2013年9月29日

夜長(よなが)

 今年三月に退社した同僚が五月にカフェを開業した。彼女が妹と営むそのお店がとある雑誌に紹介されていると聞き、早速、購入。記事を読んだ。「野菜食堂」と店名にもあるカフェでは、自家製の有機栽培野菜を使った週替りランチを提供しているそうだ。五年前、妹から「農業をやってみない?」と誘いを受け、全く知識もないままに始めた農業生活がそもそもの始まりだったらしい。
 沢木耕太郎に、高齢のタクシードライバーの人生を語った「胡桃のような」という題のエッセイがある。私の同僚は、人生における「胡桃」を手に入れたのだろうか。うらやましいわけじゃない。でも、私には何があるのだろう・・・そんなことをひとり考える、秋の夜長。

(工藤 惠 、「船団の会」会務委員)


2013年9月22日

濁り酒(にごりざけ)

 旅での飲食は旅を印象づける。この時もそうだ、岐阜県の御母衣ダムをこえ、白川口で下車した時はもう夕暮れで、うそ寒い。鄙びた駅で、旅館案内のチラシなども無い。駅員さんに宿泊施設の案内を乞うと、中で話し合い、宿泊所を地図に書いて教えてくれた。宿に着いた時は、我が家に戻った様な安らぎがあった。聞けば、国鉄職員の保養施設で、夫婦で宿のお世話をされ、確かに万事お父さんお母さんと言った心配りを受けた。その晩、食前酒として出された白い濁酒が懐かしい。翌日は、合掌造の白川郷に入った。

(中林明美 、「船団の会」会務委員)


2013年9月15日

花芒(はなすすき)

 名月に芒は欠かせない。16年前、5分も歩けば霧のかかる大きな池があり、田んぼや雑木林の広がる里山があり、そこでは芒を好きなだけ採ることが出来た。団子は供えなくても芒を活けた。だが、宅地開発が進んで整然とした街になり、芒をタダで手にすることが出来なくなった。そこで植木鉢で芒を育て、殖えていく株を庭の一角や近所の公園に勝手に植えた。今年は暑さのせいか、十五夜が近付いているのに、まだ花穂が小さい。花より団子というけれど、わたしは団子より花が楽しみ。

(陽山道子 、「船団の会」会務委員)


2013年9月8日

秋霖(しゅうりん)

 先日、私は南アルプスの女王と呼ばれている仙丈ヶ岳(3.033m)に触れたくて、家人と山旅に出た。ところが前日までは猛暑続きだった天候が一変して、秋雨前線と遭遇してしまったのである。登山においては快晴と雨では天と地ほど気分も体力も違う。大パノラマどころか数年前に登頂した近場の北岳、間ノ岳、鳳凰三山やお隣の甲斐駒ヶ岳すら見えないのである。山小屋を4時に出発してひたすら歩く。うらめしい秋雨である。しかしながら秋霖ときれいな言葉を口ずさむと、なんとなく嫌でなくなる。言葉って不思議だ。山頂を写真に収め三角点を撫でて、10分程で下山開始。秋霖を友に8時間程歩き、出会った高山植物は夏から秋へ。登山道近くで雷鳥の親子6匹が遊ぶ姿と鳴き声。今回は大パノラマは視界に入らなかったが、日本有数の山々の位置関係と山容は目の奥にある。
 これから秋霖と共に秋が深まり、また人々を楽しませてくれることだろう。

(鶴濱節子 、「船団の会」会務委員)


2013年9月1日

新涼(しんりょう)

 突然左手のあたりに痺れるような強い衝撃が走った。一瞬何が起こったのか分からず、それを「痛い」と認識するまでにいくらか時間がかかった。隣りを歩いていたはずの“その子”が僕の左手首に思いきり噛み付いていた。
 噛まれた?
 朝の6時過ぎに例のバーを出て“その子”を家に送り届けようとしていた。こんな時間まで飲んでたんだ、そりゃ僕もそれなりに酔ってはいたけど“その子”ほどじゃない。でも何故だか僕は“その子”に何を話したらいいのかわからず、「もう朝は涼しいね」なんて健康的で、形式的なことを言おうとしたそのときだった。
 しばらくすると“その子”は小動物みたいな顔で噛んでいた僕の左手をゆっくり離して「もう朝は涼しいね」と、空を見上げながら言った。

(山本皓平 、「船団の会」会務委員)


2013年8月25日

残暑(ざんしょ)

 残暑が厳しい。もっとも、この夏の暑さは異常だった。立秋を過ぎてから、四万十川市で日本の最高気温の41.0度を記録した。これを知って、これまで日本一だった熊谷市の市長が「必ず日本一を奪回する!」と言ったとか・・・。
 一週間ほど前から、生活習慣を変えてみようと、1時間の早起きをして犬と散歩をすることにした。近くの公園まで30分ほど歩く。散歩する高齢の夫婦、虫取り網を持った親子、ラジオ体操に向かう子供たちとすれ違う。この残暑、早朝でもかなり汗ばむ。私が子供のころは、気温が30度を超すのが珍しかったのだが。夏バテに気を付けねば。

(岡 清秀 、「船団の会」会務委員)


2013年8月18日

赤蜻蛉(あかとんぼ)

 脇坂藩5万3千石の城下町。白壁の土蔵が残り、町に入るとほのかに醤油のにおいがした。「播磨の小京都」ともいわれる龍野市。その町の一角にある国民宿舎「赤とんぼ荘」で三木露風作詞の童謡『赤とんぼ』の歌を歌った。姫路児童合唱団に所属していた小学校5年生の私は、その歌詞の意味も考えず、大きな声で歌っていた。
 ところで先日、家族で大阪のみさき公園に遊びに行った。人気のイルカショーを見ようとスタジアムの一番前に陣取った。ショーの始まる前、一匹の赤蜻蛉がスーイスイとイルカのプールの上を飛んでいる。1歳と3歳の孫2人は、瞳を爛々と輝かせている。この小さな瞳はこれから先、何を映していくのだろう。願わくば、詩情をたたえた『赤とんぼ』の世界を。いつのまにか、赤蜻蛉の姿は見えなくなっていたけれど。

(村上栄子 、「船団の会」会務委員)


2013年8月11日

盆踊(ぼんおどり)

 夫のふるさとでは、初盆の家に近くの人が集まり、初めてこの世の家に帰ってくる死者の魂を踊りで迎える。この辺りの家は、もともと籾を干す門庭があり、庭に面した仏間や広間は開け放たれ、天井から下がる大小の盆提灯や走馬灯の青い灯が村の濃い闇に揺れる。親鸞の教えの盆唄と、福岡県民に欠かせない炭坑節を踊り終えると、お菓子やジュースをもらって帰る。もう一軒あればそこにも回る。死者の魂を迎えるついでに、生きてふるさとを離れている者もここで懐かしい人たちに会い、ひととき踊り話して過ごす。そしてまたお盆が終れば別々の時間を生きる。私は、もう70に近い夫を「ヤスユキちゃん」と呼ぶひとたちに会うのが好きだ。私の知らない子どものころの夫を見つけたような気がするから。

(火箱ひろ 、「船団の会」会務委員)


2013年8月4日

台風コロッケ(たいふうころっけ)

 天気予報で台風の接近が知らされると、その夜の食料としてコロッケを買っておくのがネットの世界で密かに浸透しているらしい。たしかにラジオを聞きながらのコロッケの夜食は、災厄の通過をただ待つ、屋内の静かな雰囲気を作るかもしれない。
 講義に赴く女子大、先日は前期最終講義で打ち上げに暑気払いをした。コロッケさんと呼ばれる学生がいてコロッケの俳句ばかり作っている。それが話題で出てきたコロッケを題に句相撲に発展した。秋の学園祭にはこのメンバーで模擬店を出しコロッケを売ろうよ!と誰かが言いだす。コロッケを包む紙には自作のコロッケの句をプリントしたいね、と意見が出る。20人近くの学生たちがコロッケと俳句のその庶民性・簡便性をコロコロと論じ合っている。コロッケを頬張って話を聞いている僕、台風の目の中にいる感じ。

(塩見恵介 、「船団の会」会務委員)


2013年7月28日

夏の星(なつのほし)

 高校時代のこと、英語塾の先生が育てた野菜を採るお手伝いをしたことがある。トマトにオクラ、キュウリもあったかな。
 この日は先生宅で合宿。アメリカ帰りの豪快な先生が作ってくれた手料理は、食べ盛りな同学年の男子を持つ母親としてもあってか、とっても豪快!お食事の中で、私が特に気に入った食べ物は、先生の後ろにくっついて採ったオクラだった。大皿のサラダの中に散らばるオクラたち。切り口はお星様。まるで夏の夜空を食卓に持ってきたかのよう。
 これが私のオクラとの出会いであり、オクラに目覚めた瞬間。その後、祖母におねだりしてうちでも作ってもらう。我が家でも夏の星が食卓にちりばめられるようになった。

(舩井春奈 、「船団の会」会務委員)


2013年7月21日

ががんぼ(ががんぼ)

 夏の夕方、どこからともなくやって来て、長い脚であっちへふらふら、こっちへふらふらと飛ぶががんぼ。実は私、このががんぼと案外ご縁がある。ががんぼは英語でいうと「daddy-long-legs」。ががんぼやザトウムシなど脚の長い虫をいうのだそうだが、これは、私のいちばんの愛読書『あしながおじさん』の原題でもある。そうと知ってから、ががんぼを見るたびになんだか親近感が湧いて、家の中に迷い込んできた時はそーっと翅をつまんで窓の外に逃がしてあげたりしている。
 この「daddy-long-legs」、Eメールのアドレスに使っているのだが、ある日友人に「このアドレス、おのろけ?」と言われた。よく聞いてみると友人はそれを私の夫のことだと思ったらしい。確かに夫は背がとても高い。そうか、あしながおじさんか。おお、我が家にもdaddy-long-legs!
 この3月に双子の男児を出産した。2歳の長男と合わせて、我が家には男の子が3人。この子たちも将来背がうんと伸びてdaddy-long-legsになるのかしら。育児に追われて嵐のような毎日だけど、ふっとそんなことを思ったりして。

(中谷仁美、「船団の会」会務委員)


2013年7月14日

花牛蒡(はなごぼう)

 畑のあちこちで牛蒡の花が咲いている。昨年の春に種を蒔き、秋に収穫しなかったものが、今年の春から再び葉を茂らせて薹立ちし、花を付けているのである。種を採るために残しておいたのである。蕾は緑色で、木の実のように丸く、ハリセンボンのように針状の突起物がある。その先を突き破って、アザミのような赤い花が咲いている。ちなみに牛蒡もアザミもキク科である。
 母はこの花を知らないと言う。長年野菜作りをしていても、牛蒡の花をじっくりと見たことがないらしい。

(小倉善郎、「船団の会」会務委員)


2013年7月7日

夏木立(なつこだち)

 大阪の街が活気づいている。梅田にはグランフロント大阪が出来、阿倍野には超高層ビル、あべのハルカスが出来た。南海本線の関空行き急行に乗ると、昨年よりもアジアからの観光客がぐんと増えているのを実感する。韓国語や中国語が電車内で飛び交っているからだ。春に東京駅前の新しいビル、KITTEの展望台から東京駅の建物を見たが、本当に東京駅は美しい建物だと実感した。さて、あべのハルカスからは何が見えるだろうかと、天王寺動物園の象の前でぼんやりと考えていた。象の春子と博子の後ろには夏木立が茂っていて、その上にあべのハルカスは聳えている。私は中国人の親子連れと一緒にそれを眺めていた。

(小枝恵美子、「船団の会」会務委員)


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