2012年12月30日

正月(しょうがつ)

 子どもの頃、正月の遊びに凧揚げ、独楽廻し、羽子つき等があった。今ではほとんど見かけない新年の風物詩だ。双六や歌留多も面白かった。なかでも好きだったのは独楽廻し。紐の巻き方のコツを覚えて地面でうまく勢いよく廻すことに夢中になった。でも、いとこ達のように、ぐるぐる廻る独楽を紐でひょいと手のひらに乗せることは出来なかった。あちこちの冬空の田んぼでは子ども達が凧揚げに走りまわった。いつだったか何年か前、河川敷で凧揚げを楽しむ親子連れに会った時は、あの頃のお正月の情景を思った。そういえば、ネットの「もう一度楽しみたい正月遊びのアンケート」では凧揚げが一位だったらしい。童心に戻れる正月遊びっていいな。

(藪ノ内君代、「船団の会」会務委員)


2012年12月23日

山鯨(やまくじら)

 真っ白な割烹着姿の母が、台所に立っていた。姉と私も手伝う。白菜を洗う。水が冷たい。ざくざく切って大皿に盛る。白葱・春菊・人参・椎茸などの野菜も、さっと洗う。それぞれ、ふさわしい形に切って大皿に盛る。豆腐・板こんにゃく・うどんのお皿も準備する。母は熱燗の用意をしている。そして、最後に冷蔵庫から恭しく登場したのは牡丹の花のように盛られた猪肉(山鯨)。家族が揃う。みんなで鍋を囲む。白い湯気の中で、ぐつぐつと煮える鍋。味噌の匂いが食欲をそそる。父はもう熱燗で、頬とおでこの辺りがぴかぴかだ。と、その時。母が、私の耳元でささやいた。「父さんが仕留めた猪よ。」・・・・・・
 それから私の脳裏には、野生の猪に立ち向かう父の姿が刻まれた。

(村上栄子、「船団の会」会務委員)


2012年12月16日

冬の星(ふゆのほし)

 南の海を臨む温泉宿を取ってもらったのは、カノープスというお星様を見たくなったからでした。カノープスは日本では冬に見ることのできる赤い南極星。だけれども、冬になるとお星様はたくさん見やすくなるというのに、カノープスったら日本では限られた地域でしか顔を見せてくれません。それも南の地平線すれすれに―。
 温泉宿から見た空は満点のお星様☆☆☆露天風呂を独り占めして、まるで空まで独り占めをしたかのような気分♪カノープスはどこかしら。
 南の空遠くを見つめてみました。目をうんと凝らして見てみました。でも、見えるのは赤くない冬のお星様たちばかり。ここそこで煌きあっています。
 すっかりのぼせあがった私は、真っ赤な顔をして満天の夜空を見上げながら、今度は部屋の窓からカノープスを探し続けたのでした。

(舩井春奈、「船団の会」会務委員)


2012年12月9日

甘干し(あまぼし)

 夕食が終わると、父が採ってきた渋柿の皮を剥く。膝の上にナイロン風呂敷を拡げ、積み上げてある柿を手にする。ひやりと冷たい。いくつもいくつも剥いていくうち、だんだん手が悴む。悴んでいくうち、包丁も手も柿渋で真っ黒になる。弟たちは小学生なので、傍らでマンガを読み、私と姉、父母、祖父の五人で作業をする。ときどきお茶を飲みながら、おしゃべりはもっぱら母と姉。二時間ほどして明日へ。朝、それを軒下に吊るして干す。その柿がエンジ色になり甘くなるころ、ときどき盗み食いをした。だいたいは出荷するが、正月の年取りのため、餠、橙、甘干しが三方に飾られ、はれの舞台に登場した。

(陽山道子、「船団の会」会務委員)


2012年12月2日

クリスマスツリー(くりすますつりー)

 海外赴任を終えて、帰国した姪の家族も落ち着き、その家に久しぶりに姉弟が集った。新しい家には、これからの人たちの活気が満ちている。隅っこに、まだ飾られていないクリスマスツリーがあった。集ったみんなで、わいわい飾る。最後に電飾が灯ると辺りが華やいだ。そういえば、私には子どもがいないので、クリスマスツリーを家に飾るという経験がない。これはいいなあ。深まっていく冬を楽しくさせる。そうだ、老いに向かう今こそ飾ろう!私はその経験をしたくなった。初老二人暮しの家の中がピカピカして、帰宅した夫がビックリ仰天する図が浮ぶ。京都に帰った私はるんるんと、生れて初めてのクリスマスツリーを買いに出かけた。

(火箱ひろ、「船団の会」会務委員)


2012年11月25日

落葉松散る(からまつちる)

 乗鞍岳中腹、標高1400メートルほどにある村里、番所は民宿が点在している。十一月の半ばは、雪の季節の賑やかさとは違い落葉樹の寡黙な色調の世界を創っている。せせらぎに腰をおろし、何かを洗う老人が「これは山桃だよ、そろそろスキーのお客が来るから、山桃酒を漬けておくんだよ」と言われた。人気のない静けさの中で、着々と来るシーズンへの準備が進められる村の動きを感じる。村の外れの落葉松林を通り抜け、バス停へ向かった。そして、もう一度落葉松の林をふっとふり返った時、急に強い風が吹き、ざーっと落葉松の黄色い葉を吹き飛ばした。それは鮮やかで雄大な景色であった。

(中林明美、「船団の会」会務委員)


2012年11月18日

焚き火(たきび)

 子どもの頃、よく裏山で焚き火をした。といっても火遊びではない。枯草を焼いたりごみを焼いたりしていたのだ。れっきとしたお手伝い。のどかな時代だった。
 火をつけてしばらくすると、もくもく煙をかぎつけて「寒い寒い」と言いながら家族が来たり近所の人が来たり。みんなで火を囲んでわいわい。時にはアルミホイルで巻かれたさつまいもが火の中に飛び込み、できたての焼きいもを頬張ったり、楽しいひとときだった。
 その名残か、今でも焼きいもが大好き。さすがに京都のまちなかで焚き火はできないので、さつまいもをオーブントースターにいれてチン。30分から40分も焼けばほくほくの焼きいものできあがり。簡単、ヘルシー、そしておいしい。なんて素敵なおやつ!味わわないなんてもったいない!

(中谷仁美、「船団の会」会務委員)


2012年11月11日

石蕗の花(つわのはな)

 この季節、散歩をしていると石蕗の花に出会う。万博公園では日本庭園の一角に群集して咲いている。この花に出会うと私はなぜか、ほっとする。黄色の花びらに母の温もりに似たものを感じるのである。素朴な優しさの中に存在感のある佇まいが好きで、我が家では鉢植えにしてベランダに置いている。庭の地植えほどの風情はないが、毎年心待ちにしている花の一つで、今年も7つの花茎をつけている。蕾がふくらんできたので、これからの寒い季節、しばらくは楽しませてくれそうだ。
 子供の頃、春になると母方の祖母が、石蕗の新芽の茎を、ごま油できんぴらにしてくれた。蕗とも蕨とも違う早春の息吹がして、私は祖母の作った石蕗のきんぴらが殊の外好きだった。随分長い年月が経ち食していないが、食べてみたいなぁ。

(鶴濱節子、「船団の会」会務委員)


2012年11月4日

冬暖か(ふゆあたたか)

 「オーイ、今度、打ったら、分かっとるやろなあ!」。ベンチから、監督がヤジを飛ばす。少年野球、ヤジの相手は隣の校区の、小学生とは思えない大きな子。鼠の野球に象が迷い込んだ感じだ。前の試合も、痛いところで彼に特大ホームランを打たれている。監督のヤジもむなしく、今日もボールは校舎の壁に当たった。頭に来た監督、「牛乳、辞める!」。昨年の夏のこの事件以来、監督の家の前から牛乳箱が消えたのだが、このごろまた復活した。中学生になった例のホームラン王が、家から自転車で牛乳を配達している。
 瓶の牛乳がキラキラ白い。暖かな冬の日差し。
 監督の奥さんは、ここの牛乳が一番おいしいと言っている。

(塩見恵介、「船団の会」会務委員)


2012年10月28日

秋思(しゅうし)

 先日、長女がまつ毛を切った。夕方、学校から帰ってきて留守番をしていたとき、ふと、まつ毛は切ったらどうなるのかを知りたくなったらしい。今、長女のまつ毛は、上瞼の中間部分は平らに短く、目頭と目尻の部分は手入れされていない状態で、その形状を表現すれば、平地の両端にススキが生えているといった感じだろうか。
 そして、注目の実験結果。長女は自分自身で変化を感じることができず、不満そうであったが、母としては十分な成果を得た。すなわち、まつ毛を太く長く伸ばすことは、目を大きく見せることにつながることが分かったのだ。そう、明らかに今、長女の目は、しょぼしょぼして、ぼやけた感じに見える。
 さて、カットされたまつ毛は、果たしていつ、もとに戻るのか。これもまた、後日、皆様にご報告申し上げたい。

(工藤 惠、「船団の会」会務委員)


2012年10月21日

樫の実(かしのみ)

 大阪の難波といえば、ごちゃごちゃしていて落ち着く場所がない、というイメージだろうか。でも静かに散策する場所がひとつある。それは、なんばパークスというビル。南海ホークスの球場跡に建てられた。ここには、樹木、草花の数が、約3百種、7万株ほど植えられている。3階から9階まで、階段状にパークスガーデンがある。ギンドロ、ベニスモモ、クロガネモチ、ヤマボウシ、オリーブなどの木々を巡って階段を上って行くと、9階のステップガーデンにたどり着く。ここでゆっくりとベンチに座って天空を眺めるのが好きだ。ベンチの横には樫の木があって、たくさんの樫の実が天空を眺めている。
 今日は空が真っ青だね。

(小枝恵美子、「船団の会」会務委員)


2012年10月14日

秋蚕(あきご)

 あるところから蚕の飼育キットを買った。2種類の卵。普通の蚕と日本に昔からいる蚕。冷凍された卵と桑の葉がセットになっている。2〜3ミリの芋虫から始まった。毎日桑の葉を食べる食べる。アッという間に立派な芋虫となった。セットの桑の葉が途中でなくなったのだが、幸い実家の畑に桑の木が1本だけ残っていたので、その桑の葉を持って帰ってはせっせと与えた。日本古来の蚕の体長は普通の蚕の体長の3分の2くらい。やがてどちらも繭を作った。日本古来の蚕の繭は淡いオレンジ色で、思っていた以上に美しい。
 現在は羽化し、箱のあちこちで卵を産んでいる。この後どうしたらいいのだろう?

(小倉喜郎、「船団の会」会務委員)


2012年10月7日

運動会(うんどうかい)

 消防団のTさんが右腕を大きく回しながら、裸足で走る。歓声が絶頂をむかえる。小学生の時の話。全校児童約60人の山村の小学校だった。運動会の見物席は、前日、村単位にそれぞれの子ども達で準備をする。当日、プログラムを進行していると、朝の野良仕事を終えた村人達が集まって来る。老人は、耕運機の荷台に乗せられて来る。小学校の運動会は三つの村を挙げての大イベントだ。圧巻は、運動会の最終を飾る村対抗リレー。それぞれの村の各学年代表から、中学生、青年団、婦人会、消防団と、それぞれの代表がリレーする。勝負のポイントは、一周50メートルの運動場の狭いコーナーをいかに小回りして早く走るか。アンカーのTさんは、我が村の消防団の最速者。外側になる右腕をぐるぐると回し、狭いコーナーでK村の消防団員をまさに抜こうとしている。

(岡 清秀、「船団の会」会務委員)