・・・・・・」相手は、高校の同級生T君。卒業40周年記念同窓会幹事の彼は、歯科医のH君が司会を務めるが、サブでついてやってほしい、と言う。1時間後、H君から電話。「僕はADで・・・・・・」!?話が違う。小説では、主人公は文具店の丸善に爆弾に見立てた檸檬を置いて立ち去る。やられた。T君のいたずら心。眠れぬ秋の夜長は日本酒のオンザロックにぎゅっとレモンを絞って、トパアズいろの香気を立てて。

(村上栄子、「船団の会」会務委員)


2012年9月9日

月の兎(つきのうさぎ)

 とある年の七夕が終わって少し経った日のこと、我が家から愛兎が旅立った。彼女はお月さまで住み込むようになったのだ。それからしばらくしてあるのは、中秋の満月。お月さまの世界では、一年のうちで最も大きなイベント事となるそうな。月の世界で住み始めて間もないうちの兎はというと、まだまだ新入りで見習いもいいところ。それできっと兎の親方や先輩から諸々の雑用を言いまかされていたことだろう。
 あれから数年が経った。今年の中秋の名月には、彼女はどれくらいお餅つきの修行が進んでいることだろうか。

(舩井春奈 、「船団の会」会務委員)


2012年9月2日

流れ星(ながれぼし)

 夜8時、「星がいっぱい見える!」と娘からの電話。暗くてなにも見えないので携帯で場所を確認しながら湖の側の道路へ行く。わが家族の女ばかり5人で空を見上げていたのだ。天の川は長々とはっきり見えるのだが、星が多すぎて彦星も織姫も見分けができない。スゥーとスゥーと流れ星。一番長いのは1mくらい。首が痛くなってきたので6人で道路に寝転んで見上げた。車も人も通らない。遠くで合宿の学生の声が聞こえるほか樹木の風と水の音だけ。少々地面が硬くて痛いがアスファルトの温もりが心地よい。「でも、虫が」と言うので、明日の夜はシートを持ってこようと話した。が、夜半からどしゃぶりに。諏訪市の海抜1500mの女神湖での夏休み。

(陽山道子、「船団の会」会務委員)


2012年8月26日

残暑(ざんしょ)

 数年前、知人からサツマイモを戴いたが食べきれず、いつしか春が来て芽がでた。そのイモを空いているプランターに埋めておいた。夏が来て、蔓は元気よく伸び、ハート形の葉が茂り濃い緑を楽しんだ。驚いたことに、秋にはそのプランターから、大小九つもイモがとれた。それから毎年、夏の緑を楽しむために代々のイモを植える。蔓が横に伸びるのでベランダのプランタースペースに美しい。この数日ふと、力が抜けたような日射しを感じるときがある。あのプランターのなかにも、今年のイモがころころ育っているのだ。そう思うとなんだか、変哲もないプランターが、不思議な箱のように思える。

(火箱ひろ、「船団の会」会務委員)


2012年8月19日

蕎麦の花(そばのはな)

 北陸線のたしか、列車が福井駅を出て大阪に向かっているある場所だったと思う。何だろう?と思ったのは、窓一杯というように広がっている花畑である。淡い青の葉っぱの上に、小さな白い花のやや青味がかって見えるのは、葉っぱの青が映えているのかしら?とても爽やかに揺れている。と、一人が蕎麦の花ではないかしら?と言い、その風景に見入った。そう言えば、今庄などは蕎麦どころとしてもよく聞くし、そんな駅を通って来たことを思い出す。蕎麦畑を初めて見て感激した。蕎麦ファンは多い、あの素朴で綺麗な花の実にみんなの舌は魅了されているのだ。

(中林明美、「船団の会」会務委員)


2012年8月12日

ささげ(豇豆)

 先日、食料品店でささぎを発見。あまりの懐かしさに思わず購入してしまった。
 故郷・淡路島に「ちょぼ汁」という郷土料理がある。ささげは淡路では「ささぎ」と呼ぶ。ちょぼ汁はこのささぎ豆とずいきが入った味噌仕立てのだんご汁だ。ささぎ豆は炊くと色が出るので、見た目はぜんざいのような感じ。
 息子を出産した時、病院で同室になった人の家族が、毎日大量のちょぼ汁を差し入れていた。産後に食べると体の悪いものを出すのでよいとのこと。食べきれないというので毎食のように入院仲間でご相伴にあずかっていた。はじめのうちはみんな、そういえば子どものころ給食に出てきたなあというぐらいの認識だったのだが、「ちょぼ汁を食べて母乳の出がよくなった!」という人が何人も出てきて、気がつけば産婦の間でちょぼ汁が一大ブームに。私も、半信半疑のままに産後半年以上食べ続けた。効果のほどはよくわからなかったが、なんというか、精神的に支えてもらった感じ。
 久しぶりに作ってみようかと思う。いい思い出だ。

(中谷仁美、「船団の会」会務委員)


2012年8月5日

苦瓜(にがうり)

 苦瓜の名称は最近ではゴーヤと言った方が一般的である。
 今朝、ベランダのゴーヤを2個収穫した。収穫とは大袈裟ではあるが、我が家の初物である。我が家ではベランダのフェンスの左側に朝顔。右側にゴーヤ4本が涼しげに蔓を伸ばしている。ゴーヤをよく観察すると雄花と雌花があり、雌花には花と同時に小さな赤ちゃん実がついていることを発見。蜂などにより受粉した赤ちゃん実のみ、日々大きく成長する。その経過を朝夕楽しんでいる。夕方になると水が欲しくて、ぐったりしている。水をたっぷり与えると俄然元気になる。可愛いものである。お昼にゴーヤを湯掻いてシンプルに鰹節をまぶし食した。う〜ん、おいしい。格別である。このような些細なことも、また楽しい日常である。

(鶴濱節子、「船団の会」会務委員)


2012年7月29日

汗だく(あせだく)

 息子の野球の審判にかり出される。プレイボールを告げてから、審判、特に球審はずっとグランドにいて孤独だ。1−1や2−2の並行カウントの時、大声でカウントをコールし、孤独を紛らわす。寂しくなると、二塁塁審と試合前に決めたサインで、会話もする。右打者の場合、その懐、すなわち捕手の左後頭部ごしに視線を置くため、外角高めの判断が難しい。ジャッジした後、「今のは正しかったか教えて下さい」のサインなどがそれ。塁審がさり気なく胸を撫で、今のは高すぎだぞ、と注意する。戦時中「ストライク」は、日本語で「よし」と訳していたが、それは投手目線のもの。本来は、「打て!」と審判が打者に激励しているのだ。イチローは他の打者より両幅ボール一個半ほどストライクゾーンが広いらしい。他の打者の「ボール」も、彼には「ストライク!」なのだ。それだけ打てる球が増えヒットを量産する。俳句の選にも通じそうな話である。
 ともあれ、満塁フルカウントの緊迫場面、打者に「微妙なところは振ってくれ!」と祈っている審判。汗だくである。

(塩見恵介、「船団の会」会務委員)


2012年7月22日

遠花火(とおはなび)

 シズカさんは、初めて会った日、満月のような笑顔をして男の子を抱っこしていました。その子の名前はマッシーといいます。
 マッシーが3歳のとき、シズカさんの家族と神戸の空に揚がる花火を見ました。みんなできらきら光る大きな花火にたくさん拍手をしました。
 あれから5年。今年、若葉がきらきら光っていた頃、シズカさんは逝きました。
 「たくさんの人がお母さんに会いに来てくれた。」
 マッシーは少し笑顔でした。私は、黒い服を着て泣いていました。
 今年もまた花火の揚がる季節がやってきます。

(工藤 惠、「船団の会」会務委員)


2012年7月15日

玉葱(たまねぎ)

 今から10年前のこと、私は日本語を教えるボランティアをしていた。ある時、それぞれの国の手料理を持ち寄って日本語教室のパーティーがあり、韓国のチヂミやトックやキムチなどを朱正順さんに頂いた。その中でも白菜のキムチがとてもおいしかった。かなり辛いが食べたあとに白菜の甘みが残った。その時からキムチがとても好きになった。つい先日、正順さんが大阪に遊びに来ていて、環状線の桃谷駅近くのコリアタウンで会った。今度は玉葱のキムチを頂いた。今が旬の玉葱と韓国の葱、蛸の薄切りが一緒に入っているのだが、やはり玉葱の甘さが良くて、サラダ感覚で食べられる。これからの暑さを乗り切るのに最適な食べ物だと思った。

(小枝恵美子、「船団の会」会務委員)


2012年7月8日

蟷螂生る(とうろううまる)

 1週間くらい前から蟷螂の子どもが畑のあちらこちらで見られるようになった。バッタ類と同様に、蟷螂の子どもは生れたときから蟷螂のかっこうである。昨年秋に草を刈ったとき、たくさんの蟷螂の卵を傷つけてしまったので心配していたのだ。
 ここ2週間ほど私の畑にはナガメという小松菜やキャベツなどのアブラナ科の葉っぱを食べる害虫が大量に発生している。キャベツはもちろん、夏大根の葉っぱもほとんど食べてしまった。農薬を使わずに、草も適当に生やしている私の畑では、このような害虫は自然の力、つまり天敵によって退治されるはずなのだが。天敵とは蜂、蜘蛛、百足、そして蟷螂である。

(小倉喜郎、「船団の会」会務委員)


2012年7月1日

ごきぶり(ごきぶり)

 初老の教授が、突然にスリッパを脱ぎ、二度、三度と床を叩いた。
 当時、学生だった私は、クラブの顧問で、「兵庫県史(縄文・弥生時代)」を執筆したK教授の自宅の離れに下宿していた。その日は、教授に呼ばれ、友人と一緒に、山積みされた教授への献本の目録作りと書庫の整理を手伝っていた。昼となり、奥さんの手作りカレーが書斎に運ばれ、3人でいざ食べようとしたとき、それが起ったのだ。スリッパの下を見て、ビックリ。「コオロギが潰れている!かわいそうなことを…」と私は思った。午後の作業中、友人にそっと話すと、潰されたのはコオロギではなくゴキブリ。スリッパなどで叩くことはよくあると言う。私の故郷は、標高が高く涼しかったため、ゴキブリはいなかった。本物を見たのは、その時が初めて。もちろん、原形をとどめていないゴキブリだった。

(岡 清秀、「船団の会」会務委員)