2013年12月29日

雑煮(ぞうに)

 毎年、正月は夫の実家、香川県高松市で過ごす。義母の手料理で過ごす年末年始。私は娘のようにゆっくりさせていただく。
 高松でいただく正月の雑煮は澄まし汁に餡入り餅。雑煮といえば、白味噌に白餅だった関西育ちの私にとって、結婚後に出合ったこの取り合わせは衝撃的だった。
 初めてこの雑煮が出された元旦の朝、恐る恐る餡入り餅を口に含んでみると、澄まし汁のほんのりとした塩加減と餡の甘さが絶妙に溶け合って、お正月特有のめでたい気分が口いっぱいに広がる感じ。おせち料理に雑煮、そして熱燗をいただきまして、子ども達がそろそろ退屈し始める頃、初詣へと片道二キロの道のりを歩いていくのが、この十年ほどの元旦の過ごし方。

(工藤 惠 、「船団の会」会務委員)


2013年12月22日

日記買う(にっきかう)

 歳末になると、書店などに絵本さながら賑々しく日記帳が並ぶ。いつも、その華やかさに惹かれ数冊をぱらぱら捲る。二年三年五年十年日記など、面白そうと一応乗り気になるがやがて、自分の根性無しに気が付き静かにもとへ戻す。今まで、一行日記、我が家の行事日記など試したが続かない。
 以前、ワープロやパソコンを買った時、打ち込み練習で日記を書いた。今も、時々マイドキュメントに残っているのを出してみる。当然ながら、数年前の母や兄が居る。こんな風に、過去が見えるのも面白い。やっぱり、と懲りもせず、一日一行または一句にしてでもいいかな・・なんて考えてしまうのである。

(中林明美 、「船団の会」会務委員)


2013年12月15日

新巻(あらまき)

 年の瀬が近付くと大きな風呂敷包を背負った“薬屋さん”が、家家を訪ね歩き、置き薬を新しい薬と取り換え、使った薬代を回収する人たちがいた。子供のいる家には“紙風船”をプレゼントしてくれたので楽しみにしていた。そんな越中富山の薬屋を訪ね、資料館では見覚えのある懐かしい品々に出会った。それからマップを手に歩いていると、店の軒先で見たこともない物が何本もぶら下がっているのを発見。新巻だった。小雨が降っていたのでナイロンを掛けてあったが、ガラス戸越しの中にも数十本の新巻が吊り下げてある。壮観な風景だ。この発見を誰かとしゃべりたかったが、あいにくの一人歩き、カメラに収めただけだった。少し冷たい雨の中をワクワクしながら歩いた。

(陽山道子 、「船団の会」会務委員)


2013年12月8日

雪(ゆき)

 大阪では11月29日初雪が観測され、11月中の初雪観測は24年ぶりとの事。雪に関しては住んでいる地域により、さまざまな思いがあろうかと思う。豪雪地帯の雪掻き等の作業はたいへんである。私自身は雪国に住んだ事がなく、雪や風花、氷柱には淡い憧れがある。中谷宇吉郎博士の「雪は天から送られた手紙である」の名言が今でも私は好きである。中谷博士は世界で初めて人工雪の製作に成功した雪氷物理学者であり、また随筆家でもある。先年、私は「中谷宇吉郎 雪の科学館」を訪ねる為に加賀市の片山津温泉へ家人と出向いた。登頂した事のある白山は雪嶺が輝き、柴山潟にも風花が舞い、美しい景色と雪博士中谷宇吉郎に触れる事が出来て感動。雪の季節になると、なぜか中谷宇吉郎随筆集を飽きることなく読みたくなる。ああ、今夜あたり天から手紙が来そうだ。

(鶴濱節子 、「船団の会」会務委員)


2013年12月1日

セーター(せーたー)

 うだつの上がらないセーターの男が真夜中の道路の真ん中で大騒ぎしている。そのうだつの上がらない男の近くにはやはりうだつの上がらない女がいて、うだつの上がらないアウターを左脇に抱えたまま、宙の一点を微動だにせず見つめている。「ぼくは今まで再三言ってきただろ!?セーターの肘のところはとても破けやすいんだって!だからぼくは注意深く!注意深く肘を動かしてきたんだ!違うか!?ええ!?」うだつの上がらない男が大声で問い質してもうだつの上がらない女はずっと同じ姿勢のまま宙の一点を見つめている。だがしばらくして突如うだつの上がらない女が「なんとなく、クリスタル」と小さな声でつぶやいたそのとき、近隣マンションのすべての住民の部屋の電気が点き、うだつが上がらない二人の男女を照らし出した。

(山本皓平 、「船団の会」会務委員)


2013年11月24日

熱燗(あつかん)

 「熱ぃ!」、「ごめんなさい。最近、熱燗がでないから・・・」。仕事帰りによく行く立飲み屋。久しぶりに熱燗を頼むと、女将さんはコップに酒を注ぎ、電子レンジで温めて出してきた。「これで、混ぜてみて」と、割箸が渡される。かき混ぜ、こぼれそうなコップにそっと口を持っていく。「人肌でちょうどいいよ」、「ごめんね。昔は取っ手のあるアルミ容器で湯煎をしてたんだけどね」。常連客で60歳代のHさんが、「昔の五右衛門風呂だね」と、話に入ってきた。確かに。小学生時代、私の家は五右衛門風呂で、風呂の火番をし、沸いたと思っても、父が入りかき混ぜるとぬるくてよく叱られた。「五右衛門風呂は知らないよ」と、70歳代のIさん。彼は都会育ちで銭湯だったと言う。「女将さん、もう一杯」。二杯目は、ほど良い温さ。ぐっと呑み干し帰り支度をすると、Iさんが「もう帰るんか?」と尋ねた。「はい。高校時代の恩師に言われてます。『酒も女も二合(号)まで!』」。

(岡 清秀 、「船団の会」会務委員)


2013年11月17日

小春(こはる)

 「もっと真面目にやれ!」東京・浅草とあるストリップ劇場。プライドが高く踊りが上手で、なかなか脱ごうとしない踊り子に投げられたお客さんのヤジだ。白けかけていた場内は大爆笑。踊り子の場違いの真面目は不真面目であると、たった一言で刺すその見事さ。1985年青春プレーバックという某TV番組で、コラムニストの天野祐吉さんが更に若い頃を振り返って語っていた。僕ら庶民は、立派な論文や評論が書けなくてもこんなに豊かな表現ができるのだ、とも。やわらかく優しいそのまなざし。恰好をつけずに、だよね、と通じ合える軽やかな言葉がいい。その瞳はいたずらっぽくて、そう、小春のよう。
 先月20日、80歳で亡くなった天野祐吉さん、ご冥福をお祈り申し上げます。

(村上栄子 、「船団の会」会務委員)


2013年11月10日

冬に入る(ふゆにいる)

 ヒロコさんは働きものだ。賀茂の大農家で一年中いろんな野菜を作っている。その上まだ学生寮の食堂のおばちゃんをして、学生に恐がられている。
 冬に入るといろいろな冬野菜を戴くが、どれも立派で且つ大量だ。かくして私は野菜配りのおばさんとなる。酸茎の収穫が始まると、一族は総出で酸茎漬の仕込みや製品の発送にとりかかる。千枚漬も、からし漬も作る。90歳のおばあちゃんも手伝い、一族みんな働きものだ。私など、戴いた野菜を始末するだけで疲れ果てる。ヒロコさんに似て、元気な賀茂ネギのすき焼きは美味しい、りんりんと太った大根も削ぎ切りにして入れる。すき焼きに大根など邪道のように言われるが、肉の味がしみて美味しい。

(火箱ひろ 、「船団の会」会務委員)


2013年11月3日

松茸(まつたけ)

 松茸は難しいですよ、と言うのは青春を茸の研究に費やした若い同僚の理科教師である。エリンギ、エノキ、ブナシメジ、安く手に入る茸は皆栽培可能で、シャーレで菌を二週間培養し、その後、米ぬかとおが屑を入れた瓶に入れてまた二週間おくと立派な茸になる。茶や洗剤などといったものを一緒に入れると、茸は除菌の危機を感じて成育が早まり、胞子を潜めた笠をはるらしい。ところが松茸くんは一筋縄では笠をはらない、という。「オゾンや電流いろいろ試したんですけど、無理ですね。」「下の部分の歯応えだけでもいいので栽培しませんか」「いやいや、菌だけ作ってもねえ。松茸は胞子が香るのですから。薔薇だって葉っぱばかりで花がなければ香りませんよ。」そうかあ。自然の中で、赤松の根からのみ、謎の刺激を受け、松茸は松茸になる。彼らの交流はいかなるものか。人の知らない友情の形を、松茸は知っているのかも。しばしテストの採点の手を止めて、職員室の二人。

(塩見恵介 、「船団の会」会務委員)


2013年10月27日

流れ星(ながれぼし)

 ある真夜中のことだった。右側に山があって左側には海。街灯はポツン…ポツン…とだけ。家はしばらく見ていない。私たちは県境の海岸線をドライブしていた。
 車窓からの景色は闇夜の帳に包まれている。車内は暖房がきいてポカポカあったかい。助手席に座っているだけだと、瞼まで重たくなってしまう。瞼が勝手に閉じたところで、また暗い世界。眠たい目をゴシゴシしたりしても、睡魔との闘いに敗れようとする。
 その時だった。ふいに目を開けた途端目に飛び込んできたのは、黄金色に銀色に輝くまんまる大きな流れ星。バチバチバチバチッ!!と輝きながら、右から左へ流れ星が落っこちていく。夢か現かをさまよっていた私も、すっかりと目を見開いていた。

(舩井春奈 、「船団の会」会務委員)


2013年10月20日

石榴(ざくろ)

 息子が「森のようちえんそとっこ」という自主保育の幼稚園に通っている。幼稚園は京都府亀岡市の果樹農園内にあって、毎日子どもたちはその農園を走り回っている。自主保育であるから、親たちが交代で子どもたちと過ごすのである。始まりと終わりの会では必ず絵本を当番の親が読んでいる。私が当番の時も絵本を読むのだが、その前に必ず俳句を読むことにしている。そうすると絵本を期待していた子どもたちからブーイング。それでも構わず読み続けるのである。そんな子どもたちは手に石榴を持っていたりする。

(小倉喜郎 、「船団の会」会務委員)


2013年10月13日

薄(すすき)

 なんか違う、どこが違うのかなあ、と思いながら車窓から景色を眺めていた。昨年の秋に、韓国の友人に誘われて済州島に行った時のことだ。島の至るところに薄が群れていて、風になびいている。でも日本で見る薄とは違って、あまり情緒的ではない。島の風が荒く、海岸のごつごつとした黒い岩のせいかと、ぼんやり考えていた。この島は、昔は女だけが働き男は遊んで暮らしたと、済州民俗村のガイドの女性が教えてくれた。朝鮮王朝時代の村の暮らしなど説明してもらったが、その後、流暢な日本語で漢方薬を私たちに強く進めた。かなり商魂逞しい。帰りも車窓から薄を眺めながら、この島の女たちの強さと歴史の中での哀しみを想った。

(小枝恵美子 、「船団の会」会務委員)


2013年10月6日

金木犀(きんもくせい)

 秋の訪れを実感する草花といえば、まずコスモスと曼珠沙華だろうか。どちらも畑や田んぼの畦道に群れ咲いているのを電車のつり革につかまって見る。そういえば川を渡る時、一瞬だが河原の芒が風に揺れるのもうれしい車窓の風景だ。そんな秋のある日、不意に漂ってくる金木犀の香りは、なんだか季節に丸ごと触れる感じ。近所のアパートの庭の隅にある金木犀はオレンジ色のかわいいつぶつぶの花を咲かせて、私の家の居間をも甘い香りで包んでくれる。秋本番が近づいてくる頃、心待ちにしている秋の香りだ。

(藪ノ内君代 、「船団の会」会務委員)


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