2014年6月29日

明易し(あけやすし)

 今は夜明けが早い。だから、私は頑張って早起きをする。日課の船団ホームページ更新に関連する作業のあとは、ストレッチをして、本を読む。最近は林望さん謹訳の「源氏物語」を読んでいたけれど、平安時代のさめざめとよく泣き、ああでもない、こうでもないと会話や手紙のやり取りをする男と女に少し飽きて、夏の旅行のパンフレットを念入りに読んでいる。山にするべきか、海にするべきか。どうして子連れのパック旅行はこうバイキングの食事が多いのかしら。仕事の日程と旅行代金をにらみながら、頭の中は早くも夏の太陽の下、バカンスを楽しむ自分を想像したりして、そうこうしているうちに、時計は午前6時半。
 さてさて、今日も気合を入れて、まずは洗濯物干しに取り掛かろうかしらね。

(工藤 惠 、「船団の会」会務委員)


2014年6月22日

紫陽花(あじさい)

 世の中に花泥棒というのがあるが、僕が幼い頃近所にいたのは花殺め人だった。手当たり次第に花という花を、それも盛りの一番見事な時を狙い澄ませて花を殺めるのが花殺め人である。その少女はまだ小学校に上がったばかりのおかっぱ頭でくりくりした目を持った子どもだったが、しかし立派な花殺め人だった。
 中学校の園芸部であった兄が丁寧に手植えして育てた紫陽花が、その花殺め人の犠牲になった。落花狼藉の後、自分の頭ほどもある薄紫に見事に咲き誇っていた一輪を、このくりくり目の少女がこれ見よがしに振り回しながら闊歩していたのを、近所のおばさんが見かけてご注進してくれたのだったが、皆が激高した我が家の中にあって、この兄だけは静かに笑っていた。その寛容さ?を、今も不思議の思いで振り返ってみることがある。

(木村和也 、「船団の会」会務委員)


2014年6月15日

クールビズ

 36年間務めた職場を5月末で退職し、6月から新たに就職をした。新たな職場は、正門から校舎まで300メートルほど坂道を上る。かなりの坂である。58歳で新たに就職した私を、高校時代に3年間担任だった恩師が祝ってくれた。祝いの会の席上、祝い品としてベルトを贈ってくれた。ネクタイをと思ったがクールビズの季節であり着用しないだろう、とのことで、新たな職場で“褌を締めてかかる”ようにと、ベルトにしたとのこと。この季節に坂道を上り、慣れない職場での緊張感。否が応でも汗ばんでくる。さあ、襟を開き、ベルトを締めてかかろう。

(岡 清秀 、「船団の会」会務委員)


2014年6月8日

桜桃(おうとう)

 太宰治の自伝的短編「 桜桃 」は、「 子供より親が大事」というつぶやきで終わる。自らの放蕩で家族を崩壊させていく苦悩を描いた小説だ。その中で、桜桃はぜいたく品として書かれ、子供には食べさせず、父(自分)だけが食べる。
 子供のころ、桜桃の愛らしい形に魅かれて、お弁当に入れて欲しいとお願いした。「 高いから 」 と母は難色をしめし、代わりにアメリカン ・ チェリー を入れてくれていた。わたしは、偽物が入っている、と思った。幼稚園年長の遠足時、水疱瘡にかかって休んだ。家で、母がお昼をお弁当にしてくれた。蓋を開けると、桜桃が入っていて、休んでいいこともあった、と嬉しかった。母のお弁当箱には、アメリカン・チェリーが入っていた。
 6月19日、太宰の命日は、桜桃忌と名付けられている。

(衛藤夏子 、「船団の会」会務委員)


2014年6月1日

梅雨空(つゆぞら)

 高校生のとき、大雨に限って、車で送ってもらっていた。ふだんは、田舎道を自転車で40分。高校側からは、むやみに送迎してもらわないように!とのお達しがあったものの、雨の日の車中の会話はよかったかも。母親とけんかしてても仲直りできたし、父親と進路の話をしたのも車中だったかな。たぶん、6月が一番、車に乗った月。
 さて、現在、私が娘の送迎に悩む番に。甘やかせたくはないし、でも治安の問題もあるし、と。とりあえず、梅雨空は許可にしようか。ちょっと甘いけど、それが悩み相談室の役目も果たせられれば、結果オーライ?

(朝倉晴美 、「船団の会」会務委員)


2014年5月25日

新樹(しんじゅ)

 欅並木が、緑のトンネルとなる。勤務先の大学の欅並木。私が就職をした昭和53年、開学15周年を記念して、正門の移設と同時に植樹された。「1本の大木は、3人の教員にまさる感動を学生に与える」が、当時の理事長の言葉。この並木道は「けやきアベニュー」と名付けられ、地域にも開放されて、隣接する公園からは地域の人たちが自由に行き来している。以前、大学はブロック塀で囲われ、その塀の外はペンキでよく落書きがされていた。この塀も取り除かれ、植樹がされた。「けやきアベニュー」には裸婦像の彫塑も設置されたが、いたずら書きなどは一切ない。欅並木は、四季折々にその姿を変え、自然への感動を与えてくれる。当時の理事長の句碑「恋色の若芽もえ立つけやき道 竹波」もある。昨年、平成25年に、開学50周年を迎えた。このトンネルを通って、5月31日に私は退職をする。

(岡 清秀 、「船団の会」会務委員)


2014年5月18日

ブルーヘイズ

 「確か 英語を習い始めて間もない頃だ」で始まるのは、吉野 弘さんの詩「I was born」。次のように続く。「或る夏の宵。父と一緒に寺の境内を歩いてゆくと 青い夕靄の奥から浮き出るように 白い女がこちらへやってくる。物憂げに ゆっくりと。」幻想的なイメージに思わず引き込まれる。そして、後半の第6連、第7連は胸がいっぱいになって、朗読する声が震えてしまう。生まれてくる生命への畏敬の表現が切ない。
 ブルーヘイズは青い靄。30年余り前、人一倍大きな声で夜泣きをしていた息子。疲れて帰って来た夫の寝入り端を起こしてはと、一晩中家の前の空き地で、おんぶをしてあやし続けたこともあった。今では懐かしい、いい思い出。ブルーヘイズの中だった。
 2カ月後、息子夫婦のところに新しい命が誕生する。

(村上栄子 、「船団の会」会務委員)


2014年5月11日

時鳥(ほととぎす)

 哲学の道から疎水を越えて、緑の深くなった鹿ケ谷を歩く。普段、拝観寺院ではないが安楽寺という寺がある。この日は寺に縁の鈴虫姫の七百八十回忌の法要があった。
 この気の遠くなるような七百八十回忌。鈴虫姫、松虫姫を物語る和讃を聴きながら、次第に八百年も前の出来事にワープしていく。わたしもその和讃に小さな声で唱和する。伸びやかな若い声は、碧いマニキュアをしたこの寺のお嫁さん。ここも粛々と代替わりが進む。裏山の鳥たちが賑やかだ。「ほとゝぎす平安城を筋違に・蕪村」時代を超え、時空を超え行き来する「時鳥」。この字の意味や蕪村のこの句の深さを思う。和讃の終わったあと、お嫁さんの作る古代米の夏野菜たっぷりのカレーを美味しく頂いた。

(火箱ひろ 、「船団の会」会務委員)


2014年5月4日

ポニーテール

 京都を歩くと暑くなって上着を脱ぐ季節になった。同志社女子大学で「創作」の講義をはじめて3年目の初夏である。はじめて俳句に触れる学生が多く、実に自由、というか奔放である。季語についても大胆に新しい季語を見いだす。題のポニーテールもそれ。暑くなると髪をくくる、という感覚は男の僕にはなかったが、少しスポーティなこの女性の髪型は初夏らしい人事なのかもしれない。

 ゆうぐれのポニーテールはカレーの日

 ポニーテールを初夏の季語として使った実験句会。学生の一人の句。忙しい母親の気分という。
 今年は受講者が倍増。35名となり、大きな教室を使い、句会ライブ形式で行っている。

(塩見恵介 、「船団の会」会務委員)


2014年4月27日

朧月(おぼろづき)

 「月は朧に東山〜♪」これは私がお三味線で初めて弾いた曲の一節。ちょうど朧月が闇夜に浮かぶ頃に熱中していたので、以来朧月を見ると初心に戻る。同じ頃お稽古を始めた仕込みちゃんは、やがて素敵な舞妓さんになり、この曲を舞って見せてくれた。
 ところで、この春留学を終えて帰国を控える尼さんの手続きに付き合った。いや、付き合うというほどのことでもない。いつもより黒めな坊主頭をぼんやり眺めながら待つ。店内にはまだまだ初々しい舞妓さん。割れしのぶ頭は、困り果ててお茶屋のお母さんに電話をし、ぼんやりした情報を伝える。
 ぼんやりと、ゆっくりと、それでも確実な歩みを求めて、それぞれの春が過ぎてゆく。

(舩井春奈 、「船団の会」会務委員)


2014年4月20日

遠足(えんそく)

 職場で新しい試みを始めた。学習塾でありながらみんなで遊ぼうという試み。もちろん遊ぶと言っても本気で遊ぶ。朗読・ストーリーテリング・詩、文章づくり・器づくり・野菜づくり・絵本づくり・ビー玉数え・ヘルシーおやつ作りなどするつもり。展示会や出展プロジェクトまでも計画中。とにかく子どもたちといっしょに楽しむのだ。
 この中で先日初めて句会を行った。2年生から6年生までとスタッフの合計8人での句会。1句出しの1句選で6年生の句は4点を獲得した。2年生の書いた遠足のスリリングな句が目を引いた。いつもはおとなしい男子が大きな声を出すこともあった。また野球少年は「選抜」を季語だと言い張った。やはり句会はおもしろい。

(小倉喜郎 、「船団の会」会務委員)


2014年4月13日

春の川(はるのかわ)

 大阪で一番馴染のある川、といえば土佐堀川だ。20代の頃から、川沿いに府立図書館があるのでよく出かけた。地下鉄淀屋橋駅を出て、淀屋橋を渡るのだが、必ず橋の上から生駒の山々を眺める。遠くまで見渡せるのが気持ちいい。淀屋橋は江戸時代、寛永の頃に、豪商であった淀屋の二代目个庵(こあん)という人が、店の前で開く米相場に集まる人々のために便利なようにと架けた橋だそうだ。土佐堀川沿いでは、昼休みの時間帯に、サラリーマンがお弁当を食べたり、煙草を吸ったり、皆思い思いに川を眺めながら過ごしている。江戸時代から、ここは働く人たちが集まる場所なのだ。春の川は日差しを浴びて、少し物思いにふけっているような感じ。船が行き来して、時々花びらが流れて行く。

(小枝恵美子 、「船団の会」会務委員)


2014年4月6日

菜の花(なのはな)

 住宅街を歩いていて、小さな畑に菜の花を見るとちょっとうれしい。忘れていたことを思い出したように唱歌の『おぼろ月夜』が思い浮かぶ。「♪菜の花ばたけに入り日うすれ・・・」で始まるあの歌。小学生の頃みんなで歌った、誰でも知っている歌は「♪見わたす山の端かすみふかし 春風そよふく空を見れば 夕月かかりてにおいあわし・・・」と続く。この歌詞が大好き。そして、ふと蕪村の有名な「菜の花や月は東に日は西に」の俳句を連想。江戸時代のこの俳句の風景と大正時代の唱歌の風景。二つの時代の「菜の花」と「春の月」を思うとなんだかのびのびする。気分は菜の花でいっぱい。

(藪ノ内君代 、「船団の会」会務委員)


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